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【旧制高校生必読の書】三太郎の日記 阿部次郎

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「必読の書」というとき、人が思い浮かべる本はたくさんある。今回は、「かつて必読と言われた」ものを紹介したい。
 そんなわけで、目に入ったのは「高校生の必読書とされた3冊」である。無論、旧制高校の頃の話だから、今なら「大学生必読」なのかもしれない。
 一冊目は「三太郎の日記」だ。それでは、不定期にこの本を読んでいこう。

 
 
 此類の書は序文なしに出版せらる可き性質のものではない。自分は自分の過去のために、小さい墓を建ててやるやうな心持で此書を編輯した。自分は自分の心から愛し且つ心から憎んでゐる過去のために墓誌を書いてやりたい心持で一杯になつてゐる。
 此書に集めた數十篇の文章は明治四十一年から大正三年正月に至るまで、凡そ六年間に亙る自分の内面生活の最も直接な記録である。之を内容的に云へば、舊著「影と聲」の後を承けた彷徨の時代から――人生と自己とに對して素樸な信頼を失つた疑惑の時代から、少しく此信頼を恢復し得るやうになつた今日に至るまでの、小さい開展の記録である。自分は自分の悲哀から、憂愁から、希望から、失望から、自信から、羞恥から、憤激から、愛から、寂寥から、苦痛から促されて此等の文章を書いた。全體を通じて殆んど斷翰零墨のみであるが、如何なる斷翰零墨もその時々の内生の思出を伴つてゐないものはない。固より外面的に見れば、此等の文章の殆ど凡ては最も平俗な意味に於ける何等かの社會的動機に動かされて書いたものである。經濟上の必要や、友人の新聞雜誌記者に對する好意や、他人の依頼を斷りきれない自分の心弱さなどは、外から自分を動かして、此等の文章を書くための筆を握らせた。併し此等の外面的機縁は自分の文章の内容を規定する力をば殆ど全く持つてゐなかつた。自分は此等の外面的、社會的必要に應ずるために、常に内面的衝動の充實を待つてゐた。さうして内面的衝動の充實を待つて始めて筆を執つた。從つて自分は屡(※二の字点) 經濟上の窮乏を忍んだり、締切の日に後れて他人に迷惑をかけたり、口約束ばかりで半年も一年も引張つて置いたりしなければならなかつた。此等の文章は外面的機縁によつて火を導かれたが、外面的動機の力を以つて爆發したものではない。固より此等の文章は悉く内面に蓄積する心熱の苦しさに推し出されたものだと云ふのは誇張である。併し書くに足る程の内面的成熟を待つて之を記録したと云ふだけの權利は、自分に許されてゐると信じてゐる。自分は此等の文章がまだまだ熱と力に缺けてゐることを熟知してゐる。併し、その時々に自分の人格に許された限りの誠實を盡して、此等の文章を書いたと云ふことだけは憚らない。
 とは云へ、誠實の深さも亦人格の深さと始終する。自分は從來に於ける自分の文章を貫く誠實が、甚だ淺く輕いものなことを思ふ時、そゞろに冷汗の流れることを覺える。囘想すれば、事物の眞相に透徹せむとする誠實も淺かつた。自分の生活を深く/\穿ち行かむとする誠實も亦淺かつた。――從來、自分は比較的に論理的客觀的思考の力に富んだ者と、世間から許されてゐるやうな氣がしてゐた。さうして自分も亦深い反省なしに、茫漠として此評價を受納れてゐた。然るに、その實、自分の思想は、現在刹那の内面的要求をのみ基礎として、事物の一面にのみ穿貫し行く部分觀に過ぎないものが甚だ多かつた。さうして自分は自分の内面的要求が特にその阻遏さるゝ點に於いて燃え立つことを經驗した。從つて自分は常に自分の要求を阻遏する一面にのみ極度に強い光を投げて、自然と人生と自己とを觀じて來た。自分の思想は、自然に就いても、自己に就いても、靜かに深い客觀性を缺いた少年の厭世主義が主調をなしてゐた。