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じぶん「なぜをやめてなにをいかに」 井野裕

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 ある、小説家志望を応援するサイトのコーナーでサイトの運営側からの「なぜ小説を書くのか」という問題提起に対して、ユーザーが自由参加で意見を交換できる場面があった。
 ぼくはそのサイトをもともとあまりチェックしていなかったのだが、ツイッターでフォローしているひとがリツイートをしつつじぶんの考えを述べているのをみて興味をもち、件のサイトをのぞきにいくと、テーマとして掲げられている、「なんのために書くのか」の表題のあとに、おそらくは運営側の、小説家志望が考えていそうな思いつくかぎりの答えがそこにつづき、そういう理由をもったひとを一方的に分析する文章までが掲載されていた。
――小説を書くのに理由はいらない、気づけば小説を書いていた、これらを堂々というひとは「なにも考えていないのと同じではないか」、「なぜ書くのかをはっきり認識していなければいい小説は書けない」
 そういう記述があったが、小説を書くにあたりもっとも気を払うべきところを、作家志望を応援しているはずの運営者自身が見失ってしまっているのではないかとも思えた。
 こういう場面ででてくる意見は、
 A.小説を書くのは○○だから(主にじぶん語り)
 B.書きたいから書くのだ
 というこのふたつのケースに集約されるのがほとんどで、Aの「○○」にはおよそどこかできいたことがあるそれらしい言葉、たとえば、伝えたいことがある、おもいを共有したい、有名になりたい…… 云々が入る。
 案外、そのどれもがわざわざ小説を選ばなくても実現可能なことであるし、むしろ、伝えたいのであれば小説のようなまわりくどい方法をとらないほうが相手には確実に伝わり、共有できるのではないか。自己啓発本やエッセイなどの、体験や知識がまとめられた散文のほうがスムーズに理解を得やすい。また、有名になりたいならいまだとユーチューバーのほうが手っ取り早いように思う。
 ぼくはこういう意見をみると、このところは疑ってかかるか話半分でしかきく耳をもたないようになった。
 ただ、「なぜ書くのか」という問いに思わず引き込まれてしまうという経験、そこでじぶん語りをした経験というのは、小説家志望であれば一度くらいあるのではないかとぼくは思う。
 そういう議論の場で、「わたしは――」とじぶん語りをしてしまうケースは過去のじぶんを振り返ってみてもしばしばあった。もしかするとこういう題材は小説家志望の好物なのかもしれない。
 じぶんはこんなことを考えて書いているんだ! と語りたいのか、じぶんでは気づかないうちに、書いているものに付加価値をつけるための手段にしようとしているのかもしれない。しかしそれを手段にしてしまえば、書かれたものそのものによってひとになにかを伝えるには不足しているのだとじぶんで認めてしまうことにもなりかねない。
 そしてそこに今回、
 C.考えても無駄
 をぼくははじめてきいた。これまでにそう答えたひとをぼくは知らない。
 考えても無駄というのは、深刻さはべつとして一度は、「なぜ書くのか」を考えてみたうえでの結論なのだろうと想像できる。考えたうえで、「なぜ書くのか」に対しての明確な答えなどなにもない、考えるだけ無駄だった、にたどりついたのか。
 あるいは、もしかしたらじっさいにそんなことを考えもしないのかもしれない。
 むしろ、小説を書くいとなみのなかでは考えもしないほうが自然な気がする。そう思ったのは、「わたしは○○だから書いている」という答えは、「なぜ書くのか」に対するときの意識に沿っていて、質問される前提に向いている。問われるかどうかもわからないその質問の答えを、問いをつきつけられるまでにあらかじめ用意しているのはなんだか不自然な気がしてならない。面接じゃあるまいし、と思ってしまう。
 いや、小説家志望の、「なぜ書くのか」を語ることは小説家志望になるための面接なのだろうか。小説家志望を名乗るために、その面接をクリアするためにぼくたちはそれを必死に考えるのだろうか。もっとも最適な答えを用意しようとするのだろうか。
 たしかにAのような答えは面接の直前に、どこかにありそうな、「なぜ書くのか」マニュアルから拝借してきたように感じるくらい、書いている理由が皆、同じか似かよりすぎて、まるで同じ志のもと執筆しているのかもしれないと錯覚してしまうほど。切実に語るほど解には既視感を覚え、作家の価値がかえって小さくなっている気がする。
 ぼくは「なぜ書くのか」を考えてみることをわるいことだとは思わないし、恥を忍んでいうならば、ぼくは「なぜ書くのか」という問いをまさに書いている途中に考えてしまい、書いているじぶんがバカに思えてきたことがあった。生活をしていくうえでまったく生産性のないことをやっている! と。
 そうなると、それまで書こうとしていたものなど吹き飛んでしまい、小説を完成させることもなく、創作はとん挫する。なにかを書こうとしているときに、なにをやっているのだろう、などと考えるくらいならはじめから考えないほうがいいのかもしれない。
 これが仮に「なぜ生きるのか」に置き換え、「なぜ生きるのか」を、生きている最中に考えてしまったばあい、答えに窮したぼくはその先の人生をどうするのだろうか。ぼくはトルストイ先生ではないのできっと身動ぎできなくなる。
「なぜ生きるのかをはっきり認識していなければいい人生はおくれない」
 ぼくがおくっているのはくだらない人生なのだろうか……

