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於G郡無言坂 6 匠高岳

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「私自身がミッちゃんのように社会=経済機構における優位性によって必ず保護されることに強い嫌悪感を抱いていたかといえば、決してそうではないと言える。私は与えるという欲望にこそ強迫的に動かされるものの、それに忠実であるためには――ケアホームにおける性的サービスの提供によっても私が虐待による犯罪者にならなかったのはひとえに一族の社会=経済機構における優位性のおかげ、言ってしまえば可処分所得がふんだんにあったからに他ならないことからも分かるとおり――その保護を認めなければならないからだ。ではなぜ今社会=経済機構における優位性のシンボルたるミッちゃんの骨を持ち出し、あなたの尻の穴に挿入することによって汚そうとするのか。意識的に想起される理由はふたつあって、ひとつはミッちゃんの皮肉な宿命によって果たせなかった強迫的な願望を叶えてやりたいという立場交換による共感的愛情であり、もうひとつはあなたに性的なる行為によってミッちゃんの骨を与えることこそ私が幾度も与え続けてそれでもその渇きが満たされることがなかった欲望を満たすことができるのではないかという期待だ。あなたはすでに這い蹲り、尻を突き出して、そのぽっかりと開いた穴を覗かせている。そして私もミッちゃんから引継ぎ、あの夜あなたが使用したはずのバンドにペニス型の骨を装着し、腰部に巻き付けた。潤滑剤をたっぷりと奥まで塗りたくる。これによって準備は整った。今の私の気持ちは複雑であって、あなたに対する慈しみと嫉妬とを抱いている。私はあの夜のことを想像してあなたをミッちゃんと同視することによって愛すると同時に、私とあなたの立場を同視することによって、なぜあの夜の挿入者が私ではなくあなたであったのか、それは偶然に過ぎないのかあるいは必然であったのか、いずれにせよそれが私でなくあなただったという事実によってあなたに対して嫉妬の気持ちを抱かざるを得ない。この相反する気持ちは激情へと繋がるのだろうか、いいえ、繋がらない。それを言葉にしていることによって、私は実のところ冷えきっているのだから」
 そう、登紀子さんと僕とは互いにミッちゃんに対する想いを抱きながらも、行為としての挿入行為=新たな社会=経済機構における優位性を保証するミッちゃんの遺骨を汚す行為に何ら感情的高揚も、ましてや性的興奮も伴うことなく、粛々と遂行された。僕の臀部に空いた空隙はペニスの形にも見えるミッちゃんのお骨によって満たされ、それがピストン運動を行うごとにお骨と内膜との間で潤滑剤があたかも歯を失ったものによってすりつぶされる食物のような音を立て、時折尻の穴に残っていた空気が吹きこぼれ、Phoooという腑抜けた音が鳴る。フィニッシュというものがない永遠に続く一連の挿入行為の中で、僕は挿入されているということを意識し続け、きっと登紀子さんも挿入しているということを意識し続ける。あの夜だって、僕は挿入することを意識し続けていたし、ミッちゃんだって意識し続けていたはずなのだ。僕はこれまでに語り、あるいは回想し続けている結果、あたかも特権的な立場に身を置いてるかのように見えるが、実のところ誰もが――ミッちゃんも、登紀子さんも――語り、あるいは回想する立場、それとも語り、あるいは回想せざるを得ない限界を持った人物なのであって、決して無我夢中になるだとか、我を失うということのない人間とも呼べぬ人間とされた人間なのであって、その意味において僕たちは真から冷えきった、より正確に言うならば最深部において冷えきらざるを得ない人間なのであり、それより、より表層の部分にミッちゃんであるならば僕への慈しみと社会=経済機構における優位性を示すシンボルたる骨を汚す達成感とが、登紀子さんであるならば僕および僕を通して透けて見えるミッちゃんへの慈しみとともに未だそれが正解であるのか懐疑と共にあるものの暫定的に満足を感じないわけにはいかない与える喜びとが、僕ならばふたつの一連の挿入する/される行為による登紀子さん―僕―ミッちゃんという形式的繋がりの完成による充実があるのであり、この表層と深層とが決して繋がらないところが果たして人間全般の特徴であるのか、あるいはひとらしく仕立てあげられたひとの宿命であるのかは自分自身で判断することが不可能だ。僕はこの一連の挿入行為の滑稽さと空しさとを見ると同時に、この表層と深部との分離の空しさと滑稽さ、加えるならば哀しみを直視せざるを得ないのであって、その直視せざるを得ないという条件によって、信仰体系を汚し、外れようと――すでに検討したようにそれはひとである以上不可能であるのだが――しているにも関わらず、実のところ僕たちはすでに信仰体系よりはじめから疎外された、無関係な場所にいたのではないのかという認識が生じたことも語り、あるいは回想――まさにこの語り、あるいは回想するという行為こそがこれまで述べてきたようにその根拠となるわけだが――しておかなければならない。しかし、それでも僕たちは信仰体系の中にある者として、またそれより逃れようとする者として振る舞わなければならず、そのためにもはや透明なまでに希薄化された身体が疲労により動かなくなるまで一連の挿入行為を続けなければならない。
 ペニスの役割を果たしたミッちゃんの遺骨が完全に引き抜かれる。足を大きく開いたままに仰向けに倒れ荒い息を吐く登紀子さんの柔らかに隆起する肉体の表側において、ペニスバンドにくくりつけられたミッちゃんの遺骨だけが異端の突起となってそびえ立ち、その表面には血液の混じった潤滑剤が、重力に導かれてゆっくりと下降する。それはあまりに生々しくて具体的であって、それこそが/それだけが信仰体系の内にあることを保証しているかのように感じられたために、僕はそれを消去すべく顔を寄せて、犬のように舌を出してそれを舐めあげ、嚥下し、抹消する。ミッちゃんの遺骨の表面には細かな陥没がびっしりとあり、舌に確かな感触を残しており、それもまた僕たちの実在を保証するかのように感じられたため、僕は形象的にはペニスの先端部から骨をかじり、砕き、少しずつ飲み込んでゆき、やがてミッちゃんの遺骨は完全に消滅してしまう。すべてを終えた後に登紀子さんを見やると、登紀子さんも仰向けのままに顔のみあげてこちらを見ていて、あの直線的かつうねる視線によって僕を貫くと共に優しく包み込むのであった。僕は「ミッちゃん、ミッちゃん」と呟いたのだが、それは声にはならず、雛鳥のたてるかぼそく甲高い鳴き声のようにしかならなかった。Aahaa,Aahaa,Aahaa….。
 
