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山田宗太朗、千夜千冊に挑む 第7夜:ベンチョン・ユー『神々の猿』~月がほしい~

senyasensatsu

【松岡正剛・千夜千冊】http://1000ya.isis.ne.jp/
いわずとしれた知の巨人が営々と築き上げた
本のエベレスト。
挑むのは若輩・山田宗太朗!
この読書エッセイは頂点に辿り着くのか!?

第7夜:ベンチョン・ユー『神々の猿』~月がほしい~
 
 箱根に『富士屋ホテル』という有名なホテルがある。明治11年(1878年) に外国人を対象とした本格リゾートホテルとしてオープンし、ジョン・レノン、ヘレン・ケラー、チャーリー・チャップリンなど各国の要人が宿泊したという、おそらく箱根で一番有名なホテルである。
 そのホテルの地下に、『ヴィクトリア』というバーがある。かつてのビリヤード場を改装して造られたクラシックなバーで、公式サイトによれば、「天井にはビリヤードを連想させる装飾が施されていたり、使われていたキューがそのまま残されていたり、外国人のお客様向けに高く作られた椅子が一部変わらず使われていたりと、当時の面影が残」り、「歴史を感じる空間」を楽しむことができる。
 私は、このホテルに一度宿泊したことがある。
 もちろん夜は『ヴィクトリア』でカクテルを飲んだ。一杯目に、富士屋ホテル発祥で有名な「マウント・フジ」というカクテルを頼んだ。ジンベースで、パイナップルジュースと卵白を使ったカクテルである。卵白を使ったカクテルは難易度が高く色々と面倒なので、バーによっては出さない店も多く、また、私自身、ある程度自分でカクテルを作ることができるものの(ときどきバーテンダーなので)、「マウント・フジ」は自分で作ったことがなく、名前は知っているが飲んだことも実物を見たこともないカクテルだったので、とても楽しみにしていた。本場、本物の「マウント・フジ」が飲める。バーテンダーに出された黄色いカクテルは、口当たりが柔らかく、甘酸っぱかった。私の同行者は、「レノン」というカクテルを頼んだ。レノン? そう、『ヴィクトリア』では、かつて宿泊した要人にあやかったオリジナルカクテルを提供しているのである。「レノン」「ヘレン・ケラー」「チャップリン」という具合に。「レノン」はシャンパンベースのカクテルで、アップルとフランボワーズの味がした。ロックではなく、どちらかといえばピースだった。私達のその旅行にふさわしいラブ&ピースなカクテルだった。
 その時のメニューに、「ハーン」というカクテルがあった。「これは?」とバーテンダーに聞くと、ラフカディオ・ハーンにちなんだカクテルだという。
「ラフカディオ・ハーン?」
 私は知らないふりをして聞いた。
「はい、日本名を小泉八雲といって、イギリスの小説家です。怪談もので有名です。富士屋ホテルに宿泊されていたことがありまして……」
「へ~そうなんですね~。じゃあ次は、カルーアミルクください」
「かしこまりました」
 カルーアミルクのような超スタンダードなカクテルにこそ、その店、そのバーテンダーの実力やオリジナリティが表れるものなのである。実際、富士屋ホテルオリジナルのカルーアミルクは素晴らしかった。ブラックコーヒーと砕いたダークチョコレートが使われていた。あまりに素晴らしかったので、家に帰ってから自分で再現してみたくらいだ。うまかった。一杯目に頼んだ「マウント・フジ」と「レノン」の味は、私の舌から完全に消え去ってしまっていた。
 
