F T R @
九州発! 日本中が楽しくなるWEB文芸誌。美術館・博物館のイベント情報、気になる本や本屋さん、読みたい物語がきっと見付かります

売られる戦場買う人でなし 12 斜線堂侑李

unnamed

 それからは二人で同居人が借りてきたDVDを見た。陳腐なラブストーリーなら無視して眠ってやるところだったが、同居人が選んだのは以外にも感染パニックものだった。どこからどう見てもB級の匂いがしたが、話の展開が突飛なのは面白いし、ツッコミどころが多い方が見ていて退屈しない時もある。同居人も何度か声を上げて笑っていた。未知の伝染病が蔓延して人がばたばたと死んでいるなんて笑い事じゃないけれど、破滅的なものって案外喜劇的なのだ。
 大量に集められた死体がクレーンで一気に運ばれていく。そして、クレーンで掴まれた死体が焼却炉の上で離されてゴミみたいに燃やされていった。
「なんか、この映画B級だね」
 同居人がぽつりと言った。自分で借りた癖に、酷い言い種だ。けれど、その顔は笑っている。
「主人公とヒロインはさ、感染しないんだね」
「主人公とヒロインだからね」
 その二人はこの感染症を滅ぼす為に、自分達の体の特殊な免疫を使って特効薬を作ろうとしているのだが、増える感染者、麻痺する世界、何故か復活したヒトラーや謎の宇宙人に阻まれてうまくいかず、数時間後には世界の浄化の為に核ミサイルが飛び交うことが決定しているという絶望的な状況なのだ。けれど二人は諦めない。人類を救う為に侵略者である宇宙人にさえ協力を要請する。
「あ、宇宙人日本語通じるんだ。へえ、しかも意外と優しい」
「もしかしてこの宇宙人が全部解決してくれるんじゃないだろうな。今までの話が全部無駄じゃねえか」
「でもあと二十分ちょいしかないし、宇宙人に解決してもらわないと収集つかないよ」
「上映時間で計るな」
「というかこんなに友好的な宇宙人なら何でさっきまで侵略しようとしったんだろうね」
「さっき言ってただろ。こいつらの愛の力に心を打たれて侵略やめたって」
「愛の力なんだ」
「愛の力だ」
「この宇宙人達って駄目だね。感動のハードルが低い」
「小説を読め! 映画を見ろ! フィクションを消化しろ!」
 好き勝手言っている間に、宇宙人達はワクチンの精製と、ヒトラーの撃破と、出来上がったワクチンを全人類に一斉噴霧してくれることを約束してくれた。ドラえもんもびっくりの万能具合である。主人公とヒロインは抱き合って幸せなキスをして、ものの数分で人類は救われた。おまけに荒廃した世界まで何故だか元に戻っている。
「うわ、凄い。文明が回復していく」
「ヒトラー数秒で死んだけどこれ苦情こないのかな」
「人類の顔がみんな晴れやかになってる」
「優しい世界だ」
 陳腐でかわいいメロディーが流れ出し、映画はフィナーレのようだ。宇宙人達も主人公もヒロインも、手を取り合って喜んでいる。
「クソ映画だな」
「まあ、そうだね」
「何でこれ借りたの?」
「なんか、衝撃のラストって書いてあったから」
「そういうのは大抵嘘だと思った方がいい」
 エンドロールが流れ、どいつもこいつも知らない名前が画面を埋め尽くす。
「これ、数時間後に宇宙人に頼めば良かったのにね」
「核ミサイル飛んじゃうだろ」
「どうせ世界は元通りになるみたいじゃん」
「でも、死んだ人は戻ってこないだろ」
「主人公とヒロインはUFOの中にいるんだから大丈夫だよ」
「そういうことじゃなくて、人類救えないだろ」
「いいじゃん、そんなの」
 同居人はあっさりとそう言ってのけた。画面の中では主人公とヒロインがキスをしている。
「だって、このまま人類が無事で、主人公とヒロインはヒーローで、それからどうなると思う?」
「……末永く幸せに暮らしました? たまに宇宙人観光客が来るようになって?」
「そんなわけないでしょ。きっと大変だよ」
「何が?」
「だって、主人公は世界を救った人間なんだよ? きっとこの主人公このあとモテてモテて凄いことになるよ。きっとヒロインの子は気が気じゃないね」
 斜め上から飛んできた意見に、新鮮に感心した。僕からは一生かかっても出てこない発想だ。女の子ってみんなこんなもんなんだろうか。今の僕には同居人以外の女性の知り合いがいないからよくわからない。
「これからも生活は続いていくんだから、そういうところ気にしないと」
「でも、主人公とヒロインはあんなに幸せそうだし、吊り橋効果も満載だったろうし、みんなの前で熱烈なキスを交わしてたし、大丈夫なんじゃないの?」
「君は少女漫画的だね。あのヒロインより可愛くて気立てがよくて感度がよくておっぱいが大きい女の子が熱烈に主人公に迫ってきたら? 一夜だけの関係でもいいからってベッドに入り込んできたら? それでも少しも心が動かないっていうなら、そんなの人間じゃないよ」
「やさぐれてるな……どんな相手が相手だって、ヒロインの方が良いって言うよ。コイツはそういう男だと思う」
 主人公についての全てを知っているわけじゃないが、少女漫画的に擁護しておいた。さっきのあの熱いキスの全部が全部嘘ってわけじゃないだろう。それでも、このお熱い二人に『不幸で』『タイミングの悪い』『どうしようもない』『気まずい』『悲劇』が起こる可能性なんか否定できない。
 幕の下りた舞台のことなんか誰もわかりはしないのだ。
「もし主人公が人間としてどうかしてる、本当の本当に純愛の人だったとしても、ヒロインは毎日不安に思いながら、主人公を求めるんだよ」
「やるせないな。世知辛い」
「人は困った生き物なんだよ。奪われるくらいなら、恋人がヒーローじゃなくてもいいの」
「害虫ニートクソ野郎でも?」
「誰かに奪われるくらいならね」
 同居人がそう言った瞬間、テレビ画面に大きな爆発が映った。同居人の発言に合わせて律儀に爆発してくれたんじゃないかと一瞬だけぎょっとする。壊れたビルの合間を縫うように、さっきまで歓喜していたはずの人間達が逃げまどっていた。主人公もヒロインの手を引いて走っている。
「あ、エンドロール後も本編が続いてたんだね」
 ビルを壊し人類を襲っているのは、さっきまで主人公達が乗っていたUFOだった。中では宇宙人達が楽しそうに笑いながら、逃げまどう人類をシューティングゲームよろしく撃ち殺している。いやはや、一度希望を持たせるというのはいいですなぁ、なんて声まで聞こえてきそうな素敵な笑顔だった。
 こんな絶望的な状況でも、ヒロインは幸せだろうか。繋いだ手の温もりはプライスレス、だなんて、ちょっと、冗談が、きついけど。
「もしかして、これが衝撃のラスト?」
「……そうじゃない? だって、丁度終わりそうだし。あ、ほら出たよ、ジ・エンド」
「ああ、うん、これクソ映画だ」
「そうだね」
 同居人は深々と頷いた。
 
