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「うつくしいひと」の、美しい熊本。 ──萩原正人

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 東京・有楽町朝日ホールで開催された、「うつくしいひと」チャリティー上映会に行ってきました。
 かつての熊本城が、美しくそびえ立ち、なめらかな曲線を描く石垣が印象的でした。
 ”かつて”というフレーズは、出演者が語っていた言葉です。
 私としては、”かつて”という言葉を使えません。なぜなら、熊本へ行ったことがありませんから。
 名前でしか聞いたことのない名城が、映画の背景として当たり前に登場し、それがもはや”かつて”と語られる。映画を見ながら、ストーリーよりも、このことの重大さばかりにとらわれていました。
 上映後のトークショーで監督は、
「熊本県のPRの依頼とはいえ、物語としてはどこの街にもある、普遍的な日常を描いた。この物語は、どこの街が舞台であれ再現できる。しかし、物語の情景に熊本の景色があり、出演者の熊本弁があり、それゆえに熊本の情緒が出せると信じた」と、語りました。
 また、主演されていた姜尚中さんは、前震(14日震度7) に、熊本のホテルで遭遇したそうです。ただ、その瞬間熊本にいることを失念し、
「ついに東京に直下型地震が来たか!」との感想を持ったそうです。
 まさにこのコメントが示す通り、私たちの日常とは、いつでも簡単に”かつて”に陥る危うさをはらんでいると教えられます。
 司会の熊本朝日放送のアナウンサーの女性が、最後の最後、お客さんが退出するところで、泣き出してしまいました。
「今日は泣かないと誓ってきたのに……、いまも日常が戻らないところで熊本の人達は闘っています。私は、こんどいつあの熊本城を見ることができるのだろう」
 劇場を後にする観客の背中に向かって、司会の立場を超えて涙声で、語っていました。映画では泣かなかった私ですが、監督が語るように、映画の中で描かれていた日常すら、熊本の被災者にとっては、”かつて”になってしまった過酷さと、それを切実に訴えるアナウンサーに涙をこぼしてしまいました。
 この物語は、初恋の人へ捧げる物語でしたが、うつくしいひととは、うつくしい女性であり、うつくしい街であり、うつくしい日々への讃歌であったように思います。
 

 5月17日(火) 東京の丸の内で行なわれたチャリティー上映会に参加した萩原正人さんからご寄稿いただきました。
 熊本はうつくしい場所です。それは地震が起きても何も変わっていません。
 形のあるものは傷つき失われても、失われない「うつくしさ」があります。どうぞ、熊本においでください。お待ちしています!(編集部一同)
 
参考:
くまモン、熊本地震後初めて東京を訪問 「うつくしいひと」上映会で支援を感謝
熊本地震、復興へ政府が旅行券 九州向け最大7割引き 

hagi

萩原正人元キリングセンス、愛称はハギ。タイタン所属。移植芸人。ライター。

1987年にピン芸人だったシャブとキリングセンスを結成。社会風刺の効いたブラックなコントを得意とし、東京のお笑いライブを中心に活動していた。ところが1998年、母子感染によるB型肝炎から重度の肝硬変であることが判明。コンビ活動を停止。その後、医師から余命半年と宣告されるも、1999年夏に渡米。翌春にダラスで肝臓・腎臓の同時移植に成功する。帰国後、キリングセンスとしての活動に復帰し、2006年に解散。現在はタイタンに所属し、主にライターとして活動している。
著書に移植の体験を綴った「僕は、これほどまで生きたかった(扶桑社)」。テレビロスで連載していたコラムをまとめた「スキスキコンビニ(アスペクト)」がある。2014年12月より、出身地であるCRT栃木放送でラジオのコメンテーターを努めている。CRT栃木放送「ツーミリオン+」16:00〜18:30金曜レギュラーコメンテーター。TVBros.「わらしべマッドサイエンティスト」隔号連載中。