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【初期作品をもう一度】地味なグッバイ 3 伊藤佑弥

20151126

 手伝ってと言われても、何をしていいかわからず立ち上がり見ているだけ。何度も傘を踏む彼女。いじめられて、おかしくなったのかもしれない。正直怖い。恐ろしい光景。女子高生が傘をバキバキ踏んで折っている。いじめの暴力が連鎖をしているのかもしれない。
「よし」
 そう言って小林さんは踏むのをやめた。傘を見ると、折れに折れて、人間の骨ならもう修復不可能なくらいに粉々で、彼女はその中から柄の部分から押すと開くボタンの部品を取り出した。
「え? なにするの?」
 僕はたまらず聞く。何をしているのか謎過ぎて、全くわからない。すると彼女はビニール傘から取り出した押しボタン部品を見せて、
「これで鍵を開けるから」
と笑った。
「それ自転車の鍵開ける時に使うやつでしょ」
「え?開かないの?」
 僕は笑ってしまった。彼女の真剣な顔に。
「うんそうだよ、自転車の鍵とドアの鍵が一緒のわけないじゃん」
「そっか、」
 彼女は粉々のビニール傘を蹴った。階段から落ちて骨組みとビニールが別れた。
「入りたいの? 屋上に」
「うん」
 ぼろぼろになった傘を一瞬見た。まるで死体みたいだと思った。傘の死骸なのは間違いがないのだけれど。
「なんで」
「死にたいから」
 わかっていたのに、予想はしていたのに、心臓を直接掴まれたように心臓が痛んだ。傘の死骸を見つめてしまう。それが人の死骸を想像させる。
「なんで」
「え、知らないの? わたしいじめられてるの」
「だからって」
 知っているが知らないことにした。それが正解だと思ったからだ。ポケットに手を入れて鍵を強く握った。鍵は冷たかった。僕が何も言わなかった心のように。僕は彼女の死にたいという希望に何も言えなかった。合鍵の存在を隠すことしかできない。いじめなんて止められない。僕は何もできない。
 彼女は自殺を求めていた。僕は何も言えなかった。やめなよの一言も。上辺だけで作った言葉すら吐けない。僕はなんで彼女と関わったのだろう。考えてもわからなかった。
 その日から僕は踊り場には行かなくなった。彼女は行っていたみたいで、階段を降りてくる彼女を時々見た。そこで会話を交わすことはなかった。いじめられている姿も見た。何回も。しかし止めには行けず、頭では行くべきだとわかっているのに足が地面と釘で打ち付けられたように動かなくて汗をかいただけだった。見て見ぬふりをしているだけ。みんなと同じ傍観者になっていた。
 彼女は死のうとしていた。屋上の鍵を開けようとしている。開いたら飛び降りるのだろう。しかしまだ生きている。屋上のドアは開かない。彼女が死んだら僕はなんて思うだろう。あの時止めておけばと、月並みな後悔をするだけだろう。考える。考えるだけ。何もできない。何もしない。でも思考だけはマイナスの方へ進んでしまう。後味の悪いことしか思いつかない。それなのに僕は何もできない。
 そんな思考ではアキとは朝の挨拶のやり取りしかしなくなってしまった。僕もそれ以上メールすることはなくなっていた。現実が忙しいのかもしれない。僕もアキも。
 