 第7夜の私は脱線しすぎているかもしれないが、私はラフカディオ・ハーンにはまったく興味がなかったということを伝えたいのであり、私とラフカディオ・ハーンの接点(という言葉がふさわしいかわからないが) はこれくらいのものだった、ということを伝えたかったのだ。だから、自分が今まさに訪れているホテルに本人がかつて宿泊し、その名を冠したオリジナルカクテルがあると聞いても、何ら心に訴えるものがなかったのである。ラフカディオ・ハーン? ああ、なんかその人に関する研究書は大学の図書館でやたら見た気がする、でも何した人か知らない、モンゴル人だっけ? といったレベルの無知を発揮し、ググることさえせず、カルーアミルクなど頼んで子どものように喜んでいたのである(まあカルーアミルクめっちゃおいしかったけど)。
 先に「私は知らないふりをして聞いた」と書いたが、正確には、「知らないふりをして聞いたふりをして聞いた」のであり、もちろん本当は何も知らなかったのであり、当時の私は同行者の前で自分の無知を隠そうとしたに過ぎなかった。単なるええかっこしいだったというわけである。そんなわけで、カクテル「ハーン」は、私の心に一瞬しか留まらなかった。
 今考えると惜しいことをしたと、ベンチョン・ユー『神々の猿』を読んで思った。
 
 本書『神々の猿――ラフカディオ・ハーンの芸術と思想――』を、私は例によって時間をかけて読んだ。一読するのにまる一ヶ月かかった。長い。また500ページを超える本が来た。千夜千冊の道はなかなかに険しい……。しかし、第6夜『辞書の世界史』がちっとも面白くなかったのに対し、本書は、これまでに本企画で読んだ七冊の本の中で、もっとも興味を惹かれる本だった。
 本書は、多岐に渡るハーンの仕事を全体的に捉えて、批評的な考察を加えたものである。著者の緒言によると、ハーンについては一般的な評価が定まっておらず、その「東西二極を股にかけて飛び歩いた人生」と「彼の業績には独特な変則性がある」ことにより、「神託のような非難か(中略) 熱烈な弁護かの両極端のいずれか一方に片寄っている」という。そしてそれは「誤った伝記的興味によって惹き起こされた結果」であるという。つまり、厳密な議論がほとんどなされていないというわけである。だから、適切なアプローチにはなおいくつかの困難が残されていることを認めながらも、入手できる資料をすべて利用し、「ハーンの時代とわれわれ自身の時代の両方に関連づけて、彼の位置を説明し、評価しよう」としたという。
 まず、このように明確な目的意識を持ち、科学的方法論に則った検証の姿勢を見せて本書を書き始めているあたりに、私は好感を持った。
 本書は、ハーンの作品の三つの重要な区分に対応して三部に分かれている。第一部が「芸術」、第二部が「文学」、第三部が「哲学」。私はとくに第一部と第二部をおもしろく読んだ。
 私は、著者ベンチョン・ユーのことをまったく知らないし、監訳者である池田雅之のあとがきによれば日本でもあまり知られていないそうだが(今、調べたら、ソウル国立大学・東京大学・ブラウン大学などで教育を受けた文学者で、夏目漱石『行人』の英訳者らしい)、本書を読む限り、彼はハーンの優れた研究者ではあっても(であるがゆえに) 熱狂的なハーンの信者ではないようだ。その証拠に、本書の多くの部分で、ユーはハーンの間違いをはっきりと指摘している。ハーンは正規の学者ではなかったし、哲学者でも、創造的な想像力に富む芸術家でもなかった。ある面では芸術的強迫観念に囚われた男であったし、ある面では無邪気なロマンチストでさえあった。
 しかし同時に、優れた再話文学者であり、紀行文学者であり、批評家であり(「解説的批評家」という微妙な言い方をしている)、ジャーナリストであり、教育家であり、芸術思想家であった。
 
 監訳者の池田は、本書の優れた点のひとつとして、ハーンの生涯の大道を再話文学者として捉えたことにあると書いている。本書がアメリカで出版されたのは1964年、日本語訳書が出たのは1991年であるが、おそらくこの研究書がその後のハーンの評価を固めたのではないだろうか。つまり、バー『ヴィクトリア』のバーテンダーが「怪談もので有名です」と語ったようなハーンの評価をである。しかも、そのほとんどは、妻である日本人の節子がハーンに語って聞かせたものであるらしい。口承の原語から話を作り、それがハーンの全作品の四分の一を占めているという事実はとても興味をそそる。どこかで読んだ記憶があるのだが、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』もそのようにして書かれたらしいし、中上健次『千年の愉楽』でオリュウノオバが語る物語も確かそのようにして書かれたのではなかったか。そういえばフォークナーも……と、こうしてある作家を糸口にして他の作家や他の作品に思考をめぐらすのは結構楽しいことだ。
 
