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伽鹿舎から東京の片隅に吹いた風 「日本の“片隅”で、本をつくる、出版社をつくる。―伽鹿舎の、つくり方―」 吉野つむぎ

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 伽鹿舎という出版社を始めた加地 葉は、私の友人の中でも非常に興味深い人物だ。
 
 昨年の夏、熊本在住の加地に地元を案内してもらった。それからあの地震があり、さぞ苦労や心配があったろうと思う。そういうと「私は大したことはない」という返事が返ってきた。だが、加地は自分については過小評価する傾向が高いので、まったくアテにはならない。
 この加地が、ちょっと変わった取り組みを始めた。伽鹿舎という出版社を作り、九州でしか買えない本を作ろう、九州から日本の文藝を変えていこうという。
 そんな人がわざわざ東京まで出てきて、トークショーをやる。しかも、私の生まれ育った清澄白河で、となれば行かない訳に行くまい。
 
Cn-uCoeVUAE6hR1 東京に呼んだのは、tsugubooksさん。場所は東京の片隅 清澄白河のgift_lab GARAGEで、ここは妻有トリエンナーレという新潟で3年に一度行われる芸術祭と連携しているカフェである。tsugubooksさん自身も熊本と東京というダブルローカルや、地方をどう活性化していくかというようなことをお考えのようで、この場所を選んだそうだ。
 トークの進行は、蔵前の書店であり、取次であり、出版社でもあるH.A.Bの松井佑輔さん。
 みな若く、未来を考え、ビジョンを描きながら行動に移している人達である。
 
13708193_1070401899709400_6358480484634264343_o 2016年7月22日。会場は40人ほどのお客様でいっぱいだった。九州でしか買えない伽鹿舎の文藝誌「片隅」と「幸福はどこにある」も販売されていて、多くの方が購入していたようだ。
 
 トークの内容は、「どうやって無名の素人が本を出版できたのか?」というものだった。
 加地の話に、時折、松井さんが出版業界の専門用語や慣習について補足しながら話が進んでいく。加地の、あまりに出版業界の常識を打ち破った話に「どこからツッコんでいいのか……」と苦笑される場面もあった。
 
 そもそもの発端は、加地がオンラインの小説投稿サイトに関与することになったことから始まる。ライトノベルと呼ばれるジャンルは、SNS的投稿サイトがあり、そこからデビューする人もいるくらいなのだが、それ以外の分野には、そのようなきっかけがない。
 
 例えば、今、小説家としてデビューするためには新人賞を取らねばならなくて、5000人の応募があったとして、たった1人しかデビューできない。では2位や3位は小説としてダメなのか? そんなことはないだろう。審査員の好みに合わなかったとか、もう少し手を加えればよかったとか、そういうことを考えたら、50位くらいまでは、「面白い!」と思えるものがあるのではないか? 加地は、だからそれを掬い上げたい、もっと言えば単にそれを読みたい、と思ったらしい。
 
 加地のビジョンは明確である。「自分の読みたい本を創りたい」「九州から発信したい」「九州の本屋を元気にしたい」。非常にシンプルでいて、強い。
 自己本位にも聞こえる言葉だが、それをプロデュースしたり、キュレーションしたり、デザインしたりする力を加地は持っている。その意志が強いからこそ、プロの方々が賛同してくれる。プロは(特に企業に所属する人は)、ビジネスとしての採算やら規模を前提に動いているが、加地にそんな制約はない。プロが手を出せなくなっている隙間を、時にはプロの手さえ借りて、駆け抜けていく。
 
 たとえばフランソワ・ルロール「幸福はどこにある」は、NHK出版で絶版となっていた本だ。丁度、この話を原作にした映画が発表されていたが、本が再販される予定はない。それこそプロである出版業界では、この本を再版することは容易ではないのである。だが、これをもう一度本として出したい、どうせならNHK出版とは違う形で、と加地は考えた。
 
 外国の書籍を日本で出版するとなると、フランスの原著者と翻訳者という二つの版権を処理しなければいけない。しかし、ド素人の加地はそれを短期間で実現させてしまう。こういうことは、逆にある程度分かっている人の方が、手続きの大変さが想像できてしまって、手を出しにくいのかもしれない。(余談であるが、この本は、精神科医が「幸福とは何か?」を童話という形で描いたものである。幸福やキャリアや鬱について考えている人にお勧めする。)
 
 同じようなパターンで、いくつもの「それ、できるの?」と人が驚くようなことを、加地は難なくクリアしていく。
 坂口恭平とコンタクトを取り、企画に興味を持った彼が協力を約束してくれたり、知人を介してあの谷川俊太郎に原稿を依頼したり……。
 
 坂口恭平と谷川俊太郎の詩は伽鹿舎の文藝誌「片隅」に掲載されている。
 加地は「片隅」を刊行するにあたり、エンドユーザーである読者の要望を探るのではなく、作家や書店の側に寄り添うという形を取っている。
 自分が読者としてお付き合いのある作家や、大好きな書店の店員と、伽鹿舎が始まる以前から濃いコミュニケーションを取っている。本好きな書店員・書店と直接コミュニケーションを取りたい、九州の書店を元気にしたいということも、九州限定というこだわりにつながっていく。
 
