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売られる戦場買う人でなし 2 斜線堂侑李

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 2、愛しのレグルス
 
 同居人が仕事に行ってしまうと、僕は部屋ですることが無い。同居人は僕を養う為と自分が人間的な生活を送る為にちゃんと社会で働いている。僕は近所の大豆工場のアルバイトにまた落ちたので、現在は無職だ。何をしているのかよくわからない工場にすら不合格を言い渡されるような人間だというわけである。こうなってくると、もう何で働けばいいかわからない。
 そんなわけで僕は同居人の稼ぎに寄生して生きている。世間並みのつまらない呼称を使うなら僕は単なるヒモだ。同居人の食事を作るのも家事もやっているけれど、気が向かない時には一切しない。気ままな身分である。
 けれど僕はこの状態を半ば当然の権利であると考えているし、それは同居人もそうだと思う。どういうわけだかよくわかんないけれど、同居人の実家はお金持ちらしいから、僕一人くらい養っても大丈夫だろうし。
 信じてもらえないかもしれないが、以前の僕はこんな、身体の中に入っている臓器くらいしか有用性の無い人間なんかじゃなかったのだ。
 素晴らしいとはいえないかもしれないけれど、もう少しマシな人間であったことは確かだ。臓器が僕を生かす為の付属品であった時代と言い換えてもいいだろう。そんな僕と臓器の立ち位置を綺麗に入れ替えたのが、他ならぬ同居人だったのだ。
 僕の人生であんなにも鮮やかなことはなかったから、走馬灯でもきっと大きく取り上げられるであろう、あれは事件だ。そういうことをやらかして、同居人は僕を完膚なきまでにぶち壊した。比喩でもなんでもなく僕は再起不能になったのである。僕はどうにか零に戻れるようにもがいているけれど、依然としてこんなような状態だ。僕以上に同居人は僕のことを再起不能だと思っていらっしゃるだろう。それでいて、彼女は僕を赦しやがるのだ。それが、自分に出来る最良のことだと、殊勝に思い込んでいるのだから。
 僕はそんな同居人の声や視線に耐えられなくて今日もバイトを探しては、現実に打ちひしがれている。きっと、僕が同居人にあんなことをされなければ、きっと僕はアルバイトどころか企業に就職していただろうし、毎朝カーテンを開けることすら躊躇ったりするような生活を送ってはいなかったはずだ。同居人が同居人であることもなかったはずだし、このやたら小奇麗な癖に間取りは妙に気持ち悪くて、アパートの名前にすらセンスが感じられない場所に住んでいることもなかったはずだ。
 それでも、僕は同居人を恨んではいない。ただ、かつて僕が手にするはずだったもの達を思って、密やかに残念だなあと、他人事のように思うだけだ。それが、同居人にとって一番つらくてきついことだとは、意識していないが故の行動である。
 というわけで、僕は洗濯も炊事も掃除もほっぽり出して、この部屋の中でどうにか暇を潰せる方法を探し始めた。前述の通り、僕にとってそれは義務じゃなく、気の向いた時にしてやる暇潰しの一種でしかないからである。今は気が向かない。
 テレビには最新型のゲーム機が備え付けられているけれど、ゲームを趣味としているのは同居人だけで、僕はゲームをたしなんではいないのだ。引きこもりになる為に必要な重要な才能の一つに室内でテレビゲームに興じることが出来る才能があると思うのだけれど、どうだろう。そういうところをとってみても、僕は社会生活不適合者にも不適合なのだなぁと思ってしまわざるをえない。笑えない話だ。
 部屋の隅に目をやった。そこに置かれた本棚には同居人の大好きな本がいっぱい並んでいる。「エレンディラ」「フラニーとゾーイー」「水没ピアノ」「世界は密室で出来ている。」「砂の女」「白痴」「智恵子抄」「夢小説」「ずっとお城で暮らしてる」「2666」「重力と恩寵」「新本格魔法少女りすか」・・・・・・などなど。みっしりと詰まった本棚の中に、聖書は無かった。退屈から、全て読んでしまった本だった。月に一冊のペースで増える同居人の蔵書を読んでいる所為で、少しだけ嗜好が似通ってしまったことを自覚している。そして、同居人が買ってくる新参者を待ちかねてしまっているのだ。
 けれど、今回の新参者は、今までとは毛色の違う代物だった。
 小説に混じって置かれていたのは、今年一年の運勢を占ったファンシーで禍々しい女性誌だ。同居人も一丁前に女の子だなぁと思うと共に、ミステリー要素もサスペンス要素も無さそうなそれにがっかりした。仕方なく、ページを開く。十二個という狭い区分で分けられた運勢。
 そういえば同居人の星座を覚えていなかった。別に一緒に暮らす人間の星座を知らないからといって一緒に暮らせないということではない。だから知らないだけだ。昔は聞いたような気がする。でも、もう覚えてない。
 仕方ないので、今年一番運勢が悪いという星座に勝手に設定しておいた。獅子座だ。同居人は何だかいつでも輝いているし、どこにいても主人公のような顔をしているから似合うだろう。獅子。サーカスの中でも花形だ。概ね彼らは檻の中で死んでいくのだけど。親愛なる同居人へ。今年はとても運勢が悪いそうですよ。死なないように気を付けて。
 ちなみに僕の星座はいいことも悪いことも何もかもが起こらない、ということを長々と書いていた。他の星座と同じように二ページきちんと使われているのが申し訳ないくらいだった。やっぱり何かミステリー小説でも買ってくるべきだったのにな、と思いながら、匙よりは重いその雑誌を放り投げた。
 とうとう本格的にすることがなくなってしまったので、僕はその後、仕方がなく洗濯カゴの中身を洗濯機に放り込む。このペースで行くと、僕はきっと夕飯の支度までやってしまうに違いない。
 同居人は料理が出来ない癖に、冷蔵庫の中には食材をふんだんに入れておく。僕があまり外に出られないからだ。同居人はこういう外堀から埋めておくような真似が得意だった。数ある同居人の気に食わないところの内の一つだった。
 
