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地獄變9 芥川龍之介

地獄變 芥川龍之介

大正七年五月一日、芥川龍之介は大阪毎日新聞で『地獄變』の連載を開始しました。
当時と全く同じ区切り、同じ日付で『地獄變』をお送りします。

 

 
 その時の弟子の恰好かつかうは、まるで酒甕を転がしたやうだとでも申しませうか。何しろ手も足もむごたらしく折り曲げられて居りますから、動くのは唯首ばかりでございます。そこへ肥つた体中の血が、鎖に循環めぐりを止められたので、顔と云はず胴と云はず、一面に皮膚の色が赤み走つて参るではございませんか。が、良秀にはそれも格別気にならないと見えまして、その酒甕のやうな体のまはりを、あちこちと廻つて眺めながら、同じやうな写真の図を何枚となく描いて居ります。その間、縛られてゐる弟子の身が、どの位苦しかつたかと云ふ事は、何もわざ/\取り立てゝ申し上げるまでもございますまい。
 が、もし何事も起らなかつたと致しましたら、この苦しみは恐らくまだその上にも、つゞけられた事でございませう。幸(と申しますより、或は不幸にと申した方がよろしいかも知れません。)暫く致しますと、部屋の隅にある壺の蔭から、まるで黒い油のやうなものが、一すぢ細くうねりながら、流れ出して参りました。それが始の中は余程粘り気のあるものゝやうに、ゆつくり動いて居りましたが、だん/\滑らかに、すべり始めて、やがてちら/\光りながら、鼻の先まで流れ着いたのを眺めますと、弟子は思はず、息を引いて、
「蛇が――蛇が。」とわめきました。その時は全く体中の血が一時に凍るかと思つたと申しますが、それも無理はございません。蛇は実際もう少しで、鎖の食ひこんでゐる、頸の肉へその冷い舌の先を触れようとしてゐたのでございます。この思ひもよらない出来事には、いくら横道な良秀でも、ぎよつと致したのでございませう。慌てて画筆を投げ棄てながら、咄嗟に身をかがめたと思ふと、素早く蛇の尾をつかまへて、ぶらりと逆に吊り下げました。蛇は吊り下げられながらも、頭を上げて、きり/\と自分の体へ巻つきましたが、どうしてもあの男の手の所まではとどきません。
「おのれ故に、あつたら一筆ひとふで仕損しそんじたぞ。」
 良秀は忌々しさうにかう呟くと、蛇はその儘部屋の隅の壺の中へ抛りこんで、それからさも不承無承ふしようぶしように、弟子の体へかゝつてゐる鎖を解いてくれました。それも唯解いてくれたと云ふ丈で、肝腎の弟子の方へは、優しい言葉一つかけてはやりません。大方弟子が蛇に噛まれるよりも、写真の一筆を誤つたのが、業腹ごふはらだつたのでございませう。――後で聞きますと、この蛇もやはり姿を写す為にわざ/\あの男が飼つてゐたのださうでございます。
 これだけの事を御聞きになつたのでも、良秀の気違ひじみた、薄気味の悪い夢中になり方が、ほゞ御わかりになつた事でございませう。所が最後に一つ、今度はまだ十三四の弟子が、やはり地獄変の屏風の御かげで、云はゞ命にもかゝはりねない、恐ろしい目に出遇ひました。その弟子は生れつき色の白い女のやうな男でございましたが、或夜の事、何気なく師匠の部屋へ呼ばれて参りますと、良秀は燈台の火の下でてのひらに何やらなまぐさい肉をのせながら、見慣れない一羽の鳥を養つてゐるのでございます。大きさはまづ、世の常の猫ほどもございませうか。さう云へば、耳のやうに両方へつき出た羽毛と云ひ、琥珀こはくのやうな色をした、大きな円いまなこと云ひ、見た所も何となく猫に似て居りました。

今日の大阪毎日新聞夕刊<五月九日> の紙面
【戰報捏造問題】(倫敦特電八日發)モーリス將軍の政府非難=人心動搖
【羅馬尼との講和條約】(ルーター八日發)七日調印を了す
【獨逸の講和提議】(倫敦特電六日發廷着)英國は應諾せじ
【獨逸小露問題を持餘す】(倫敦八日發)親獨的小露新政府=食料獲得に汲々たる獨逸

Akutagawa

芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)

1892年(明治25年)3月1日生まれ。1927年(昭和2年)7月24日没
小説家。本名同じ、号は澄江堂主人、俳号は我鬼。その作品の多くは短編であった。

tigers

坂口亭タイガース(さかぐちていたいがーす)

貼り絵作家。1987年生まれ、京都府出身。幼少の頃から原因不明のめまいを持つ。構成作家(’08~’13)の仕事を経て、2013年坂口恭平氏に弟子入り。2年間の熊本修行を経て、2015年地元・京都に戻る。