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鏡の箱に手を入れる 2 穂崎円

relation

6月 夜の山、あるいは旅の仲間について
 
 もう最近はずっと行っていないのだけれど、一時期はよく山に登っていた。
 といってもそんなに本格的なものではなくて、ピッケルなどの特殊な装備が求めるようなものはやったことがない。林間合宿の延長のようなレベルのものだった。
 山を歩くのも山小屋で過ごすのも好きだったけれど、好きなもののひとつに夜行登山があった。わたしがよく登っていた山の標高はそんなに高くはなかったけれど、山の頂上で日の出、いわゆる「ご来光」を見ようと思えば夜中に出発する必要がある。
 起き出すのは確か夜中の二、三時頃だっただろうか。寝ぼけ眼で着替えてリュックサックに食事を詰める。おにぎりは朝食用と昼食用の両方、おやつのバナナにゆで卵、琺瑯のコップに水筒。ここまでは各自共通の荷物だ。二リットルサイズのペットボトルに入れた飲料水やコッヘル、ストーヴ(火をおこす道具)などは特に相談も無いまま、気が付くと体力のある者達で何となく分担されている。
 準備が完了したら出発する。何しろ眠いので、黙々と歩く者が大半だ。大抵の者がヘッドライトをつけて歩いていたがわたしは持っておらず、かといって懐中電灯を手に持って歩くのは邪魔なので明かりを持たずに歩くことが多かった。本当はあまりほめられた話ではないのだろうが、ベッドライトの装着者が前後にいれば歩くのにはそう困らない。
 人工の明かりがないと天体の光の存在感が強いことを実感したのも夜行登山の時だ。頭上を覆う木の枝の影も、月のあるなしで見え方が大きく違う。自分の足元も見えないような夜も月を見上げながら歩けば、泊まっていた施設の周囲くらいならちゃんと道なりに歩くことができた。道の左右から木は生えるので、道幅がそれなりにある場合、上空中央にはかならず空間ができる。
 道の真ん中を歩いていれば、月の光は枝の影に決して隠れない。だからまっすぐに歩ける。
 
 東北のボランティア・ツアーに行くと、当然ながら初対面の人たちと一緒に過ごすことになる。移動時や作業時はもちろん、作業後の宿も複数人の相部屋で過ごす。もちろん家族や友人同士など、最初から複数人で参加する場合は別途部屋をもらうことも出来るし、各自個室になるタイプのツアーもあるらしいが、体験者によると後者の場合、ひとりでも寝過ごした者が出た場合は結構大変らしい(修学旅行で寝過ごした生徒がいた事例を思い出してほしい)。
 初対面で数日過ごすだけの者同士、しかも本来の目的は別途あってそれなりに体力も使うので、最初から互いに話が弾むことはそうそうない。それでも食事の後や眠る前、ぽつぽつと話す。どこから来ましたか。初めてですか。他にどこかボランティアに行かれたことは。わたしも含め、一人で参加している人は多い。
 ……それで、どうしてボランティア・ツアーへ?
 そう聞かれたことはあまり無いし(自ら話すことはある)、聞かれても多分ちゃんと答えられていないけれど、話すことでツアーへの参加それ自体とは別に、どこかでほっと息を吐いている自分がいるように思う。
 この空気は何かに似ている。
 参加当初からそう思っていて、ある時そうだ、夜行登山だと気付いた。何というか、「機能集団」なのだ。ボランティアの作業ではそれなりに汚れてもいい、動きやすい服装を求められるから、余計似たものを感じたのかもしれない。体調管理は自己責任だから無理は絶対にするなと言われるのも同じだ。そしてツアー中に明確な目的があるため、ここでご一緒したのも何かのご縁ですからといって交流しようとするような空気、圧力は薄い。とはいえ、もしそんな圧力があったらわたしは間違いなくツアー参加自体を一回で終えていたと思うので、わたしが無意識に視界から外しているだけで本当はどこかにはそういうものもあるのかもしれない。
 共通の目的のために集まり同じ場で過ごし、目的が果たされればばらばらに、それぞれの場所へ散っていく。
 こういう書き方をすると大げさだけど、まるで「旅の仲間」みたいだと思う。トールキンの。
 
