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山田宗太朗、千夜千冊に挑む 第9夜:丸谷才一『新々百人一首』~愛こそすべて~

senyasensatsu

【松岡正剛・千夜千冊】http://1000ya.isis.ne.jp/
いわずとしれた知の巨人が営々と築き上げた
本のエベレスト。
挑むのは若輩・山田宗太朗!
この読書エッセイは頂点に辿り着くのか!?

第9夜:丸谷才一『新々百人一首』~愛こそすべて~
 
 一月号にふさわしい題材である。結論から言うが、これは素晴らしい本である。
 
 百人一首といえば正月の風物詩としてなじみ深く、子どもの頃、歌かるたとして遊んだ人も多いだろう。ある年齢以上の人なら、今でも何首か諳んじることができるのではないだろうか。
 しかし私は一首も暗記していない。というか、読んだことが一度もない。その存在は昔から知っていたが、百人一首の歌かるたというもので遊んだ記憶がない。
 私の感覚だと、地域によるのかもしれないが、1975年あたりを境に、百人一首は文化としての地位をひとつ下げたのではないかという気がする。それ以前は誰もが当たり前に知っているもののひとつだったが、それ以降は少しずつ事情が違ってきた。様々な原因が考えられるだろうが、もしかしたら、そもそも正月の風物詩などというもの自体がもはや存在しなくなってしまったのかもしれない。
 義務教育においては、一応、今でも百人一首は教科書に載っているらしい。しかし授業で教えるかどうかは学校によって違うそうだ。私の知り合いの小学校教師は、授業ではなく、PTAが主に課外授業のような感じで教えている、と言っていた(PTAってそんなこともするのか!)。私が小学生の頃はどうだったのだろう。たぶん国語の授業ではやっていない。中学・高校で教えたのだろうか。少なくとも、私の田舎にあるいくつかの中学・高校では教えていなかったそうだし、私も中学・高校を通して百人一首に触れる機会には一度も恵まれなかった(知り合いと自分の記憶を頼りにしているので、これは事実ではなく単に忘れられているだけなのかもしれない。しかし、忘れられる、ということ自体が、現代における百人一首の親しまれなさを示しているとも考えられる。谷川俊太郎の「生きる」という詩などは、私の同世代ならきっとほとんどの人が憶えているだろうし)。
 
 そういうわけで、私にとっての百人一首は、そういうものがあると、大学受験の古文の問題としてかろうじて学んだ程度のものであった。興味がまったくないというわけでもないが、あるということもできない。なぜなら、百人一首に限らず、教科書や受験本で読む古文は、例外なく私には退屈極まりないものだったからだ。その中でも和歌は最悪だった。なぜ最悪かと言えば、わかりにくいうえに、解説を読んでも、単なる報告や短い風景描写としか思えないし、「だから何?」「気取ってんじゃねーよ」「雅(みやび) ぶりやがって」という、ひねくれた感想しか抱けないからである。試しに今、ネットで小倉百人一首の解釈をググってみよう。
 

秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ

 

 一度でも百人一首を読んだことがあるなら憶えているであろう、天智天皇による第一首。
子供に百人一首の意味を聞かれたら訪れるサイト」というものがあって、それによれば、大意は次のようになる。
 

「秋の田んぼのそばにある小屋は、田んぼの番をするために仮に建てられたものだから、苫(屋根の編み目のこと) が荒くて、すきまだらけ。わたしの衣の袖が、夜露にぬれてしまっているよ」

 

 このサイトには解釈の仕方(解説?) が書いてあって、まあ、興味がある人はそちらのサイトを見てもらえればいいのだが、要するに、「この一首を読めば当時の農民の生活が目に浮かぶだろう」と言いたいらしい。
 しかし、私にはこの大意も、解釈の仕方も、全然ピンと来ないのである。「だから何?」としか言えない。これのどこがおもしろいのか? 小学生の頃の私がこれを読んだらきっとまったくわからなかっただろうし、今の私にも、はっきり言ってよくわからない。
 ――屋根からすきま風が入って服が夜露に濡れる。
 なるほど、農民の生活は苦しかったのだろう。そしてこのような歌を詠む天智天皇は、そういった農民の生活を憂いていたのかもしれない。だが、それだけだ。それ以上の何かを私は感じ取ることができないし、うまく味わうこともできない。この文は、私にとっては味がないのだ。読む喜びがない。
 私が思うのは、きっとそれは私のせいではない、ということだ。私はたぶん悪くない。前述した読み方には、何かが足りないのだと思う。何か、鑑賞眼や批評眼やセンスや、そういった曖昧な何かではなく、たぶん、もっとわかりやすい、はっきりとした知識が。
 
 こういった私の勘が決して間違いでないことを、丸谷才一は示してくれた。
 
 私がこれまで述べてきた百人一首とはもちろん、藤原定家が編んだ『小倉百人一首』のことなのだが、本書『新々百人一首』は、丸谷才一が『万葉集』の時代から室町時代までの王朝和歌の中から百首、『小倉百人一首』と被らないようにして選んだ勅撰集である。
 本書を通して驚かされることの一つが、和歌というものは、その多くが愛や恋を詠ったものである、ということだった。もっと言えば、愛や恋に関係しない歌はほとんどない。さらに言えば、露骨に男女の性行為を詠った歌がかなりある。これは私が和歌に対して持っていたイメージとまったく違った。
 

