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紅い糸 7 松下隆一

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 今年の愛宕山の紅葉は狂ったみたいに早かった。毎年のことなのに、今年は特に美しく見える。燃え上がるようだと人はよく言うけど、私には山が血を流しているように感じる。そして、血を流し切った後に白い冬が来る。
 孝介さんといれば大学なんてどうでもいいような心持ちになっていた。でも、勉強はちゃんとしておいた方がいいと孝介さんに言われて、昼間は大学に通った。友人たちは私の顔を見る度に、「きれいになったわあ」と言ってくれる。もう隠さないで彼ができたと言うと、「やっぱりなあ」「うらやましいなあ」と口を尖らせるのが何やらうれしくて仕方がない。冬が近いというのに、私は真夏の海辺で衣服をすべて脱ぎ捨てたような心地よさがあった。
 ただ、気になることが一つあった。近頃祖母の顔が少し暗い感じがする。もともと明るい人ではなかったけど、何か影がさすというか、不吉な色を顔に浮かべているのだった。
「身体の具合でもどっかわるいん?」私が聞いても、祖母は黙ってのろのろと首を右左に振るだけで、あまり口もききたがらない。
 そういえば前は孝介さんの家から帰るとすぐ寝ていたのが、このところはずっと起きているようで、祖母の部屋からは何かごそごそと動く音がしている。
「何してたん?」後で聞いても、やっぱり祖母はのろのろと首を振るだけだった。
 私はもやもやとしたけど、それも孝介さんと会えばすぐに忘れてしまう。
 
 でも、わるいこととちがっていいことはそういつまでも続かないもの。
 十月の終わりのある日、別に特別な日でも何でもなかったのに、私にとってはおそろしいことが起きてしまった。そういえばこの数日の間、孝介さんの様子が少しおかしかった。どこがどうとはいえないけど、落ち着かない感じがして、様子が変だった。
 その日、いつものように人の顔も見えないほど暗くなってから、祖母と一緒に孝介さんの家を訪ねた。いつもは玄関の格子の向こうに橙色の灯りが見えているのに、今日に限って見えない。胸がさわぐのを感じながら、今では勝手に入って行くようになっていたので、中に声もかけないで玄関の戸に手をかけると、全身にいぼいぼが立ってぞっとなり、思わず後ずさってしまった。
「お前、あれ見てみ」と祖母が怯えた声をあげて、小さく指差す方を見れば、唐紅色の御札が戸の上に貼付けてある。
「何やのあれ」
「御札や」
「それがどないしたん」
「あれが貼ってあると入れんのや」
「何で」
 祖母はそれには答えず家の裏へと歩いて行く。私もついて行くと勝手口にも御札が貼られていた。格子窓にも所々貼ってあって、私はだんだん吐き気がしてきた。急いで玄関に戻って戸を叩いた。
「孝介さん。うちや。てんごせんと開けて」と声を張ったが、いくら頼んでも出て来る気配はない。
 耳を澄ましてみると、中から孝介さんの声でお経を読む声が聞こえてくる。私はかっとなって戸を開けようとするのだけど、手がしびれるようになって力が入らない。私と祖母はどこからか入れないかと、家のまわりをうろうろとしたが、結局入れないで夜明けになってしまい、疲れ切って清滝の家へと戻ったのだった。
「孝介さんは心変わりをしたのや。もうお前がいくら泣いて頼んでもあかんえ」
 祖母がわかったようなことを言うので私は腹が立った。
「そんなことあらへん。孝介さんはそんな人やない」と言ってはみたが、胸の内ではいくら振り払っても朋美の顔がちらついていた。
 それから、毎晩孝介さんの家に行ったが、同じことだった。
「御札をはがして開けて下さい」私が頼んでも、中から聞こえてるのはお経を読む孝介さんの声だけだった。
 その声が頭の芯にじいんと響いて痛くなってくる。私は若いからまだ耐えていたけど、祖母は気丈に振るまいながらも時おり苦しそうに顔をゆがめるので、家に帰るしかなかった。
 
