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【初期作品をもう一度】地味なグッバイ 伊藤佑弥

20151126

 屋上には誰もいないし何もいない。風が遮るものなく僕に直接当たり、風がある日はいつも寒い。風の音がさびしく聞こえる。
 右手の遠くに高い建物が見えるが左には何もない。今ドアを背にして寄りかかっているからそれをもう少し左に移動すれば中庭が見えて、うちの学年の教室が見える。何組の教室までかはわからない。多分自分の組ではない。今頃、昼御飯をみんな仲良さげに食べているだろう。昼休みには教室の方は見に行けない。すぐに僕がいるとバレてしまう。当然、屋上には入ってはいけない。いつも鍵が閉まっている。でも僕はその合鍵を持っていた。ポケットの中にいつも入っている。ポケットに手を入れ鍵に触れる。指で感触を確かめる。これが僕の世界への鍵。屋上に入れば太陽の光が僕に差し、新しい気分になれる。僕の聖域。
太ももに振動。かすかに唸る音も聞こえた。 メールが来た。メールのやり取りだけの彼女から。
『青春漫画で屋上が良く出てくる理由はなーんだ?』
 そんなメールを受信し、じっと携帯を見つめる。意味がわからない。なぞなぞなのか。もしかしてさっき今日も屋上にいるとメールしたから、屋上にまつわるなぞなぞを出したのかもしれない。
返信を考える。考えてもわからない。だから、そのまま返信をしようと思ったけど、なんとなく青春っぽいからと返信をした。
 見なくてもわかる彼女からの返信。僕らは一日に何十通もやり取りをしている。僕の四個上で今大学二年生の彼女は授業が暇らしい。授業中以外は極力返信するようにしている。それは楽しいから。内容なんてないようなメールの数々なのに。明日には忘れてしまうことばかりの言葉。そして川に流れるペットボトルのようなやりとり。不毛なはずなのに楽しい。会ったことないのに付き合えるのだろうか。僕は付き合いたいと思っているのだろうか。わからないが、楽しいのでそのままわかろうとはしていない。わかってしまったらどうしようもない。会いに行ってどうする。付き合えるのか。僕が彼女を知らないように彼女も僕を知らない。呼吸するようにメールをしているのに。
 またアキと名前の書かれたメールがまた送られてきた。
『まだ屋上にいるの?』
 ヌチヌマチニチヌチとボタンを押して返信をする。思考と同じスピードで文字を入力していく。
 返信。まだ屋上にいる。これから授業。
 しばらく待ったが答えがなかった。ふと思う、なんで屋上にいるのだろう。屋上にいる理由。わからない。屋上には何もない。上に空があるだけ。なのに僕はここにいる。
 メールが来たのと同時にチャイムが鳴った。僕は寄りかかっていたドアからベリベリと体を剥がして立ち上がる。ドアノブの鍵をかちゃりと回してドアを開ける。明るいから暗いに移動。屋上に入る踊り場は暗い。上に電気すら付いていない。そして、倉庫のようにも使っているらしく、机が重ねてある。机の脚が上に向きまるで牢屋にも思えてくる。そんなことを考えながら持っている合鍵で屋上のドアの鍵を閉める。これだけは忘れないようにしないと。ここは僕だけの場所なのだから。ドアノブを回して鍵がちゃんとかかっていることを確認して階段を下りていく。上履きがスリッパだから、そんなスピードを出せないように降りる。もう先生が来たかもしれない。ああ遅刻は嫌だな。でもまあいいやトイレとか行って無理やり理由を作ろう。というわけでメールを見る。
『じゅぎょーわたしきょーも授業サボってる、だめだー。こうなっちゃだめだよ、しん君は』
 階段を降り切ったところで返信を考える。なんて書こう。久々にメールで名前を呼ばれて笑みがこぼれる。目の前に女子がいた。気付かなかった。にやにやしているのを見られたかもしれない。ああ恥ずかしい。気持ち悪い奴だと思われてしまう。目が合った。誰かも知らない女子。なんとなく暗そうに見える子だ。目に光りがない。黒いだけ。まあ人のことも言えないけど。スリッパの色を見る。同じ色だから同級生だ。スリッパがボロボロで僕と同じ緑色のはずなのに黒く汚れている。女子ってこういうところあんま気にしないよな。
 あ、アキに送るメールのネタできた。スリッパが汚い女子がいた、アキはそーゆーの気にしてた? みたいなメールを送ろう。女子は小走りで僕のクラスとは反対方向へ行った。まるで、僕から逃げるようだったのでちょっとだけ落ち込む。その後ろ姿を見送って、僕は自分のクラスへ向かう。どこのクラスの人だろ、見たことがない人だ。歩きながら返信を打つ。
 返信。今から授業いってくるー。さっき目の前に汚れたスリッパ女子が笑 アキはそういうの気にするん?
