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鯖がぐうと鳴いた 2 [前編] 萩原 正人

20150424

 鎌田氏のアパートは、どの駅からも程々に歩く。
 下北沢の高級マンションから、三鷹の一隅に引っ込んだとは聞いていた。それから初めての来訪だった。
 南方系の掘り深い顔に笑い皺を浮かべ、「まったー」と陽気に、鎌田氏が自転車で迎えにきてくれた。
 相変わらず 派手な柄物シャツをひるがえしている。
「すごいんだ。こんど釣りに行くよ」
 小出しに驚かせようとしていたのに、私は我慢ができなくて、ついつい道すがらに話し始めてしまう。
「珍しいね。なに、どこ、釣り堀」
 前かがみになって、鎌田氏が自転車を押して歩いている。
「舐めてもらっちゃ困りますねえ、夏の釣りといえば、海でしょう」
「おかっぱり?」
「そうね、うん、……なにそれ?」
「堤防とか、岸からの釣りだよ」
「ああ、陸ってことね。違うよ、そんな子供だましな釣りじゃないよ」
 通行人とすれ違って、歩道に二人の肩が縦に並ぶ。
「別に、おかっぱりだからって、子供だましじゃないだろう」
 鎌田氏が先に立って歩く私の背中に、笑いを含んだ口調で投げつける。私は、それを受け取ると振り向き様、
「海のど真ん中で釣ってきます」と、返球した。
「へえ、沖釣りなんだ。それにしてもマキちゃんがアウトドアなんて珍しいね。というかさ、釣りなんてやらなかったろう?」
 まずは最初のサプライズ。まだまだこんなもんじゃない。また、肩を横に並べて歩きだす。
「まったくやったことないよ。そもそも生きた魚が、気持ち悪くてつかめないしな」
「おいおい、そんなことで大丈夫かよ。そんで、誰と釣りに行くの?」
「ふふふ。これがまた驚きでさ、誰だと思う……、えっ、へっへ。慶太だよ」
 そう言ってから、鎌田氏の表情を盗み見る。濃く塗り込めたへの字眉が、強烈に吊り上る。してやったりだ!
「すごい組み合わせだ! マキちゃんと慶太が釣りに行くの!?」
「Facebookって知ってる?」
「なにそれ、Twitter見たいなもん?」
「いや、mixiみたいな感じかな。トーマスに誘われて始めたんだよ」
 トーマスとは、元々お笑いの追っかけ少女で、いつの間にか友人みたいな関係になっていた。本名を吉岡なんとか――いまだに、彼女の下の名前を知らなかった。ずっと私達は、彼女のことを機関車トーマスと呼んでいたから。
「そのFacebookってお節介でさあ、友達の友達を、〝知り合いかも?〟って、画面で紹介してくるんだよ」
「へえ、すごいね」
「慶太がFacebookをやってた。それがさ、あの慶太がだよ、『鯛を釣ってメデタイ!』って、満面の笑みで写真をアップしてるんだよ」
「そういやあいつ、芸人じゃなかったら漁師になりたいっていってたよ。へえ、ありゃ真剣だったんだな」
「それがまたカラッと抜けててさ、なんか吹っ切れた笑顔なんだよ。昔だったら、絶対に腹が立ってたと思う。――時間って不思議だよな。憎たらしいっていうより、懐かしくなっちゃって。それであいつに、メッセージを送った」
 優しく私の過去を慰めるように鎌田氏が言った。「それはマキちゃんが、いい時間の取り方をしてるからだよ」
「ろくでもないことばっかだけどな」
「いや違うね。そんな心境になれたんだ。だから、それはそういうことになるんだよ」鎌田氏が声音を変えた。「そんで、慶太はなんだって?」
「そこだよ。なんかいきなり海釣りが決定した」
「あはは。すごい展開だな」
 鎌田氏は慶太と仲が良かった。彼らが芸能界でブレイクするきっかけとなったお笑い番組で、二人は長らく共演をしていた。
「やだよおれ慶太と二人なんて、何話していいかわかんないしさあ、鎌田くんも一緒に行こうよ」
「釣りは、いつ」
「来週の日曜」
「じゃあだめだ。その日後輩の結婚式があるんだ。でも、それは、行きたいなあ。おれも、どんぐらい会ってないだろう」
 鎌田氏がお笑い芸人を辞めてから、およそ十年が経っていた。
 それなりのテレビ出演と収入がありながら、その一切を断ち切って音楽の道へ進むと宣言した。
 鎌田氏は少年時代、ミュージシャンに憧れていたという。そして、あの漫才ブームにノックアウトされ、ついついお笑いに浮気した。いつしかそれが本妻になってしまい、もう一度初恋の人にアタックしてみたいんだと言った。
「音楽もお笑いも並行して活動すればいい」と、誰もが口を揃えた。
 しかし、彼の決心は頑なで、一切のネタを封印するという。
 恐らくあのお笑いブームの頃、年収数千万は稼いでいたんじゃないだろうか。それをいともあっさりと、成功の間近にいながら、自ら禁忌とお札を貼って封印するなんて、私にはさっぱり理解ができなかった。

後編に続く

hagi

萩原正人元キリングセンス、愛称はハギ。タイタン所属。移植芸人。ライター。

1987年にピン芸人だったシャブとキリングセンスを結成。社会風刺の効いたブラックなコントを得意とし、東京のお笑いライブを中心に活動していた。ところが1998年、母子感染によるB型肝炎から重度の肝硬変であることが判明。コンビ活動を停止。その後、医師から余命半年と宣告されるも、1999年夏に渡米。翌春にダラスで肝臓・腎臓の同時移植に成功する。帰国後、キリングセンスとしての活動に復帰し、2006年に解散。現在はタイタンに所属し、主にライターとして活動している。
著書に移植の体験を綴った「僕は、これほどまで生きたかった(扶桑社)」。テレビロスで連載していたコラムをまとめた「スキスキコンビニ(アスペクト)」がある。2014年12月より、出身地であるCRT栃木放送でラジオのコメンテーターを努めている。CRT栃木放送「ツーミリオン+」16:00〜18:30金曜レギュラーコメンテーター。TVBros.「わらしべマッドサイエンティスト」隔号連載中。

usagi

瀧沢諒(Takizawa Ryo)

文字書き、たまにらくがきとか写真とか。K405のひと。