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【初期作品をもう一度】地味なグッバイ 最終回 伊藤佑弥

20151126

「やった!」
 教室内で僕の声が響く。やった。アキに会える。頑張った甲斐があった。アキに会える。色んな想像をする。会ってデートしている僕ら。手を繋ぐ僕ら。キスをする僕とアキ。
 深呼吸をする。何度も息を吐き吸う。
 ああ落ち着いてきた。思考が鮮明になる。そうだアキより問題は今日のいじめだ。アキに思考を取られていた。今日のいじめがなくなったからって明日はどうしよう。さすがに二日連続で邪魔したらだめだろう。でも本当に今日のいじめは回避できているだろうか。ただ土屋がここを通るだけなら、じゃあ違う場所でいじめようぜってなるかもしれない。そうだ。机から降りる。教室を出てみるが、誰もいない。どうしよう。違う場所でいじめられているんだ。もしかしたら、僕のせいで、なんだよ仲間増やしたのかよとか言われて、よりひどい仕打ちにあっているかもしれない。どうしよう。わからないので、とりあえず屋上へ向かう。
 するといつもの場所で彼女はいた。さっきとは違う顔だった。暗い顔の小林とは別人。その表情を見ただけど安心してしまう。いつもの小林だ。まあそんないつものというくらい彼女を見ていないけれど。さっきまでいじめられていたのに、安心してしまう。
「あ、来た」
「余計なことしたかも、ごめん」
「ううん、ありがと」
「もうさ、反抗しちゃえよ」
 今自分が思ったことだった。早くいじめを終わらせる必殺技。そうすれば、僕はその足かせをはずして、笑顔でアキに会える。アキに会う時にいじめどうなったのと聞かれて言葉に詰まりたくない。アキに褒められたい。アキにすごいと言われたい。アキに好かれたい。だからそのまま思ったことをそのまま声にしてしまう。何かが僕の心を止めていたストッパーが外れたみたいだ。
「え?」
「だからもう反抗しちゃえって、いじめに負けんなよ、もう、意味わからんわ、暗い顔見んのも嫌だしさ、罪悪感だらけだし」
「え、どうしたの急に」
 もう終わりたかった。僕は小林の話からアキの話に行きたかった。
「なあ、反抗しろよ」
「わかんないよ、無理だよ、」
「一回でもしてみろって、そしたら一緒に屋上行こうぜ」
 沈黙の後、頷いて小林は階段を下りて行った。
 余計なことを言ってしまったかもしれない。アキのことが思考を埋めてなげやりになってしまった。後悔。屋上の中入ろうぜって言ってしまったし。ああ、そうか知っているのか。なんで知っているのだろう。携帯が震えた。開く。新着メールの表示。慣れた手付きでメールを見る。
 アキからだった。
『来週会おうか』
 
 会いたいの返信はすぐにできなかった。まずは声なくガッツポーズ。今度会おうから具体的な日時が来た。現実だ。さっきまでの小林のことは忘れた。小林について頑張ったから、ご褒美だ。ご褒美を神様がくれたんだ。よし。返信を考える。いつもならすぐに返信だが、このメールではすぐに返信したらとても会いたいと思われる。だから少し時間をおく。送った。やった。会える。よし。うれしくてずっと屋上の前の踊り場にいたこと忘れていた。ここを楽園かと思ってしまっていた。階段を二段飛ばして降りる。帰ろう。帰り道で詳しく会う日時を決める。もう幸せだ。アキに会える。アキに会える。帰り道が早く感じる。あれもう家の近くだ。まだメールが終わっていない。なんだか家に帰ったら、メールが途切れる気がして遠回りをして帰った。
 一番好きな人に会えるかもしれない。そう考えたら毎日が遅くなった。会うのは一週間後で、その一週間が僕の今までの人生より長く感じた。僕は待っている。待ち合わせ場所は駅前だった。ベンチに座って携帯をいじる。時間がすぎるのを待つ。待つ。まだ待ち合わせ時刻ではない。三〇分も早く着いた。三〇分待つ。この一週間に比べたら短いはずなのに同じくらいの時間に感じる。時計を見ても針は動かない。動かないからどうしようもない。
 待つ。
 人の流れを目で追う。もしかしたらその中にアキがいるかもしれない。かわいい子を探す。携帯を開きアキからもらった写メを見る。やっぱりかわいい。この人が僕の目の前で動くのか。そんなことを考えると緊張してくる。しかし昨日が緊張の頂点だったから、今は喜びの方が大きい。待ち合わせ時刻だ。来ない。いやまだ待ち合わせ時刻ちょうどに来るなんて、どっかで待っていたにちがいないと思ってしまうからちょうどには来ないだろう。来たら逆にえーとか少し怖じ気付いてしまうかもしれない
 
 そして、
 
 
 そして?
 
