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鯖がぐうと鳴いた 2 [後編] 萩原 正人

20150424

 あれから十年。残念ながら、ミュージシャンとしての成功はなかった。そして、どういった心境の変化か――彼が言うところの、いい時間の取り方をしたのか、鎌田氏はお笑いへの復帰を決めた。
「貯金が底をついちゃってさあ」
 電話ではおどけた口調で言っていたが、頑固だし、ネタに強い拘りを持っていた男だ。復帰を決めるまでには、相当の葛藤もあったろう。
 もちろん私は嬉しかった。
 そこが彼にとっても一番輝ける場所だと思っていた。努力しさえすれば、誰しもがお笑いで喰えるようになるわけじゃない。ただ、またゼロからのスタートではある。
 今日こうして久しぶりに会ったのも、復活ライブの相談に乗って欲しいとのことだった。
「ところで、電話でいってたけど、バイトどうなった?」
 鎌田氏が、心配そうな顔を向ける。
「探してるけど、この年になるとなかなかね。それに透析のこともあるし、障害者雇用枠での求人サービスにも登録したよ」
「へえ、そんなのがあるんだ」
「ある程度の規模の会社だと、障害者を雇用する義務があるんだよ。そこを狙うにしても、 求人は正社員ばっかりだし。あいつら人の足元みやがって、高校生のアルバイトみたいな時給を提示してくんだ。まあ馬鹿にしてるよ」
 彼がギター漫談で売れ出して、それなりに小金を稼ぎだすようになると、その金にたかって私は毎晩のように飲み歩いた。いまとなってはあの頃の無謀な生活は影をひそめ、あまりに地味で救いのない会話をしている。
 鎌田氏も返答に窮し、走る車もない横断歩道に立って、歩行者用信号の赤をじっと見つめている。
 私はその間を取り繕うようにして言った。
「まいっちゃうのは履歴書だよ。高校卒業してから先が白紙。なんとか空欄を埋めようと、元お笑い芸人で、過去の出演履歴なんかも書いちゃってさ。だって、他になーんも、やってないんだから」
「逆に目立つんじゃねえの?」
「へえ、君芸人だったんだって。ふーん、知らないなあで終わりだよ。っていうかさ、だからなに? って感じだろ。一切ビジネススキルとは関係ないんだし」
「まあ、そりゃそうだ」
「免許も資格も一切なし。履歴書なんて書かないほうがいいよ。自分自身の無能さを再確認するだけだから」
「そういや、おれもこの間、引越しのアルバイトいったよ。日払いのやつ。志望動機に、〝金がない〟って書いたら見事受かった」
「それはあれだろ、いっつも大量募集してるやつ。おれも健康だったらやってるんだけど……。ほんと参った。もう四〇才を超えてるっていうのに、なにやってんだろう」
 そう自分で言って、自分で暗くなってしまう。こんな性格だから貧乏くじばかり引くのだろうか。
 不適な笑みを鎌田氏が浮かべた。「いいねえ、これからだよ」
 私はうつむいて歩いた。公園から張り出した梢が、二人の足元に涼しげな影をつくっている。
「おれは不安でしょうがないよ。昔は、へっちゃらだったんだけどな。無一文で現場に行って、マネージャーに五百円借りて帰ってくるんだもん。あんとき、どうやって生活してたのか不思議でしょうがない」
「川崎のデパートで営業やったとき、マキちゃん自転車で来ただろ。ありゃびっくりしたよ」
「まだ渋谷に住んでた頃な、前日、相方に交通費で千円借りたんだよ。まっ、自転車で行きゃいっかなんて、ビール飲んじゃってさ。いやそれが、日本地図で調べたら意外と近いんだ。とにかく南に行くだけ。まあ、とんでもなかったね、四時間くらいかかった」
 愉快そうに笑い皺を寄せる鎌田氏の顔を見る。二〇代だったあの頃に比べると、目じりに小皺は増えたし、その溝だって深くなっている。でもその分だけ、より優しみが増している。
 なんだか私ばっかりがしゃべっていた。久しぶりに鎌田氏と会えて嬉しかった。夏ばかりのせいじゃなくて、体温も上がっている。
「芸人だった頃はさ、どんな不幸だって変換キーがあったんだよね。痛風腎から人工透析が決まったときだって、なんかネタになるんじゃないかって、医者コントを思い出してたもん。もちろん、すごいショックだったけど、だからって、へこたれてなかった」
 すれ違うカップルに、また縦に並んで道を譲る。それが通り過ぎた背後から、密やかな話声が聞こえた。
「あの人、お笑いの人、ほら、誰だっけ。昔テレビに出てた人」
 と、鎌田氏に気付いた様子だ。しかし、名前がでてこない。
「もう、昔の人だよ」鎌田氏が自虐的につぶやいて私を見る。「なあ、マキちゃんはお笑い芸人に復帰しないの?」
 私は鎌田氏の視線から逃げて、肩をすくめた。それは、まだ無言でしか返すことのできない問いだった。
「なんかさっきから、マキちゃん自分のこと芸人じゃないみたいに言ってるけど、おれからしたら、いまだってマキちゃんは芸人だよ。電話でも簡単に話したけど、どう、おれの復活ライブを手伝わない? 生活の足し程度だけど、ギャラだって出すからさ」
 そう言ってくれる鎌田氏の思いやりに、今度は私が口ごもる番だ。
 横断歩道の先では、歩行者用信号が明滅を繰り返していた。僕らは急ぐことも、慌てることもなく、ただ黙って次の信号を待つことにした。

(六月号に続く)

hagi

萩原正人元キリングセンス、愛称はハギ。タイタン所属。移植芸人。ライター。

1987年にピン芸人だったシャブとキリングセンスを結成。社会風刺の効いたブラックなコントを得意とし、東京のお笑いライブを中心に活動していた。ところが1998年、母子感染によるB型肝炎から重度の肝硬変であることが判明。コンビ活動を停止。その後、医師から余命半年と宣告されるも、1999年夏に渡米。翌春にダラスで肝臓・腎臓の同時移植に成功する。帰国後、キリングセンスとしての活動に復帰し、2006年に解散。現在はタイタンに所属し、主にライターとして活動している。
著書に移植の体験を綴った「僕は、これほどまで生きたかった(扶桑社)」。テレビロスで連載していたコラムをまとめた「スキスキコンビニ(アスペクト)」がある。2014年12月より、出身地であるCRT栃木放送でラジオのコメンテーターを努めている。CRT栃木放送「ツーミリオン+」16:00〜18:30金曜レギュラーコメンテーター。TVBros.「わらしべマッドサイエンティスト」隔号連載中。

usagi

瀧沢諒(Takizawa Ryo)

文字書き、たまにらくがきとか写真とか。K405のひと。