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向かい風は南風。追い風はビル風。6 たかなしみるく。

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On Board Date【たかなしみるく×羽田空港】
 
 さあ、乗るか。乗らぬか。どちらを選ぶか。
 楽しいか。楽しくないか。どちらを選ぶか。
  
 出来るなら、楽しく生きていきたいよって、思う。私だって、そう思う。
 
   ◇
 
 盆休みが明けた8月半ばの月曜日。
 どことなく消化不良に終わった6日間の盆休み。そんな休みに倦怠感を覚えていた私は、ただただいつもの書類を捌くだけの毎日が戻ってきたことに妙な安心感を覚えていた。
 朝8時半前に出社し、コンビニの袋から紙パックの1リットルのお茶とかチルドコーヒーをがさがさと袋から出しながら周りを見渡す。出社時刻は人それぞれまちまちで、私より出社時間の早い筈の隣の姉ちゃんがいない。「嗚呼まだ今日まで休暇を取っているのか」と思いつつ、私はメールを確認し、溜まっていた書類に手を付け始める。そうしているうちに時刻も9時を過ぎ、続々と電話が鳴りだす。電話を受けた他のチームの人から「小嶋さん今日も夏休みかわかる?」と問われたが、「さぁ~……。ちょっと存じないです。」とさくっと返して、また元の作業に戻った。そして朝10時を過ぎ、課長の出勤に合わせて、こんなメールが届いた。
 「小嶋さん、御盆休み中にお父様がお亡くなりになられたそうで、今週1週間は不在です。」
 ……なるほど、そういうことらしい。彼女の年齢は私と同じか1つ程下のはずで、実家は関西地区の何処かだと聞いた。前職はCAだったとも聞いていて、就職の折に上京してきたとのことだ。ああ大変そうだなぁと思ったけれども、決して他人ごとではない。私の父親だっていつ死んだっておかしくない。そんな考えもふと脳裏に過ぎる。前職が「CA」と言う単語から、自ずと結びつくのは「飛行機」と言う単語。そんな連想ゲームをコピー機に並びながらやってみる。「飛行機」と言う単語から連想するのは、「出張」と言う単語で出張と言う単語から結びつくのは、「父親」と言う単語で。そういえば家族のLINE覗いたら、父親は近々高松まで出張らしいな。羽田空港から、飛行機で。
 
   ◆
 
 私の父親は、メーカー勤務のごく普通のサラリーマンで、毎朝6時前の電車に乗って、東京の港区まで出社している。海外にも支社を持つ大きな会社に勤めている割には1度も地方転勤になったことはなく、本社地区のあらゆる部署を行ったり来たりしている。しかし、部署が何度か変われど飛行機で地方へ出張する事が多く、頻繁に飛行機に乗れる父親を良く羨んだ。というのも、当時の私にとって、飛行機とは夢のような存在だったからだ。小学校の友達と話しても、1年に何度かは飛行機に乗るという人はある一定数いた。毎年旅行で海外に行く者もいれば、両親どちらかの実家に帰省するために乗るという者もいる。一方私の家と言えば、家族旅行の大体は車移動で、海外旅行については母親が嫌がった。また、どちらかの実家に帰ろうと言ったって母親の実家は静岡市だし、父親の実家に関しては千葉のこの家だ。飛行機にご縁などありゃしない。更に丁度そのころ、ANAは当時一世を風靡していたポケモンと手を組んでキャンペーンを行いはじめ、あの「ポケモンジェット」を飛ばし始めた。あの時の小学生なら誰もが熱狂したポケモンの飛行機が飛んでいるなんて。やはり飛行機が持つ「夢の乗り物」と言う感覚は色褪せない。ANAとポケモンが手を組んでから私が毎月読んでいた小学館の雑誌にはタイアップ広告記事が掲載されるようになった。TVCMもよく見たし、体育の授業中に、「あ! ポケモンジェット飛んでる!」と誰かが空を指差したら、その周りの子たちは同じく空を見上げる。その中で「俺、あれ乗ったぜ!」と言う奴でも出ればそいつはヒーローだ。また、お腹に風船を括り付けた「そらをとぶピカチュウ」がデザインされたのも、このキャンペーンがきっかけだったはずだ。そのキャンペーンの一環としてか、ANAの搭乗券の半券を2枚集めて送ると、(確か2枚だったはず。) オリジナル『そらをとぶピカチュウオリジナルゴールドボーディングパス』と言うプラスチックのカードが貰えるという期間限定企画があった。「限定物」と言う言葉にはどうしたって弱い。私は父親に半券をためて、それをもらってくれとねだった。世の中のお父さんたちがどういう反応をするのかはわからないが、私の父親はそういうおねだりにも嫌な顔をしなかった。寧ろ自分から「今日ねえ、ポケモンジェット乗ったよ。」とか「今日はねえ、新しい柄のポケモンジェット乗ったよ」と話をしてくれた。自分自身こそが、世の中の流行に乗っていたい人なのだ。そういう訳でその年の夏休みには、両親に飛行機で北海道まで連れて行ってもらった。ポケモンジェットに乗ることはできなかったけれども、離陸前の羽田空港のロビーでポケモンジェットを間近で見ることが出来た事に満足した。
 