而も此厭世主義を自己に適用するに當つて、自分は解剖の一面にのみ熱して、開展に向ふ努力の一面を忘れ勝であつた。自分は自分の解剖が穿貫の力を缺いてゐるとは今でも思つてゐない。さうして現在と雖も、實相の凝視、解剖、並びに嫌厭を、無意味にして呪ふ可き事だとは少しも思はない。併し自分の人格は、何と云つても解剖の一面に停滯して、靜かなる包容と、根強き局面開展の力とを缺いて居た。自分は過去の自分を囘顧する時、此點に於いて自分が憎くて恥かしくてたまらない。殊に自分は今自分の内生が徐々として轉向しつゝあることを感じてゐる。從つて過去の自分に對する愛着は、次第に冷淡と憎惡とに變化しつゝあることを感じてゐる。自分は今此變化し行く心を以つて過去の文章を見る。さうして自ら生み、自ら育てて來た此等の小さい者に對して、流石に愛憐の情に堪へない。自分の此書を編輯するこゝろは捨てる子のためにその安息の處を――その墓を準備してやる母親のこゝろである。
 併し此の如き未練愛着のこゝろは、舊稿を編輯する理由にはなつても、之を公表する理由にはならない。自分は何の權利があつて、敢て此書を公表するのであるか。自分の信ずる處では、自分は二ヶ條の理由によつて、此權利を享受する資格があるやうである。自分は此二ヶ條の理由によつて、此書の出版が現在の思想界に對して多少裨補する處ある可きを信じてゐる。
 第一に此書に輯められたる文章には未熟、不徹底、其他あらゆる缺點あるに拘らず、眞理を愛するこゝろと、眞理を愛するがために矛盾缺陷暗黒の一面をもたじろがずに正視せむとする精神とは全篇を一貫して變らないと信ずる。此書の大部分を占めてゐる内容は、自分の矛盾と缺乏とに對する觀照である、從つて自分は此觀照の記録によつて他人のこゝろを温め清めることが出來るとは思つてゐない。此書は恐らくは讀者を不愉快にし陰氣にする書に相違あるまい。併し自分は自分の文章が徒らに、理由なくして、他人を不愉快にし陰氣にするとは信じてゐない。讀者が此書によつて陰氣になり不愉快になるならば、それは陰氣になり不愉快になることが、讀者その人の必ず一度は經過しなければならぬ必然だからである。自分はその人を往く可き處に往かしめるために、之を不愉快にし陰氣にすることを恐れない。矛盾を正視すること、矛盾の上を輕易に滑ることを戒めることは、凡ての人を第一歩に於て正路に就かしめる所以である。若し此書を貫く根本精神が多少なりとも生きてゐるならば、讀者の胸中に、矛盾を正視しながら、而も其中に活路を求むるの勇氣を鼓吹する點に於いて、幾分の裨補がない譯はないと思ふ。
 第二に此書は單純なる矛盾と暗黒との觀照ではない。同時に暗黒に在つて光明を求める者の叫である。さうして又、實際、暗黒から少しづつ光明に向つて動きつゝある心の記録でもある。固より自分の心は魔障の多い心である。自分には、僅に一歩を進めるためにも、猶除かなければならぬ千の障礙がある。自分は千鈞の魔障を後にひいて、人生の道を牛歩する下根の者である。此六年の日子を費して自分の歩いた道は恐らくは一寸にも當らないであらう。併し、兎に角に、自分の内生は此間に多少の開展を經て來た。自分は道草を喰ひながら、どう/\※「廴+囘」りをしながら、迷ひながら、躓きながら、どうにかして此處まで歩いて來た。その間の勞苦は、自分にとつて決して小さいものではなかつた。假令個々の部分を形成する思想内容には見るに足るものが極めて少いにしても、此小なる開展の跡を貫く微かなる必然は、神と人との前に全然無意義なものではあるまい。自分が此書を編むに際して經驗する心持は、必ずしも羞恥の情のみではないのである。
 自分は此小さい經驗の報告が、それ/″\の道を進みつゝある現代の諸友に、多少なりとも參考になるやうにと切望してゐる。自分は過去に對する未練と愛着とによつて此書を編んだ。願くは之が同時に、現在並に將來の思想界を幾分なりとも裨補するの書ともならむことを。