 教室に入る前に携帯をサイレントモードにする。振動でも先生にバレてしまう。案外振動音は響く。まだ先生は来ていなかった。ラッキー。僕は何も言わず席に座ると同時に先生が来て授業が始まった。
 僕とアキはまだ出会っていない。メールはしている。メールの中だけの付き合いだ。しかし顔も声も知っているが、会って話したことはない。電話もそこまでしない。メールだけの付き合い。しかし会話するように僕らはメールをしている。それが話ではないことくらい知っている。なんでアキのことを好きになったのだろう。コミュニケーションとも言えないコミュニケーションで。わからない。気付いたら好きだった。いや好きなのかな。わからない。会ったこともないし。そしたら自動返信してくれるパソコンのソフトでも好きになるかもしれない。でも僕はアキが好きだ。なんでだろう。考えるとわからなくなる。だからもう会ったら考えることにしている。でも好きなのは好きなまま。
 授業が全部終わって、屋上に行く。階段を二段飛ばしで上って急ぐ。がちゃりと鍵を回しドアを開ける。勢いよく流れてくる風が僕に当たる。今日も良い天気。僕はドアを閉めてドアに鍵をかけてから寄りかかる。目の前には誰もいない、何もない。グラウンドの方から部活動の声が聞こえる。中庭からは放課後の生徒の声。聞こえる音は学校なのにここには何もない。普段から鍵がかけられているから、自殺しようとする奴も出ないので柵もない。簡単に自殺できるよなーって思いつつ、今見ている光景を写メする。ぱしゃり、と音が鳴る。保存。そしてアキにメールを送る。
 返信。何にもない屋上。今日もしばらくいるつもり
 こんなトイレの落書きにもならないメールをアキは返信してくれる。そしてまた会話のようにメールが続くはずなのだけれど、今日は返信がすぐ来なかった。何かをやっているのだろう。大学の授業中かもしれない。
 僕が大学に入った時にはアキは四年か。ギリギリ被ってはいる。アキに大学名聞いてその大学を受験しようかな。それもいいな。頭が良いところだったら大変だよな。でも頭良さそうな大学だろうな、アキ頭良いし。あ、でもそしたらアキに勉強を教えてもらえばいいのか。それ名案だ。僕も頭が良いな、これは。頭が良いから、アキから返信がきた。関係ないけど。
『屋上だ。いいな、高校時代はいったことないや。これから授業いってっくる☆』
 返信。いってら。屋上は案外寒い笑
『寒いんだ笑 いってきます。かぜひくなよー』
 返信。バカだからひかないよー笑
 携帯を閉じる。パカと音が鳴る。大学の授業は九〇分だから、もう九〇分返信は来ないと判断。携帯を制服のポケットに入れる。そして空を見る。なんとなく青春っぽい。この僕を含めた屋上としての風景が。ああ、だから青春漫画では屋上がよく使われるのかもしれない。屋上に何もなく、ただ空が青く、制服が黒い、このコントラストが青春っぽさを出しているのかもしれない。よく空を見ると雲がゆっくりと流れてゆく。平和だ。好きな人もいるし、好きな人と仲良くできているし、ああ平和だ。本当にどっかの国では戦争が起きているのかなあ。そんなことを思う。考える。
 ドン! がちゃがちゃがちゃがたたたた
 え? 戦争? なに。
 びっくりしすぎて声がでなかった。でもそれが好都合だった。声を出してしまったらここに僕がいることがばれてしまう。冷静になるため息を整え、ドアノブを見つめる。生きているみたいに左右に動くドアノブ。鍵はかけているから開くことはないけど、信用できない。ドアが開くかもしれないとずっと見つめる。少し待つとドアノブが動きをやめた。先生ではなかったみたいだ。先生なら鍵を持っているはず。ああ怖かった。なんだったんだろう。もしかしたら屋上に行こうとした生徒がいたのかもしれない。
