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向かい風は南風。追い風はビル風。8 たかなしみるく。

20151209milk
ビル風の子守唄を黙って聞いていられるほど、僕らは大人らしくないね。(1)【たかなしみるく×御茶ノ水(1)】
 
 昨日、私の大学時代の友達と御茶ノ水で酒を飲んだ。その友達は私が心底愛していて、また同時に心底憎んでいて、でもやっぱり心底頼りにし続けたい男友達で、知り合ってから約9年、何度も音信不通期間を繰り返しているものの(今年も梅雨明けまで何か月か喧嘩していて連絡取らなかった)、最近はまた月に1回ペースで会って酒を飲む事が多い。いつもは友達が仕事をしている駅まで私が出向くことが多いけれども、昨日は久々にお互いの電車の都合を擦り合わせて御茶ノ水で飲んだ。昨日の待ち合わせは夜9時半過ぎで、ささっと2軒回って2時間ぐらいでじゃあねーってゆって別れた。でも、この街に燻る思いの数はあまりにも多すぎて、ささっと2軒回って2時間では語り切れる筈もない。何故ならば、この街は私達の母校がある街だからだ。
 
 私は大学3・4年の間2年間と、25歳か26歳ごろに科目履修で大学に帰っていた1年間と、計3年この街に通った。また、卒業後も暫くは神保町でバイトをしていたので、それをカウントすると約4年間御茶ノ水に通ったことになる。だから、私が思った事、傷ついた事、悔しかった事、私にとっての喜怒哀楽の感情と快楽の全てがこの街に凝縮されていると言っていい。その証拠に、私が綴り纏めている文字達の半分以上は、この街で感じてきた事だ。
 だから、いつか【たかなしみるく×御茶ノ水】は絶対やろうと決めていた。でも、思いの数が多すぎてどうしたものかと考えていた。更に12月の3日で28歳になってしまった今の私には、あの頃の鬱蒼とした闇夜の中を体当たりでボロボロになりながら、既存の光を求めて突き進む程の愚かさはない。でも、その愚かさと愚かなりにも「生きていきたい」「死にたくない」と切願していたあの頃の気持ちが今の私に繋がっている事は認める。
 
 だから今回と、この次の回では私が2013年に科目履修生として大学に通いなおしていた頃に書いた話を載せて頂こうと思う。御茶ノ水に纏わる話で、これ以上に今の自分に繋がる気持ちが全部詰まっている話は後にも先にもない。
 