   ◆
 
「ってわけでさー。元CAの姉ちゃんの父親が死んじゃったんだって。そんで今日まで休んでる。」
「そりゃあそうなるわな。」
「ね。死んじゃうんだね、突然。」
「そりゃぁな。」
 
 盆明けの、その週の金曜日。
 計画通りに残り1日の夏休みを取得した私は羽田空港にいた。別にどこかに旅行に行くわけでもなくただドライブがしたかったのと、飛行機が見たかったから羽田空港にいた、と言うより羽田空港まで連れてきてもらった。ぼんやりと飛行機を眺めながらまず思い出したのは、先述した内容で、初めて羽田空港のロビーで飛行機を間近に見た時の事だ。「すごい!すごい!」とロビーを駆け回っている私に、父親は何でも教えてくれた。こんなすごい所に、こんなに大きくてかっこいい乗り物に頻繁に乗っている父親が頼もしく見えた。どうしても、そんなあの日のことを思い出してしまう。ポケモンジェットに憧れた小学生の頃。ポケモンジェットが飛んでいるのを校庭で見つけては、皆で空眺めているだけでなんかラッキーって思えたあの頃。そんなポケモンジェットに乗った話をしてくれる父親。学校で流行っていることを家に持ち帰っても、拒絶されることなく、寧ろその流行を一緒に楽しんでくれたことがうれしかったという理由で、今も良い思い出として覚えている。
 だから、そんな飛行機を目の前にして、この瞬間に連想してしまうのが「父親の死」であることにどうも釈然としなかった。そんな暗いことを連想したくて羽田空港まで車を飛ばしてもらったわけでもない。因みにこの日よりも前に羽田空港に来たのは2年前の8月の終わりごろで、それもまた家族旅行のためだった。2年前のあの日も、朝6時過ぎの羽田空港で、もう最早名前もわからないポケモンたちが並ぶ広告パネルを見つけた父親は、「写真撮ろう写真撮ろう」と言って妹と並んで携帯電話を母親に預けてシャッターを切ってもらっていた。前日の夜に上手く眠れず具合が悪かった私は、そのテンションに追いつくことが出来なかった。また、あまりにぼーっとしていたため、搭乗時に必要なQRコードが書いてある紙を何度か失くしそうになって怒られたりもした。やっぱりその日の飛行機もANAだったし、機内のモニターで私も妹も過去のポケモンの映画を見ていた。
 
   ◇
 
 やっぱり年を重ねるに連れて、「家族旅行」の記憶なんて、記憶の一部でしかなくなってしまうのだろうか。しかしここであまりに過去の家族旅行の話ばかりするのもどうかなぁと思ったし、況してや父親がいつか死ぬことに不安を抱く話など、場にはふさわしくない。それなら「次どこに行く?」と言う話でもすればよいのだろうか。今隣にいる人との無言の時間に上手く耐えられない。隣は隣で飛行機を見ることに集中しているし、変にしゃべることもないだろうか……。だから私は周りの人を観察するふりをしながら、皿いっぱいのアボカドチキンのサラダをつんつんと突きながら口に運ぶことと、「煙草、ちょうだい」と言ってその時間をしのぐことしかできなかった。ふうーっと煙を吐きながら見渡した窓の向こう側には白い雲と真っ黒の雲、どちらも浮かんでいる。天気予報のお告げ通り、もうすぐ豪雨になるのだろう。
「そろそろ行こうか」
 と言って、店を出た。お財布まで出しかけたけれども、お昼ご飯代は全部出してもらった。
 