 こういうと加地が自信に満ち溢れた、スーパーキャリアの持ち主のように見えるかもしれない。しかし本人は、「自分は読んでいる本の数も少ないし、学もない馬鹿である」という。まったくそんなことはない。どう考えても私の数十倍の数の本を読んでいると思うし、論理的で頭の回転も速い。
 もし加地が馬鹿だというのならば、「知らないことを恐れない」という点においてのみである。自分より詳しい人がいたら、その人に聞けばいい。聞く宛さえも分からなければ、まずgoogleで検索してみよう。こんな素直さと率直さは、人を惹きつける魅力だと思う。
 
 こうして手探りで進む活動の中から、文藝誌「片隅」だけでなく、単著の本の企画が生まれ、さらに人のつながりが広がっていく。
 どこに行っても同じような本ばかり並ぶ無個性な書店、そして地方故に配本されない「流行の本」、取次や委託・買取制度と言った流通、そういった問題に対する地方からの革命、それが伽鹿舎だ。
 
Cn-uSXxVIAATxbL トークショーは、震災の余韻の残る熊本の書店の現状を伝えて終わった。「ここで買いたいから再開を待っています」というメモが貼られた書店の話には、思わず目頭が熱くなった。
 お客様の多くが、伽鹿舎という夢を形にしていく面白い企みを、知ることができて良かったと感じていたと思う。
 
 現在「片隅」は、2号まで出ている。「片隅」を象徴する巻頭詩は、谷川俊太郎の書き下ろしだ。また、それに合わせた田中千智の絵も素敵である。自分がいる場所は常に片隅なのだ、だからこそ風に誘われるままどこにでも進んでいけると、勇気づけられる一篇だ。
 
 その他に掲載されているのは、九州の歴史のコラムもあればルネサンスのイタリアの小説もあるという、まったくの自由である。坂口恭平の詩、萩原正人(元お笑い芸人キリングセンス)の小説、ビッグネームから無名の人まで載っている。雑誌などというものは、自分の好きなところだけ読んでお終いということもあるが、この本は違う。何が出てくるか分からないから、つい読んでしまう。普段は読まないような文章に出会うことができるのだ。
 内容としては九州に限定する必要はまったくないクオリティである。どこからが「小説家」としてプロなのか、「出版物」として商業誌なのか? そんな区分けをする必要があるだろうか? 面白ければいいじゃないか。
 
 加地は判断のスピードが速い。フルタイムの本業を持ちながら、年間4冊の本を出版するというのは(しかも編集者としてプロの経験がある訳ではない)、並大抵の作業スピードでは追いつかない。しかも単著だけならまだしも、文藝誌である「片隅」は、二十人近くの原稿を取りまとめ、編集しているのだ。
 トークの後で、伽鹿舎の印刷を引き受けている、藤原印刷の後継者兄弟の片割れ藤原章次氏と話をした。「入稿データのミスがあっても、決断が速いから助かる。僕が社長になっても伽鹿を担当したい」とおっしゃっていた。
 
 今はAmazonでしか買えない本というのはたくさんある。そこへAmazonでは買えない本を創ろうという、正反対の方向へ突っ走る伽鹿舎。
 伽鹿舎の取り組みは、本好きの端くれとして最高に楽しいし、応援したい。地方創生としても面白いし、異業種から出版へ参入する話としても面白い。
 伽鹿舎は、加地の行動力と奇跡的な偶然の幸福が重なって、ここまで来ているように見えるだろう。しかし単なる偶然などではない。加地が今までの人生の中で、「好き」というものに対して全力投球し続け、その中で培った能力や人とのつながりが、この素晴らしい偶然を呼び寄せていると思うのだ。
 こうした下地がなければ、目の前にある偶然の幸福を捕まえるどころか、見つけることさえできない。
 
 何かをやりたいと夢を持っているのに、二の足を踏んだり、自ら始めない理由を作っている人には、加地の話は勇気になるだろう。
 初めて行動するのに、何を恐れる必要があるのだろうか? 失敗を恐れる必要など、どこにもないのだ。
 加地は、自分が有名になりたいわけでも、儲けたいわけでもない。ただ純粋に、九州の片隅から「本が読みたい」、「九州の本屋を元気にしたい」と行動している。
 伽鹿舎の活動は、二冊の文藝誌と一冊の単著で終わりではない。これからもっと多くの人たちを巻き込んで、広がっていくだろう。
 その活動が風に乗って、九州の書店から日本中の読者に、多くの日本語の書き手に、広まって欲しいと願っている。私は「伽鹿舎が出来た時から知っているよ、実はやっているのが友達でね」と自慢して歩くことにしよう。

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吉野つむぎ(Tsumugi Yoshino)

江戸っ子。美術鑑賞・観劇ときどき豆本。
縁側でお茶をすすっている御隠居さんになりたい。
ふと思い出したように文字をつむいでいる。