大正三年二月十一日
谷中の寓居にて
阿部次郎

 
 
 

斷片

 
 青田三太郎は机の上に頬杖をついて二時間許り外を眺めてゐた。さうして思出した樣に机の抽斗の奧を探つて三年振に其日記を取出した。三太郎の心持が水の上に滴した石油の樣に散つて了つて、俺はかう考へてゐる、俺はかう感じてゐると云ふ言葉さへ、素朴なる確信の響を傳へ得ぬ樣になつてからもう三年になる。彼は其間、書くとは内にあるものを外に出すことに非ずして、寧ろペンと紙との相談づくで空しき姿を隨處に製造することだと考へて來た。日記の上をサラ/\と走るペンのあとから、「嘘吐け、嘘吐け」と云ふ囁が雀を追ふ鷹の樣に羽音をさせて追掛けて來るのを覺えた。三太郎は其聲の道理千萬なのが堪らなかつた。解らぬのを本體とする現在の心持を、纒つた姿あるが如くに日記帳の上に捏造して、暗中に模索する自己を訛傳する、後日の證據を殘す樣なことは、ふつつり思ひ切らうと決心した。さうして三年の間雲の如く變幻浮動する心の姿を眺め暮した。併し三年の後にも三太郎の心は寂しく空しかつた。この空しく寂しい心は彼を驅つて又古い日記帳を取出させた。とりとめのない此頃の心持をせめては罫の細かな洋紙の上に寫し出して、半は製造し半は解剖して見たならば、少しは世界がはつきりして來はしまいかと、果敢ない望が不圖胸の上に影を差したのである。日記帳の傍には三年前のインキの痕を秩序もなく殘した白い吸取紙が、春の日の薄明りに稍※(二の字点) 卵色を帶びて見えてゐる。三太郎は碁盤に割つた細かな罫の上に、細く小さくペンを走らせて行く。
「生活は生活を咬み、生命は生命を蝕ふ。俺の生活は湯の煮えたぎる鐵瓶の蓋の上に、あるかなきかに積る塵埃である。其底に生命が充溢し、狂熱が沸騰してゐると云ふ意味ではない。俺の心は唯常に動搖してゐる。動搖を豫期する念々の不安は現在の靜安をも徒に脅迫してゐる。一皮を剥いた下には赤く爛れた樣々の心が、終夜の宴の終局を告ぐる疲れたる亂舞に狂ひ囘つてゐる。重ねて云へば、俺の生活は芝居の波である。波の底には離れ/″\になつた心が、下※「廴+囘」りらしい乏しさを以つて、目的もなく唯藻掻いてゐる。この動亂こそ我が生存の唯一の徴候である。其處には純一なる生命もなく、一貫せる主義もなく、從つて又眞の生活もない。俺の生活は既に失はれた。俺は今眼を失へるフオルキユスの娘達の樣に、黄昏れる荒野の中に自らの眼球を搜し※「廴+囘」つてゐる。
 俺は古の心美しき人達の歌に聲を合せる――俺にも昔は眞正の生活があつた。幼き日は全心に沁み渡る恐怖と悲哀と寂寞と、歡喜と爭心と親愛との間に過ぎた。俺は子供として又人として、無花果の嫩葉が延びる樣に純一蕪雜に生きて來た。俺の心は一方にスクスクと延びて行く命であつた、一方には又靜かに爽かなる鏡であつた。命が傷ついて鏡が曇つて、茲に動亂を本體とする現在が來る。明日になつては命が枯れるか鏡が碎けるか、現在の俺には何事も解らない。唯俺には滿足し得ざる現在がある、現在に滿足せざる焦躁がある。
 尤も、猥雜によつて心の命を傷つけらる可き俺の運命は早くも幼年時代に萌してゐた。俺の幼い心には後年の教育と經驗とによりて蹂躪せらる可き空想の世界が早くより其種を卸してゐた。俺は羅馬舊教の傳説中に養はれた祖母に育てられて、北國の山村に成長した。山村の夜はとりわけ寂しく靜かであつた。此寂しく靜かなる山村の夜々に、桃太郎カチカチ山の昔噺と共に俺の心に吹込まれたるものは、天國煉獄地獄の話であつた。俺は幼心に自らの未來を推想して、到底直ちに天國に登るを許さる可き善人だとは自信し得なかつた。俺は地獄と煉獄との間に懸る自分の魂に、成年の感じ得ざる新鮮なる恐怖を感じてゐた。特に最も氣懸りなのは、煉獄の長い修練により、罪の淨めも了へて天國に送られる際に、苛責の血に汚れたる手足を洗ふ可き水の流れのあるなしであつた。俺は夜中に眼を醒して此事を思出すと堪らなかつた。さうして傍に眠てゐる祖母を搖起しては、よく泣き乍ら此問題の解答を求めたものであつた。死の恐怖と死後の想像とは幼年時代から少年時代にかけて久しく俺の生活の寂しく暗い一面を塗つてゐた。思ひ出すは十一二の時分に遭遇した大地震である。俺は母や弟妹と共に裂けて外れた雨戸から外に這出した。