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フシギな日本文化論──谷崎潤一郎「陰翳礼讃」を読む① 松本和也

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 大谷崎とまで称された文豪・谷崎潤一郎(一八八六~一九六五) に、「陰翳礼讃」(一九三三~四) というエッセイがある。「フシギな日本文化論」と題したこのコラムでは、この「陰翳礼讃」をとりあげて、全面的に肯定してその美的感性に酔うのでも、逆に批判的なスタンスから論理の飛躍やいい加減さをあげつらおうというのでもなく、タイトル通りではあるけれど、ていねいに読んでみれば思いの外「フシギ」なエッセイの「フシギ」にたちどまりながら、少しく考えをめぐらせてみたい。そして、叶うことならば、生誕一三〇年ということで盛り上がっている谷崎潤一郎について、そのイメージをなぞって消費するばかりでなく、何かしらを考えるきっかけまでを提示することができれば、と思う。
 
 没後五〇年=二〇一五年から、生誕一三〇年=二〇一六年にかけて、谷崎フィーバーとでも呼んでみたくなるほどに、谷崎をめぐるさまざまな出版・イベント・ニュースはにぎわいをみせている。その最大のものは、決定版全二六巻と謳われた、『谷崎潤一郎全集』(中央公論新社、二〇一五~二〇一七予) の刊行だと思われる。また、谷崎関連の書簡が多く発見、刊行されたのもこの間のことであるし、芦屋市谷崎潤一郎記念館が断続的に企画展をうっているのを筆頭に、山梨県立文学館、神奈川近代文学館などでも大規模な展覧会が催され、現在は、弥生美術館が「谷崎潤一郎文学の着物を見る~アンティーク着物と挿絵の饗宴~」展を開催中である。つけたせば、ハンディな入門書であるムック『文芸別冊谷崎潤一郎 没後五十年、文学の奇蹟』(河出書房新社、二〇一五) も、タイムリーな出版物であった。
 さて、「陰翳礼讃」とは、一口にいってしまえば、谷崎による日本文化論で、一般的には、日本文化の美質を語ったものと受けとめられている。その現在の位置づけは、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(角川ソフィア文庫、二〇一四) という文庫本それ自体によっても示されている。このシリーズがラインナップとしているのは、『土佐日記』、『源氏物語』、『平家物語』、『奥の細道』といった、日本文学史上の錚々たる古典から、広い意味での日本文化を肯定的に論じた書物群で、刊行年の新旧にかかわらず、わかりやすい、伝統的な日本文化・文学(論) が並んでいるのだ。あるいは、大久保喬樹『日本文化論の系譜 『武士道』から『「甘え」の構造』まで』(中公新書、二〇〇三) において、「文人たちの美学」という章でとりあげられる「陰翳礼讃」とは、文学者による日本文化論として、川端康成『美しい日本の私』(一九六八) と双璧をなすものと位置づけられてもいる。
 ならば、そこには何が、どのように書かれているというのだろう。
 具体的には、次回以降、本文に即して読んでみたいのだけれど、ここで評価を一つ紹介しておきたい。小説家の伊藤整は、かつて「陰翳礼讃」を論じて「日本美の認識方法の理論的な記述」・「古典日本美論」と捉えた上で、「日本の特有の美を論じたものとして、この『陰翳礼讃』のやうに本質にせまった議論を私は読んだことがない」と絶賛している。
 もとより、谷崎が文学者であることから、文学論としても読まれ、(西洋文化を対置した) 文明批評論、さらには建築論、今日では「節電」論としても読まれている。あるいは、日本的な「わび・さび」を語った随筆として、高校の国語教材に採録されてもいる。その具体的な内容・主張までは知らなくとも、「陰翳礼讃」というタイトル自体が、わかりやすく西洋的な価値観とは異なる「日本らしさ」を打ち出しているようで、わかった気もなりやすく、その意味では谷崎らしいキャッチーさをもったエッセイであることは間違いない。
 つけたせば、谷崎は、一般に「日本回帰」を遂げた文学者だといわれている。もともと、西洋文化・文学を好み、映画などにも興味を寄せていた谷崎は、関東大震災と関西移住、それに伴う作風の変化によって、西洋から日本へと興味を移し、古代から連綿と続く(とされる) 日本文化を「再発見」した文学者だと思われている。たとえば、モダン・ガールを登場させた『痴人の愛』(一九二五) から、『源氏物語』の現代語訳(一九三九~一九四一) へといった作品史も、こうした理解の妥当性を裏づけているようにみえる。
 つまりは、純日本的な文学作品へとそのキャリアを進めていった谷崎と、日本文化の美質を論じた「陰翳礼讃」とは、鶏と卵の関係よろしく、文学者とそのエッセイが、双方とも日本文化賛美というイメージによって、お互いの内実を支えあっているような印象が強い。もっといえば、谷崎という文学者にしても、「陰翳礼讃」というエッセイにしても、本来はそれほどわかりやすく単純ではないにもかかわらず(たぶん)、日本文化賛美というイメージによって、わかりやすく、しかし貧しく、単純化されて受けとめられているようにみえるのだ。もちろん、ちゃんと読んでみても、わかりやすいエッセイだった、ということはあるだろうし、さまざまな要素をまとめあげるテーマは、日本文化賛美ということで動かないのかもしれない。
 それでも/それゆえ、このコラムでは、改めて谷崎潤一郎「陰翳礼讃」を読んでみたい。というのも、繰り返しになるけれど、「陰翳礼讃」はそれほど単純な日本文化論には見えず、さまざまな面で、フシギな日本文化論ではないかと思われるふしが、多々あるからに他ならない。次回から、そのフシギを、少しずつ解きほぐしてみたい。

 

 

 

 

 

 

 
 

nigaoe-ma

松本和也(MATSUMOTO,Katsuya)1974年、茨城県生まれ。

大学教員。
昭和10年代の文学場研究と並行して、現代文学・演劇についての批評も執筆中。
著書に『現代女性作家論』、『川上弘美を読む』(以上、水声社)、『平田オリザ 〈静かな演劇〉という方法』(彩流社)、『昭和一〇年代の文学場を考える新人・太宰治・戦争文学』(立教大学出版会)ほか。