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【初期作品をもう一度】地味なグッバイ 2 伊藤佑弥

20151126

 よし渡そう。決めた。好感度はアキの好感度もあがるのかなあ。だとしたらそれは嬉しい。階段を降りて教室を探す。わかるのは顔と名前と学年。あれ結構知っているな。なのに知らない。どんな人かもわからない。写真と何回か見た印象だと大人しそうな人なイメージだ。でも証明写真だからかもしれない。同級生なのに印象にない。同じクラスになったことないよな。2年の教室がある廊下でキョロキョロしながら探す。廊下を歩くも、放課後のせいか人が少ない。いない。廊下ですれ違ったらすぐに解決して楽なのに。大人しそうな子だし、放課後に残ってないのか。
「お、しんやじゃん」
 後ろから呼ばれた。同じクラスの大久保がいた。髪の毛が茶色だ。不良。
「おお、なにしてんの??」
「俺? 部活。しんやは?」
「ああ、なあまあなんとなく、なあなあ、小林あかりって知ってる??」
 何故か急に笑い始めた大久保。え、変なことなの、言っちゃいけないことなの。ウチの高校のタブー? 七不思議的な?
「逆に知らんの?」
 うん、同じクラスになったことないし。そんな目立たなそうな子だし。僕が言うのもなんだけど。
「うん、知らない」
「マジかよ。あれだよ、上原にイジメられてる奴だよ、小林って」
「え、うちの学校イジメがあんの?」
「そこまで知らんの? 有名じゃん」
「そうなの?」
 頷くと、どこかへ案内される。イジメの現場だったら怖い。何をしたらいいかわからないし、どんな顔をして良いかわからなくなる。
「現場?」
「ちげえよ」
 四組の教室の前に着く。同じ作りの教室のはずなのに、全く別物の感じがする。廊下から、他人の家みたいに入りづらい。
「ほら」
と大久保は顔で教室内を指す。大久保にしたがって教室を覗いて見ると、放課後のせいか誰もいない。誰もいない教室は不気味だ。掲示物とかウチのクラスと違ってちゃんと貼ってある。
「あ」
 教室内を見まわしてと、あるものを見つけ思わず声が出た。ドラマや漫画でしか見たことのない光景。窓側一番後ろの机の上に花瓶。それが小林さんの席だとすぐにわかった。
 うわ、本当にイジメだ。しかも典型的。教科書通りのイジメだ。ザ・イジメだ。ああ、ジ・イジメか。母音だから。
「なにあれ」
 僕は大久保を見る。大久保は苦笑いのような、なんて言っていいかわからない表情をしている。同じ状況なら僕も見てはいけないものを見てしまったような苦い顔ではなく、同じ表情をしていると思う。
「まあ、イジメだよ、てか知らんかったの?」
「うん、えー」
 イジメか。小林さんいじめられてるのか。あ、だから濡れていたのか。よくあるイジメのやつだ。トイレの個室にいたら上から水がバアアってなるやつ。そうか。なんとも言えない気持ちだ。味のないガムを噛み続けて吐きそうになるのと似ている。誰も教室にいないので、そのまま中に入ってみる。机に近づいたからって何も変わらないし、何もわからない。でもよく見ておきたかった。何で花瓶が置かれたのか、とか考えてしまう。答えなんて知らないけど。
 大久保も着いてきたが、何をしていいかわからない感じだ。僕も何をしていかわからないのでふと窓を見た。あ、屋上が見える。彼女はもしかしたらずっと屋上を見ていたのかもしれない。僕だったら見ている。たぶん。きっと。
 今日はたくさんアキとメールをしていた。いつもの倍はしている。いつもが多いから、もう大量だ。なぜかわからないがアキに無性に会いたくなっていた。
 
『退屈な日々が続くよーなにしたいんだろ』返信。なにもしなくていいんじゃない?『それだと自分がどんどん腐ってゆく』返信。そっかー『しん君はなにやってるの?』返信。なんも、アキは?『なんも笑 同じだ』返信。ねえ、『ん?』返信。そろそろ会いたいかもしれない。『えー』返信。嫌ならいいや『嫌とかじゃないよ』返信。そうなの?『うん』返信。ありがとう『なんで会いたいの?』返信。なんでって言われても『理由がないの?』返信。会ってみたい。『いつかね』返信。ん、いつかなんだ『うん、いつか』
 