 ちょっとこの寒い時期に、夏の話で申し訳ないけれども。
 


 
「風、つえーよ……。」
「でもないよりマシ。」
「まあな。でも夜風にしては強いだろ。」
「まあビル街だからしょうがねえ。」
 
――
 
 気付いたら、また僕らは御茶ノ水の夜風の中取り込まれていた。
 僕は久々に奴に会った。
 連日の猛暑、それはまるで蒸しパンの中に埋められているような感覚さえしそうな昼間の猛暑も少しは和らいだ、とある盆明けの土曜日の夜のことである。
 何層もの違う色が重なって出来た、夜の黒くて、明るい青の中に立つビルは、質の良い卵の黄身を使って出来たプリンのような色の光を幾箇所も保ったまま、そこに立っている。一見すれば情緒あるすてきな建築物が、やんわりとライトアップされているように見える。しかし、よくよく近づけば、いや、近づかなくても、それは、ただの大学の校舎であると僕らは最初から認識している。
 普段の授業がある日中ならば、やる気の塊と、やる気のない塊と、時代と権力にしがみつくような意志と夢と希望を抱えた学生たちで、この場所は食らい尽くされている。時代のレールを踏み外さないように必死だ。おそらく考えていることは、外在的なことばかりで、内在的な部分を見つめることができる頭の切れた学生など、かなり少ないのだろう。別に、外在的な部分さえ整っていれば、ここで呼吸をすることは、そう難しくはない。
 ただ、大学を取り巻く雰囲気が、昼間のそれが見せる雰囲気とはちょっと違うので、僕は僕で、ちょっと変な気分に流されてしまいそうになる。それもまた一興だろう。予め、夏が見せる幻だということに、しておきたい。
 大学周りにいる学生の数もかなり少ない。それでも、閉鎖された大きな正面自動ドアからではなく、隅っこの扉を押して、数名の学生が出てくる。ゼミか何かの勉強会が終わったあとなのだろうか。「お腹すいたね。」「ご飯食べに行こう。」などという会話をしている。僕らは、その会話を耳に通しながら、明かりをかき分けて、道を進んでいく。既に一杯飲んだ後であったので、再会に関しての緊張感もある程度は和らいでいた。
「おい、やっぱり大学正面空いてねえよ。」
 僕は大げさに言った。
「なんでだよ光はついてるのに。」
 と、奴もわざと文句を言いながら、外の階段を上って、公開敷地に出る。
 本当は大好きで仕方のない僕らの大学に、わざと唾を吐きつけるように文句を言う癖も全然治らない。僕らはここで出会って、ここで息をして、ここで僕らそれぞれの思考を身に付けきたのだがら、それも仕方がない。いい思い出も勿論あるけれど、各々そこに身を置いていた頃には、辛い思い、苦い思い、やりきれない吐き出せない思いも沢山被ってきた。だから、この建物にまつわる気持ちは、僕ら二人とも愛憎の念でいっぱいだ。確かに、その念は似ているかもしれないし、全く別物かもしれないけれども、言葉にしてまとめてしまうのなら「愛憎」という言葉がなんとか似つかわしいだろう。僕は勝手に、そう思っている。
 
「俺、あの広場の中心で、神に祈りを捧げてた。3年の時。」
 
 大学構内の公開敷地を通過しながら、奴はそう言った。公開敷地には、大きな日時計が設置されていたり、また、大学建設のために関わったえらい方々の銅像が置いてある。とある友達はその日時計と、芝生の周りを、人が腰掛けるのにはちょうどいい大きさの白い人工石の塊が囲っているのを見て、「なにこのミステリーサークル。」と呟いていた気がする。結局学生の考えることなんて、似通ったふうにどうだっていい。でも、それが大学生と言う生き物なのだろう。
「うける。何それ。」
「何か、ふざけてたら『お前神に祈りでも捧げてんの?』って言われた。」
「マジか。僕も普段昼間ここにいる。そういえばこないだ学生がキスしてた。」
「最近の学生はなってないなあ。」
「ぼーっとしてて、たまたまぱっと振り向いたらね。なんか、腹が立ったわあ。」
 僕は休学していた大学に、今年の春に復学している。
 だから、つい、7月終わりまでは、だいたい毎日この公開敷地の中、ひとりで何かを考えていた。でも、復学する前、奴と一緒に大学生活を送っていた頃も、よくひとりでここで、家の冷蔵庫の中にあった、ありあまりの食材を詰め込んできたような、お弁当を食べていた。自分で、自分のために握るおにぎりが、僕を慰めてくれる存在だった。味はツナマヨネーズ。僕が、ひとりで何かを考える場所にはうってつけだった。冬空の下、過呼吸を抑えながら大教室の授業に出ることに耐え切れず、逃げるようにここにやってきた。その時に浴びた、太陽の光に、僕はまだなんとなく恋をしている。太陽は、僕の気持ちなんて全く知らないだろうけれども。
 思い出を思い出とも言い切れずに、今の今までこの場所に思いを引きずっている。今この瞬間、ここを照らすものは、太陽の光ではなく、例のプリン色をした大学構内から溢れくる光と、街灯、そして、神保町の交差点に広がる書店の広告の明かり、建物の明かり、街全体の明かり。確かに、特に広告などは明るいのだけれども、不躾に何かを主張するような明るさではないのが好ましい。
 思いを夜の中に引きずっているのを横目にしながら、僕は少し得意げに奴を先導して、階段を下りていく。
 