「もしかして、暇なの?」
 この日の夕飯の時、同居人は不遜にもそう尋ねてきた。
 その判断材料は、きっと目の前に差し出されたクリームシチューの所為だろう。いや、別にクリームシチューがそんなに大仕事というわけじゃないんだよ。だって君はクリームシチューのルーだって棚の中に常備しておいてくれてるのだし。
「ねえ、聞いてる」
「うん、クリームシチューの玉葱は今度からちゃんと溶かしてあげるから」
「暇なんだよね」
 同居人は言いづらいであろうことをさっさと切り出してきやがった。ええ、その通り。大の男が部屋にこもりっきりでいると、どうしたって暇なのである。図書館は顔を覚えられるのが早いから、一週間に一回しか行きたくないのだ。その時に借りた大量の本も、三日で読み終わってしまうくらいなのだから救えない。
「だからこの前献血になんか行っちゃったわけだね。人間はあまりにやることが無いと血を抜くという行為にすらエンターテインメント性を見出すわけなのか。私覚えた」
「あれは社会奉仕してみたくなっただけだ。出来なかったけど」
「それだけ暇なら、ちょっと明日お出かけしようよ」
「嫌だ」
「曜日感覚無くなってるかもしれないけど、明日日曜日なんだよ。私、仕事が休みなの。お出かけしよう」
「絶対嫌だ」
 退屈は嫌だけれど、お出かけなんてもっとぞっとしなかった。同居人と外を出歩くなんて、何よりおぞましいことである。昔はよくもまああんなに出歩いていたものだと思う。あの時なら多分まだまともに献血が出来たんじゃないだろうかとか思ってしまうのも嫌だ。
 それに、僕はこんな状態になってから人混みが苦手だ。この世の楽しい場所は大抵混んでいる。そこを避けた同居人とのお出かけが楽しいわけがないような気がした。献血ルームはその点優秀で、僕が悠々と入れる程度には空いていた。外では血液提供のお願いを青年が必死に叫んでいた。いつも思うんだけれど、あれってボランティアなんだろうか。それともバイト?
「大丈夫。人混みにはいかないから。それでいて、楽しめる場所にするから」
 同居人はなかなか優秀な人間だと思っている。同居人がそう言うなら、きっとうってつけの場所なのだろう。けれど、気は乗らなかった。僕の為に、ということだけを考えられた同居人の案は基本的に嫌いだった。
 僕如きに媚びるような存在は基本的に嫌いなのである。
「お願いだよ。明日は休日なんだ。別に君の為ってわけでもないんだよ。いいから私の休日を少しばかりキュートに変える手伝いをしてくれよ」
「キュートとかファンタスティックとかそういう形容詞がつく休日を求めてるのなら尚更僕はミスチョイスだと思うぞ」
「残念、他に友達がいないんだよ、とか私に言わせないでよ」
「君はさ」
「借りに上乗せしておいて。いつか纏めて返すから」
 同居人は強引にそう言った。真摯な瞳が僕を刺す。
 その言葉は諸刃の剣だ。同居人もそのことをちゃんと知っていただろうと思う。僕が不自然に口を引き結んだからだ。言葉にしなくても通じるものがあると信じて、僕は同居人の顔を見る。同居人は澄ました顔もいいところだ。吐いてしまった言葉は取り返しがつかないことを知っているのだろう。
 その言葉を使った瞬間、僕達の間の何かが軋む。それでも、その言葉は僕に対して酷く効果的だ。
「わかった」
「やった、ありがとう」
「貸しを作ることになるけど」
「だから、今のお礼は未来の私への感謝なの」
 僕は同居人のこういうところが嫌いだ。
 