   ◇
 
 大きなキャスターバックをもって往来する人込みをかき分けてまた駐車場に戻る。連れてきてくれた人と、「ここからどこに行こうか」っていう話をしていたら、やっぱり雨がざんざんと降ってきた。すげえ雨! すげえ雨やばいなーって言いながら東京23区山手の輪の内側に進路を変える。雨が降り注ぐCXの社屋とか、ただ閑散としている青海埠頭とか、大きくかかるレインボーブリッジを横目にしながら一般道を突き抜けていく。BGMは昨日テレビでライブ映像を見たからと言う理由と、レインボーブリッジを通るからと言う理由で福山雅治の「虹」なんかにしておいた。改めて聴くといい曲だと思えたのは、私が大人になったからなのだろうか。いずれにせよ、父親以外の運転でこんな場所を通るのはきっと初めてだ。27歳にもなって初めてか。いや、そんなこと、あまり気にしなくてよい。今この瞬間、楽しいのがよい。せっかく遊びに出たのならその瞬間をちゃんと楽しい! と楽しむこと。遠慮はしないで楽しむこと。楽しいなら楽しいって言って笑うこと。羽田空港を使って行った家族旅行に限らず、潮干狩りだって、ディズニーランドだって、家の庭でのバーベキューでさえ、いつだって家族で出かけた時には家族の中で1番その場を楽しんでいたのは父親だし今現在だって誰と何処にいても父親はその時間をちゃんと楽しもうとしている。(私が勝手にそのように思っているだけだろうか?) しかし、その心がけって、実は結構重要な心がけなのではないだろうか。つい最近までは「楽しいことを楽しむこと」とそのものに、何処かうしろめたさを感じていた。今ももちろんそういう気持ちは隠せない。どこか気恥ずかしいし、ドライブなんて私の柄じゃない。でも、せっかく「楽しいこと」をしているなら「ちゃんと楽しむ」ことが礼儀であり、礼儀である前に、そうしたほうが「楽しい」。ずっとずっと暗い気持ちを抱えていたり、ずっとずっと後ろ向きで遠慮がちで人を羨み恨む時間を抱えがちな私だからこそ、そう思うのだ。父親はその大切さをずっと態度で私に示し続けてきてくれた。私はこの年になってやっと、その示しに反応をし始めたのだ。今この瞬間の思い出がいつか真っ黒に染まって私を傷つけることがあったとしても、そんなことを考えて今この瞬間を今すぐに真っ黒に染める必要はあるのだろうか。そんなことはない、それこそ心のエネルギーの無駄だ。
 
   ◇
 
「いえーい! お台場いえーい! 雨ちょーやばいけど晴海埠頭で降りるとか無理だけど!! どーするー?」
 そのエネルギーを今この瞬間、楽しむ方向へシフトしてみる。雨はざんざんと降りしきり、雨音が車内に反響する。金曜日の午後3時。世間は待ち遠しい週末までのカウントダウンを始める時間だ。出来るなら今この瞬間缶ビールをあけたいぐらいめでたい気分だ。
 
「雨でも行ける場所で、東京都心で行ったことない場所で、今から行って入れそうな……。あ。スカイツリーとか、今適当に言ったけど。」
「あ、行ったことない。じゃあスカイツリー行っちゃう??? 上登っちゃう???」
「いいの? いいのいいの?! じゃあ上登ろうぜ! 混んでるか調べちゃうよ!」
「そうすっかー。混んでたらやめよ帰ろー。」
「あ、平日だし天気悪いしそうでもないっぽいよー。雨も弱まってきたし。」
 
 ◇
 
 こういうノリとテンションに、ちゃんと反応して「いえーい!」って言えること。果たして少し前の自分には、出来たことなのだろうかと。そしてその重要さを示してくれた父親が、いつか死ぬということ。死んだらきっと泣く。物凄く泣くし物凄く辛い。でも、死んだ暁には、葬式を葬式ではなく、祭りに仕立て上げてやるのはどうだろうか。そういう気概で、私自身も倦怠感溢れる毎日を過ごしていけたらよいのだが。いや、毎日とは言わないが、せめて休日位は。東京都心の山手の輪の内側と言う場所に居られる今だからこそ。今のうちに、だからこそ。
 
 搭乗したのなら、あとは思い切って笑って手を振るだけ。
 不安でどうしようもなくなったら、いつだって戻ればいいだけだし。
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たかなしみるく。

「感情の墓場を、詩と呼ぼう。」: note( http://note.mu/001203mm )、深呼吸する言葉( http://d.hatena.ne.jp/xxmilk69xx )
得意技は モテない・拗らせ・考えすぎの三拍子 エッセイ。