 いつか、なんてこないことを知っているが、来てほしいと思っている。来ないから待つのかもしれない。
 何で会いたいのだろうと思ったのか。いや単純に好きだから。顔を見たかった、空気を共有したかった。
 僕は今待っている。屋上の前の扉で、アキではなく小林さんを。本当なら屋上にいたのだけれど、彼女が来るかもと思うとやはり外には出られない。早く来ないかな。
 本当ならここにアキが来てくれたらどんなに幸せか。時々考える。一緒の学生生活を過ごしていたら、と。こんなに呼吸をするようにメールのやり取りができる人なんていないのだから、ずっと話しているような気がする。今だったら一緒に屋上にいる。しかもずっと。それは幸せだな。時間を共有するのが一番うれしい。僕の時間だけではなく、彼女の時間も使える。二四時間が四八時間になる。四八時間の密度で現実の時間は二四時間だなんて、人生が濃い。ああ、もしかしたら濃いから恋なのかもしれない。濃い恋来い。
「あの」
 来た。小林さんだけど。生徒証の写真とほぼ変わらない女子が目の前にいる。案外早く来てくれた。これで僕の屋上生活が戻ってくる。
「はい。これ」
 差し出す。彼女は差し出した手を見ていて受け取ろうとしない。
「ここに落としてたから」
 そう言っても受け取らない。なんでだよ。
「うん、」
 無理やり渡してしまう。親戚が子どもにお金を渡す時みたいに握らせた。もしかしてこういう態度がいじめられるのかもしれないとだめなことを考えてしまう。まじまじと小林さんを観察する。ブレザーから覗いている手首がとても白くて細い。もしかしたらリストカットの痕があるかもと、手首に目が行ってしまう。顔を見る。暗い顔をしている。表情が見えない。それは表情がないのではなく、髪の毛が長く黒く重たく見えるため。でもよく髪の毛の間から見える顔はかわいい。アキには負けるけど。アキはかわいくて、写メを見ると目はぱっちりだし派手な顔立ちをしている。小林さんはどことなくミニシアター系の邦画に出てきそうな女優のような地味な顔をしている。でも美人な顔立ち。だからいじめられるのか。
「小林さん、だよね?」
「あ、うん、ありがとう」
「あ、桐原です」
 一応自己紹介をする。
「あ、はい」
 会話終わる。これからどうしようか迷う。どうしよう。いつも僕は屋上のほうにいるが、今日はドアの前にいる。屋上に入れるわけにもいかない。たぶん自殺しそうだし。いや自殺しないかもしれないけど、いじめられている人が屋上に入りたがっている。もう自殺志願確定だろ。あと屋上に僕以外の人入れたくない。僕の場所でもないのだけど。
 しばしの沈黙。学校内なのにグラウンドの野球部の声が聞こえた。
「え、何組?」
 知っているのに、この前見に行ったのにもかかわらず、この沈黙に耐えられないので聞いてしまう。いじめられていることも知っているけど言わない。言えない。言ったらだめなことくらい僕でもわかる
「四組、」
 小さな声。ここが静かだからなのと近くにいたので聞こえたくらいの小さな声。
「四組かー知ってる奴いないやー」
 笑う。乾いた笑い。何もおもしろくないけど、間を埋めるため笑ってごまかして語尾も伸ばす。アホっぽく聞こえてどことなく明るい気分がする。
「何組なの?」
 彼女の方からの質問だが、答えておしまいになる。もっと会話のキャッチボールをしたいが、良い答えが見つからない。メールなら、考える時間があるのに。どうしよう。
「一組」
 普通に答えてしまい会話終わる。どうしよう。そうですか、見たいな返事もなく小林さんは自分の膝を見ている。僕も思わず、見てしまう。傷はないみたいだ。
 無理やり話題を繋げようと考えるが聞いてはいけない内容のことばかり浮かんでしまい何も言えない。一緒に屋上に出るわけにもいかない。出ても何もしようがない。どうしよう。
 沈黙が時間を長く感じさせている。
「いつもここにいるの?」
 小林さんの方からの発言。小林さんも気まずいと思ったのかもしれない。ありがたい。これで会話をつづけて早くここから脱出したい。
「うん、結構な確率でいるかな、しょっちゅういるよ、ほら屋上に入れないしさ」
 言葉が見つかり次第すぐに考えなしで声に出しているからかもしれないが早口になってしまっている。しかもなんとなく昔の少女漫画のような、エセさわやかな言い回しになっている。しかし彼女からは返事はなく、下を向いてしまった。
 言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれない。
 しかし何が言ってはいけないことなのかわからない。
 携帯が震えた。震える音ですら今は聞こえてしまう。多分アキだ。返信したいが目の前には気まずい状況。
「わたしもいても平気?」
「え、うん、いいよ、別に許可とかいらないでしょ」
 相手を怖がらせないために笑ってみる。
「そう、」
とだけ言うと、頭を下げて背中を見せて階段を下りて見えなくなった。思わず言ってしまったが、ここっていうのは屋上ではなく、この踊り場のことだよな。回りを見る。物置でしかなかった。僕はひとりで今日も屋上に出るのをやめた。もう屋上には行けないかもしれない。彼女がここにいるなら出入り姿を見られてしまう。
 しかも口が滑ってしまって、いいよなんて言ってしまった。来るのか。どうしよう。もうわかんないし、考えたくもないから携帯を出す。やっぱりアキからメールが来ていた。急いで返信をする。
 返信。いじめられてる人と接触した。あと生徒証返した! ぼくえらい!
 メールを送って、携帯を閉じた。踊り場は埃っぽくくしゃみを何度か連続でした。その音が大きく響いた。やはりここはいつものように静かだ。
「ああ屋上に出たいなあ」
 呟いてみた。小林さんの声より小さな声で。誰にも聞こえない。僕の声は聞こえなくて、届かない。
 