 久々に屋上に行こうと思った。そこなら考えられると思った。しかし何を考えていいかさえわからない。でも何か良い考えが浮かぶと思った。僕は毎日彼女を気にしてしまっていた。階段を上がっていくといつもの場所に人影。間違いなく彼女だ。今日もいた。
「よ、」
 冷静かつ無関心を装って声をかけてみた。小林さんはドアノブをそこから屋上が見えるみたいに顔を近づけて覗きこんでいた。
「なにやってるの?」
 彼女はこっちを向いて手に持っていた針金を見せた。
 まだ飛び降り自殺を諦めていなかったのか。いじめられていた彼女の姿を思い出す。思い出したくないのに浮かんでいく。
「なんでさ、、」
 言葉が詰まる。勢いで聞いてしまいそうになったのを飲み込んだ。
「ん? 屋上にただ出てみたいだけ」
 思っていたことと違うことを言われて、思っていた言葉が声になってしまう。
「ちがくて、なんでいじめられてんの」
 思わず言ってしまったので、言葉の最後がだんだん声が小さくなってしまった。聞こえていない方がいいのにと後悔したが、彼女にはちゃんと聞こえていたらしく、俯いてしまった。言わなければよかったのに。でも僕は聞きたかった。聞いてみたかった。それから何か考えられそうだから。
 沈黙。
 僕も初めて会った時みたいに話題を探しはしない。
「んーとね、」
 うんと言う意味を込めて声を出さず頷いた。何も喋りたくない。今は彼女の言葉だけを受けとりたかった。
「わかんないんだよね、」
 小林が言った。こっちはもっとわからないのに。
「なんでかもわからないし、いつからかもわかんないし、ユキちゃん、あ、わたしのこと、まあ、、いじめ? てる子なんだけど、ユキちゃんに彼氏ができたからかな、それから、、ね、、」
 小林は苦笑いをしながら言っている。
 想像だけど男が女の友情に嫉妬したのかもしれない。だから、ユキちゃんは彼氏のこと好きだから、彼氏の言いなりでいじめたのかも、と思ったが違う。すぐに小林さんをいじめていた時の彼女の表情を思い出した。嫌で嫌でしょうがない苦痛な顔ではなくただ純粋に楽しんでいた表情だった。
「なんで、嫌とか言わないの?」
「わかんない、ずっと友達だったから」
「え?」
「なんか元通りにならないかなって」
「なんないよ」
「わかんないよ、」
 僕は彼女がわかんなかった。なんでそこまでいじめている相手を信じているのか。わからない。
「実は屋上開けられるでしょ」
 え? 思わず顔を見るがさっきと変わらない。笑っているのか悲しんでいるのかわからない曖昧な表情だった。
「え?」
「知ってるよ」
「え?」
「今日は帰るね」
 小林は階段を下りて消えた。彼女みたいな発言を残して。僕はそこで一人考えた。なんで小林が、屋上の合鍵を持っていることを知っているのか。でも答えなんて出てこなかった。わからないままだった。
 