時は雨が上つて空がまだ曇つてゐる秋の夕暮であつた。素足に踏む土は冷く、又ジメジメしてゐた。火を失したのであらう、遠くの村々の燒ける炎は曇つた空に物凄く映つた。大地の底は沸騰した大釜の樣にゴーゴー唸つてゐた。さうして湯氣を噴出する口を求めて釜の蓋をゆるがす樣に、數分の間を置いては大地を震はしてゐた。俺は此の中に立つて、今犇々と胸にこたへる死の恐怖に比すれば、平日の念頭に上る死の壓迫などは丸で比較にならぬと思つたことを記憶してゐる。此の如き反省が直ちに念頭に上る迄に、死は當時の自分を威嚇してゐたのである――併し心の生命が傷つくと共に死の恐怖も亦其新鮮なる姿を失つた。俺は今死を恐れない、少くとも死の恐怖が現在の俺を支配してゐない。今の若さで、それ程迄に俺の生の色は褪めて了つた。それ程迄に俺の心は疲れ萎びて了つた。
 兎に角羅馬舊教の世界は、周圍の雰圍氣によつて養成された自分の世界に、兩立し難き異彩を點綴したる最初であつた。爾來幾多の世界は別々の戸口を通して俺の頭腦の中に侵入して來た。其或者は俺の心に作用して從來知らざりし歡喜と悲哀とを教へた。其或者は俺の理解を強制して瘤の如く俺の頭の一角に固著した。此等の種々の世界は俺の心の中で、俺の頭の中で、若しくは俺の心と俺の頭とに相對壘して、相互の覇權を爭つてゐる。俺の生命は多岐に疲れて漸く其純一を失つて來た。過度の包攝は俺の心の生命を傷つけた。
 俺の心の世界では一つの表象フオルシテルング が他の無數の表象を伴ひ、一つの形象ビルトが 他の無數の形象を伴つて來る。無數の表象と無數の形象とは相互に喧嘩口論をし乍らも、其手だけは源氏の白旗を握る小萬の手の如く緊乎と握り合ひつつ、座頭の行列の樣に慘ましくおどけ乍ら無限に心の眼の前を通つて行く。一つの表象が中心となり、一つの形象が焦點となつて、他の意識内容は皆情調シテインムング の姿に於いて其背景を彩るのならば何の論もない。凡てが表象と形象との姿を現はして中心を爭ふが故に、俺の心の世界には精神集注 Konzent ration と云ふ跪拜に價する恩寵が天降らない。俺の意識は唯埒もなく動亂するのみである。俺の An Sich は苦しい夢の見通しである。
 今あることなければならぬことと、現に實現されたることと實現を求むる力として現實の上に壓迫して來ることと――約言すれば現實と理想との矛盾は、恐らくは精神と云ふ精神の必ず脱る可からざる状態であらう。此矛盾は健全なる自遜と努力とに導くのみであつて、何の悲觀する必要もない。併し俺の意識の中では現實と現實と、理想と理想とが相食んでゐる。樣々の心持が海の怪の樣に意識の中に戲れて、現に頭を擡げてゐる一怪を認めて俺の現實を代表させ樣とすれば、それぢやア駄目だよと云つて思ひがけぬ處に他の一怪が頭を波の上に突き出す。午後の日が彼等の長い髮の上にきらめいて、波が怪しい波紋を織り出してゐる。其上に一つの理想は西から吹いて西から波濤を起して來る。一つの理想は北から吹いて北から波濤を起して來る。心の海は今自らの姿に驚き呆れてゐる。
 此の如くにして内界が分裂すると共に更に不思議なる現象が現はれて來た。俺は自らあることに滿足が出來なくなつた。現にあることあるを迫ることの孰れをも含んで、兎に角自らあることに滿足が出來なくなつた。俺は飢ゑたる者の如くに自ら知ることを求める樣になつた。自らあること自ら知ることと――〈ヘーゲルの言葉を藉りて云へば An Sich(本然?) と F※(ダイエレシス付きU小文字)r Sich(自覺?) とである。ヘーゲルの意味と俺の意味と全然相蓋うてゐぬことは云ふ迄もない。先人の用語は唯俺に都合のよい内容を盛る爲の容れ物に過ぎない〉――の對照は實に不思議なる宇宙の謎語である。自らあることは自ら知ると共に自らあることの内容を變更して來る。強き者は自らを強しと知ると共に多く驕傲と云ふ内容を得易い。單に強くありし者は其自覺と共に強く且つ驕れる者となつた。弱き者は自らを弱しと知ると共に謙遜と焦躁と努力との内容を得來る。單に弱きのみなりし者は弱きが爲に謙遜し焦躁し努力する者となつた。若し是が、自ら知ると共に自らあることも亦複雜になり豐富になるに止まるならば固より論はない。