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売られる戦場買う人でなし 13 斜線堂侑李

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 寝起きは最悪だった。どんなに楽しい寝物語を聞いても、悪夢を見ては意味が無い。アップルパイ職人の残り香と共に、同居人の姿も寝床から消えていた。なんかもう、全てがこのまま夢であってくれたらいいのにと思った。
「あ、おはよう。まさかこんな時間に起きるなんて思わなかったよ」
「旅行の朝くらいまともに起きる」
「あはは、もう旅行は終わったんだよ」
 同居人はすっかり身支度を整えて、元気に仕事に出かけていくところだった。今日もお勤めご苦労様。ありがとう同居人。爽やかな朝。何事もなかったかのように、同居人は笑う。
「朝ごはんはピザ食べてね。なんか、よくわかんない布がかけてあったよ、おまじないかな」
「さあ、中居さんの気遣いじゃない?」
 一夜明けたあとのピザの風味を想像しながら、僕は投げやりに答えた。エビはまだプリプリと弾ける食感を保ってくれているだろうか。
「あのさ、」
「うん? 何? 仕事行きたくないの?」
「当たってない」
「あ?」
「当たってなんかないよ。温泉旅行。……本当はね、もらったんだよ。抽選じゃ、飴しか貰えなかった。あのチケットは偽物」
「――ああ」
 やっぱりな、と僕は思う。当たるはずがないんだ。同居人の運勢は今年最悪で、神様は頑張っている人に、不幸に負けない人に、気味の悪い元彼に寄生されている人に、……幸せを与えてくれたりしない。
「あのガラガラの中には、きっと当たりなんて入ってないんだよ」
「あ、それ僕も思ってる」
「でも、温泉旅行は実際に行けたの。当たったんじゃなくて貰ったやつだけど。熱海」
「……へえ」
「知り合いの男がさ、私と一緒にさぁ、温泉旅行に行きたかったんだって。でも、断ったの。勝手に予約されたのもむかつくし……だから、言ってやったの。断られたんだから、要らないよね? って」
「断られたならキャンセルするっつーの!!」
「そうだよね!! でもね、旅館、多分まだキャンセルされてない」
「クズめ」
「はは、そうだね。……でもね、行きたかったんだ。くじ引きで当たったって言ったら、君は少しだけでも、……行く気になってくれるかなって。だって、こんなことってないじゃん? こんな幸せって、ないよね……。奇跡だよね……」
 同居人は奇跡を求めている。恐ろしいほどのハッピーエンド。タイミングの悪さから引き離されてしまった可哀想な恋人達に起こる奇跡を!
 同居人と僕はいわば、不幸なタイミングに見舞われた不幸なだけのただの二人だ。悪気なく振り回した手が目に当たってしまった二人のような。悪気はないのに致命的なような。それで目が見えなくなってしまったような。
 同居人は悪くない。頭でそれがわかっているのが怖い。だって、このままいくとどうなる?
「ねえ、今度、江ノ島行く? 本物の」
 僕が外に出られるようになっていることに、僕のことに目敏い同居人が気がつかないはずがなかったのだ。
 
(つづく)
※次章への区切りのため、今回の更新は短くなっております。ご了承ください。

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斜線堂侑李(Syasendo Yuri)

作家志望ここに極まれり http://goodbyeapril.blog.fc2.com