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夜による夜 5 伊藤佑弥

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 ドキドキしている。サオリから別れを切り出される時のように緊張してしまう。サオリと谷口なにか複雑な事情でもあるのか。
「サオリさんストーカーされてたんすよ、いやストーカーってわけじゃないですけど、なんかストーカー的な?」
「え? どゆこと?」
 ストーカー的ってどういうことだ。
「何回も告白したりとかしたらしいですよ、谷口さん。ウツギさんより俺はすごいとか言ったりとか」
 何故、その事実を僕が知らない。え、そんなこと言っていたのか。サオリに? え、嘘。全く知らなかった。
「なにそれ」
「こわー、なにそれ、こわ」
 アイさんが苦笑いで呟く。知らない登場人物ばかりなのに話を続けて申し訳なくなる。
「でしょ? 怖いでしょ? あーでもたしかウツギさんには伝わらないようにとかしてたっけ、あーしてたな、たしか。してたんですよ、なんかサオリさんがウツギさんには絶対に言わないでとか言ってて」
「え、そんなことしてたの?」
「そうですよ、んで谷口はすんごいウツギさんの評価落としたり、誰かと浮気しているって言ってたりとか、言ってて、でもサオリさんはそんなことないってずっと信じてましたね」
「わー良い人だー」
 アイさんが笑いながらビールを飲みつつ言っている。僕は無言で聞こえた言葉を処理している。知らなかったことだらけで、何も言えない。
「それで谷口さんに告白されてて、なんかずっと断ってたんすよ、サオリさん」
「そうなんだ、」
 下を向きたくなる。地面に潜りたくなる。そしてそのまま地球の中心のマントルで焼け溶けて死にたい。
 そういえば、付き合って間もないころ、サオリから誰かの名前を出されて知ってる? と尋ねられたことがあった気がする。絶句。衝撃。それがその谷口が言っていた僕が浮気していると嘘付いていた相手の名前だったのかもしれない。
 そう思うともう言葉が出てこない。じっと増田の顔を見つめてしまう。
「え、それで今はその谷口って人は?」
 僕が黙っていると気を使ってか、アイさんが聞く。
「あ、えーと、まあ、死んじゃったの」
 増田が、普通に物の場所を聞かれたように答える。
「えええ!」
 アイさんには知らない話だったので、彼女は目を大きく開いて驚いている。
「それって、その人のなんか心に刻まされるために?」
「いや。わかんないけど、」
 すぐに否定してくれる増田。ありがたい。僕はじっと声だけ聞いて炬燵の上に置いてあるビールの缶を見つめている。言葉を出さなきゃ。何かを言わなきゃ。でも何も浮かんでこない。どうしよう。ビールを持つ。手に冷たい感触。
「知らなかったわー」
 持っていたビールを一気に飲みながら言う。ようやく出た言葉。頭が熱くなっていく。谷口はサオリに告白しまくっていたのか。全然知らなかった。なんだよ、好き過ぎて死んだのか。なんだよ、それ。そんなの僕がサオリを思う気持ちより、強い。僕なんかよりずっと強い。谷口が死んだのは確実に自殺だ。死ぬくらいの気持ちで死んだんだ。死ぬほど好きを体現したんだ、あいつは。
 サオリは何故僕を選んだのだろう。しかも今までずっと付き合ってくれている。何故。どうして。どんどんわからなくなっていく。わからないがろ過されて、不安だけが残る。
 考えても答えはでない。答えはないのに不安がある。
「先輩は彼女のこと好きなんですか?」
 アイさんが新しいビールを僕に渡しながら聞いてくる。
「え?」
 お礼を忘れてしまうほどの直球の一言。心の穴にすぽんと入り込んでしまう一言。
「なんか、先輩って彼女のこと好きそうじゃない感じするんですけど」
 増田を見ると、もう酔っぱらっていて眠たそうに目をこすっている。
「そうかな、」
「はい、ああ、私、なんか増田から先輩の話よく聞くんですよ、増田、先輩のこと大好きなんで、」
 増田がそんなに僕のことを思ってくれているなんて。うれしくなって増田を見ると、もう倒れていて寝ていた。早すぎる。まだ聞きたいことたくさんあったのに。谷口のこととか聞きたかったけど、起こせないので、家に入れてくれたことにお礼を心で呟く。
「んー」
「先輩は好きじゃないんですか? 彼女のこと」
「え、僕好きそうじゃない?」
 驚いて、飲もうとしていた缶ビールを置いてしまう。
「はい、まあ増田から聞いたのと、今の印象しかないですけど」
 はっきりと、言われる。好きそうに見えないのか。そうなのか。
「なに聞いてるの?」
「えー」
 言いにくそうな微妙な表情を見せる。何を言ってやがる、増田。
「なんか、先輩は何もしてないって。彼女さんに甘えてるって。すごい人なのに、なんもしないのがくやしいって」
「え、なにそれ」
「彼女に甘えまくってるって」
 さっきより甘えの程度が上がっている。そんなに甘えているのか、僕。増田を見る。気持ちよさそうに寝息を立てている。
「いや甘えていないけど、」
「いやいや働いてないで、彼女の家にいるんですよね?」
「まあ、バイトはしてるよ、」
「いやいやちゃんと、働けよ、それ甘えてますよ」
 お酒のせいか大爆笑しながら言われる。僕もお酒のせいで不快には思わない。
「やっぱなんもしてないじゃないですか」
「なんもってなにさ」
「そんなん私に聞かないでくださいよ」
 何をしているのだろうと考える。ああそうか、何もしていないのか。
「まあ彼女さんは先輩のこと好きですよね、」
「そうなの?」
 そうなのか。好かれているのかわからない。
「そうですよ! え? わかんないですか? マジで?」
「だって、今日出てけって言われたよ?」
「いやいやそれはだって先輩が悪いじゃん、勝手に勘違いしたんでしょ? ストーカーと付き合ってた? だか好きだったかとか思ってたんでしょ? そりゃあ怒りますよ、好きな人にそんなこと言われたくないですよ、増田の話だとめっさ守ってたじゃないですか」
 早口で捲し立てられ、何も言えない。
 何も言えなさすぎて、ビールを飲む。ビールを飲むことで、言葉を発しないことを誤魔化す。
「先輩はなんで好きなんですか? 彼女さんのこと」
 好きなんですか? と聞かれたらすぐにうんと言える。でもなんで? と聞かれたらとたんにわからなくなる。好きってなんだ、当たり前な質問が浮かぶ。中学生でも悩まないようなことで悩んでしまっている。
「好きだよ」