 同居人は運転免許を持っている。大方の裕福な大学生がそうであるように、就活が終わってから、四年生になってから取ったものなんだそうだ。僕は同居人が四年生になった頃にはもう既に大学をやめてしまっていた。だから、何の脈絡もなくふいっと取り出された車のキーと、月極めで契約しているという駐車場を見せられた時、少しだけ驚いてしまった。同居人はこれで何処にでも行けるというのに、こんなところで僕とこんなところで暮らしているのである。
 車の種類は詳しくないのでよくわからない。同居人の鮮やかさに似合う赤色だった。これだけ綺麗な赤色をしていると悪目立ちをしてしまいそうだけれど、同居人は世間様に顔向けできないような人間じゃないのである。
「車の運転も久し振りなんだけどね」
「車で通勤してるのかと思ってた」
「いや、電車だよ。電車で行った方が早いんだ」
「へえ。持ち腐れだな」
「車が生鮮食品じゃなくてよかったよ」
 同居人は僕の言葉なんか気にも留めずに軽くそう返した。同居人の格好はモノクロでシックにきめられたワンピースで、色彩は地味なはずなのに今日もやっぱり鮮やかだった。ハンドルを握る姿もとても様になっていて、本当に電車通勤をしているのかと疑った。そんなところで嘘を吐く程気の利いた人間ではないと知っていながら、そう思った。
「それで、何処に行くの? 秘密って言われたらシートベルトで首を吊るけど」
「シートベルトで死なれたら困るなぁ。上手い具合にシートベルト会社の所為に出来たりしないかな」
 同居人の細くて白い指が何かのリズムを刻むようにハンドルを叩く。何のリズムかはわからなかった。同居人の音楽のセンスは抜群だから、きっと素晴らしい楽曲に違いなかった。同居人だけが理解出来る音楽の中で、同居人は歌うように告げる。
「ラブホテルですよ」
 シートベルトは首を絞めるには向かないらしい。
 そんなことすら、試してみるまでなかなか実感できないらしい。僕が不器用だからかもしれないけれど。自転車等に比べて決定的に自動車が優れているといえるのは、これが密閉されているからかもしれない。そうじゃなきゃ、僕は外に飛び出していっていただろう。
 
(7月号につづく)

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斜線堂侑李(Syasendo Yuri)

作家志望ここに極まれり http://goodbyeapril.blog.fc2.com