 
   * * *
 
 
 翌日の早朝、僕は登紀子さんが自刃したことを知らされたのだが、それが果たしてミッちゃんと同じくあの下肢のみの怪物と遭遇したために遂行を決意したのかは誰も教えてくれる者はなく、またそれについて考える余裕もなく、ただ想像上になされた妊娠によって膨れた腹の重さ及び胎動を感じている。もはや出産は間近であり、想像上の子宮口は開き始めている。僕は想像上の痛みを感じると共に、激しい喉の渇きと空腹とを感じる。あの疣ある男が去ってからいくら時が経ったのだろうか。いつ食事は運ばれてくるのだろう。ミッちゃんとのあの夜が去り、ひとりホテルでとった朝食が思い出される。トースト、バター、ジャム、ポーチドエッグ、カリカリに焼いたベーコンの乗ったグリーンサラダ、コーヒー。果てしなく思い出される。トースト、バター、ジャム、ポーチドエッグ、カリカリに焼いたベーコンの乗ったグリーンサラダ、コーヒー。激しい痛みと共に言葉の羅列のみが想起される。トースト、バター、ジャム、ポーチドエッグ、カリカリに焼いたベーコンの乗ったグリーンサラダ、コーヒー。言葉のみが羅列される。トースト、バター、ジャム、ポーチドエッグ、カリカリに焼いたベーコンの乗ったグリーンサラダ、コーヒー。痛みは僕を責め立てる。異なる。異なる。トースト、バター、ジャム、ポーチドエッグ、カリカリに焼いたベーコンの乗ったグリーンサラダ、コーヒー、血――潤滑剤に混じった赤い血、砕いた骨――香ばしい骨。身体の表側と裏側とが反り返るような衝撃。「お客様、ご注文をお申し付けください」、トースト、バター、ジャム、ポーチドエッグ、カリカリに焼いたベーコンの乗ったグリーンサラダ、コーヒー、血――潤滑剤に混じった赤い血、砕いた骨――香ばしい骨。「お客様、ご注文を」、血――潤滑剤に混じった赤い血、砕いた骨――香ばしい骨。
 生まれた想像上の赤ん坊はすでに3ヶ月は経過しているであろうと思われる程成長しており、こぶしを口内に入れて、しゃぶっている。裸の赤ん坊の表皮は一面濃緑色の苔で覆われている。ただ開かれた瞳だけがエメラルド・グリーンの光を発している。
 僕はとてものどが渇いており、空腹であり、我慢も限界に達していたので、その赤ん坊に張り付いた苔を毟ってみる。すると、それは頭なら頭の形のままにきれいに毟りとることができ、中からは汁のしたたる白桃のような実がのぞく。僕は渇き、空腹であったのでそれにかぶりつく。赤ん坊は声もあげず、ちゅばちゅばと音をたててこぶしを舐め続けている。口の端より汁をしたたらせ、頭部を食いつくすと、さらに渇きと空腹とが増したような気がして、さらに他の部位を、苔を毟って露出する実の部分を食らい、やがて赤ん坊は苔を残して すべてなくなってしまう。そして気がつくと腹は膨れ上がり、想像上の妊娠が始まっている。陣痛―出産―渇きと空腹の満たし。それが幾度繰り返されたことだろうか。それでも僕の腹は膨らみ続け、渇きと空腹とは増すばかりだ。
 やがて疣ある男がふたりの警察官を連れてやってくる。年老いた者と若い者だ。庭に面した雨戸は開いている。初夏の白い陽射しが広大な庭に降り注いでいる。その光は僕たちもまた照らしだす。
 若い警官が話を始める。
