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夢を食む 滝沢朱音

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――ここに棲んで、もうどれくらいになるだろう。
 七室並ぶ、古くて小さな集合住宅。アタシは長年、その真ん中の部屋に居座り続けている。
 巷でここが「出世ハイツ」と呼ばれているのは、実はアタシのおかげであることを、誰も知りはしない。このハイツを出て行く者はね、みんな誇らしげな顔をしてるのさ。
 
 ベストセラーを連発してるAって作家、知ってるだろう? あいつは若い頃、ここの一番東の部屋、一号室にいたんだよ。
 当時はしょぼくれた冴えない男で、いつも「ネタが浮かばない、俺には才能がない」って唸ってたから、その愚痴を片っ端から聞いてやったもんだ。スッキリした頭でよく眠った男は、ある日見た夢をアイデアに、有名な新人賞を獲ったと聞く。
 最近ハリウッドにも進出したBって役者、あいつもそうだったね。西から二番目の六号室で、ハイツ全体に聞こえるような声でセリフを練習していた。それがまた下手くそでね。聞くに耐えず、アタシは毎晩芝居の相手役を務めてやったのさ。朝まで延々とね。うまくならないわけがないだろう?
 シンガーソングライターのC子もそうさ。作る曲作る曲マンネリと言われ、歌を諦めようとしていたけど、それこそが持ち味、おまえにしか歌えない歌だとさんざん言い聞かせてやった。スランプのときは、アタシが思いついた鼻歌を耳元でささやいてやったりもしたね。それが結局大ヒットして、今や肩で風切る勢いさ。
 他にもここを巣立ち、有名になった人間は数え切れない。その中の誰もアタシの正体を知らないし、感謝する奴もいない。虚しいもんだ。まあ、一流の人間をたくさん育て上げた、その事実だけで十分だと思ってるけどね。
 
――ただね。そんなアタシが唯一、悔やんでること。
 隣室……三号室に、学生時代からずっと住んでいる、Z。これがとにかくいい男でね。今じゃすっかり年取っちまったけど、端正な顔立ちで、熱い志を持っていて。アタシはなぜかこの男だけは、ここから出したくないと思ったんだ。心底ホレちまったんだろうね。
 この男も役者でね。パッとしない劇団でパッとしない役ばかり与えられて、それでも夢を捨てずに挑戦し続けてた。アタシはそれをとことん邪魔してやったんだ。大切なオーディションの前日、隣でわざと大いびきをかいて、一晩中眠れなくしたりね。
 恋人ができたときも、徹底的に妨害してやった。相手の女とすれ違いざま、あいつには他に女がいるよってささやいたり。それでも効かないときは幽霊に化けて、女が一人のときに乗り込んでやったりもしたさ。
 うだつのあがらないまま、ついに結婚をあきらめた男は、今も三号室でひっそり暮らしてるってわけ。全くひどいことをしたよ。アタシのような年寄りが、あんないい男と一緒になれるわけなかったのにね。
 
――そうか、このハイツが建って、もう半世紀にもなるのか。
 オーナーが亡くなったとは聞いてたけど、その跡を継いだ息子が、ここを取り壊してマンションにしようとしてるとはね。いくら「出世ハイツ」と呼ばれていようが、オンボロになりゃ関係ないか。血も涙もないもんだ。
 ここに残っているのは、アタシとその男だけ。どこにも行くあてのない男は、今さら立ち退きたくないと言ってゴネてるらしい。さあ、どうしたもんかね。
 
 たくさんの人の幸せを願い、夢を育ててやってきた。そんなアタシが、唯一ホレた男だけ幸せにできなかったとは、皮肉なもんだ。とにかく自分の傍から離したくなくて、ここまで一人きりで歩ませてしまった。今となってはそれが悔やまれるね。
 あの男は今も、隣室に棲むアタシの存在を知らないまま、時おり舞い込む端役の仕事で食いつないでいる。
 長年のアタシの妨害にもかかわらず、ついに夢を諦めなかった男。あの男の笑顔が見たい。何か償いをしてやれないだろうか。
 
――そうだ。
 作家Aの夢枕に立ち、この「出世ハイツ」の物語を書いてもらうことにしよう。そしてそれを映画化して、重要な役でZに銀幕デビューしてもらおう。
 主役兼監督にはBを。主題歌はC子に。他にも、各界で活躍中のここの出身者たち総動員で、力を貸してもらうとしよう。きっとみんな喜んでやってくれるはずだ。
 
――アタシが棲んでいたのは、四号室。
 古い建物によくあるだろう。「死(四)」を避け、わざと飛ばされている部屋番号さ。
 そんな建物には、アタシのような夢を食む獏が、今も棲んでるかもしれないよ。

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滝沢朱音(Takizawa Akane)

幼い頃の夢は小説家でしたが、大人になると日常に流されてばかりでした。
そんなときふと 「時空モノガタリ」 という小説サイトを発見。
お題を元に2000文字以内で投稿するこの形なら、私にも何か書けるかもと思ったのです。
そして2014年春、初めての小説を書き始めました。