 アキは来なかった。計八時間待っていた。いろんなことを考えた。事件に巻き込まれたとか電車が止まったからとか、携帯で何度も電車やニュースについて調べたがどこか遠い知らない電車が止まったという情報と、芸能人が結婚したという情報しかなかった。近所で事件は起きていないし、電車は止まっていない。じゃあなんで彼女は来ないのだろう。
 メールを送った。三〇分待った時に。それとなくどうしたの? という感じのメールを。しかし返信は来なかった。連続して送るのは相手に恐怖を与え、僕が必死だとばれてしまう。だからメールはしない。返信は来ない。待った。まだ来ない。アキもメールも。
 またメールを送った。
 泣きそうになる。世界で僕だけが生きていると勘違いしそうになっている。絶望。返信は来なかった。雨が降っていた。いや降っていなかった。僕の心の中だけで降っていただけだった。心臓に送る血液が逆流しているような感覚。眼前がぼやけていく。
 携帯が震える。急いで携帯を開く。待ち合わせ時刻から七時間経っていた。待っててよかった。新着メール一件。見る。アキだ。ただ一言。
『ばーか』
 血液が流れを止めた。感情が落ちた気がした。宇宙に放たれた死体の感情のように僕の全てが無になる。疑問はなかった。考えることさえわからなかった。書かれている文章がよく読めない、読めても理解ができない。どういうこと。返信をしてみた。
 どういうこと?
 返信は送った直後すぐ来た。宛先不明の自動返信だった。メールアドレスが僕と彼女を繋ぐ唯一の物だったのに、なくなった。僕の携帯に彼女の昔のアドレスと過去のメール、そして何枚かの顔の写メが残っただけだった。それ以外に何も知らなかった。本当にアキはアキなのかさえ、もう知ることはできない。僕は見えない場所で見えない相手とキャッチボールをしていただけだった。それなのに僕は彼女と相性が合うと思い、いつの間にか見えないのに好きになっていた。姿が見えないのに好きになる、ということが出会って知り合って恋に落ちるより特別なものと思い込んでいた。携帯を壊したくなった。しかしその前に僕が壊れていた。僕の支えになっていたものは僕だけにしか見ることができない幻だった。僕は終わった。
 