 その日、今日こそ何とかしなければと意を決め、陽が沈んで間もないまだ人の顔が見える時分に、私は鉄のように重くなった足を引き摺り、祖母は連れずに孝介さんの家を訪れた。玄関の前に立つとすぐ向こうに人の気配がしたので、「孝介さん」と声をかけた。
 疲れ切ってもう声もかすれて小さかったけど、振り絞って、「孝介さん」と続けて言った。
 すると格子の向こうに暗い人影が立つのが見えた。
「孝介さん……」
「だめです。帰って下さい」
 彼の声もひどくかすれて別人のようになっていた。
「何であかんのです」
 答えは返って来ない。
「わけを聞かせて下さい……うち、それまで絶対帰らしません」
 孝介さんは長い間じっとして、何か考え込んでいるようだった。つめたい風が後ろを吹き過ぎて、引き摺られた落ち葉がかさこそと鳴った。
「あなたは今、本当は清滝のあの家にいるんです」孝介さんは淡々と言った。「ここにいるあなたは、本当のあなたではない……だから僕は、知り合いのお坊さんに頼んで、御札とお経をもらってきたんです」
「何を言ってるのかさっぱりわかりません。誤魔化さないでちゃんと説明して下さい」
「……朋美は、僕の婚約者は、僕がどんどんやつれてゆくのを心配してた。隠し事はやめてと責めるものだから、ついあなたとのことを話したんです。そしたら彼女、あなたに話をつけると言って、清滝の家に行ったのですが、応対に出てきたあなたやお祖母さんは、何のことだかわからないと言ったそうです。嘘をついているようにも見えないということでしたが、その夜は、彼女はずっと家の前で見張っていて、あなたとお祖母さんがずっと家の中にいることを確かめたそうです。でも……」孝介さんは息を飲み込んで言葉を切った。
「でも何? 話して」
「彼女が見張っていた頃、あなたやお祖母さんは僕と会っていた。信じられないというので彼女は、次の夜、僕の家であなたとお祖母さんが来るのを待ったんです。そして、やって来たあなた方と僕が話しているのを彼女は見たのですが……彼女には、あなたとお祖母さんの姿が見えなかったそうです……それから、彼女はおそろしいもの見たと言って、そのままここを飛び出して……今はショックで寝込んでいます」
「彼女は何を見はったんです?」
「それは言えません」
 何を見たかはどうでもよかった。それより私に黙って朋美と会っていたことにはらわたが煮え繰り返るようだった。
「孝介さんは、私を愛してはらへんのどすか?」こわかったけど、私は思いきって訊いてみた。
 それを聞いた孝介さんの影がぐらりとゆれて、ばったりと倒れる音が聞こえた。いくら声をかけても、彼が動く気配もなく、私は諦めてその場を離れた。
 
 清滝の家に戻っても、私は私だった。私の他に私など一人もいないし、祖母も一人だった。泣きたかったけど、涙は出て来なかった。
 私は離れに入った。孝介さんのにおいが少しでも残っていないかと思ったが、つめたく土臭いだけだった。ふと部屋の隅の暗がりに眼をやると、そこに見たこともない、古い箏があった。そういえばここに初めて孝介さんが来た時、箏の音を聴いたと言っていたのを思い出した。私はそれを部屋の真ん中に置いた。箏だとはわかったが、糸が一本もない。でも胸がしめつけられるように気持ちが昂ってきて、箏の上に両手の五指を置くと、赤い糸が見えた気がした。
 びいんびいんと糸を弾くと心がそわそわとして、やっぱり孝介さんに会いたくなってきた。でも彼は私を拒み、家には入れてくれない。ふと、あの女、朋美さえいなければと思った。そうすれば私と彼はいつまでも結ばれているはず。憎しみをぶつけるように弾いていると、だんだんと意識が遠のいていった。
 夜中に眼を覚ますと箏はもうそこになかった。りいりいと虫が鳴いている。孝介さんと会えない寂しさに堪らず離れを出た。表は真っ暗で何も見えず、風も動いていないので気味がわるかった。自分の部屋に戻ると、なぜかそこに祖母が座っていた。
「これ着たらよろし」祖母は白装束を差し出した。
 私はあれをやるのだと思ってはっとなった。なぜだか心が自分のものでないように、勝手に思ってしまう。祖母は私がこうなるさだめになることを知っていて、縫っていてくれたのだった。
「これが着られるお前は仕合わせもんや」ぶつぶつと祖母は言った。
「お祖母ちゃんにもあったん? こんなこと」
「そらあったわ。世の中の女の数だけあるわいな」
「わるいことやろけどなあ」
「お前がわるいのやない。ええこともないけど、言うてもせんないことや」
「これでうちはほんまに成就できるんやろか」
「でけるでける。けどいっしょけんめいにお祈りせなあかん。どないかするいうことはそういうことえ」
 私はこくんと頷いた。祖母はうなだれて部屋を出て行った。しばらくぼーっとなっていたが、白装束を愛撫しているうちに力がわいてくるようだった。
 
