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夜による夜 最終話 伊藤佑弥

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 歩き続けていると、突然、見覚えがある景色があった。後ろを見る。知らない景色。前を見る。知っている景色。名探偵のように点と点が繋がる。ここがここに繋がっているのか。僕の通っていた大学の近くだ。増田の家から徒歩十分くらいのところ。もしかしたら、ぐるぐる回っていたのかもしれない。酔っていたし。僕は線路沿いを曲がって、駅があるほうへ歩く。住宅街から少しずつ、店が増えていく。
 何も音がしなかったのが嘘みたいに明るさや音が溢れている。遠くで車の通る音もした。よかったあ。もう蜘蛛の糸で地獄から脱出したような安堵。もう日常だ。携帯で時間を見る。まだ電車のある時間だった。少し小走りで改札口まで向かう。何人かの飲み会終わりの集団とすれ違う。久々に人の声を聞いた気がする。
 駅のホームに着いて、座って待つ。本当なら歩いても帰ることができる距離だけど、もう歩き疲れたので、電車に乗る。電車賃は持っていた。まだ終電ではないらしい。駅前は人が何人かいたのに、ホームに人は少ない。向かい側に数人いるが、こっちのホームには誰もいない。静かな世界に戻った。電車が来るまでの時間が長い。待っているからかもしれないけど、長く感じる。そして来る気配もない。
 ベンチに座っていると、谷口がホームに登ってきた。
「え、谷口じゃん?」
 驚きながら、谷口を見る。よっこいせと、足をかけて登り終えた谷口が僕に気付いた。
「おーウツギじゃん、何やってんの?」
「いや電車待ってる」
「そっかー、へー」
興味なさげな谷口。死ぬ直前の谷口にどこか似ている。
「お前はなにやってんの?」
「なんかぶらぶら」
「へー、自殺だったの?」
聞きがたいことだけど夜中、誰もいない、疲労の三つが重なり、言葉が口を滑るように落ちて言ってしまう。
「え?何急に」
「死んだの、自殺だったの?違うでしょ、」
「なんだよ急に、」
 困った表情を浮かべているが、気にせず続ける。もう僕は谷口の表情を見ていない。
「自殺じゃなく事故なんでしょ、低かったし」
「んー、」
 谷口は黙っている。僕は続ける。
「事故で、自殺未遂でしょ、振り向いてほしかったんでしょ、最後にするつもりで、なんで、サオリが僕と一緒にいるかわからなかったんでしょ、そんなん僕もわからないよ、好きなだけじゃなく、他のなんかがあって、一緒にいるんだから。お前はなんで飛び降りたの?」
「さあ、終わらせたかったんじゃない?」
 谷口は言う。投げやりな口調だ。怒っているのかもしれない。ボールをヘタクソに投げるように言葉を続ける。
「なあ、ウツギは終わらせたいの?」
「さあ、」
「いつでも死ねるよ、」
「そうか」
「簡単に死ぬんだよ、電車が来る直前にここから降りたら簡単だよ」
「知ってる」
 顔を上げて正面を見る。線路があって、ここに降りたらもう簡単に強制終了ができる。
「へえ」
 何故か笑いながら谷口は言う。
「なんで、告白したの?」
 谷口の笑いに釣られてか僕も笑いながら聞く。
「なんでって、好きだから」
「好きだと、告白するの?」
 僕は谷口の方を見て言う。しかし谷口はもういない。でも声は聞こえる。ホームには人が何人かいた。電車はまだ来ない。
「そうなのか、」
 ひとり言。もしくは谷口に向けての言葉。谷口は事故死だったと思う。自殺ではなく、ただ酔っ払って、二階から落ちて打ちどころが悪くて死んだ。まるでさっきまでの僕のような思考でそのまま死んだ。僕は生きている。
「たぶん最後だから聞きたいんだけど、」
 息を飲む。これで最後のような気がして改めて言ってしまう・
「なに?」
「やっぱいいや」
「そっか」
 そう言われると聞きたくなるが言わない。聞いた方がいいのかもしれない。聞けばすっきりするのかもしれない。でもすっきりしたいのかどうか僕自身わからない。
「うん、いいや」
 思考より先に言葉が出る。そうか。聞きたくないのか、と気付く。
「そっか」
 言葉が続かずに沈黙になる。
「あのさ、」
 さっきまで谷口のいた場所を見るが、もう谷口はいない。電車が通過して、音がかき消される。僕の声すら自分に届いていない。電車の通る音が全てを消してくれる。
 だから一番恥ずかしいことを言おうとした。でも止めた。言っても意味はないと思った。
 一瞬で電車は通り過ぎた。誰にも聞かれない言葉は不必要な気がした。きちんと伝えようと思う。電車のドアが開く。白く明るい世界に呼ばれた。車内には人が少なく、僕は近くの椅子に座る。隣は空いているが、谷口はやってこない。
 