 そもそも建物が多い街だ。
 しかし、この街のいいところは、新宿や渋谷と違い、中心部に落ち着きがあるところだと思う。凄く礼儀が正しいというか、折り目が正しいというか。しかし、土曜日の夜だからか、その礼儀正しさや、折り目正しい性格を持った街が、なんだか羽を伸ばしているような感覚がする。平日は幾人がものすごい速さで過ぎ去っていくから、どこか街そのものが緊張に緊張を重ねているような気がしている。緊張して、がちがちにこわばっている様だ。それが安らかに溶けた、横たわった羽の中で、僕らも、自分の気持ちを結びつけてきたリボンを、ほどいていく。
 大学裏手側の公園に、夜風に運ばれるかのように、僕らはやってきた。その、落ち着きや、礼儀正しさや、折り目正しさにうまく乗りながら、ここでなんとなく缶酒を開けるのが、僕らの決まりである。やっぱり街全体が羽を伸ばしている。静かで、落ち着いていて、それでも、近づくものに対して、不必要な警戒はしない。そうだな、動物に例えるなら、高度な知能を持った馬。もっと言えば、ペガサス。如何せん、この街は知識で溢れかえっている街だ。この街から飛び立つ優れた人間も、ここから先出てくることも十分考えられるし、実際にそうだ。さらに、存在している大学は僕らの大学だけではないし、企業の数もかなり多いもの。
 この街は、自己主張はするけれども、そうかと言って、騒ぎ立てたり、暴れたりするような自己主張の形を取らない。規律を教えられた、いや、教えられることもなく上品に振舞うことのできるような、そんなペガサスのイメージを、僕は持つ。ふくろうでもいいかなと思ったけれども、ふくろうは夜行性だ。この街はほぼカレンダー通りに動いていて、夜は眠る街だし、土日は休む街だ。それから、個人的に、もっと何か大きいものに包まれていたい。ふくろうだと、少しそれには適わない。
 そんな、おとなしくて、極めて上品で、利口で、優しいペガサスは、僕らも、普段の生活における緊張のリボンを解くためにここにいるのだという気持ちを、察知してくれている。ここで酒を飲むのは、無言の規律に一寸だけ反するような、それにしても、当たり前の背徳感を感じられて、心地良い。都心のど真ん中、なかなかこんな場所で酒が飲めるようなところなんて、ないんじゃないかな。
 大学の通りに面しているコンビニで、僕はレッドアイとチーズマフィンを買って、奴は、発泡酒とひと切れのチーズを買って、ここに来た。土曜日の夜と言うものは、こんなに街の様相が変わるのか。ドーナツ化現象の、その空いた穴の真ん中に、僕らは落とされているみたいだ。風は、そんな僕らの気持ちのあいだにある穴の中を、自由に行き来している。
 その公園の、大学側から見ると、手前の方には人がいたので、僕らは奥の遊具に近い方に座った。座るやいなや酒を開け、僕らは併設されている幼稚園の上に浮かぶ、歪な形の月を眺めていた。非常にはっきりとした、クリーム色の月だ。
「ここ、昼間来ると、平和だよな。幼稚園児走り回ってる。」
 奴は月を見ながら、そう言い、僕は4月下旬の公園の様子を思い出しながら言った。
「うん、ここに5月頃、鯉のぼり、いっぱいいた。」
「でも、夜は大学生の青姦場所ってイメージしかねえけどな」
「まあねー。」
 僕の鯉のぼりのイメージは、おそらく奴には伝わってないのであろうか、至極当たり前の風景であるとされ、イメージするまでもないのか、と言った受け交わし方をされた。
 
