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於G郡無言坂 2 匠高岳

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 案能につき従ったというわけではなく、客観的に見れば僕と案能との歩行はいずれが主でいずれが従であったというわけでもなく平等なものであり、その二人の足取りはあらかじめ示し合わせた空間的なある一点を目指しているのだと他者からは思われたに違いない。しかし、僕はその時いずこかへ向かうのか分かっていなかったし、電車に乗り、降りた駅も自分には馴染みのないものだった。それにも関わらず僕の呼吸と歩く速度は案能のそれと同調し、確実にいずこかを目指しているのだった。そこはオフィス街と住宅街との狭間、尺度の大きな地図上で線引きするならば文字通り線上にある地点であるのだけれども、実際のそこには当然のことながらある面積を有する土地が存在するのであり、そこはなんというジャンル分けも無効な、いかなる彩も持たない、他のどんな色つきの街にも馴致することのなかった者らが結果的に集うことによって成立する数字の0にも似た意味合いを持つ街であった。僕たちは駅前から伸びる本道から路地に曲がり、人間の方向感覚を失わせる毛細血管のような道筋を行くのだった。
 案能が立ち止まる。すでに日は沈み、あたりを歩行するひとは僕らから遠ざかる時に影となって黒の道に吸い込まれていくのだ。
 「僕はこの街に存在するはずでありつい先週も立ち寄ったバーへとあなたを案内するつもりであった。つもりであった、と言ってもそれを今止めると言い出すわけではない。僕にとっても非常に意外なことが起こったのです。その店が――剥き出しのコンクリートでできた階段を降りた半地下にあるその店には僕らが生まれるずっと以前のジャズ・ミュージックが流れ、喚きたてる客もなく、マスターは寡黙でかつ効率的に飲料とともに簡易かつ舌をうならす料理を提供してくれるものだったのだが、その店がなくなっているのです。勿論閉店が――あるとすればマスターの非常に個人的な理由によるものと思われる――起こったのだとしてもおかしくはないのだけれども、だとしてもあの店の空間へと誘っていたあの剥き出しのコンクリートの階段までもがこの街の風景から消失しているとは一体どうしたわけなんだろう」
 僕は案能が道を誤っているのではないかという可能性をはなから除外していた。除外していた、と、いうよりはそれは思考においてはじめから存在はしていなかった。ちょうど大学の大教室を出た瞬間から過つことなく、最も標準的な道順を巡って僕らがその剥き出しのコンクリートの階段が目印となる店へと向かっていたことは間違いがないのだと、案能と同調して歩行し、呼吸していた僕は直感していたのであり、従って案能の狼狽は僕にとっての狼狽でもあったのだ。あるべきはずのものがなく、懐かしむべきものが失われている。この時、あらゆる特質を持つ街から疎外されたこの土地より哄笑されたような気分を受けたのは僕だけではないはずだ。この何色でもないが故に特権的な舞台装置として存在するはずのこの空間が、それに見合うはずであるとなぜだか知っている僕たちを裏切ったのである。
 「真摯なる告白を聞いてもらえるならば、僕はあの大教室において声をかけたのはあなたの顔色を心配してではなく――いや、そうではない、それもあるにせよそれ以上に、あなたに対して強迫観念に擬せられる好奇心を抱いたからに他ならない。その好奇心はあなたを対象として、あなた自身を知りたいからと言う表層的な意味合いではなく、かといって深部に意味合いがあるというわけでもなく、あなたに語ることによってようやく僕の語りが成就されるのだという確信が僕を貫いたからなのです。そして何かが、こう言ってよければ物語が始まるはずであると考え、その舞台装置として僕は剥き出しのコンクリートの階段によって半地下に降りたところにある、僕らが生まれる以前のジャズ・ミュージックが流れ、喚きたてる客はなく、寡黙なマスターが効率的に飲料や簡易で舌をうならせる料理を提供するバーへと向かうはずだったのです。しかし、それがない」