 もう谷口は現れなかった。誰とも話さず、電車降りてようやく最寄駅に着いた。ホームに降り立った瞬間、大きく息を吐いた。全てを吐きだしたような気持ち。吐いたのは息だけなのに。
 自宅の近くはまだ数時間しか経っていないのに、ものすごく久々に感じる。ずっと帰ってなかったような気がしてしまい、住宅街の景色が新鮮に映る。ただ今まで帰り道に良く見ていなかっただけかもしれないけど。
 いつもの場所で今日も小説家が正面を歩いていた。いつものように緑色のジャージだ。彼は両手を上げて、いつものように何かを言っていた。日常だ。ようやく帰ってきたような気がした。
「死ぬとは生きることで、死ぬから生きることができて、僕らは暗闇に揉まれてまみれて」
 小説家は言っている。いつもののようによくわからない言葉だ。でも死ぬとか生きるとかそういう言葉が今の僕には過敏に反応して、いつもなら通り過ぎてしまうのに、立ち止まってしまった。小説家は僕を見ずに少し上を見ていた。黒目だけが光っている小説家を僕は見ている。
「よお」
 僕は思わず彼に声をかけてしまう。両手を上げて空中を揺らいでいた小説家は動きを止めて僕を見た。
「寒いとさ、死んでるような気がしない?」
 思わず僕もよくわからないようなことを言ってしまう。
「は? 何言ってんのお前」
 小説家がいつも呟いている口調とは違う怒ったような口調で言う。僕は苦笑い。小説家は僕を無視して、再び歩き出す。
「死んでいるか、生きているとか、全て夜に吹かれて終わる」
 小説家の声が遠くなっていく。彼の背中を見て、前を向く。
「怖」
 小さな声で言った後、また僕は歩き始める。帰るために。だんだん歩く速度は速くなり、走り始めてしまった。息が続くまで走る。家がもうすぐ見えるはず。
 

ito

伊藤佑弥(Ito Yuhya)
@motokano_goyaku

東京生まれ。文芸と演劇とその他ユニット「元カノを誤訳」主宰。
日常や生活や君やあなたと僕、私が回転してぐるぐる回るような言葉に、新たな視点から普遍的な世界を描く。
あの日に見た夕方の風景と恋愛の記憶、話しかける人がいないから話した壁、ふとした瞬間の瞬間の作品作りをしている。
近年は文学フリマなどの同人誌即売会に参加し、主催として文芸と雑貨の展示即売会を企画し、演劇も上演している。
2014年の主な活動として、文学フリマ東京/大阪に参加。
小説は、小さく持ち運べ物語をより身近にするコンセプトのもと元カノ文庫シリーズを発刊。2015年までに9冊刊行中。
演劇は、2013年12月銀座ギャラリー悠玄にて演劇作品『色あせても一人』2014年6月に吉祥寺YORUにて『日々響く、ひび割れて』上演。
個人企画として、に吉祥寺YORUにてライブと展示と同人誌即売会「たぶん家」「たぶん本棚」を企画。
そして同人誌即売会とライブペインティング企画「やすみの誤訳」を企画主催。
7月には、下北沢THREE×お前の先祖共同企画<YOUR SENZO IS GOOD>に参加。
お前の先祖の楽曲とコラボレーションで小説を作成。
他にもしずくだうみ2nd E.P.「泳げない街」の会場購入特典として小説を作成配布。

paco

安藤ぱこ(Ando Paco)

描きたいものを描きたいときに描きたいだけ描いています。パステルカラーとふわふわしたものがすきです。