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山田宗太朗、千夜千冊に挑む 第8夜:新戸雅章『バベッジのコンピュータ』~最初の科学者たち~

senyasensatsu

【松岡正剛・千夜千冊】http://1000ya.isis.ne.jp/
いわずとしれた知の巨人が営々と築き上げた
本のエベレスト。
挑むのは若輩・山田宗太朗!
この読書エッセイは頂点に辿り着くのか!?

第8夜:新戸雅章『バベッジのコンピュータ』~最初の科学者たち~
 
 本書は、「コンピュータの父」と呼ばれるチャールズ・バベッジの評伝である。
 なぜコンピュータの父かというと、現在のコンピュータの基本原理や構造を考えたのがこのバベッジと言われているからである。具体的には、解析エンジン、すなわち、演算機能、記憶機能、プログラミング、といった現在のコンピュータでは当たり前となった機能の数々を構想した科学者として評価されている(とはいえ、バベッジが生きている間には完成しなかったのだが)。
 
 バベッジは1791年1226日にロンドン郊外で生まれた。彼が解析エンジンの構想を発表したのが1834年。当時の日本がどんな状況だったかというと、江戸時代、明治維新の約三十年前である。この時代にコンピュータの概念を理解できた日本人がどれくらいいたのだろうか。明治時代の人間が西洋に憧れるわけである。
 
 科学の歴史は意外と浅い。フランス革命の前までは、科学は、上流階級の暇潰し、道楽にすぎなかったそうだ。暇を持て余した貴族たちの遊びというわけである。研究成果を実社会に役立てるといった発想は皆無で、そのための応用科学や技術を教える学校も大学の専門学科もなかった。それがフランス革命を機に、技術教育のためのエコール・ポリテクニーク(フランスのエリート養成高等教育機関。第6夜参照) が設立され、技術と科学が結びつき、その流れは産業革命が佳境に入っていたイギリスやヨーロッパ全土へ広がった。バベッジはちょうどこの、科学の土台が固まりつつあった時期に生まれ育った。
 
「科学者」という言葉ができたのはこの少し後の、1840年のことらしい。ニュートンが死んで百年後のことである。今でこそニュートンやガリレオ・ガリレイは科学者だと見なされているが、彼ら自身は生前に科学者と呼ばれたことがなかった。彼らは哲学者であり、大学教師だった。では、「科学者」の名付け親は誰かというと、バベッジの友人で、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの学長を務めたウィリアム・ヒューエルである。本書の作者である新戸雅章が指摘するように、この言葉がまだ若い新造語だという事実は驚きに値する。なぜなら、現代ではあらゆるものが科学と切り離せないからだ。
 こういった事実を踏まえると、バベッジは世界で最初の科学者の一人であると言うことができるだろうし、それ以前と以後とで世界を変えてしまったコンピュータの父であるのだから、チャールズ・バベッジへの日本での一般的な評価・知名度は、もしかしたら不当に低いのかもしれない。
 本書はバベッジの評伝だが、彼の仲間たち、つまり公式には最初の科学者たちとのエピソード等も豊富に書かれている(フリーメイソンって言葉が一度だけ出てきます)。
 
 私はあまりにも不勉強なので、本書を読むまでバベッジのことをまったく知らなかったのだが、バベッジは政治経済学者としても後世に影響を与えていたらしい。『機械類と製造業の経済について』という本が政治経済学者としてのバベッジの代表的な仕事で、この仕事に、なんと、あのカール・マルクスが非常に感銘を受けていたという。私はちゃんと読んでいないのでわからないが、『資本論』の中の「労働の分配と製造業」や「機会装置と現代の産業」という章などでバベッジを何度も引用しているそうだ。もっとも、その引用の仕方は、どうやらバベッジを批判するようなやり方だったらしいが(とは言え、先行研究を批判的に読むというのは研究の基本であるから、ある意味ではこれは当たり前のことだ)。本書の作者である新戸のスタンスは、当然ながら二人より少し距離を置き、かつ、これまた当然ながら、ややバベッジに寄っている。すなわち、「たしかにバベッジの分析は産業社会の功罪の功の部分にばかり光を当てているが、逆に言えばマルクスは暗黒面ばかりを見過ぎていたかもしれない」。
 