 私は橋姫となることにした。憎しみを晴らす術を、私は平家物語にあったそれでしか知らなかった。
 陽が落ちるのを待って鏡台に向かうと、髪を五つずつに束ねて紙縒でくくった。そして口紅を顔中に塗り、頭に鉄輪をはめて、その脚に三本の蝋燭を結び付ける。最後に白装束を着て家を出ると、闇の中を裸足で駆け出した。その姿で夜通し走り、貴船神社まで行って参詣し、蝋燭に火を灯して一心に祈った。そう、憎い女にとりついて殺し、孝介さんを我がものにしたいと……。
 七日の間、私は貴船神社に通って祈り続けた。七日目の最後に、貴船山奥深くに入り、朋美の髪を巻きつけたかたしろを杉の木に当て、鉄の楔を石で打ち込もうとしたのだけど、どうした弾みか石が真っ二つに割れてしまった。その石はその辺で拾ったものではなく、愛宕山に登って慎重に選び、用意してきたものだった。朋美が抗っているようで、不吉な思いと一緒に胸がむかむかとしてきた。
 私はためらうことなく、怒りと憎しみをぶつけるように、額でごつんごつんと楔を打ち込んだ。すぐに皮が破れて血が噴き出すようにだらだらと流れて、鼻から口、顎から首筋へと止まることなく流れ続けた。血から白い湯気が立ち上っている。かたしろに血が飛んで赤く染まってゆく。気を失いそうになったが、その度に激しい痛みで眼が覚めた。
 身体中が痛み、足許もふらついているけど、私はこの足でこれから宇治川に行き、二十一日の間、川の中に身を沈めなければならない。夜が明ける前に……。
 

 川に身を沈めた最初の頃は、宇治橋の上からずいぶんとにぎやかな人の声が聞こえていたが、ここ数日はとんと静かになった。橋桁につかまり川に浸かり始めて今日が最後の二十一日目だった。最初は刺すようにつめたく痛かった川の水も、今では何とも感じなくなっている。気付けば額から流れ出た血は白装束を唐紅に染めていた。たぶん奇怪な容貌になっているに違いないと思い、水面に映る自分の顔はわざと見なかった。
 夜になり、私は川を出て清滝の家に向かった。足がしびれて感覚もないほどになってしまっていたが、塀などを少しずつ伝い歩いて、這うように辿り着いた頃には夜が明けかかっていた。私は自分の部屋に入るとベッドに倒れ伏して眠りに落ちた。
 夢も見ないで眠り続け、起きたのは二日後の朝だった。頭がすっきりとして生まれ変わったような気持ちだった。一階の方から炊きたての御飯と大根の味噌汁のにおいがしてきて、私のお腹がぐるると鳴った。そういえば貴船山に登ってからこっち、胃に入れたのは川の水くらいだった。
 私が御膳の前に座ると祖母はいつになく穏やかな顔で御飯をよそってくれた。私の身体を気遣ってか、御飯は柔らかく炊いてある。口の中にいれると、とろけるように胃の中に流れ落ちていった。
「ああ、おいし」私は思わず言った。
「長いお勤めやったなあ」祖母はしみじみと言う。
 お勤め、と聞いて変な気がしたが、心願成就すると思うとうれしかった。
「なあお祖母ちゃん、これでほんまにあの女は死んで、孝介さんと一緒になれるんやろか」
「なれるえ。間違いない」
 祖母が少し声を張って言うので私はほっとなった。