 僕たちはありとある場所をもはや失ったのだ。雰囲気の良いバーはもはや消失し、チェーン店に似合う語り方を僕ら自身がすでに失い、かといって路上において語り合うにはすでに時代が異なり過ぎていた。レンタカーを借りて海に向かったとしてもそこにはきっと「青年期の焦燥感」とやらを表現するにふさわしい鬱蒼とした暗い海が待っているだけであり、それは焦りを持たない僕らには無縁のものに違いなかった。僕は案能に、ならば「最後に」どこへむかうはずであったのかと尋ねる。案能は名のあるホテルを口にする。僕らにはもはや選択の余地はなく、再び本道に出てタクシーを拾うと、都心にあるその名のあるホテルへ、もはや僕らにはいずれの順序を踏むことさえ不可能なことであることを知らしめられた敗北感を一身に感じながら向かうのだった。
 
 ホテルとは、特に各国の主要都市にその支店を持つホテルとは、路上では決してなされ得ることのない私的行為をなし得る幾数もの、幾種類もの長方体である空間を三次元的に組み合わせた集合体であり、にも関わらずその集合体は路上よりも公的であって、時によったらコスモポリタンな場所であるとすら言える――と、いうのは一大学生に過ぎない僕の妄言であり、重要であるのは路上に比べて圧倒的に警護された状態において私的行為を遂行できることにある。
 僕と案能はしかるべき手続きを経て、この警護された私的空間内を専有する権利を購入した者ならば利用することのできるサービスを用いて食事とアルコール飲料を摂取した。ここで僕らがいかなる食事とアルコール飲料を摂取したかを情報として提示する必要はない。あの無色の街において剥き出しのコンクリートの階段を入り口とするバーから拒まれた時から、僕たちの行為には、それとも僕自身の語りあるいは回想にはそうした情報は無用であると宣告された気分がしたのだ。必要であるのはいかなる食事を摂り、いかなるアルコール飲料を飲み干したかではなく、その結果として僕たちは適度の満腹感を覚えると共に酩酊状態に陥ったにも関わらず、楽しげな気分にも、哀しげな気分にも、攻撃的な気分にも、悲嘆にも暮れることなく、ただただこれより行われる私的行為への粛々たる気分、敢えて表現するのであれば最も直近に亡くなった者の墓を参ると同時に姿は勿論、その名前にすら、あるいはその名前の読み方すら不明のはるか遠い時代に息を引き取った縁のあるとされる者らへと儀礼的な参拝の行為をなす際の気分に似ているのかもしれない。
 「すでに予定は狂っていると言わざるを得ません。もしもこれが最もらしい話であるのだとするなら、失調したあなたを案内役である僕がある地点――これは当然空間的な地点であると同時にそれによって表現される物語的な地点へと導きあなたの失調を治癒、いや、もはや種明かしをしてしまおう、あなた以上の失調を僕が告白することによってあなたをさらなる失調へと追い込む、多少具体的な話をするのであれば僕自身の社会=経済機構における生得的優位への反逆から持ち出した僕の一族のその優位性の根拠のシンボルそのものを、あなたを用いて汚すことによって僕の失調、すなわち生得的な条件設定によって生涯の遇不遇が決定されてしまうというもはや言い古されてはいるが少なく見積もって50~60年は、特に優位性を保つ一族において延々と反復されてきた、その反復性によってこそ僕は激しく苛立ち――ただ言い添えておくならばこの苛立ちは決して社会的正義の観点からなされるのではなく、非常に個人的な観点から、例えるなら、常に加点が約束されているテストを毎回毎回受けさせられることへのやり切れなさ、という個人的なつまらなさから陥るその当の失調を回復するのではなしにあなたへと、ここでは行為においては個人的な選択がなされたにも関わらず、大局的に見れば偶然が必然であるに違いないと僕も、そしてきっとあなたも確信するに違いない理由とも言えない理由によってあなたへと引き継いでもらうつもりであったのです」
 これはアルコール飲料と食事を摂取している時間的過程において案能がぽつりぽつりとつぶやいたことを僕が強引に、悪文とも言える強引さによって要約している訳ではなく、案能はまさにこの通り一気に語ったのであり、これはもはやあなたがたにとっても不自然ではなく、自然に映るに違いない。事実この台詞は自然に僕の中に流れ込んだのであり、同時にあの大教室に現れた濡れた蛇のように絡む視線が再び賦活するのであった。案能がすでに述べたとおり、僕と案能との一連のやりとりにおいてクライマックスとなるはずであったものが順序を違えこの時点においてなされる。案能の生得的な優位性のシンンボルをふたりで汚すのである。