 次の日の放課後、僕はそこにいた。屋上には出ず、ドアの前に座っているだけ。小林さんはまだ来ていない。多分いじめられているのだろう。見に行く勇気はないので持ってきた漫画を読むが、あんまり頭に入ってこない。どんないじめをされているのだろうかと考えてしまう。なので、携帯を開きメールを問い合わせると、メールが来た。もちろんアキ。なんとなくラッキーな気分がする。
『おはよ、』
 僕が朝に送ったメールの返信だった。最近、メールがそっけなくなっている。最初はそんな気がするだけかと思ったのだけれど、今は確信に近い。今日も素っ気ない。でも理由なんて怖くて聞けない。聞いたら終わる気がしたから。終わりたくはなかった。これが僕の生活の大部分を作っていたから。
 返信を送信して携帯を閉じたら、小林さんが目の前にいた。何故かビニール傘を持って。
「なにそれ」
「ビニール傘」
「それはわかるけど」
 彼女はビニール傘の意味を言わずドアに近づきノブに触れる。そして何度か回すが、いつもの通り鍵はかかったまま。それを確認すると傘を思い切り踏んで折った。
「え?」
 思わず声が出る。
「手伝って」
 
(つづく)
※この作品は伊藤佑弥の最初期の作品となります。

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伊藤佑弥(Ito Yuhya)
@motokano_goyaku

東京生まれ。文芸と演劇とその他ユニット「元カノを誤訳」主宰。
日常や生活や君やあなたと僕、私が回転してぐるぐる回るような言葉に、新たな視点から普遍的な世界を描く。
あの日に見た夕方の風景と恋愛の記憶、話しかける人がいないから話した壁、ふとした瞬間の瞬間の作品作りをしている。
近年は文学フリマなどの同人誌即売会に参加し、主催として文芸と雑貨の展示即売会を企画し、演劇も上演している。
2014年の主な活動として、文学フリマ東京/大阪に参加。
小説は、小さく持ち運べ物語をより身近にするコンセプトのもと元カノ文庫シリーズを発刊。2015年までに9冊刊行中。
演劇は、2013年12月銀座ギャラリー悠玄にて演劇作品『色あせても一人』2014年6月に吉祥寺YORUにて『日々響く、ひび割れて』上演。
個人企画として、に吉祥寺YORUにてライブと展示と同人誌即売会「たぶん家」「たぶん本棚」を企画。
そして同人誌即売会とライブペインティング企画「やすみの誤訳」を企画主催。
7月には、下北沢THREE×お前の先祖共同企画<YOUR SENZO IS GOOD>に参加。
お前の先祖の楽曲とコラボレーションで小説を作成。
他にもしずくだうみ2nd E.P.「泳げない街」の会場購入特典として小説を作成配布。