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好きになったらハイキック 伊佐敷紅子

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「俺のこと、蹴ってくれないかな」
 それが匡史という男を認識した、はじめての言葉だった。
 
 匡史と私は大学の友人が主催する飲み会、いわゆる合コンというやつで出会った。
 男女三人ずつのこじんまりとした合コン。匡史は私の好みでも何でもなく、むしろ最初はその隣のイケメンに目をつけていた。
 匡史は地味だった。顔も、髪型も、服の趣味も、性格も、目を引く要素など何もない。
 『当て馬』かな、と他の女子も思っただろうし、私もそうだった。
「コイツさー、まだ童貞なんだぜ、なんとかしてやってよー」
 笑いを取るためか、はたまた女子の気を引くためか、多分後者だろう、男子のうちのひとりが匡史の頭を軽く叩く。
「えー、うそー。マジメくない?」
 童貞が悪いわけじゃないし、別段可笑しくもない。だが、この場では『笑うところ』として発された言葉に、女子たちはここぞとばかりに乗っかった。
 匡史はにへら、としまりのない笑顔を浮かべると、黙ったまま頭をかいた。
 ちょっとぐらい言い返せよ、と思ったが、私には関係のないことだ。
 気持ち的に気分が悪くなり、私は友人に断ってトイレに立った。
 
  
 トイレから出てきたとき、出口で匡史とばったり会った。
 私が睨むと、匡史はちょっと俯いた。長い前髪が鬱陶しくて余計に苛々する。
「あ……仄香ちゃんもトイレだったんだ」
「そうだけど?」
 見ればわかるだろ、どれだけ空気が読めないんだ。それに、女子に向かってそんなこと聞くのもどうかしている。
「ごめん、へんな意味じゃなくて」
「へんな意味って、なに。エロいことでも想像したんでしょ」
「違うよ、ほんとに」
 その慌てようはビンゴだろ。もっと他にうまい誤魔化しもあるだろうに、不器用というか素直というか、正直あほだ。
「もう行こうよ。皆に怪しまれるのもいやだしさ」
「待って」
 横を通り過ぎようとした私の腕を、匡史が掴んだ。その手が以外にも力強くて、私はちょっと驚いた。
「仄香ちゃんは、もう誰かに決めたの?」
 真正面から頑張ってるけど、顔が赤いね。下心ばればれだよ。
「どーしよっかなって思ってるとこ」
「あのさ、じゃあさ……」
 俺と付き合わない?
 今からふたりで抜けない?
 続くとしたらそのあたりだろうと思っていた。
 思っていたんだけど。
「俺のこと、蹴ってくれない?」
「……はぁぁ?!」
 二の句が継げないとはこういうことだ。
 このあほ男はいったい何を考えてこんなあほなことを言っているのだろう。いや、考えていないから言えるのか。考えることすらできないほどあほなのか。
「もしかしてドMなの?」
 なら残念、私にそんな趣味はないよ。
「違う違う。でもさ、試しに一回だけ」
 呆れてものが言えない。しかし無性に腹が立つ。フラストレーションも溜まっているし、何より、本人がそうして欲しいって言うんだから後々恨まれることもないだろう。
「加減しないよ」
「ありがとう!」
 この反応はイレギュラーすぎてやりにくい。それでも私は匡史を店の外に引っ張りだすと、人がいないのを確認してからとびきりのハイキックをくらわした。
「ぐはっ!!」
 匡史は吹っ飛んで、コンクリートの壁にしこたま身体を打ちつけた。
 足首から脛へと、じんとした痛みが伝わってくる。蹴るほうも痛いのだ。
 しかし、鈍い痛みはやがて全身から脳へと届き、すっかり衝撃が引いた頃、もしかしなくてもこれは中々気持ちがいいと思ってしまう。
「ナイスキック……すっきりしたよ」
 切れた口の端を拭いながら匡史は言った。それが女に蹴られたやつの台詞か。
「あんたはスッキリでも、こっちはもやもやする。なんなの」
「実は俺、好きな子に蹴られたことなくてさ」
「あー……そう……」
 好きな女に蹴られたいとか……なるほど、変態か……って、好きな子って言ったよ今。
 匡史は立ち上がりながら服の埃を払い、ぼさぼさの前髪を横に撫でた。
 よく見ると案外いい男で、だからこそ余計に残念さが増している。
「あんた、私のことが好きなの?」
「うん。だからこれからも、良かったら蹴ってくれないかな」
 駄目だ、こいつ壊れてる。
 