 案能は革製のボストンバックから桐の箱を取り出し、さらにその中から袱紗に似た布で包まれた物体を取り出した。もはや意味深な言い方などする必要もないので直接的に言ってしまえばそれは骨であり、屹立したペニス、それも本物のペニスというよりは女体を凌辱することへの欲望を過剰に表現した疑似ペニスの形状をしているのだった。
 「僕はこの日を予期し、自身の尻の穴をおよそ1ヶ月の計画で徐々に拡張していったのでした。それをさる部族が体のあちこちに小さな穴を開けて、その穴をはじめは細い棒から順次太い棒を挿入していくことによって拡張していくのだという挿話と類似させて語ることの陳腐さは避けねばなりません。僕はアダルト・ショップによって桜色をした太さの様々な棒状のもののセットとともに潤滑剤を購入し、自身の手で肛門を拡張し、今ではこの国の人間のペニスの大きさとは思えぬ程、しかし形状は確かにペニスのそれである僕の、と言うか僕の一族の生得的優位性のシンボルであるこの骨も――僕の一族の呼び名で言うならば『下肢のみの怪物の骨』も――挿入できるまでになったのです」
 案能は自ら服を脱ぎ裸となった。それと同時に僕も裸となった。裸で向かい合った僕と案能はそれを映し出す姿見によって増幅されて計4名の像となっているのだが、部屋にはまったく異様な雰囲気はなく、無論性的な興奮などあるはずもなく、僕のペニスも案能のペニスも頭を下げて安静を継続しているのであり、あくまでふたりは淡々としているのである。案能はこれもまた革製のボストンバックから取り出したバンドにペニス状の骨をセットすると、裸の僕の前にひざまずいて休眠中の幼虫のようになった萎びたペニスを押しつぶすようにして取り付け、僕は自身のペニスよりも数倍巨大な屹立したペニス状のものを手にしたのであった。そして案能は潤滑剤を慣れた手つきで自身の尻の穴に――その穴はすでにぽっかりと開いていて確かに案能の拡張の努力を示しているのである――塗りたくり、透明な潤滑剤を床に滴らせながらベッドの上にあがり、ひれ伏し、十分に濡れた肛門を僕の方に向けてさらにその穴を両手で広げてみせるのであった。
 僕は案能の元へ向かう一瞬前に再び鏡に映った自己の像を眺める。それは平均的な20代青年よりも体脂肪率の低い体にも関わらず、ペニスだけはいかなる人種のそれよりも巨大であり、ちぐはぐであり、奇形であり、滑稽であった。僕は鏡に映る自身の像に向かって微笑みかけた、それによって案能も微笑んでいるに違いなかった。
 膣は快楽も慰めも与えてはくれない。快楽や慰めを与えてくれるのだとすればその器官を所有する異性との関係性において発生した言葉、振る舞い、しぐさ、視線の相互交流の結果としてであり、即物的にペニスを膣へと挿入する際に感じることは、挿入のしづらさによってもたらされる焦燥感か、挿入の滑らかさによってもたらされる呆気なさに過ぎず、ピストン行為とはその反復による空しさと滑稽さとであり、そこにはいかなる快楽も慰めも、ここで慌てて付け加えておけば性的な慰めも快楽ももたらされることはなく、僕たちは一連の挿入行為によって性的興奮を覚えるべきだ、陶酔すべきだ、身体を激しくくねらせるべきだ、声を上げるべきだ、などと条件づけられているに過ぎず、実のところ気づいているように、いかなる感情的高揚も、身体的な躍動もなく、真顔で一連の挿入行為を行うことが可能であり、というかそれが本来の一連の挿入行為に過ぎないのであって、これは特別な知見でも何でもない。にも関わらず人々は一連の挿入行為を語り、あるいは実践する時に文明史的に条件づけられた反応を繰り返すのであって、空恐ろしいことは一連の挿入行為が実につまらないものであることが暴露されることでも、人々が条件づけられていることでもなく、またその条件付けが繰り返されざるを得ないということでもなく、そうした条件付けの反復を唱えたところでなんの利もなく途方に暮れることしかないことであり、本来であるならばなんの利がなくともその途方に暮れることに勝ち目のない反抗をすべきか、あるいは徹底的に途方に暮れるべき人々がまったく鈍感で、性的条件付けの強化を続けていることだ。
