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飛行機から墜ちるまで 吉行エイスケ

eisuke
 新婚者と、女角力ずもうになったタルタン、彼女のために殺されてしまった花聟はなむこ、歓楽の夜の海を水自転車で彼にあたえた、妖婦タルタンの愚かな行動、水底深く死んだ花聟のダンデズム、影は水に映る。
 水自転車、香港ホンコン、そこで彼女は仲居をしていた。
 日本へ帰ると踊りの名手、華麗な売笑婦、タルタン。
 
 ここは門司市、東川端の卑猥ひわいな街、カアルトン・バアの青い給仕人の花風病の体温、ロシア女の新らしい技術の中で無頼漢の唄う流行歌。
 落つきを失った新聞記者のYの見たマダム・ハヤミの地平線、吊ランプ下げた海峡の船が下関に着くと、僕はサンヨウ・ホテルの踊場にマダム・ハヤミを迎える。露台バルコニでハヤミは僕を賞讃して、愛を誓った
 のだが、翌日、ホテルの僕の部屋、ノックするとYが飛込んできた。
 ハヤミのオオケストラ、の人糞。
 ――君! マダム・ハヤミの奴、大理石の経帷子きょうかたびらきこんで昨夜おそく神戸へ行ったぞ、おい、君。女の肉体讃美はよさないか。
 ――おい。×酒よこせ。僕のタンゴ踊、本場仕込みなのでハヤミは腹痛を起したのだ。Y、僕は粋な香港に未練があるんだ。
 空しく、僕は欧洲行の船を棄てて、マダム・ハヤミを追って神戸行急行列車に乗り込んだ。
 ――おい、君。マダム・ハヤミ、俺も恋していた。彼女の×××送ってよこせ。
 ――NACH KOBES ×××万歳!
 下関駅を列車は離れた。Yが汚れたハンカチを振っている。
 数時間後、僕は岡山で下車すると、巡業中の歌劇団のポスターを横眼で見ながら、車を硝子ガラス張りの、「金髪バー」の前でとめて、酒杯の中に沈んで行った。すると、肥満した女主人が僕に惚れて煩悶はんもんしだした。
 頭のよくない調合人は、混合酒の控帳めくっている。××開始、ウェートレスの英国の少女、メリーをからかってしたたか膝を折られ泣面をしている男。だが、メリーは僕を見ると恋愛相談所めがけて夢中に走り出した。
 ――いらっしゃい。妾の主人は、非度ひどいラヴ・レタの蛇なのです。恋愛過度、チタでレオ・トルストイに小説を書く方法を三万ルーブルも仕払って教ったのですが、いまの世の中で何んの役に立つものですか………。
 壁にはルノアールのにせもの蜿蜒えんえんの画がかかっていた。
 しかし僕は内緒で、片隅の赤髪の女に色眼をつかった。彼女は巨大でもものあたりは猶太ユダヤ女の輪廓をもって、皮膚は荒れて赤らんで堅固な体躯をしていた。
 ――君の名は? と、僕が色欲のダリアに向って聞いた。
 ――わたし、貴男の情婦、夜のボップよ。
 するとたちまち女は死物狂い、僕に倒れかかった。
 僕とボップ、裏街の夜、アアク燈、柳暗花明のちまたを駈け抜けると、古寺院の境内、数時間、僕はだまって経過した。
 ――ロップ、一時は駄じゃれで君をメキシコ湾だと云ったが、僕の純情知ってくれたか。
 辻自動車が疾走する、満月、天主閣、車が湖畔を疾走するとき、再びロップは僕に傾倒した。
 A・A橋の下で、ボートに乗って夜の河岸を離れて、ロップは、カルメンの五章を唄いながらかいを水に落した。