 いずれにせよ、チャールズ・バベッジは、偉人と呼ばれるに値する天才的な科学者だったのだろう。
 残念なことに、バベッジを扱った日本語の書籍はそれほど多くない。一冊の本として紹介しているのは本書と、2009年に『チャールズ・バベッジーーコンピュータ時代の開拓者』という本が出版されたくらいか(私はこちらの本を読んでレビューすべきだったかもしれない)。
 むしろ日本では、松岡正剛が書いているように、ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングによるSF小説『ディファレンス・エンジン』でバベッジを知った人が多いのではないか。この小説では、バベッジが構想した蒸気コンピュータが誕生していたら世界はどうなっていたか? という仮定で物語が進む。サイバーパンクの名作。文庫で読める(積ん読中)。
 
 
 ところで、1996年に出版された本書において、新戸は、バベッジがこだわり続けた「エンジン」という言葉について、これは自動車や航空機などの動力機関の意味に用いられるのが通例で、コンピュータを指す言葉としては定着しなかった、と書いているが、2010年代の現在はこの記述をちょっとだけ後悔しているかもしれない。というのも、インターネット以後の私たちにとって、たとえば「検索エンジン」という言葉などは、コンピュータ用語のみならず、すでに日常単語の一つになっているからだ。
「エンジン」という言葉は、もともと「生得の才能」や「創造力」を意味するラテン語に由来するらしい。バベッジの「生得の才能」に、二百年経ってようやく時代が追いつき始めたということか。
 私には特筆すべき「生得の才能」などひとつもないが、検索エンジンを使いまくって、少しでも「創造力」につながる材料に触れたいものである。バベッジの発想だって当時の産業革命・技術革新に支えられていたのだし……(あんまりうまいこと言えてないですね……)。
 
 ※
 
 さて、2015年の『千夜千冊に挑む』はこれで終わりである。
 WEB版片隅オープンから毎月一冊、初回の第0夜を除き、松岡正剛の千夜千冊に沿って第1夜から第8夜までレビューしてきた。1000冊(正確には2015年12月時点で1596冊) のうちたった8冊でしかないが、当初思っていたよりはるかに大変だったと、今の自分の正直な気持ちを記しておきたい。何が大変といって、千夜千冊で取り上げられている作品が、私にとってこれまでほとんど馴染みのない本、こういった企画がなければ一生読まなかったかもしれない本ばかりだったからだ。
 当然、中には自分の好みとは違う本もある。そういった本に対して、御用ライターのように、当たり障りないヨイショでゴマカシ文章を書くことだけは自分に禁じてきた。そんな小遣い稼ぎ、人付き合いのための文章は、他で書けばいい、片隅はそういった場ではない、そう思っているからである。
 その結果、私の連載は、いくらか下品なイチャモンで埋まってしまった回もあったかもしれない。
 私のイチャモンに対して、露骨に不快感を示す人もいれば快哉を叫ぶ人もいたという、この真逆の極端な反応は、個人的にはとても興味深いことで、その両方のリアクションを引き出せたことは間違いなく自信に繋がるのだが、できることなら、2016年以降は、単なるイチャモンに終わらない、何らかの価値ある発見、提言、仮説につながる何かを書きたい。もっと言えば、ある種の人々にとっては重要な意味を持つ文章を、つまり生きる糧となるような文章を書きたい。生きる糧、というのは決して大袈裟な比喩ではない。私は基本的に、自分の生きる糧となるような文章にしか興味がない。
 
 良く読むことと良く書けることはイコールではないが、良く読むことは良く書くための栄養になる。
 私は、物書きはアスリートであると思っている。私はこの場で、普段は使わない身体の筋肉や柔軟性を鍛え、普段とは違う身体の使い方を覚えるフットワークに励んでいるというわけだ。
 一流のアスリートほど、フットワークにこだわるものである。2016年はもっとフットワークにこだわっていきたい。
 
 それでは、みなさん。良いお年を。
宗太朗の本棚
12月号

yamada

山田宗太朗(やまだそうたろう)
早稲田大学スポーツ科学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了。
2013年からKindle等で小説を発表し始める。2014年、第一回CRUNCH NOVELS新人賞最終候補。ユリイカ「今月の作品」佳作(2014.11)。カルチャー誌『アヴァンギャルドでいこう』編集人。音楽ユニットPUNK IPAs作詞担当。ときどきバーテンダー。
twitter: @ssafsaf
tumblr: http://ssafsaf.tumblr.com
blog: http://borntobeavantgarde.hatenablog.com