併し疑ふらくは自ら知ることは自らあることの純一に強盛に素樸に發動することを妨げると云ふ一般的傾向を持つてゐるらしい。若しくは自らあることの爛熟と頽廢との隨伴現象として來ると云ふ一般的傾向を持つてゐるらしい。ヘーゲルは「ミネル※(濁点付き片仮名ワ) の梟は夕暮に飛ぶ」と云つたと聞く。F※(ダイエレシス付きU小文字) r Sich は An Sich を蠶食し陷沒せしむるものと云ふことが事實ならば、而して此事實を評價する者が俺の樣に An Sich の純粹集中無意識とを崇拜する者ならば、其者の哲學は遂に Pessimismus ならざるを得まい。少くとも自覺と本然との矛盾に就いて深き悲哀なきを得まい。俺には此點に就いて大なる疑問がある。俺の心が此疑問の生きたる Illustration である。
 併し自覺と本然との一般的關係はどうでもよい。兎に角 An Sich が生命の純一を失つて徒に動亂する魂なりとすれば、此魂の自覺は益※(二の字点) 其悲哀を深くし、其矛盾を細密の點まで波及せしめ、其散漫を二重に三重に散漫にして、到底手も足も出し得ない者にする傾向あることは爭ふを許さぬ。F※(ダイエレシス付きU小文字) r Sich は動亂する本然の情態を靜かなる智慧の鏡に映して觀照 Anschauen を樂とする譯に行かない。俺の心は慟哭せむが爲に鏡に向ふかさねである。鏡中の姿を怖るるが故に再度三度重ねて鏡を手にする累である。反省も批評も自覺も凡て病である。中毒である。Sucht である。
 散漫、不純、放蕩、薄弱、顛倒、狂亂、痴呆――其他總ての惡名は皆俺の異名である。從つて俺は地獄に在つて天國を望む者の憧憬を以つて蕪雜と純潔と貞操と本能とを崇拜する。嗚呼俺は男と大人との名に疲れた。女になりたい。子供になりたい。兎に角俺は俺でないものになりたい。――
 併し此の如く生活を失へる者の歌、失へる生活を求むる者の歌を聲高らかに歌ふことは餘りに俺の身分に相應しくない。嚴密の意味に於いて云へば、俺は失へる生活を求むる心さへ既に失つてゐる。俺は心から求めたことがない男である。求めよ然らば與へられむと云ふ言葉の眞僞を實際に試したことのない男である。素直にして殊勝なるロマンテイケルは何時の間にか其姿を晦ました。フオルキユスの娘は今も猶隱れん坊の對手を搜す樣に、其眼球を荒野の黄昏に搜し※「廴+囘」つてゐる。恐らく彼女は永久に眼球探しの遊戲をやめないであらう。處は荒野である。時は黄昏である。身は失明者である。搜されるものは失はれたる生活である。又何の缺けたることがあらう。彼女の眞實に求むる處は唯此暗く悲しい氣分である。」
 三太郎は此迄書いて來て急に筆をすてた。さうして憎さげに罫の細かな洋紙の上に一瞥を投げた。「嘘吐け、嘘吐け」と云ふ囁が三年前と同じく、サラサラと走るペンのあとから、雀を追ふ鷹の樣に羽音をさせて追掛けて來た。三太郎は又ペンをとつて別の頁をあけた。

「俺の心の海にはまだ俺の知らぬ怪物が潛んでゐるらしい。俺の An Sich はまだ本當に F※(ダイエレシス付きU小文字) r Sich になつて居ない。俺は女の樣な物云ひをした。俺はあつて欲しいことを皆否定の方に誇張してゐる。俺は人生に向つていやですよと云つてゐるのである。
 兎に角日記は矢張り書く可からざるものであつた。書くと云ふことは An Sich が生きて動くと云ふことではなかつた。F※(ダイエレシス付きU小文字) r Sich の鏡をキラキラと磨くと云ふことでもなかつた。唯指の先に涎をつけて、心の隅に積つた塵の上に、へへののもへじを書くことに過ぎなかつた。
 結論は俺には何もわからないと云ふことである。」

 かう書いて三太郎は日記帳を再び抽斗の奧に投げ込んだ。さうして何時の間にか點いてゐる電燈を仰いで薄笑をした。遠くの方から蛙の聲が聞えて來る。

(明治四十五年四月二十三日夜)
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1883年(明治16年)8月27日生まれ、1959年(昭和34年)10月20日) 脳軟化症のため入院先で死去。
夏目漱石に師事。哲学者、美学者、作家。仙台市名誉市民。