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売られる戦場買う人でなし 1 斜線堂侑李

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1、オニオンスライス

 
「あー、貴方ね。貴方の血液はね、赤血球が足りない上に、なんだか血も過剰にサラサラしているので、えー、つまり、貴方は献血が出来ません」
 と言われた。
 すなわち、貴方の血液は要りませんと宣告されたわけだ。
 僕は臓器だったらこんな僕のものであっても喜んで引き取ってくれる癖に血液は駄目だなんてずるい、と思って献血ルームで取り乱す。同居人がもしここにいたなら、臓器は確かに必要だけれど、残念ながらここは献血ルームなんだよ、と優しく適切に教えてくれたに違いない。
 結局僕は自分の中にあったはずの煩悶を何一つ綺麗な言葉に出来なくて献血ルームのテーブルをひっくり返した。夜勤の影響をダイレクトに受けて憔悴している看護婦が僕を銀色のボウルで殴りつけたのを客観視していたから、あの時僕は神様だったのかもしれない。
 僕の血液はおよそゴミクズだけれど、そのゴミを生み出しているのは極めて有用な心臓や肺や脾臓さんなのだ。看護婦さんは軽蔑の視線を僕に向けることについて躊躇いを持っていないので、僕は少しだけ楽しくなる。看護婦さんというものは、何をしていようがとにかく善い。取り返しのつかないことなんて多分何もないのだから、今すぐ昔の夢と駆け落ちすればいいのにと思った。こういうことって他人事だと思えば思う程悲しくなるのである。
「今日はオニオンスライスを作ってみましたー」
 包丁だけで作れるものを料理と呼んでいいのは新妻とシェフだけであるというのに、同居人は誇らしげにそう言った。新玉葱の季節じゃないから、それも同居人の作ったものだから、きっと辛いに違いないと思った。「ちょっと待っててね。今ご飯作るから」と、怒られ過ぎてあんまり回らない舌で言おうとしたら、同居人はいそいそと白米をよそっていた。SMプレイみたいな食卓を強いられそうになっているのに、僕は呆気なく席に着いた。白米のよそわれたお椀が二つと山盛りのオニオンスライスという、およそ色に対して反抗を企てたかのような晩餐だった。
「玉葱は血液をサラサラにするんだよ」
 そう言い放つ同居人は山盛りのオニオンスライスには箸をつける気配すらない。つい一週間程前にご飯をしっかり噛むと甘くなるということに気が付いた同居人はおかずが無くても白米を頂けるようになっていた。同居人の身体から生成されるアミラーゼはきっと素晴らしく上等なのだろう。「そうだ、君が死んだらそのよく回る舌を提供するといいよ」
 と、言おうとして言えなかった。涙がぼろぼろ溢れて来たからだった。
 社会のクズでいるつもりならばせめて血液ぐらいこの世界に差し上げてはどうか、それこそ葡萄酒なんて洒落た言葉を使う神様みたいに。そう言ったのは同居人だ。だから僕は、石ころをポケットに詰めて献血ルームに行ったのである。血よりも大切なものと引き換えに青痣を引き取って帰ってきた僕に、同居人は何も言わなかった。ただ玉葱を切っていた。包丁一つで物事を語ってもいいのは連続殺人鬼とマエストロだけである。
 僕の異変に、素晴らしいアミラーゼの付属品でしかない同居人がようやく気が付いた。その顔はいつもの通り面倒臭そうで、僕はちょっとだけ安心する。
「どうして泣いてるの? 具合でも悪いの?」
「お前玉葱水に晒してすらないだろ」
 僕は泣きながらそう指摘した。同居人は困ったように笑っている。玉葱切ってる時、私も泣いたよ、という告白を仕掛けてきた同居人は、どう足掻いても僕を許すつもりのようだった。

 
(6月号に続く)

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斜線堂侑李(Syasendo Yuri)

作家志望ここに極まれり http://goodbyeapril.blog.fc2.com