 携帯で時間を見て、五分くらい経ったのでドアをゆっくりと開けてみる。見るが誰もいない。なのでこの隙を見て屋上から出ることにした。また来たら、出るタイミングすらなくなってしまうかもしれない。
「ふー」
 学校の中に入ってドアに寄りかかり座る。息を何回も吐いて落ち着こうとする。そして忘れずにドアの鍵をかける。開けようとしたのは不良かな。ヤンキーかな。煙草とか吸いに来たのかな。そういえばこの前先生が言っていた、トイレで吸い殻が見つかったって。トイレが無理なら屋上と言うことか。ああヤンキーか。そういえば開け方も乱暴だったし。僕のオアシスもなくなるのか。やだな。じゃあ今座っているこの踊り場に不良とかヤンキーが来るかもしれないのか。踊り場を見回す。たぶん五人六人は簡単に座ることができる。たまり場に最適かもしれない。
 地面に針金が落ちていた。なにこれと拾い観察。ぐねぐねと触る。案外固い。あ、なんとなくピッキングのやつみたいだ。見たことないけど、イメージはこういう針金のようなものだ。鍵穴に入れてみる。入った。やみくもに動かすけど、全く開きそうにない。なんかコツがあるのかな。ガチャガチャと回す。開かない。もしかしたら不良たちはさっきこれをしていたのかもしれない。開くことがあるのだろうか。開いたら怖いな。
「あの、」
 え? 声が聞こえたので動きを止める。なんで声をかけられるんだ。不良? いや聞こえたのは女の声。
「え?」
「それ私の」
 声の方を向けば、階段の下に女子がいる。しかもちょっと前に見たスリッパの汚れた女子だ。彼女は僕の持っている針金のようなピッキングの道具らしきものを見つめている。
「あ、これ?」
 針金を掲げる。彼女の視線がそれを追っている。
「ああーごめん、なさい」
 階段を降りて針金を渡し、すぐに帰ろうとした。
「あの、屋上、入りたい、、んですか?」
 いや僕は自由に入れるし、と言おうと思ったが言ってしまったら、自由に屋上に入れなくなるので言わず、
「いやなんとなく」
 とだけ言って早歩きをして通りすぎる。早く帰ろう。
 早足で学校を出る。慌てて靴に履き替える。変な奴出た。変な奴出たよ。怖いなあもう。あ、ということはスリッパ汚い女か、屋上を開けようとしたのは。気付く。屋上のドアを開けようとしたのは。そうかそうか。あー怖い。携帯を開く。新着メールが来ていた。気付いていなかった。不覚。二〇分も前に来ていたメール。もちろんアキ。
『授業終わったぜい、今から帰宅だい』
 返信、しようと思ったが何返信していいかすぐに思い付かないので、さっきあった出来事を長々書いて返信する。すると即返信。早いな。
『文章長っ笑 怖いね、もしかしてしん君のこと好きなんかもよーストーカー的な??』
 えええ。好かれているのか、学校で何もしてないのに。モテているわけがない。でもなんか陰で見てました的な感じか。いや違うな。多分屋上に入りたいだけなのだと思う。ちゃんとこの文章読んでくれたのかな、アキ。怖い体験を共有したかったのに。だから頑張って長々書いたのに。まあ僕の文章力がないからかもしれないけど。そして僕はアキに返信をしなかった。理由はわからないけどそれは初めてのこと。
 