「なぜ書くのか」という、答えを受けてもそれがしばしば凡庸だと感じてしまうような問いとはちがって、「なぜ書きはじめたのか」、「書きはじめたきっかけ」をひとからきくのはおもしろい。ウソをつかれないかぎり、書きはじめたきっかけはひとによってさまざまで、詳細に語られるほどそこには物語を感じられるからかもしれない。
 ぼくのことをいうならば、都町でのんでいるときに脇腹を刃物で刺されて一〇日間の入院を余儀なくされるまでは、小説を読んだり書いたりしたことがまったくなかった。退屈な入院生活のなか、妻が買ってきた松本清張の小説「中央流沙」を読みだしたのがきっかけで現在まで読書生活がつづいている。それまでは写真が趣味で、休日のたびに一眼レフカメラをもってどこかへでかけていた。腕前が上達することはなかったが、ファインダーをのぞいてシャッターをきることで写しだされる風景や人物などの被写体に、ファインダーをとおさずにみるそれらとはちがった像を知覚する。目で直接みる風景と、ファインダーを介する、そして写真になったそれらが同じもののようには感じられないことはよくあるのだった。
 掲載している一枚の写真は大分市と別府市を結ぶ国道、通称「別大国道」沿いにある田ノ浦ビーチ付近の歩道橋のうえからレンズを別府に向けて撮影したもので、技術的に褒められた写真ではないかもしれないが、撮影したときに肉眼でみた風景と手元に残っているこの写真とでは、同じ瞬間の切り取りであっても、そこにいたじぶんの身体が体感する点において、なにもかもがちがうから気に入っている。
 写真には歩道橋が写っていないが、いままさに撮影しているじぶんは歩道橋のうえに立っていて、写真の構図上、高いところから撮影していることは明確で、その高いところがどこなのかを考えてみると歩道橋のうえということになるのだが、そうやって意図的にじぶんの立っている場所を外したのだろうというよみが事実かどうかわからない、推測の域をでない。意図的に歩道橋が構図のなかに含まれないようにしているという推測は成り立つのにもかかわらず、意図は写真に写りこまない。じっさいにぼくはこのとき、どういった気持ちで歩道橋のうえに立っていたのだろうか、と写真という記録を目の前にして、そこには写り込んでいないあいまいだった記憶をたぐり寄せようとしたが、その瞬間がありありとよみがえってくることはなかった。
 記録をみるかぎり、歩道橋のうえでみたものは右に急カーブした別府湾の海岸線やそこだけ湾にせり出した高崎山の緑、遠くのほうでひとびとのにぎわいを感じられる別府市街地と、一〇メートルほど真下に車の往来があり、スピードをだしている車には一般車両やトラック、タクシーなどの営業車両も含まれていて、制限速度六〇キロのところをかなり超過している。
 ぼくは、シャッターをきり液晶ディスプレイに写しだされたものを確認した。シャッターをきる寸前に真下を八〇キロのスピードでとおっていった白いクラウンはそのなかに写ってはいないが、ほんとうはその車を写真に収めたかったし、さらにはフロントガラスからみえた運転手の男とその恋人らしき女の幸せそうにしている笑顔があまりにもひとりで歩道橋のうえに立っているぼくにとっては嫌味に思えて、ことあるごとにそのデータを取り出し、ディスプレイの前で悪態をついてやろうと考えて条件反射的にレリーズしたのだが間に合わなかった。
 ぼくは写真に収めることができなかった同じ時間に同じ場所ですれちがったひとびとの尊さというものを思った。同じ時間と同じ場所のどちらかが寸分ちがえばまったくちがった思いを馳せていたのかもしれない。歩道橋の高さをうえから確認していると、こんなに高い場所から猛スピードで往来する車のほうへ落下したばあい、命を失うだろうことは想像出来た。そういうことを考えたひとが、この同じ場所でちがった時間にいたかもしれない。ぼくはそれを写真に収めることはできなくても、文章や小説に登場させることは可能でないかと考えた。飛び降り自殺をはかるひとの心境にピントを合わせ、ぼくは手すりに手をついて、思い切り地面を蹴り、一気に柵を飛び越え、足先から落ちていった。首から下げていたカメラが浮上して顎先をかすめていった。