 ゴミのような映画で時間を潰してしまったことや、同居人に風呂に押し入られそうになったこと、なんだか不穏な空気、を抜きにすれば、概ね満足な一日だった。ピザも食べられたし。たまには旅行もいいのかもしれない。まあ、一歩も外に出てないんだけど。
 僕が寝室として使っているのはリビングに繋がっている小さなデンだ。屏風のようなスライドドアによってリビングの隅に作られた、居候にふさわしい小部屋である。一応僕の私室となるのかもしれないが、僕は私物を殆ど所有していないし、普段は開け放しているので一概にそうとも言えないふわふわとした場所である。
 まあ、何にせよ大事なことは、僕と同居人の寝るスペースは当然のことながら隔離されていると言うわけだ。恋人でもないのに、年頃の男女が同禽というわけにもいかないだろう。僕らの生活はそれなりの節度を保って営まれている。
 の、だが。
「うひゃあ!」
「ちょっと、うるさいよ」
 明かりを消していざ寝ようとした矢先の出来事だった。ダウンライトのスイッチを押して、ふうやれやれと布団に戻った時にはもう既に同居人が僕の布団に入って来ていたのだ。いつデンの扉が開かれたのかもわからない。どこかの隙間かクローゼットに潜んでいたのかもしれない。今の同居人ならやりかねなかった。
 予想できる範囲内のことなのに、心臓が跳ねた。ラッキーとか思うより鬱陶しいとか思う前に、恐怖の方が先立った。最近こういうパターンばかりだ。
「ちょっ、何何何、何なんだよ、出てけほら早く」
「旅行の時くらい一緒に寝てもいいでしょ?」
「もう終わったの! 江ノ島おしまい! おしまい!」
「じゃあこれはサービスだよ」
 何のサービスだよ。
「巷ではソフレというものが流行っているらしいんだけど」
「何だそれ? 石鹸? 洗剤?」
「添い寝フレンド」
 ……なんだそれは。添い寝出来るくらいならその関係は友人以上のものだろ。それとも何? 兄弟的な? それだって、友人以上のものになりうるし、少なくとも単なる寄生関係以上のものだろう。
「別に特別な関係じゃなくても添い寝は出来るわけ。だから大丈夫。一緒に寝よう」
「添い寝を要求した覚えはない。出てけ」
「やだよー! 何で別々に寝なくちゃいけないの!」
「どうして一緒に寝なくちゃいけないんだよ! このままだと僕の心が死ぬぞ!」
「もういいよ! 一回死んで蘇ってきた方がいいよ!」
 ぎゃあぎゃあと同居人がうるさく喚き立てる。ごろごろと無理矢理僕の横に入って、僕に身体を擦りつけてくる。必死に押し戻した感触は柔らかかった。途方に暮れるくらい柔らかかった。
 寝に来てるんだから当然だけれど、同居人は紺色のパジャマを着ていた。少しサイズが大きく、胸についている猫の絵がやや子供っぽいことを除けば一般的なパジャマだった。成人女性が着てもおかしくない。
 大き目サイズのパジャマの襟ぐりは大きく開いていて、上二つを留めていないのもあり鎖骨が綺麗に見えた。もう少し気合いを入れて覗き込めば、もう少し大胆なところも見えるだろう。同居人は眠る時に下着をきっちりつけるタイプじゃない。
 同居人がフッと薄く笑った。僕が夜目の利く方だということはとっくに知っているのである。お風呂上りの同居人からは、甘ったるいグレープフルーツの匂いがした。
「……動揺してる?」
「痴女に襲われかけて動揺しないわけないだろ」
「ちょっと嬉しい癖に」
「否定はしないからもう出て行けよ。そういうのやめろって言ってただろ」
「……そうなんだけどね」
 この感覚、覚えがあった。
 同居人とラブホに行って、何だかんだあって同居人が犬を投げた時と同じ感覚がする。まるで得体のしれないものに這寄られているような、そんな気分だ。好き勝手に寄生させて貰っているはずの同居人の考えが不意にわからなくなる。