 照れながら言ってしまう。まるで、アイさんに告白したみたいになっているような気がしてしまう。恥ずかしくて缶ビールを見つめる。
「なんで一緒にいるんです?」
「え?」
 アイさんの表情を見る。
「なんで一緒にいるの?」
「いや、いるから?」
「好かれてるからいるんですか?」
「ちがう、よ?」
「多分、好きじゃないんですよ、先輩彼女のこと」
「いや、好きだし」
「ふうん」
「ふ、二人はどうなのさ! じゃあ」
「んー」
 彼女はのんきに寝ている増田を見る。好きとか嫌いとかわからなくなる。
「私は信じてますし、好きですよ、」
「そう、もうわかんないや」
 全てを放り出して、寝転がってしまう。上から見ればこたつに足が埋まった人のように見える。いきなり寝たので、天井が酔いのせいで揺れる。
「好きじゃないんですか、全てを気にするとか」
「わかんない、もう」
 炬燵の中で足をばたばたと動かす。がんがんと暖かい金属部分に当たり音が鳴る。僕はサオリが好きかどうか。わかっているのに見ないフリをしている。自分がこうだから。自分がああだからって誤魔化している。
「増田が言ってましたよ、先輩は何でも解決できるすごい人だって、そのストーカーの人が死んじゃった時も、一人冷静で、すごいって」
 笑ってしまう。そして泣きそうになる。僕がすごい。笑ってしまう。それは忙しかったから何も知らなかっただけだ。自分で精一杯だから、興味がなかっただけだ。すごいわけではない。
「すごくないよ、」
 天井が歪んできたので、目を瞑る。暗闇の中だと誰もいない。
「あのさ、谷口とサオリって仲良かったのかな」
 誰も見ていないので誰かに聞く。
「仲良くないと思いますよ、話しか聞いてないんであれですけど」
 誰かが返事をしてくれる。アイさんだけど。
「なんで、」
「本当に好きなんですか?」
 僕はその質問を無視する。だんだん頭が重たくなり、お腹から熱くなっていく。足は炬燵のおかげで温いまま。
「好きだよ、でも言うの恥ずかしいじゃん」
「言わなきゃわかんないですよ、増田も気付かないくらいなんですから。わかんないですよ」
「そういうのって、言わなくちゃ伝わらないの?」
 今話している人が後輩の彼女に見えない。恋愛の教祖に見える。恋愛神様だ。年は六か七くらい違うけど、神様。女神。
「全部なんて伝わらないよ、知ることと知らないことがあるんです」
「はい」
 返事もよくなる。目の前にいるのは神様。返事はきちんとしなければいけない。
「じゃあ伝えなきゃ、」
「え?」
「今から言いに行きなよ、」
「え?」
「ほら、早く」
「え、でも寒いじゃん」
 炬燵からは出られない。足はもう抜けない。しかし起き上がることはできる。腹筋を使って起き上がる。アイさんは変わらず僕を見ていた。
「寒いからって言えないなんて、本当は好きじゃないんですか? 言いに行きなって」
「いや、好きだけど、え、なんて言えば、」
「今言ったようなこと」
「え? なんか言ったっけ」
「さあ、」
「え、そこわかんないの? え、何言えばいいの」
「もうわかってるでしょ、ほら」
 アイさんはかわいい笑顔を見せながらビールをごくりと飲んでいる。
「え、ええ?」
 僕は戸惑うばかり。しかもアイさんは炬燵の中で僕の足を蹴ってくる。炬燵から押し出そうとしている。
 何回も蹴られて痛いので足を出す。何を言えばいいのだろう、え、どうしよう。そして寒い。ここからまた外に出なきゃいけないのか。それは無理だ。寒い。もう極楽を知ってしまったから、もう動けない。また炬燵の中に足を戻す。
「たぶん無理だよ?」
 今から行っても、ドアを開けてくれるはずがない。
「なんで、」
「寒いし」
「寒いのはビールを飲めば平気ですよ」
 そう言いつつ、アイさんから缶ビールを渡される。そんなロシアみたいな考え方されても。しかしビールを受け取ってしまう。もう開いているので諦め、飲むしかないビールを飲む。冷たい感触が喉を流れて行く。体が温まる。背中が少し汗ばむ。
「たぶん行っても、入れないよ」
 ドアには鍵がかけられドアノブが回らなかったのだから、入れない。不法侵入したら、今度は後輩ではなく、警察のお世話になってしまう。
「入れる!」
「どうやって、」
「ワープとか?」
「できないよ、」
「じゃあ、無理だね、別れな、もう別れな」
 もうアイさんは、僕が年上なことを忘れて、冷たく言い放つ。口調でなめられているような気がする。でもお酒のせいかもしれない。
「え、嫌だよ、別れるの?」
「うん、」
「別れたら住む場所なくなるじゃん」
「は? 住む場所のために付き合ってるの?」
「違うけど、」
「え、今のそうでしょ、うわー」
 違うって、言葉がお酒のせいで、なんか滑るように落ちてしまっただけ。だから真実ではないし本音でもない。
「違くて、なんか、場所とかなくてはならない感じ」
「うわ、誤魔化した」
 持っていたビールを飲み干す。もう何本飲んだのだろう。覚えていない。
「誤魔化してないから、好きだもん」
「へえ」
「ちょ―好きだもん」
 いつの間にか持っていたビールが軽い。さっき飲んだんだっけ。忘れた。足が熱くなってきたので、炬燵から足を出して蹲る。寝てしまったせいで天井がぐるぐる回っている。
「すんげえ好きだもん」
 初恋を布団の中で思い返すような甘酸っぱい青春のような感情がビールのせいで湧き上がる。じたばた足を動かす。
「すんげえ好きだし、サオリー」
 いないのがさびしい。サオリがいない。この話を一番したいのはサオリなのに。
「じゃあ会いに行きなよ」
「行くよ、会うよ! 会ってやるよ! サオリに会うし、すっげー会ってやるよ」
 僕は立ち上がり、荷物を探す。立ち上がった瞬間に、酔いのせいで足を誰かに引っ張られてしまったかのようによろけてしまう。まだ歩けるのか不安。
「あ、増田起きたらよろしくね、行ってくるから! 会うから!」
 アイさんに敬礼をすると、アイさんもそれを返してくれる。
「あ、ああ、はい、それより、サオリさんによろしく」
 僕は笑顔でアイさんを見る。ああ、増田の彼女はいいヤツだな。歩くスピードは遅く、地面が柔らかい気がする。階段を踏み外してしまうような歩き方になっている。
 ドアを閉める。ばたん。息を吐けば、白い。また当てもなく歩き始める。今が何時かわからない。歩き続ける。考えてしまうが無視をする。僕は外に出た。風が冷たく僕を刺してくるが気にせず歩く。寒いと言うより冷たい。思考がどんどん奪われて行く。ちょうどいいかもしれない。余計なことを考えなくてすむ。僕は歩き続ける。暗闇の中には誰もいない。僕だけ。僕が暗闇になったような気がする。
 