黒髪のみだれもしらず打伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき

 
 

 まず和泉式部による一首。「黒髪」「みだれ」「打ち伏せ」「人」「恋し」という単語から、意味を知らなくてもなんとなく意味を想像できるのではないか。ところが、これは、悲しみにくれて打ち伏す自分を慰めてくれた人のことを詠っている歌ではない。少しでも古典の知識がある人なら即座に理解できるだろうが、一首は、露骨に性行為を連想させる。「黒髪」は性の象徴、いや、性的魅力そのもののことを意味するからである。ということは、「黒髪のみだれ」とはすなわち、長い髪が乱れるほど激しい性交をしたことを、暗示ではなく、はっきりと明言していることになる。では、一首の大意はどのようなものか? 大方、次のようなものだろう。
 
「髪が乱れるほど激しくわたしを抱き、その髪をかきあげてわたしの顔を見つめてくれたあなたのことを、恋しく思う」
 
 なんとまあ超ストレートな愛情表現ではないか! 
 この一首からは、表面的に鑑賞しただけでも、性行為と女性の性欲という、二つのタブー(?) がすでに読み取れる。これだけでも古典弱者の私には驚きなのだが、この一首を解釈する丸谷の、確信犯的なオトボケが面白い。曰く、
「興味深いのは、王朝和歌で「髪」という言葉が用いられる際、それが陰毛を意味しない、また暗示しないといふ事情である」。
(……えーっ! ちょっと待って、どこからツッコめばいいの?)
 丸谷はこう続ける。
「すくなくともイギリスの詩では”hair”が頭髪と陰毛の双方の意を含むことが多かつた」。
(そうなんだ……知らなかった……)
 
「興味深いのは」などと大人の余裕を見せているところが憎い。さすがは丸谷才一、「ちよつと気取つて書け」なんて堂々と言うだけある(丸谷才一『文章読本』より)。
 で、ここから先が丸谷の腕の見せ所。彼は一首の、時間的構造に目を向け、さらに解釈をすすめる。少し長いが引用する。
 

女の「黒髪のみだれ」るのは過去である。そのことを「しら」ないのも過去である。「打伏」すのも、男が髪を「かきや」るのも過去である。すははち第一句から第四句までは過去を叙していて、それが第五句にある「人」の長い形容詞節になつている。その男が「恋し」いのはもちろん現在形で、第五句の後半の四音に至り、とつぜん、そして短く、現在が出現する。(中略)だがわたしが言ひたいのは、(中略)今、孤閨における欲情の高まりのため、「黒髪のみだれもしらず」(実は半ば知りながら)「打伏」している、という倒錯した事情である。(中略)女は男ほしさに悶々とするあまり、髪の乱れるのもかまはずに身を伏せる。と、そのとき、かつて激しい性交ののち、ちようどこのやうに身を伏せたとき、乱れ髪をかきやつてくれた男が恋しくなる(しかしその男とは、実はさきほどから寝たいと思つていたその男なのだ)といふのが一首の意なのである。つまり第一句から第三句までは過去と現在の双方に共通する身のこなしなので、そのまつたく同じ二つの動作が、一方は欲情の充足ののちの姿、他方は男恋しさの発作といふ、対立した二枚の絵として並べられ、しかもその二枚が最後の「人恋しき」であざやかに重ね合わせられるところに、この歌の驚くべき技巧があった。

 

 なるほど、読みの技術とはこういうものなのか……と感心させられるが、丸谷はこれで終わらない。一首を本歌どりとした藤原定家による、

かきやりしその黒髪のすぢごとに打伏すほどは面影ぞ立つ

 

 を引用し、本歌どりとは、「継承であり、展開であり、唱和であり、それゆえ一つの批評のあり方なのだから、われわれは定家の本歌どりを手がかりにして、逆に、もっと詳しく本歌の意味を探ることができるかもしれない」と書く。
 継承され、展開された藤原定家の一首は、和泉式部とは逆に男性側から詠われていて、大意は次のようになる。
「こうして一人、横になつていると、共寝した夜、わたしがかきやつたあの黒髪の一本一本がはつきりと心に浮かぶ」
 丸谷は第三句の「すぢごとに」に注目し、この「女の髪の冷ややかな感触」は、「さながら死んだ女をしのぶかのよう」だという。
 そう考えてから和泉式部の一首に立ち戻った時、「われわれは、これは死んだ男ないし遠くに旅している男を虚しくなつかしんでいる歌なのだと思ひいたるのではなかろうか。すくなくとも、わたしはそんな気がする」と、控えめにこの章を閉じているのだが……。
 これは憎い。うますぎるぞ丸谷才一。
 そんなもん飛躍じゃないか?と言われれば確かにそういう気もしないでもないが、丸谷は根拠のない妄想を述べているわけではない。むしろ見事な飛躍ではないか。これだけ説得力のある見事な飛躍ならば、批評家の腕を褒めるべきなのである。
 巷では、批評は数年ごとに「死んだ」り「再生」されたりしているらしいが、私たちはここに批評の仕事の最良の一例を学ぶことができる(……それにしても、書き写していて余計に感じたのだが、丸谷才一の文章力ときたら比類なき上手さである……)。
 