 劇作家・鴻上尚史の作品で「ピルグリム」というのがある。売れない作家が自分の書く小説の世界に入っていくという話なのだが、この作品の中で「オアシス」と「ユートピア」は明確に区別されている。
 これは若干ネタばらしになってしまうが、劇中では旅人たちが道の途中で出会う、目的を同じくしたつかの間の美しい交流を「オアシス」としている。だが手段と目的が逆転し「オアシス」を永遠の場所「ユートピア」として維持しようとするとき、そこには蠱毒のような歪みが生じ、美しかったはずの交流は破綻する。誰も傷つけたくない、例えそう思っていても「ユートピア」を「ユートピア」のままにしておくためには排除されるもの、すなわちイケニエが必要なのだ。
 劇のラストシーン、主人公の作家の担当編集者が新しい雑誌の企画について語り続けるシーンは、実は公演時期によって内容が少し異なる。
 「ピルグリム」初演時の一九八九年、新しい雑誌企画について語る担当編集者がラストシーンで言及したのはダイヤルQ2サービスだった。ダイヤルQ2とはNTTが一九八九年に開始したサービスで、これを使えば身の上相談やニュース提供など電話を通じたサービスを誰でも簡単に行うことができた。わたしは利用したことは無いが、当時はかなり流行ったようだ。顔も知らない誰かに己の心の内をそっと打ち明けたいという需要に対する供給が、当時は電話の受話器を通じて提供されていたらしい。
 二〇〇三年に「ピルグリム」が再演されたとき、ダイヤルQ2に代わり言及されたのはインターネットのメールマガジンと分散コンピューティングシステムだった。わたしが実際に舞台で見たのはこのバージョンだ。初演時の演出を踏襲したのだろう、電話のコール音が暗闇に幾重にも重なり響く中、メールマガジンをベースにした新しいweb雑誌の創刊について、編集者はひとり語り続けていた。要するに、新しい雑誌の企画(それは劇中では未来への希望として語られる)は電話からインターネットに場を移したのだ。
 もし今この戯曲が鴻上氏演出で上演されるなら、ラストシーンで言及されるのは恐らくtwitterではないか、と思う。そして恐らく編集者は雑誌という単語を使わないのではないかと思うが、これは余談だ。
 
 舞台「ピルグリム」を見た当時、インターネットを介した新しいコミュニケーションの可能性についてわたしは少々懐疑的だったけれど、今にして思うのは、当時のわたしはインターネットを利用こそしていたけれど、それを介して見知らぬ他者と出会い、交流するという経験は殆ど無かったということだ。SNSを当たり前に利用し、見知らぬ他者との交流経験も増えた今、あの戯曲が描こうとしていたのはもしかしてこういうものだったのだろうかと思う。ただ当時のわたしがまだそれを体験していなかっただけで。
 顔も知らない遠くの誰かと出会い新しい何かを作ろうとする行為は、情報技術の発達により、かつてより身近なものになったと思う。二〇一五年現在、web文芸誌「片隅」でわたしはこうして文章を掲載して頂いているが、これは当初twitter経由で依頼が来た。声を掛けたり、掛けられたり。「片隅」以外でもSNS経由で参加することになった企画は多い。あれがやりたい、これがやりたい。これが気になる、これが好き。社会的立場や属性を抜きにそう呟き続けることのできるSNSは同好の士を見付けやすいし、話の進むスピードも速いと実感をもって思う。オフラインとオンラインでコミュニケーションの性質の違いは確かにあると思いつつ、どちらかだけが本物でもう片方は偽物だなんて、もうとても言えない。
 その一方でSNSの発達した今でも、いや今だからこそ、「オアシス」を「ユートピア」にしようとして破綻した例はいくらでも見付かる気がする――と、他人事のように書いたが、自身の経験を顧みてもそう思うし、外れてはいないだろう。そもそも破綻自体はオンラインに限らず昔から生じていた筈だ。思うに「オアシス」は常に「ユートピア」になろうとする性質を持つのではないか。
 目の前にいる生身の誰かではなく、電話回線の向こうの見知らぬ誰かにこそ自分の心を打ち明けたい、打ち明けられる。そう思ってしまうのは何故だろう。
 「ピルグリム」冒頭にそんな趣旨の台詞がある。新しいコミュニケーション・ツールが登場するとそれが新しいコミュニケーションの在り方を生み出すことがいつも期待されるけれど、結局の所ひとが求めるコミュニケーションの形はいつも同じものなのかもしれない。
 
