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圖書館幻想 宮澤賢治

kenji
 おれはやっとのことで十階のゆかをふんで汗を拭った。
 そこの天井は途方もなく高かった。全體その天井や壁が灰色の陰影だけで出來てゐるのか、つめたい漆喰で固めあげられてゐるのかわからなかった。
(さうだ。この巨きな室にダルゲが居るんだ。今度こそ會へるんだ。)とおれは考へて一寸胸のどこかが熱くなったか熔けたかのやうな氣がした。
 高さ二丈ばかりの大きな扉が半分開いてゐた。おれはするりとはいって行った。
 室の中はガランとしてつめたく、せいの低いダルゲが手を額にかざしてそこの巨きな窓から西のそらをじっと眺めてゐた。
 ダルゲは灰色で腰には硝子の蓑を厚くまとってゐた。そしてじっと動かなかった。
 窓の向ふにはくしゃくしゃに縮れた雲が痛々しく白く光ってゐた。
 ダルゲが俄かにつめたいすきとほった聲で高く歌ひ出した。

西ぞらの
ちぢれ羊から
おれの崇敬は照り返され
(天の海と窓の日覆ひ。)
おれの崇敬は照り返され。

おれは空の向ふにある氷河の棒をおもってゐた。
ダルゲは又じっと額に手をかざしたまま動かなかった。
おれはこらへかねて一足そっちへ進んで叫んだ。
「白堊系の砂岩の斜層理について。」
ダルゲは振り向いて冷やかにわらった。

御存知、郷土岩手に基づいた創作を行い、岩手をモチーフとしてイーハトーブ(Ihatov、イーハトヴあるいはイーハトーヴォ(Ihatovo)等とも) と名づけた架空の理想郷を作中に創り上げた宮澤賢治です。
生前に刊行されたのは『春と修羅』と、『注文の多い料理店』のみでした。
没後に草野心平らの尽力により作品が広く知られるようになり、現在では押しも押されもせぬ国民的作家です。
賢治の作品はおだやかな語り口の中に厳しさとやわらかいやさしさが同居するような独特の空気を持っています。貧しく寒い東北の生活をじっと見つめていた賢治のまなざしです。(KJ)

底本:「宮澤賢治全集第六卷」筑摩書房
   1967(昭和42)年9月25日初版第1刷発行
入力:土屋隆
校正:阿部哲也
2012年8月7日作成:青空文庫