 和泉式部による一首ほど露骨でなくとも、次の一首を読めば、愛や恋に関係しない歌はない、ということの意味がわかるかもしれない。
 

駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ

 

 藤原定家による一首。これを読んで何をイメージするかといえば、雪が降る冬の夕暮れを旅する騎手だろう。教科書的な解釈はこれでおしまいである。しかし丸谷は、これをまず、
「ゆるやかな音調が茫漠たる空間のひろがりを暗示している、それを第四句、第五句の四つのo音がいつそう強めている(中略)しかしこの雪は唐突に出て来るのではない。まづ第四句のワタリのなかに含まれているワタが、もちろん意識下においてではあるが綿を連想させ、その綿のイメージが、視野いつぱいにひろがる白い色彩のための準備をしている。いや、もつと前にさかのぼることもできよう。すでに第三句にナシがあつて、これがまことに秘めやかにではあるが梨の花の白さを提示し、その方向でわれわれの無意識を刺激している」
 と指摘した上で(これくらいの解釈なら丸谷でなくともできる)、では、この騎り手は雪の夕べなのに何のために旅しているのか? と問う。
 ここで、勅撰集における和歌の配列や、時代背景、一首と源氏物語との関連といった知識が動員される。
 詳しくは割愛するが、丸谷によると、この騎り手は、人を訪ねるために旅しているのだという。つまり女に会いに行ったのだ。この解釈に辿り着くまでの論理(これが大切) が実に見事で、和歌というものがどれほど深さと広さを持ったものなのか教えてくれる。一見、単なる風景描写に見える歌の中に、男の艶麗な恋ごろろが巧みに隠されているのである。
 
 と、こんな風に読んでいくと、王朝歌人たちが、三十一音という短さの中に、いかに重層的で物語情緒に富んだ世界を閉じ込めようとしたか、その片鱗が見えてきて面白い。
 私がかつて学んだ気になり、退屈だと決めつけた古典は、まったく表面だけの、いや表面すらも読み取れていない、ただの文字配列であった。そんな文字配列が面白いはずがない。しかし、すぐれた文学者に解説された時、あの古くさい文字配列は、たちまち生気を纏って、生きた人間の言葉となって甦ってくる。私たちとあまり変わらない、同じようなことで懊悩する人間たちの姿が立ち上がり、声が聞こえてくる。
 
 そして、その生きた人間たちの最大の関心事は、万葉集の時代から、常に、愛や恋であった。恋に破れて人を恨み、運命を嘆いてはまた恋をし、己の欲望に振り回され、その欲望との折り合いを付けながらなんとか一日をやり過ごす。恋した相手と抱き合った夜の感動、その後朝のさびしさ。「会いたくて会いたくて震える」のは、なにも現代の中高生だけに特有の現象というわけではない。私たちは古代より「会いたくて会いたくて震え」てきた。その気持ちのどうしようもなさが、これほど豊穣な芸術を生み出したのだ。
 
 さらに興味深い問いがある。勅撰集は、いったい誰の命によって編まれたのか? 
 言うまでもなくそれは天皇である。天皇みずから色恋を詠い、勅撰集を下命し、人々は恋歌によって恋愛を学ぶ、これが日本文化の歴史だったのだ。
 そう考えると、この国は、現代の政治家に余計なことを言われるまでもなく、古代より、愛が治める「美しい国」であったのかもしれない――と、そんなロマンティックなことを考えるのは、私がウブすぎるからだろうか?
 
 ※
 
 百人一首関連の書籍は近年、それなりの盛り上がりを見せているようだ。本屋に行けば、百人一首についてわかりやすく解説してくれている面白い本が、一冊くらいは、新しめの文庫できっと見つかる。漫画『ちはやふる』の影響かもしれないが、こういった文化が「再生」されるのは喜ばしいことであると思う。
 ちなみに、本書『新々百人一首』を百人一首の入門書として気軽に買い求めることは、正直あまりおすすめしない。読み通すのはかなり大変で、根気が必要だ。
 丸谷才一はきっと、愛の本質をあまりにもよく識って(しって)いたのだろう――根気という愛の本質を。

宗太朗の本棚
1月号

yamada

山田宗太朗(やまだそうたろう)
早稲田大学スポーツ科学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了。
2013年からKindle等で小説を発表し始める。2014年、第一回CRUNCH NOVELS新人賞最終候補。ユリイカ「今月の作品」佳作(2014.11)。カルチャー誌『アヴァンギャルドでいこう』編集人。音楽ユニットPUNK IPAs作詞担当。ときどきバーテンダー。
twitter: @ssafsaf
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blog: http://borntobeavantgarde.hatenablog.com