   *** 

 私には秘密がある。
 できれば一生、未来永劫、子々孫々まで秘密にしたいことがある。
 
「匡史ね、知ってるよ」
 学食で会った同じ学部の男友達がさらっと言った。
「つか、あいつも同じ学部なんだけど、仄香は知らなかったのか?」
「こないだまで知らなかった」
 知ってたら合コンなんて行かなかったよ、と愚痴りたい気持ちを何とか抑えて私は言った。
「あいつ、ちょっと変わってるだろ」
「まあ、うん、ちょっと……ね」
 そう答えた私の笑顔は引きつっていたに違いない。
 匡史は本当に目立たない。探そうと思っても中々探せないくらい存在が薄い。
 しかも童貞で変態だ。神様……なんて贅沢は言わない、誰でもいいからあの変態を救い給え。
そして私のことはそっとしておいてくれたまえ。
 第一印象最悪で、第二印象まじ最悪。
 それなのに、メアド交換タイムなんてものに巻き込まれたときは、私の人生も甘く見られたもんだと絶望した。
 
 匡史は本当に私のことが好きらしく、ひとの顔を見るたびに蹴れ蹴れと、とにかくうるさい。
 流石に毎日ではないが、学校帰り急な雨にやられたなぁと思っていたら、匡史が不意に傘を持って現れた。
 不本意ながら駅への道を並んで歩く。
「ねえ仄香ちゃん、一回も二回も一緒じゃないかな」
「うるっさい、あんまりウザイと殴るよ」
「え、いいの?」
 ああまた失敗した!私は心中でガッデムと頭を抱えて悶絶する。
 Please kick me.
 Please kick me.
 それが匡史にとってのl love youなのだ。てかもうそれでいいじゃないか。
「仄香ちゃん、車道側はあぶないから歩道側歩いて」
「仄香ちゃん、髪切ったんだ。可愛いなあ」
「仄香ちゃん、今日はちょっと雰囲気が違うねえ」
「ああ、うん……」
 いつの間にか「うん」とか言っちゃってる自分に百連打パンチをかましたい。
 本当なら匡史をフルボッコにしてやりたいところだが、それで喜ばせてしまっては本末転倒も甚だしい。
 
「あのさあ、ちょっと聞いたんだけど」
「なに?」
 珍しく私から話しかけたものだから、匡史は嬉しそうだ。
「あんた、前にカノジョいたらしいじゃん」
 学食で会った男友達が言っていた。ひとつ年下の、結構可愛いコだったって。
「まさか、それでドーテーデスとか言わないよね」
「や、あの……ごめん」
 なぜか申し訳なさそうな匡史の顔を見た途端、ブチブチブチと全身の色々なものが音を立てて切れまくるのを感じた。
 理由はわからない。ただ、無性にムカついた。
「いっちょまえに謝ってんじゃねぇよ、この変態が!!」
 私は頭を下げかけた匡史のみぞおちに膝蹴りを入れ、その横っ面にパンチを一発サービスした。
「ご……ごディバッ!!」
 よろけた匡史はぶはぁ、と飛沫を上げながら背後の電柱に激突して三連打だった。
 流石にコイツ死ぬんじゃないかな、と思ったとき、勢い良く顔を上げた匡史が私を睨みつける。
「仄香ちゃん!!」
 そのまま凄い剣幕で歩み寄ると、私の腕をがっと掴んだ。
「なによ……」
 あのときと同じだ。
 はじめて合コンで会ったときも、こんな風に真正面から私をみつめて。
 そしてやっぱりこう言うのだ。
「膝蹴りはキックに入りますか?!」
「知るかボケ!!」
 
 私には秘密がある。
 できれば一生、未来永劫、子々孫々まで秘密にしたいことがある。
 それはこの変態、いやド変態が、それほど嫌いではなくなっていることだ。
 
〈終〉
 
画像:Hypnotica Studios Infinite

beniko

伊佐敷紅子(いさしき べにこ)

関西。奇妙な呟きをごくたまーにぽつぽつと。文字書き
Twitter:@benikotobuki