 今日はいつもと違い恐る恐る屋上に向かう。階段を昇る。足音を立てないようにゆっくりと。人の気配を感じたらすぐにでもその相手に気付かれず帰れるように。すると昨日のスリッパが汚れている女子がドアの前に腰かけていた。しかもびしょ濡れで。少なくとも今日は晴れで、雨は降ってない。なんでびしょ濡れなのだろう。女子を凝視してしまう。髪の毛が水を含み前に垂れて顔を隠していて、表情は見えない。これ以上見つめていたら変に思われてしまう。よし帰ろうと後ろを向こうとしたら女子の顔が動いた。
「あ、」
 気付かれたと思い声が思わず出た。しかし気付いていなかったらしく、その声で女子は僕に気づき、慌てたように立ち上がり階段を駆け降りてしまった。僕は階段の途中で立ち止まったまま。なんだったのだろう。彼女がいたところは怪談話のオチのように濡れていただけだった。階段で怪談とちょっとおもしろいことを思いついたのではないかと思ったけどアキには言わないでおく、面白おかしく文章にできない。
 また短い文章で、適当に返信が来るだけだ。やっぱりメールだけのコミュニケーションは難しい。でもメールは送ってしまう。ファミレスでの会話のようなメールを。それが心地よい。楽しい。うれしい。
 今日屋上に入るのをやめようか。ドアの前まで行って迷う。開けるところをさっきの女子に見られたりしたら面倒だ。しかも外からじゃ中にいるかどうかわからんし。
 ドアの前に座ろうとしたら濡れた生徒証を見つける。名前と顔写真を確認。顔はさっきまでいた女子で名前は小林あかり。名前を見ても覚えがない人だ。同じクラスになったことないよなあ。たぶん。去年も今年も。誰だろ。いやさっきまでいた女子なんだけどさ。届けるのが面倒だな。面倒すぎて、ここに置いときたい。見なかったことにしたい。でも見つけちゃった以上渡さないと心に残る。
 メールを送る。もちろんアキに。
 返信。ねえ、生徒証見つけたんだけど届けた方がいいかな
 返信をドアの前に座って待つ。しばらくして帰ろうかな、と思っていたら来た。
『渡してあげたほうがいいんじゃない? 好感度あがるよ!』
 
(つづく)
※この作品は伊藤佑弥の最初期の作品となります。

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伊藤佑弥(Ito Yuhya)
@motokano_goyaku

東京生まれ。文芸と演劇とその他ユニット「元カノを誤訳」主宰。
日常や生活や君やあなたと僕、私が回転してぐるぐる回るような言葉に、新たな視点から普遍的な世界を描く。
あの日に見た夕方の風景と恋愛の記憶、話しかける人がいないから話した壁、ふとした瞬間の瞬間の作品作りをしている。
近年は文学フリマなどの同人誌即売会に参加し、主催として文芸と雑貨の展示即売会を企画し、演劇も上演している。
2014年の主な活動として、文学フリマ東京/大阪に参加。
小説は、小さく持ち運べ物語をより身近にするコンセプトのもと元カノ文庫シリーズを発刊。2015年までに9冊刊行中。
演劇は、2013年12月銀座ギャラリー悠玄にて演劇作品『色あせても一人』2014年6月に吉祥寺YORUにて『日々響く、ひび割れて』上演。
個人企画として、に吉祥寺YORUにてライブと展示と同人誌即売会「たぶん家」「たぶん本棚」を企画。
そして同人誌即売会とライブペインティング企画「やすみの誤訳」を企画主催。
7月には、下北沢THREE×お前の先祖共同企画<YOUR SENZO IS GOOD>に参加。
お前の先祖の楽曲とコラボレーションで小説を作成。
他にもしずくだうみ2nd E.P.「泳げない街」の会場購入特典として小説を作成配布。