 次の日、僕は学校を休んだ。しかし学校にいる。屋上にいた。風もない、いや吹いているのかもしれない。だけど僕には感じない。携帯も見ていないから今が何時かわからない。でも声が聞こえないから放課後ではない。一体どのくらいここにいるのだろう。ずっと立っている。いきなりものすごい風が僕に吹き、そのまま飛ばされてここから落ちてしまわないかをずっと考えている。落ちたい。けど勇気がなかった。僕は屋上の真ん中にいた。いつ勇気が出るのだろう。もう震えない携帯がポケットの中にある。昨日帰った後、アキとのメールを全て消した。写メも、登録も。これで僕の知っているアキは死んだ。なのに僕は生きている。心の中にアキが生きている。早く死ねよ、消えろよと考えるが消えない。ずっと残ってしまっている。
 アキのいない僕は生きている意味があるのだろうか。そうか僕が消えたら、アキも消える。そうだよ、そう思うと少しずつ歩き出した。もう僕はいなくてもいいんじゃないか。あんなに悩みを相談して、息を吐くように話した相手はいない。しかもそれは虚像だった。僕はただ遊ばれただけだった。消えたら全部終わる。死んだら終わることができる。
 ゆっくりと歩く。
 屋上は普段鍵がかかっているから自殺者のことを考えての柵もない。ゆっくり進んでいけば、簡単に落ちることが出来る。もうあと数歩で中庭までまっ逆さまになる所まで来た。下を見る。ここから落ちれば死ぬだろう。確実に。教室が見える。多分同じ学年のどこかのクラスだ。目を細めると、小さく花瓶らしきものが見えた。
 ああ小林のクラスか。小林元気かなあ、死んだら笑うだろうか、お前が死ぬんかい! ってな具合に。するとちょうどいじめられている最中のようだ。ここからでも見える。ふと小林がこっちを見た。目が合った気がした。見られてはいけないとこを見られたので隠れる。一瞬経った後、覗いてみると、小林がいじめている奴らに花瓶を投げている瞬間だった。窓から見える範囲の生徒が全員止まっていた。花瓶は割れたかどうか確認できない。反抗した。あいつ反抗しやがった。自然と笑みがこぼれる。表情なんてなくしたと思ったのに。小林以外の生徒が一時停止している中、小林はこっちをちらっと見た後、走りだした。こっちに来るのかもしれない。僕が見えたのかもしれない。どうしよう。隠れようと屋上を見回すが何も隠れる場所がない。ああ、もう。
 ドアが開いた。小林だった。
「久しぶり」
 息を切らし、肩で息をしながら彼女は言った。
「ああ」
 とだけ返事。
「なにやってんの」
 彼女は怒っている。怒った顔かわいいなあ。なんだよ、怒れるじゃん。早くそうやって怒って、反抗したらいじめもすぐ終わったのに。
「いやあ別に」
 笑って言ってみる。
「別にじゃないでしょ」
 厳しい声。先生に怒られた時のように笑顔を止める。
「うん」
 自殺しようとしてた。とは言わなかった。
「死のうとしてたでしょ?」
 目が泳いでしまう。なんで気づいたのだろう。昨日のことなんて一回も話してない。誰にも話していない。
「地味にさよならしようと思ったのに」
「無理だよ、死ぬなよ、何があったか知らないけど」
「まあ言わないけど」
「言いなよ」
 初めて聞く小林の涙声。いつも平坦な彼女の声が崩れている。なんで泣くんだよ。
「地味にいなくなろうかと思ったのにさあ、もう、小林来ちゃってどうすんだよ」
「私の方がどうすんだよ、自殺するって思っていじめてる奴らに反抗しちゃったしさ、どうすんだよ、あんたのせいだよ」
 必死な声。いつもの小林のゆったりした速度の声ではなく、早口だった。こんな早く話せるのかよ。あんたのせいという言葉がひっかかる。
「どうしようか、」
 僕は天を仰ぐ。今日雲一つない、いい天気。走ってきたせいで小林の髪の毛が乱れて、顔が見える。かわいい顔だ。今は必死で僕を見つめている。
「自殺すんなよ、」
 強い声。今日は初めて見る小林だらけだ。自殺しようとしていたお前が言うなよと笑いそうになる。いや我慢していたけど表情に出たかもしれない。
「お前が言うなし」
 我慢できずに言ってしまう。
「じゃあ、」
「ん?」
「何があったのかだけ教えて欲しいよ」
 何があったんだろう。考える。笑いが止まらなくなりそうだ。地味にさよならされたの、僕。好きだったかもしれない人に。そう考えると僕馬鹿だ。すげえ馬鹿だ。ああ、もう何で落ち込んでいたんだろう。あーもう誰かに伝えたいって人がいなくなって落ち込んでいただけで、誰にも理由を言わず地味に死のうとしていたなんて笑い話にしかならない。伝えたい人はいるじゃんか目の前に。まだ好きとかはわからんけど。
「じゃあさ、」
 交換条件を出そう。そして、小林のいじめもどうにかしよう。もう小林は1人じゃないし。一度死のうとした僕に怖いものはない。もしかして今はだけかもしれないけど。いじめている奴一人知り合いだし。なんとかなるかもしれない。
「なに」
「学校が舞台の青春漫画では、よく屋上が出てくる。その理由はなんでだと思う」
 答えがでたら吹っ切れる気がした。アキを忘れられるような気がした。全部かもしれないだけれど、何か屋上のことがわかれば、何か変わる。そう思った。
「机とか書くのが面倒だから?」
 あっけにとられた。突拍子もないことを言われたのかよくわからない。面倒だから、え。どういうことだ。
「え?」
「教室だと机たくさん書くの面倒でしょ」
「ああ」
 納得。答え出ちゃった。答えわかっちゃった。しかもそれ面倒って。まあそうだよな。そうかあ。面倒だもんな。書くの。屋上は楽だしな。そうか青春が屋上というわけではないのか。小林を見つめる。小林も僕を見ている。
「ねえ、どうすんの」
「わかんない」
「やだよ、死なないで」
 初めて感情を見た気がした。かわいい顔している。僕は笑顔になる。もう死ぬ気はない。余裕も出てきた。
「じゃあさ、携帯のアドレス教えて、あと下の名前も」
 名前は生徒手帳を見た時に知ってはいたが聞いてみる。これから何かを始める。何もない屋上から。そこから何かを始めよう。
「え?」
 小林あかりが困った顔をしている。僕が何を言っているかわからないのだろう。僕だってわからない。ただ一歩進みたかった。
 屋上では強い風が吹いていている。空には雲と太陽。そして背中には強く当たっている光。じっと。
 
(了)

ito

伊藤佑弥(Ito Yuhya)
@motokano_goyaku

東京生まれ。文芸と演劇とその他ユニット「元カノを誤訳」主宰。
日常や生活や君やあなたと僕、私が回転してぐるぐる回るような言葉に、新たな視点から普遍的な世界を描く。
あの日に見た夕方の風景と恋愛の記憶、話しかける人がいないから話した壁、ふとした瞬間の瞬間の作品作りをしている。
近年は文学フリマなどの同人誌即売会に参加し、主催として文芸と雑貨の展示即売会を企画し、演劇も上演している。
2014年の主な活動として、文学フリマ東京/大阪に参加。
小説は、小さく持ち運べ物語をより身近にするコンセプトのもと元カノ文庫シリーズを発刊。2015年までに9冊刊行中。
演劇は、2013年12月銀座ギャラリー悠玄にて演劇作品『色あせても一人』2014年6月に吉祥寺YORUにて『日々響く、ひび割れて』上演。
個人企画として、に吉祥寺YORUにてライブと展示と同人誌即売会「たぶん家」「たぶん本棚」を企画。
そして同人誌即売会とライブペインティング企画「やすみの誤訳」を企画主催。
7月には、下北沢THREE×お前の先祖共同企画<YOUR SENZO IS GOOD>に参加。
お前の先祖の楽曲とコラボレーションで小説を作成。
他にもしずくだうみ2nd E.P.「泳げない街」の会場購入特典として小説を作成配布。