 これまでに僕の挿入したいかなる膣よりも案能の尻の穴は巨大な空洞であり、潤滑剤の有無に関わらず、至極あっさりとバンドに固定されたいかなる人種のペニスよりも巨大な疑似ペニスはその空洞へと突入していく。僕たちは真顔であり、自身の器官を挿入しているわけではない僕は勿論のこと、常識的な観点に立てば極度の痛みを感じると想像される案能もなんら声を上げることも、身をよじることもなく、さらに僕を驚かせたことは僕の視線に映る彼の肩胛骨の浮いた背中には発汗がまったく見られなかったことである。僕と案能はまったくの平常心でもって挿入を行い、ピストン行為を行った。真正のペニスを挿入しているのであれば、そのゴールは当のペニスが射精へと至るか、それとも途中で萎びてしまうことによって判断が付くのであるが、疑似ペニスにはあいにく射精する機能も萎びる機能もなく、またあくまで平常心で行われているために案能の側が尻の穴への刺激によってイッたと宣言して仕舞いにすることも――なぜなら「イった」とは二人あるいはそれ以上の人間によってなされる、物的には存在しなくても皆がその存在を知っているシナリオのクライマックスへの順序をたどることで到達するものであるからだ――できないのであった。しかし人間の身体とはよくよくできたものであり、小一時間ほどのピストン運動によって僕の疲労がピークに達したために、僕の側から案能にこの一連の挿入行為を終了することを宣言したのである。微弱な電流を流されたような、そこだけが自身の身体でなくなったかのような腰を浮かすと、赤い色の付いた潤滑剤と共に疑似ペニスが案能の尻の穴から排出された。この疑似ペニスは元が骨であるために様々な突起や隆起があり、その表面には微細な陥没によるざらつきがある。そこには案能の便と思われる赤黒い染みがこびりついていた。僕たちは裸のままにベッドで向かい合い、僕はバンドから外した、ペニスの役割を果たした骨を案能に返還した。案能はその骨を鼻元へ近づけ、自らの便と血の香りを嗅ぐのだった。
 「この長いとも短いとも言えない時間の経過において行われた熱狂を伴わない行為によって僕の個人的な強迫観念である、すなわち社会=経済機構における優位性のシンボルを汚すという目的が果たされました。ここにおいて僕はあなたを目的ではなしにまったくの手段として使用したのですが、だからと言って僕はあなたに感謝の意を述べるべきではない、なぜならあなたは手段としてのみ使われることに嫌悪も、あるいは逆に喜びも感じることなく、恐ろしいことにまったくの無感動であったのだからです。あなたはすでに腰を疲労し、飲食によってもたらされた酔いと満腹、さらに全身のだるさによって眠気だけをただ感じている。あなたにとってはこの1時間程で行った行為も、僕自身にも大した関心がなく、それは今現在のあなたの身体が激しく疲労しているからだという一時的なものではなく、今後生涯に渡っても僕との行為や僕自身のことを特別視することはないのでしょう。あなたは真から冷えきった人間なのだ」
 さあ、どうだろう、と僕は確かに眠気を覚えベッドに横になった。喉が渇いている、と、言うと、案能は部屋に備え付けられた小型の冷蔵庫からボトルに入れられた水を持ってきた。そして僕が疲労のあまりボトルに口をつけて水を飲む姿勢をとることができないことを知ると、まず自分の口に水を含み、それを僕の口へと注ぎ入れるのであった。不愉快はなく、案能から僕への水の流れは僕自身の喉の流れと同様であると思われた。水は冷たく、ここにおいて僕ははじめての快楽を得ることができる。

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匠高岳(Takumi Kogaku)1982年生まれ。愛知県出身。

批評性を強く意識して小説を書いています。
その点がうまくいっているか、お読みいただければ幸いです。
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Twitterアカウント:@takumikogaku