いくら、お前が云い寄っても、駄目よ。
トララ トララ トララ トララ

 緑色のイルミネェション、青い眼鏡に穴をあけながら、水の上を進んで行く。
 奔流、ごろつきのような波の音が僕に英国少女メリーの靴のかかとと、乳房にかつらをかむったような女主人を思い出させた。
 そのときロップが僕に云った。
 ――ねえ、二人でクラブへ行きましょう。スペイン式の女学生がいるわ、シャンパン飲まして欲しいの………。
 ――ロップ、紙幣と品行方正の匂いがする。
 ――よう!
 ――醜婦奴しゅうふめ、ガウンが百度ひらいたって、くそ
 ――………………
 ――………………
     ――――――――――――――――――――――――
 クラブの化粧室に這入ると、ロップは××になって仰向けのまま寝てしまった。僕は浴場で屡々しばしば、結婚の感触をけた。そのたびに手術室に逃げこんでいさぎよく離婚してしまった。
 僕が客間サルーンへ出ると、人々は足角力ずもうの競技にふけっていた。踊場ではびっこの老夫婦が人形を抱いて踊っていた。食堂では角帽の中学生が恋人の女学生の話しをしている。また僕は、卓子テーブルの一隅で蛙を食べている知合しりあいの旅女優、彼女は僕を見そめると、やってきて僕に囁いた。
 ――本当よ! 妾のテノアは東京へ逃げてしまったんです。彼は皮膚病だったんです。妾も、歌劇団を抜け出すつもりなんです。マネエジャ達は妾の唇について居心地がよくないと云うんです。妾は好色家の妻にだってなるんです。連れて逃げてください。
 あまりに、熱心に僕が彼女と恋の投機に夢中なので中学生たちが冷かすのだった。
 無線電信――六〇六――石碑――W.C
 ――じゃ、間違いっこなし、明朝、練兵場よ。(哲学よ、信頼してもよくって?)
 僕は帽子をとりに化粧室に引返す。すると僕はそこにロップの粗悪な寝顔を見て、廻れ右をすると、彼女の腹部に片足で立上って、そのまま躊躇ちゅうちょなく外へ飛び出した。
 
 午前八時岡山練兵場出発――F飛行士は、彼は昔、自転車周回競争の選手だった。上海シャンハイに挙行された東邦大会の選手権把持者――だが、女優のNはなまめかしい嘔吐おうとを空中に吐いた。
 ――妾、恐ろしい!
 F飛行士は、女客のため屡々しばしば、墜落しようとする。彼の強気な毛むじゃらの足は、縁日で買ったような両翼を修繕しては、飛行を継続する。そのたびにはら/\して女優の美貌から脂粉しふんがはげおちた。
 海原、離宮、車輛、工場のテニスコート、僕が彼女の乳房のあたりを見つめているうちに、八時四十分、大阪着。
 
 僕が眼を覚ますと、陽気で騒がしい支那人の鼻歌が聞えてくる。僕たちは墜落したらしい。そのまま李鄭りていの部屋で前後不覚になってしまっていたのではないだろうか?
 あれもにせものの飛行機だったろうか――李鄭の後から僕は広間へついてあらわれると、僕は忽ち、無数の支那服の女に交ってチイク・ダンスを踊るタルタンの素足の踊姿を認めたんです。

ダダイスト詩人、小説家として知られる吉行エイスケです。
大戦に向かう時代の空気の中、筆を折ったエイスケは、34歳の若さで急死しましたが、彼が生きながらえてもし再び筆をとったならばどんな作品を書いたのかと想像することは、哀しくもあり愉快でもあるような気がします。
息子、淳之介には、父の小説を読み通したことがないと言われ、後世の評価ははかばかしくないエイスケですが、その伝えたかったものを読み取ろうとして向き合うとき、何か小さな光が見えるような気がしてなりません。(KJ)

底本:「吉行エイスケ作品集」文園社
   1997(平成9)年7月10日初版発行
   1997(平成9)年7月18日第2刷発行
底本の親本:「吉行エイスケ作品集 ※(ローマ数字2、1-13-22) 飛行機から墜ちるまで」冬樹社
   1977(昭和52)年11月30日第1刷発行
※底本には「吉行エイスケの作品はすべて旧字旧仮名で発表されているが、新字新仮名に改めて刻んだ。このさい次の語句を、平仮名表記に改め、難読文字にルビを付した。『し乍ら→しながら』『亦→また』『尚→なお』『儘→まま』『…の様→…のよう』『…する側→…するかたわら』『流石→さすが』。また×印等は当時の検閲、あるいは著者自身による伏字である。」との注記がある。また、「恋愛相談所」は枠囲みされていたことを申し添える。
入力:霊鷲類子、宮脇叔恵
校正:大野晋
2000年6月7日公開
2009年3月22日修正:青空文庫