 だが「ユートピア」の本来の意味が「存在しない場所」であることは今更言うまでもない。
 
 トールキンの「指輪物語」ではホビット、エルフ、ドワーフ、人間、魔法使いといった異なる種族・立場の者が、全てを統べる「一つの指輪」を破壊し冥王サウロンを滅ぼすため、旅の仲間として共に旅をする。
 旅が終わった後、彼らはそれぞれの場所へ帰っていくが、彼らの交流がその後も長く続いたことは物語の最後でさらりと描かれる。それぞれがそれぞれの人生を選択する中で、例えば対立する種族であったエルフのレゴラスとドワーフのギムリはその後、不死の国へ共に旅立つ。そういうこともあるし、あったらまるで奇跡のように素敵だけど、でも多分、無くたっていいのだと個人的には思ってしまう(ファンにはかなり怒られそうだが)。だって指輪は破壊されたのだから。
 旅は終わり、旅の仲間はその後二度と会うことはありませんでした。
 そんな物語だって存在するし(実際、スティーブン・キングの「IT」なんかはそういう話だ)、それはそれで間違ってはいない。出会った相手の素性を深く知らないままでも一緒に何かを作ることは出来るし、何かを受け取ることだってわたしたちは出来る。オフラインではないから、深く知らないから偽物だなんてことはない。そして旅の仲間はそれ自体が奇跡だけど、奇跡は別に一回限りのものではない。
 そして旅が終わり戻っていくその場所も、決して永遠のものではないのだろう。
 
 顔も素性も知らない誰かとだって新しいものは作れるから、その中で誰かに救いをもたらすこともきっとあるのだろう。眠たい頭でろくに会話も無くても、夜の山を一人で歩くのと誰かと歩くのとでは全然違う。別の誰かを照らすための明かりが本人も気付かないまま、他の誰かの道筋を照らしていることもある。
 それでも。感情が疲労してSNSの誰も彼もがみんなきらきらしているように見える時、本当はみんな自分だけの「ユートピア」を隠し持っているような気がする時は時折やって来てしまう。何のかんのと偉そうに言いつつ、このツールとの丁度良い距離の取り方をわたしは今でも見付けられていない。
 弱ったなあ、弱いなあ。もしかして自分は何か大切なことをさぼっているのかなあ。
 そんなことを思いなながら光る液晶画面を寝転がりながらいつまでも眺めて無理やり閉じて、それでもこの道具がなかったら自分はもっと大変なことになっていたかもしれないしなあと思う。だって互いを深く知らなくても息を吐ける場はわたしにとってとても助かる存在で、既にいろんなものを貰っているのだ。まるで夜の藪へ頭から突っ込むような真似を繰り返しながら、辿り着く結論は結局いつだって同じだ。
 
 大丈夫、ここは最初からユートピアじゃない。
 だから奇跡が終わったら、また新しく始めればいい。

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穂崎 円(Hosaki Madoka)つきのこども/あぶく。

http://mondekind.hatenablog.com/

nattuan

なっつぁん(nattuan)1995.9.19 愛知県生まれ

イラストレーター デザインの大学に在学中。