「どうなの? 寝ていい?」
「やだ」
「強情なんだね」
「あのさ、自分のことを安売りするなよ」
「安売り?」
「しかもよりによってこんな奴に」
 自嘲気味に言った言葉だったのに、同居人はごろりと僕の方を向いた。その分、少し遠くなったようにも見える。
「さて、売られたのは何だと思う? 私の尊厳? それとも喧嘩?」
「……両方」
 僕と同居人の間で行われていることが果たして「喧嘩」なんて生やさしい言葉で括れるのかも怪しい。喧嘩どころか戦争だと思う。大分冷たくなってはいるけれど。……売られたのは戦場だ。僕と同居人のどちらかが死ぬまで、終わらない戦場だ。
「ねえ、私のことは今でも、憎んでる?」
「……あのさ、」
「茶化さないでよ」
 同居人の言葉が熱を帯びる。ここはこんなに寒いのに、同居人の言葉が熱を持って追いかけてくる。
「憎んでくれたならそれでいいの。憎んでくれたらそれでいい……」
 随分破滅的な言葉だった。
 憎まれたい人間なんていないはずだ。それよりは絶対、愛の方が欲しい。でも僕はそれを与えてあげられない。だからって、そこを憎しみで代替しなくちゃいけないというわけじゃないはずだ。それなら、何もない方がずっといい。それが同居人のハッピーエンドだろうに。
 同居人は僕の背を指の先で柔らかくなぞった。その手が何かを探っているかのように感じてぞっとする。
「最近、わかるの。……少しずつ君が変わってきてるの。戻ってきてるって言った方がいいかな? いつまでも君が、私を憎んでいられるわけじゃないっていうのも知ってる。君は本当は、大丈夫な人間なんだよ。……私のところにいなくても、いい」
 その先の言葉は何となくわかった。だからこそ、僕はまるで喉元にナイフの切っ先を突きつけられたような気分になった。喘ぐような声で言う。無駄だと思っていても言わずにはいられなかった。
「ねえ、聞いて、私、」
「やめてくれ」
「私、君のことが、まだ……」
「やめろ!!!」
 ビクッと同居人が大きく体を震わせる。夜だからか、僕の声はよく響いた。この声なら、きっと面接だって完璧にこなせただろう。
 この声は、今の僕のものじゃなかった。
「……あ」
 同居人の小さな呟きが、何だかとても致命的なものに聞こえた。慌てて次の言葉を探す。見つからない。どうして止めたのかもわからない。
 でもまあ、それを言ったらおしまいだよなぁ。やっぱり。
 同居人はすっかり萎縮してしまったようで、端正な顔をがっちがちに強張らせていた。
 ……別にこういう顔をさせたかったわけじゃないんだけどなぁ、と密やかに思う。でも、別に添い寝して欲しいわけでも風呂に一緒に入って欲しいわけでも、鎖骨の下を見たいわけでもない。
「……あのさ」
「……う」
 同居人は夜目が利かない。僕がどんな顔をしているかなんて知る由もない。
「……楽しい話しよう」
「えっ、あ、」
「眠れるように楽しい話しよ。いいだろそれくらい」
「え、じゃ、じゃあ……三人のパンケーキ職人の話は……」
「それはもういい」
「それじゃ、あの、三人のアップルパイ職人の話を……」
「……もういいよそれで」
 狭い布団の中で、ギリギリの距離にいる同居人がぽつりぽつりと三人のアップルパイ職人の話を始めた。全く温泉旅行らしくもないし、何が楽しくて僕もこんなことをさせているのかわからない。何でもいいから気を逸らさせたかっただけかもしれない。同居人は一生懸命僕に応えようと口を動かしていた。目は、デンのつまらない天井を一心に眺めている。
 結論から言おう。
 三人のアップルパイ職人の話は、ちょっと信じられないくらい面白かった。
 
(つづく)

NfA3iH2u

斜線堂侑李(Syasendo Yuri)

作家志望ここに極まれり http://goodbyeapril.blog.fc2.com