 朝は晴れ間も見えていたのに、お昼を過ぎると灰色の雲が低くどこまでも続いて気がふさいだ。でも私はどうしても行きたくなり、午後から孝介さんの家に向かった。御札はきれいに剥がされて元通りになっていた。でも、玄関の戸は鍵がかかっていて、叩いても声をかけても返事はない。
 夜になり、もう帰ろうかと思った頃、いきなりがらりと戸が開いて孝介さんが出て来た。かわいそうなくらいに痩せて、足許がふらついていた。声をかけようとしたのだけど、ダークスーツを着て黒いネクタイを締めていることに気付いて息を飲んだ。彼は私を見向きもせずに、思い詰めた顔で必死に歩き始めた。どこへ行くのか知りたくなり、私はその後をつけて行った。
 孝介さんは北野天満宮前のバス停から出町柳行きのバスに乗った。私も他の客にまぎれて気付かれないように乗り、最後部の席に座って様子をうかがった。孝介さんは一番前の席に座ったが、うなだれているのか後ろから見ると首がないように見えた。
 出町柳駅のバス停で降りた孝介さんは、叡山電車に乗り換え、修学院駅で降りた。この辺は私の住む清滝くらい寒く感じられた。北山通りに出ると、喪服を着た人たちがぞろぞろと北に向かって歩いて行く。孝介さんもその中にまぎれてしまった。私もできる限り近付いてついて歩いたのだけど、その一行の中から、「佐久間さんが」とか「まだお若いのに」と聞こえてきてはっとなった。確か朋美の名字は佐久間だったのではないか。
 どきどきとしながら街灯を避けて暗がりを歩いて行った。両側に大きな家の並ぶ通りをずーっと進むと提灯や黒い人だかりが見えてきた。読経も聞こえ、やっぱり通夜だったと思い、私の心は昂った。少し離れた電柱の影からこっそりと覗いて、中から孝介さんが出て来るのを待った。私も参列したことにして、慰めるのもいいと思った。「朋美さんとは、縁がなかったのかもしれませんね」とか言って。
 不意に怒号が聞こえて人だかりが二つに割れた。中から現れたのは孝介さんと、小柄な眼鏡をかけた知らない男だった。眼鏡の男は見上げるようにして孝介さんの胸ぐらをつかんでゆさぶり、アスファルトに叩きつけた。孝介さんは人形のようにばったり倒れて動かなくなった。
「二度と顔を出すな言うたやろっ」眼鏡の男は叫んだ。
 どこかで聞いたことのあるような声だった。孝介さんはじっとしている。これ以上何かされたら飛び出して助けに行こうと思っていると、年配の女性が駆けて来て、「上田さん、もういいんです。いいですから」と男を止めた。
 上田と聞いて、孝介さんの同僚だと思い出した。
「お母さん、どいて下さい。あれだけ注意したのに、朋美さんにつきまとって……そのせいで朋美さんは病気になって……お前を紹介した専務は、父親として、そのことをずっと気に病んで、心臓に負担がかかってたんやぞ」
 涙ぐんで上田は言ったが、ひどく芝居がかった声でいやな気がした。女性の方も涙ぐんでいて、「三上さんも色々あったんでしょうから、ね、許してあげて下さいな」と言った。
「許せるわけないでしょう。専務はこいつに殺されたも同然なんですよっ」
 私はえっとなった。死んだのは朋美ではなかったなんて……。愕然となっていると、孝介さんが立ち上がり、上田と女性に向かって深々と頭を下げ、よろよろと歩いて行った。私も気を取り直し、彼の後をついて行った。
 
