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去年の木 新美南吉

20151213
 いっぽんの木と、いちわの小鳥とはたいへんなかよしでした。小鳥はいちんちその木のえだで歌をうたい、木はいちんちじゅう小鳥の歌をきいていました。
 けれど寒い冬がちかづいてきたので、小鳥は木からわかれてゆかねばなりませんでした。
「さよなら。また来年きて、歌をきかせてください。」
と木はいいました。
「え。それまで待っててね。」
と、小鳥はいって、南の方へとんでゆきました。
 春がめぐってきました。野や森から、雪がきえていきました。
 小鳥は、なかよしの去年きょねんの木のところへまたかえっていきました。
 ところが、これはどうしたことでしょう。木はそこにありませんでした。根っこだけがのこっていました。
「ここに立ってた木は、どこへいったの。」
と小鳥は根っこにききました。
 根っこは、
「きこりがおのでうちたおして、谷のほうへもっていっちゃったよ。」
といいました。
 小鳥は谷のほうへとんでいきました。
 谷のそこには大きな工場があって、木をきる音が、びィんびィん、としていました。
 小鳥は工場の門の上にとまって、
「門さん、わたしのなかよしの木は、どうなったか知りませんか。」
とききました。
 門は、
「木なら、工場の中でこまかくきりきざまれて、マッチになってあっちの村へ売られていったよ。」
といいました。
 小鳥は村のほうへとんでいきました。
 ランプのそばに女の子がいました。
 そこで小鳥は、
「もしもし、マッチをごぞんじありませんか。」
とききました。
 すると女の子は、
「マッチはもえてしまいました。けれどマッチのともした火が、まだこのランプにともっています。」
といいました。
 小鳥は、ランプの火をじっとみつめておりました。
 それから、去年きょねんの歌をうたって火にきかせてやりました。火はゆらゆらとゆらめいて、こころからよろこんでいるようにみえました。
 歌をうたってしまうと、小鳥はまたじっとランプの火をみていました。それから、どこかへとんでいってしまいました。
いじらしい小鳥の切ない歌が聞こえてくるような短いお話です。
ごん狐で知られる新美南吉は、愛知県半田市出身で、畳屋の息子でした。僅か29歳にして結核で亡くなった彼の作品はあまり多くはありません。
宮沢賢治と同じく地方で教員をしており若くして亡くなったということで、よく比較もされる南吉ですが、賢治のどこか突き放すような目線に比べると非常におおらかな作風であり、好対照といえるでしょう。
やさしいまなざしは、どこまでもさみしさや理不尽を抱え込んで、そっと訴えかけてくる作品群から私たちが何を受け取るのか、見守っているようです。(KJ)

底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書
   1988(昭和63)年7月8日第1刷発行
底本の親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書
入力:めいこ
校正:鈴木厚司、もりみつじゅんじ
2003年9月29日作成:青空文庫