 次の日。なんで知っているのだろうとまだ考えていた。彼女は自殺しようとしていた。
 受け入れているわけではないのか。
 なんでだろうと考えた。今日は、彼女はドアの前に来ていなかった。いないのを確認して屋上に久しぶりにきた。季節のせいか風に運ばれた枯れ葉が多く、いつもの光景とは少し違ったのと、久々なのとで、新鮮な気持ちだった。なんで彼女はいじめを受け入れているのかわからなかった。考えても考えても、小林の思考がわからなかった。風が吹いた。久々に感じる直接の風は強くて冷たい。彼女はここで自殺しようとしていた。受け入れているわけではないと気づく。そうじゃん。死にたがっているのに受け入れているふりか。じゃあ、
 じゃあ?
 そこで僕が今できることを考える。何ができるか。浮かんではいるけど、勇気がない。座っているのに、足がすくむ気がする。想像ですら全く動けない。いじめなんて止められない。考えれば考えるだけ、自分が何もできないことを知って落ち込む。もうすでに落ち込んできている。だから今日はもう帰ることにした。階段を降りたら、廊下に小林がいた。おお、と声をかけようと思ったら、いじめられている最中のようで、女子二人と男子二人に言い寄られていた。僕はすぐに隠れる場所を探して隠れて、現場を凝視。心臓が高鳴る。嫌な高鳴り。
「なんで喋んないんだよ、」
 と男子A。怒っているというか、嘲笑っているような言い方。
「ねえ、なんで私たちをイライラさせるの?」
 女子A。髪の毛が茶色で腕組みをしながら小林をにらんでいる。これがもしかしてユキさんかもしれない。もう一人いるから二分の一の確率。小林を見ると彼女はいつも会うときには見たことのない表情で俯いている。初めて出会った時のよう。俯いているせいで影が表情を隠しているだけではなく、無表情のせいで表情が読めない。
暗い顔。全く小林のことを知らない人が見てもこれは何か重大な悩みを抱えているなと思ってしまう。少しでも小林と関わった僕ならと考えたら、一歩だけ足が動いた。声がよく聞こえる。女子二人に「喋れよ」「無視すんな」と言われながらローキックされている。そんなことされたら細い太ももが赤く腫れてしまう。近づく。歩くスピードは遅いが一歩一歩、いじめの現場に近づく。心臓はもうこのリズムではギターを弾くのは無理!というくらい早くなっている。近づいて気づいた。男子の一人は去年同じクラスだった奴だ。
「おおしんやじゃん」
 髪の毛をカチューシャで逆立ててライオンみたいにしている田中が僕に気づく。
「おお、」
 田中がもしかして上原の彼氏なのか。
「なにやってんの?」
 視点は一点しか見つめていないけど、言ってしまう。
「え?」
 田中が言葉に詰まる。ここで言葉を間違えたら、他の三人にいじめを止めにやってきたいい子ちゃんと認識されてしまう。そうじゃない。僕の目的は違う。いい子ちゃんに見られたいのではない。ふと女子二人を見たら今までに見たことのないような表情で僕を睨んでいた。女子ってこんな怖い目できるのか。人を殺す視線だ。
「遊んでんだよ、」
 笑いながら田中が言った。僕はその笑いへ返事とばかりに声なく笑った。
「おー遊んでんだ」
 おうむ返し。なんて言えばいいんだろ。迷う。考える。思考。思考。どうする。何をする。何をしたらいい。
「てか土屋見なかった??」
 背中には冷たい汗。土屋は二年の学年主任。いじめの現場を見られたら大変なことになるのはこいつらにでもわかるはず。
「なんで? 見てないけど、なに? なんかあんの?」
 田中が明らかに焦っているのがわかる。他の三人を見る余裕はない。
「そっかー、教室に呼び出されてんだけどなあ」
 わざとらしくなく言うことだけを考えながら言ってこの現場から脱出する。
「じゃ」
 いじめの現場の真ん中を突っ切り自分の教室へ向かう。もちろん土屋に呼び出されていないので来る予定はない。誰もいない教室へ入る。一回も後ろを見なかった。見たら気にしていると思われてしまう。教室の窓側へ行く。大きく息を吐く。これで今日のいじめは終わったかも。学年主任がそこを通るかもと思ったら、もういじめはやめるだろう。よかった。体中の空気を全て出すくらいに吐き出した。そして窓側の誰のかわからない机の上に座り寝転がる。机の面積に対して体が足りないので重量に負け地面に体が引っ張られ反った状態になる。すぐに頭が痛くなり、起き上がった。その勢いで携帯が落ちた。それを机の上から拾おうとしたが取れず、降りて携帯を取って開いた。久々に長いメールをアキに送ることにした。机の上に再び座り、考える。長々さっきまでの出来事を書いて送る。それでようやく落ち着いた気がした。
 すぐに返信があった。もちろんアキだ。
『すごいね、なんかすごいや、大人になったね、いいこいいこ』
 うれしくなった。笑みが自然とこぼれる。いいこいいこされた。
『今度会おうっかー。私も忙しくなくなったし』
 やった!
 
(つづく)
※この作品は伊藤佑弥の最初期の作品となります。

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伊藤佑弥(Ito Yuhya)
@motokano_goyaku

東京生まれ。文芸と演劇とその他ユニット「元カノを誤訳」主宰。
日常や生活や君やあなたと僕、私が回転してぐるぐる回るような言葉に、新たな視点から普遍的な世界を描く。
あの日に見た夕方の風景と恋愛の記憶、話しかける人がいないから話した壁、ふとした瞬間の瞬間の作品作りをしている。
近年は文学フリマなどの同人誌即売会に参加し、主催として文芸と雑貨の展示即売会を企画し、演劇も上演している。
2014年の主な活動として、文学フリマ東京/大阪に参加。
小説は、小さく持ち運べ物語をより身近にするコンセプトのもと元カノ文庫シリーズを発刊。2015年までに9冊刊行中。
演劇は、2013年12月銀座ギャラリー悠玄にて演劇作品『色あせても一人』2014年6月に吉祥寺YORUにて『日々響く、ひび割れて』上演。
個人企画として、に吉祥寺YORUにてライブと展示と同人誌即売会「たぶん家」「たぶん本棚」を企画。
そして同人誌即売会とライブペインティング企画「やすみの誤訳」を企画主催。
7月には、下北沢THREE×お前の先祖共同企画<YOUR SENZO IS GOOD>に参加。
お前の先祖の楽曲とコラボレーションで小説を作成。
他にもしずくだうみ2nd E.P.「泳げない街」の会場購入特典として小説を作成配布。