 北山通りに出ると孝介さんはタクシーをひろった。私もタクシーを止めてその後を追ってもらった。タクシーは西陣の家に戻るのではなしに、南に向かって走って行った。伏見を越えたあたりから、あすこに行くのではと思い、またどきどきとなってきた。
 思った通り、孝介さんは宇治橋でタクシーを降りた。私は少し離れて様子をうかがった。彼は宇治橋を渡り始め、中ほどで足を止めた。そして川に眼を落とし、そっと手を合わせた。つめたい風が吹いて、耳を覆い隠すまでにぼさぼさに伸びた彼の髪を撫でていった。
 私は孝介さんが何を祈っているのか知りたくなり、そっと近付いた。笑顔を見せてくれたらいいなと思いながら、「孝介さん」と優しく声をかけた。
 孝介さんは我に返ったように、さっと私の方を見た。笑顔を見せようとしたけど、顔がうまく動かなかった。キスをしてもらいたくて身体を寄せた時、「ひいっ」と彼は声にならない声をあげ、這うようにして逃げてしまった。
「待って」と追いかけようとした時、箏の音が聴こえた気がして思わず足を止めてしまった。ひやりとした感触がして、見れば血で濡れた欄干に手がかかっている。私は身を乗り出し、川を見下ろした。川の流れの中に私の顔があった。血に染まった白装束を着て、ぱくりと割れた頭は腐れかけ、顔は木乃伊のようにどす黒いしわだらけの皮一枚に包まれている。
 私はふふっと笑った。あの夜に朋美が見たのは、この川の中の私が孝介さんと交わる姿だったに違いない。それならばこのまま放っておいても彼女は狂って死ぬだろう。
 それにしても苦しい。憎んでいるのに愛しているこの苦しみからどうやって逃れられるのか。そんなことはわかりきったこと。孝介さんと死を分かち合うほど愛しあって成就するよりほかに方法はない。
 この恋の念は遥かいにしえから続くかすかな香のにおいのようで深い。そういえば古事記に赤い糸の伝説があったっけ。でも孝介さんと私の魂の因縁はもっと古い。いにしえの孝介さんの魂は、私の魂にいったい何をしたというのだろう。どんなにひどい仕打ちをうけても愛し続けるなんて狂っている。でも、愛し続けることが本当の復讐なのかもしれないとも思う。憎んで男をとり殺すなんて、当たり前のこと。私の恋はそんな当たり前のものではないはずだもの。
 男に恋して、愛するということは、命をかけるなんて生易しいものやない。自分の魂の一欠片さえこの世から消え失せてしまうまで、男の魂を未来永劫追いかけるいうこと。それほどの一念がなければ、成就はしない。
 でも、成就したその瞬間、男と女の身も心も終わってしまう。めおとになるなど、まぼろしのひとしずくにすぎない。ひとたび落ちてしまえば消え去ってしまうむなしいひとしずく。儚くて、涙さえ出ない。だから、私は、この世の果てまで続く、恋に生きてゆく。
 五指がぽろぽろと抜けて川に落ちてゆく。腕も胴体も足も川に落ちて、最後に首が落ちてしまった。水の向こうに、ぐらぐらとゆれる満月が見えている。いくらいにしえでもあの月よりも古いことはない。あの月がこの世に生まれ落ちた時のことを思えば、私と孝介さんとのことなんてつい一瞬前のこと……。
 
青の巻 了

(つづく)

matsushita

松下 隆一(Matsushita Ryuichi)脚本家。1964年生まれ。

兵庫県出身。京都市在住。松竹KYOTO映画塾シナリオ科第一期卒。社団法人日本シナリオ作家協会会員。
第10回日本シナリオ大賞佳作受賞。映画『獄に咲く花』TV『推理作家 池加代子2』CS『天才脚本家 梶原金八』他。