 昼間は幼稚園児がここで遊び、夜は大学生がここでセックスをする。
 どちらが正しいとか、どちらが正しくないだとか、今の僕にはもう判断が出来ないし、判断をする必要もない。1つの場所にだって、多面性は、あって当然だ。因みに僕はここでセックスをしたことはないが、8人ぐらいで、大学の校歌を歌った思い出ならある。そもそも昼間だって、幼稚園児が遊ぶ他方で、外回りに疲れたのであろうサラリーマンが休憩して煙草を吸っているのだって、よく見かける。
 そんな話を、意識を返すことなく僕らがしていると、僕らの手前に、一対の男女が現れた。話口調からして、年下の女の子と、年上の男の子だった。
 女の子は、白い半袖のブラウスに、ふわりとしたスカートを履いている。夜闇の中なので、色まで特定はしにくいが、いちいち動くたびにスカートが揺れ、ふわりと花が咲くようにも見えた。素足にサンダル。非常に夏らしく、そして、大学構内でよく見かけるような装いであったことには間違いがない。男の子は、どんな格好をしていたのかよく見えなかったが、おそらくポロシャツにGパンに、ローカットのスニーカーと言ったところなのだろうか。僕の視界にあまり入ってこなかったと言う事は、大して僕の興味を引くような存在ではないのだろう。
「先輩後輩カップルなー」
「よくあるパターン。」
 僕らは横目でその男女のことを捉えながら、配慮などない会話を続ける。
 果たして、僕らが会話をする際に、周りの人に対し、会話の内容について配慮などしたことがあっただろうか。
 僕らは常に、混沌とする思考の中に自ら身を投げていた。自分自身とは何か、幸せとは何か、社会とは何か、アイデンティティとはなにか、恋とは何か、愛とは何か、セックスとは何か、好きという感情とは何か、依存とは何か、何か、何か、何か。
 これらのテーマは、時代を切り拓いてきたような立派な思想家たちにも答えが出せないようなものばかりだ。それでもこれらの疑問の答えを出すために、僕らはいつだって議論していた。議論と言えるほどの会話を戦わせるほどに僕らは頭が良くないし、「青臭い」だとか「若気の至り」だとか、そう言う言葉でまとめてしまえば手っ取り早いのかもしれないが、それにしては少々こざっぱりもしすぎてしまって、僕の気持ちと言葉がそぐわない。
 こんなことを思うくらいなのだから、特に僕は考えすぎるきらいがあった。奴の中にもそのきらいがあった。だから、<お互いの出した「答え」>、あるいは、<思考過程がよく見えないけれども、答えを出したい「考え」>に、「血を通わせ合う行為」を保ち続けることに、僕らは依存し続けていた。「半絶対的に」僕らは僕らを肯定し合うことが約束されている関係性と、言えるかもしれない。
 ある時は、大学の構内で。ある時は、居酒屋で。ある時は、喫茶店で、ある時は、上野公園で。そしてあるときは。
 
 いつだって、どこにいたって、何年経ったって、同じ会話をずっと繰り返しては、同じように笑って、同じように黙って、同じように言葉を選び直して、同じように、すれ違って。でも、僕らは、お互いに「会いたい」と思うことを辞めなかった。
 
「僕は、俺は、お前と、話がしたい。」
 
 その気持ちだけ、具体的に、強く、持ち続けていたのだと思う。少なくとも、僕は。
 
 
 風が、僕らの間を、吹き抜けていく。
 極めて、自由に、配慮など、なく。
 コンビニの袋がひらひらと動く。僕はそれが吹き飛ばされないように、袋の上に鞄を置いた。
「これ、どかねえとはじめらんねえか、あいつら。」
 奴が背を丸めながら、発泡酒の缶を片手に、その様子をまじまじと見つめ続ける。僕は奴の姿を右目端っこに、男女の姿を左目にしながら、
「知らねえよ。後から来たほうが悪い。」
 と言った。
「そうだな。」
 奴もそう言い返して、もう一度、月を眺める姿勢に戻った。
 
『あの女の子、あんなに女の子っぽい格好をして男の子とふたりきりでいて、怖くないのかな。女の子だって、見られちゃうじゃん。ふわりと咲くスカートの中に、手を入れられたらそれでゲームオーバーなのか、若しくは、ゲームスタートなのか。そう言う関係性に至ることを端から想像していないのか、はたまた、端からそこまで計算しているのかな……。』
 
 僕は、そんなことを考えながら、レッドアイをひとくち口に含み、そのまま男女の姿をぼんやり眺めていた。
 

 
次号に続く。
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たかなしみるく。

「感情の墓場を、詩と呼ぼう。」: note( http://note.mu/001203mm )、深呼吸する言葉( http://d.hatena.ne.jp/xxmilk69xx )
得意技は モテない・拗らせ・考えすぎの三拍子 エッセイ。