「案能登紀子さんがお亡くなりになりました。お聞きだと思いますが、小太刀で腹を切ったのです。まあ、事件性はないものと判断しているのですが、方法が方法なものですから、昨夜一緒に過ごしていたあなたの話を一応聞いておきたいのです」
「この男は喋れんよ。声が出らんのや」と、疣ある男が口を挟む。
「では、こちらで簡単な質問をさせていただきますから、うなずくなり首を振るなり――文字は書けますか?なら必要に応じて書いてもらいます」
「この男は何も分からんよ。三津也の知り合いとかで登紀子がきまぐれに呼び込んで、そのまま世話を受けておっただけやから。何も分からんよ」
「まあ形式的なものですから」
 僕の想像上の子宮が再び排出へ向けて収縮を始める。僕がいきみ出すと、男らはそれを静かに見守る。やがて想像上の赤ん坊が生まれると、僕は再びその赤ん坊に対して渇きと食欲とをかき立てられる。
「どうぞどうぞ、ご遠慮なく」
「はよう食べてしまわな、あかんなる。皆に食わせい」
 僕は頭部の苔を毟ると汁の滴る実をかじり、疣ある男に渡す。疣ある男は先に警官に食べるよう促す。年老いた警官が首を、若い警官が腕を食した。それから疣ある男が音をたてて胸部を食べる。
「うまいですね」
「まあそうやけど、甘いのう。喉が焼ける。登紀子さん、ちょっと茶を出してもらえんかね」
 すると、台所の方から「はいはい」と、言う声がして、登紀子さんがお盆を持って現れる。僕はひどく喉が乾いていたので、冷やした緑茶の入れられたガラスの器が渡されると、それをすぐに飲み干してしまう。
「登紀子さん。今回はえらいことをしてしまいましたな」と、年老いた警官がはじめて口をきく。
「ふふ、まあお陰でこの通り」
 登紀子さんは薄いセーターを捲る。腹部にはぽっかりと穴が空いて、何もなかった。
「ははは、立派な穴ですな。しかし、私もほれ、この通り」
 年老いた警官が制服のボタンを外し腹を見せる。ぽっかりと穴が空いている。
「立派なものですね。でも僕も負けてはいませんよ」
 若い警官も腹を見せる。ぽっかりと穴が空いている。
「わしもほれ」
 疣ある男が作業着を捲って腹を見せる。ぽっかりと穴が空いている。
「みんな、立派な穴」
 登紀子さんが言って笑うと、他の男らも笑い出す。
 するとその笑い声に呼び寄せられたのか、玄関土間から下肢のみの怪物がやってきて、僕たちの輪の中に加わる。
「器用に正座するんですな」
「可愛い」
 笑い声はさらに大きくなり、僕たちの輪は団欒と言ってよい。
 僕はいよいよ期待する。下肢の怪物までやってきたのだ。次こそはミッちゃんが姿を現すのではないか。ついに見せたことのない晴れ晴れとした顔を、あのホテルの朝に感じたという爆発的に浄化された表情を見せてくれるのではないか。今ならばもう何も語ることも回想することもなく逢うことができる。はやくやってきて欲しい。ただそれだけだ。
 あるいはもうやってきているのかもしれない。
 

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匠高岳(Takumi Kogaku)1982年生まれ。愛知県出身。

批評性を強く意識して小説を書いています。
その点がうまくいっているか、お読みいただければ幸いです。
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