痛みを感じるよりも、切り抜けているさなかの頬をなでる風が気持ちいいほうが優勢だった。別府側から紺色の車体のバスが大分方面へと走ってきている。ぼくはバスをみるたびに、バスの被写体よりもじぶんの神経症の症状が脳内にうつしだされる。バスとバスのなかで苦悶しているじぶんの姿の往来があって、突然、ふっと湧いて出てきたのがまさにちょうど上空を飛んでいる飛行機の機内で、そこでは添乗員と向かい合わせに座っているのが窮屈なのか、それともベルトに縛り付けられているのがつらいのかわからなくなってくる。たとえば座席がちがったとしても、仮にシートベルトを外していたとしても、ぼくが拘束されているのは飛行機という鉄の塊によるものであって、乗ってしまった以上はその窮屈さから逃れられないのだろうと思う。しかし、いまは上空の飛行機から次第に遠ざかっていき、着地のタイミングで真下を通過するはずのバスに近づいていっていることが、少なからず症状の緩和には有効のようだった。吐き気や呼吸の乱れはおさまり、このまま死ぬのではないかという恐怖からは脱することができた。
 飛行機に乗るためにはバスで市内から一時間の大分空港に向かうか、JRのソニックで博多まで二時間かけていき、地下鉄で福岡空港まで向かうか、このふたとおりの方法になるが、そのいずれも飛行機に乗るまでの道のりは苦難にほかならない。時間的にも、交通費用の面においても、飛行機に乗ってどこへいくか、その目的地にもよるが、大分空港を選ぶひとが多いなか、ぼくは一時間拘束されるバスのことを考えると博多まで足を伸ばしたいと思ってしまう。電車であれば途中停車する駅が多いからだろう、いつでも下車できるという余裕があるせいか、じっさいにソニックに乗ることに関してはそれほどつらいことはなく、福岡には年に数回いっている。真下を走るバスは博多―大分間のバスのようだった。乗客は温泉やうみたまごが目的なのだろうか。深刻な顔をしているひとはひとりもいない。
 ぼくは福岡の、特に北九州の小倉が好きで、ソニックに乗れば一時間くらいの日帰り可能な場所であるのにもかかわらず、わざわざビジネスホテルに泊り、その地で一泊する。松本清張記念館や文学館はあるが、それ以外には特別な目的もなく、ただ、年に二回ほど訪れてその地で新刊、古本のどちらともかぎらず数冊買ってホテルで過ごすのだった。電車のなかでも本を読み、小倉についても本屋を探す。ホテルでは未明まで物語に属し、翌日の帰りの電車でも本のなかで帰路につく。ぼくにとって旅というものはそれくらいがちょうどいいのかもしれない。靴紐が緩んでいたのをそのままにしていたせいか、履いていたニューバランスのスニーカーが脱げた。軽くなった足と頭がひっくり返り、そのたいしたものはつまっていないはずの頭のほうから落下をしている。飛行機に乗って、わざわざ死ぬような思いをして遠くへ行こうとは思わない。そもそもひとは、なぜ飛行機に乗るのか。考えているとバカらしくなってきたのでそこでようやくぼくは目を閉じることになる。

【写真情報】 Nikon D7000

  • レンズVR 18-105mm F/3.5-5.6G
  • 焦点距離25mm
  • フォーカスモード AF-S
  • AFエリアモードシングル
  • 手ブレ補正ON
  • AF微調節する(0)
  • 絞り値F/10
  • シャッタースピード1/400秒
  • 露出モードプログラムオート
  • 露出補正0段
  • 露出調節
  • 測光モードマルチパターン測光
  • ISO感度設定ISO 320
【松本清張記念館】福岡県北九州市小倉北区城内2番3号
開館時間:午前9:30~午後6:00(入館は午後5:30まで)
入館料:大人500円
サイト:http://www.kid.ne.jp/seicho/html/index.html

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井野裕(Ino Hiro)福岡育ち大分在住。

ファッションと小説が好きです。第45回九州芸術祭文学賞地区優秀作。シティ情報おおいたで「イノノツンドク」連載中