(9月号に続く)

ito

伊藤佑弥(Ito Yuhya)
@motokano_goyaku

東京生まれ。文芸と演劇とその他ユニット「元カノを誤訳」主宰。
日常や生活や君やあなたと僕、私が回転してぐるぐる回るような言葉に、新たな視点から普遍的な世界を描く。
あの日に見た夕方の風景と恋愛の記憶、話しかける人がいないから話した壁、ふとした瞬間の瞬間の作品作りをしている。
近年は文学フリマなどの同人誌即売会に参加し、主催として文芸と雑貨の展示即売会を企画し、演劇も上演している。
2014年の主な活動として、文学フリマ東京/大阪に参加。
小説は、小さく持ち運べ物語をより身近にするコンセプトのもと元カノ文庫シリーズを発刊。2015年までに9冊刊行中。
演劇は、2013年12月銀座ギャラリー悠玄にて演劇作品『色あせても一人』2014年6月に吉祥寺YORUにて『日々響く、ひび割れて』上演。
個人企画として、に吉祥寺YORUにてライブと展示と同人誌即売会「たぶん家」「たぶん本棚」を企画。
そして同人誌即売会とライブペインティング企画「やすみの誤訳」を企画主催。
7月には、下北沢THREE×お前の先祖共同企画<YOUR SENZO IS GOOD>に参加。
お前の先祖の楽曲とコラボレーションで小説を作成。
他にもしずくだうみ2nd E.P.「泳げない街」の会場購入特典として小説を作成配布。

paco

安藤ぱこ(Ando Paco)

描きたいものを描きたいときに描きたいだけ描いています。パステルカラーとふわふわしたものがすきです。