 タイトルも素晴らしい。『神々の猿』は、著者がはじめに明かしている通り、ハーンの著作『異国風物と回想』の「月がほしい」という作品の一句から取られたものだそうだが、ここでは、猿とは、水に映る月、つまり理想を追い求める芸術家の営為と、ハーン自身の自画像が暗示されている。An Ape of Gods――単数系の猿と、複数形の神々。ハーンを論じる上でこれ以上ないほどふさわしく、かつ、美しいタイトルである。
 
 ところで、私は先ほど、「研究書」という言葉を意識的に使ったのだが、本書は一ヶ月程度でさらっと読むような書物ではなく、何年もかけて研究するだけの価値がある重要な書物なのではないかと思う(正直に言うが、本書を千夜千冊にさらっと挟み込むのは、研究一般に対して敬意が欠けているのではないかという気さえする――本来ならば松岡正剛以外の誰かがやるべきことだ)。こういった書物に対して、たかが一度、何の予備知識もない状態で読んだ者が、何らかの価値のある文章を書けるとは私には思えない。もしそういった人がいたら、その人はよっぽど教養がある人か、天才か、大馬鹿者のいずれかだろう。私は必然的に大馬鹿者の立場を取らねばならないので、本稿を、一見何の関係もない富士屋ホテルにまつわる話で始めて、エッセイ風レビューを気取るしかなかった。勘弁してください。
 
 本書を読んだ後、私は、数年前に訪れた富士屋ホテルでの楽しい記憶にしばらく浸り、富士屋ホテルに関する情報をネットで拾い読みしてみた。すると、ハーンが富士屋ホテルに滞在していたのは、富士屋ホテルで療養していた友人のB・H・チェンバレンを見舞うことが目的だったというではないか。おそらくこの情報は、数年前に富士屋ホテルに宿泊することを決めた際にも読んでいたはずなのだが、無知であった私には、チェンバレンと聞いて思い浮かぶのはNBAの往年の大スター、ウィルト・チェンバレンくらいであって(一試合100得点の記録を持つ)、B・H・チェンバレンのことなど知るはずもなかったのだった。だからまったく記憶に残らなかったのだろう。
 そのチェンバレンとハーンとの往復書簡が本書『神々の猿』中、何度も引用されており、しかも、チェンバレンが古事記の英訳者だったと知って、私は、数年前の自分が、文学的に大きな意味のある場所に鼻の下を伸ばしてヘラヘラしながら宿泊していたのだと気付いて、まったく自分は滑稽だなあ、などと思ったのである。
 甘酸っぱい「マウント・フジ」の味も、爽やかな「レノン」の味もほとんど忘れ、「ハーン」のレシピを知ろうとすることもなく、偉大な文学者達が同じ時間を過ごした場所を素通りしてしまった私は、なんともったいない人生の使い方をしているのだろうか。そのことに気付いただけでも、私にとっては、本書を読んだ意味があった。
 
 
 ちなみに、どうでもいい話だが、その時一緒に富士屋ホテルに宿泊した「同行者」とはもちろん、当時の私の恋人のことなのだが、その後別れてしまい、今となっては、彼女と私とは完全に音信不通である。
 本稿を書きつつある間、私の頭の中では、吉井和哉のあの妖艶な歌声が流れ続けていた――追いかけても追いかけても 逃げて行く月のように 指と指の間をすり抜ける バラ色の日々よ……

 おしまい。

宗太朗の本棚
11月号

yamada

山田宗太朗(やまだそうたろう)
早稲田大学スポーツ科学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了。
2013年からKindle等で小説を発表し始める。2014年、第一回CRUNCH NOVELS新人賞最終候補。ユリイカ「今月の作品」佳作(2014.11)。カルチャー誌『アヴァンギャルドでいこう』編集人。音楽ユニットPUNK IPAs作詞担当。ときどきバーテンダー。
twitter: @ssafsaf
tumblr: http://ssafsaf.tumblr.com
blog: http://borntobeavantgarde.hatenablog.com