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はつ花かぞえ 葛引すい子

2016-2

第十一回  二月 満作(まんさく)
 
 
 
 冬の底――一年でもっとも寒さのきわだつのが、二月です。春はもうすぐのはずなのに、十二月より、一月より、なお寒い。去年の四月に始まったこの連載も、残すところあと二回となりました。そこで、厳冬のさなかではありますが、初心に戻って「花」のことをお話ししましょう。思い返してみれば、花らしい花は、八月の松葉菊いらいになりますね。まこと、北国の冬には花がない。そんなところに住むひとに、年のいちばんさいしょに咲く花はなにか、とたずねたら、返ってくる答えはきっと、「満作(まんさく)」でしょう。
 
 満作の花が咲き始めるのは、ふるさと秋田ではおおむね、二月の終わりから、三月にかけてのあたりになります。冬の終わりは年によって変わりますから、いついつだ、とはっきりとは申しあげにくいのですが……。この満作、「まんず咲く」という言葉から名前がつけられたといいます。「まんず」というのは東北の訛りで、「まず」のことですね。「ん」は、鼻の奥から出すもので、ふつうの「ん」とはちょっと声音(こわね) が異なります。まんずまんず。懐かしい響きです。それなら満作は、ひらがなでまんさく、と呼ぶほうが、じんわりとしたなじみがありますね。
 まず、まっさきに咲く。この名を受けた由縁(ゆえん) は、ほかのどの花にもさきがけて、春の初めに咲くからとも、葉を出すまえに花を咲かせるからとも言われます。私としては、前者の意見に一票を投じたいところです。しかし、まんさくの花、と言われて、どれだけのひとがそのすがたを思い浮かべることができるでしょう。北国の方でしたら、きっとすぐお分かりになると思います。ですが根雪のない地方だと、冬でもいろんな花が咲きますね。だから、ごくごく素朴なまんさくの花は、あまり気に留められないのではなかろうか、というおそれが、うっすりわきおこります。……いかがでしょう。南方出身の知りあいに試しに聞いてみたところ、やはりご存じないごようすでした。
 ならば私は、まんさくのすがたをよく描いた詩を一篇、存じております。それは、大分出身の詩人、丸山薫(一八九九~一九七四) が赴任先の山形で書いた詩「白い自由画」(詩集『北国』所収) です。では左に、引いてみますね。
 

 白い自由画
 
  「春」という題で
  私は子供達に自由画を描かせる
  子供達はてんでに絵具を溶くが
  塗る色がなくて 途方に暮れる
 
  ただ まっ白い山の幾重なりと
  ただ まっ白い野の起伏と
  うっすらした墨色の陰翳の所々ところどころ
  突刺したような疎林の枝先だけだ
 
  私はその一枚の空を
  淡いコバルト色に彩ってやる
  そして 誤って まだ濡れている枝間に
  ぽとり! と黄色の一と雫を滲ませる
 
  私はすぐに後悔するが
  子供達は却ってよろこぶのだ
  「ああ まんさくの花が咲いた」と
  子供達はよろこぶのだ

 

 ……久しぶりにこの詩を読んで、目がじんと熱くなるほどの懐かしさを覚えます。北国の初春は、まさしく彩無き季節。そこに、ぱつっと、火花でも散るように、明るい黄色の花が咲く。まだ足もとに雪は深く、まんさくの木のもとに向かえば、靴のなかは氷で濡れる。でも「却ってよろこぶのだ」……。一輪のまんさくの花、ただその一点だけで、冬が去ったことを強く、知るのです。
 まんさくの花びらは、ひろん、とした紐の形をしています。それが、わずかに縮れながら、幾本も伸びている。乾ききらない画用紙に、ぽとりと落とした一滴の絵の具。じわっとゆがんで伸びる、丸い放射。まんさくの花を形容するのに、これほどみごとな喩えはないでしょう。そして、まんさくがもたらす「よろこび」を、これほど暖かく、鮮やかに切り取った詩はないでしょう。
 

 この詩とは、中学生のときに国語の授業でであいました。教材だった、というわけではありません――『国語便覧』(国語の副読本ですね。教科書に出てくる人物や詩歌、古典の冒頭などを、ぎっしり集めたものです。なじみのある方も多いかと思います) からひとつ、好きな詩歌を選んで、画用紙に書き写しなさい、という課題のなかで、この詩を取りあげたのでした。私は小さいころから、言葉の海におぼれるのが大好きでしたので、『国語便覧』はいただいてから幾度も、暇あらば読みふけっていたように思います。
 そんな、まるで宝石箱のような、偉大なる先人たちの息吹をつめこんだこの本から、たったひとつだけを選べ、と言われて、十五の私はおそろしいことにほとんど迷いなく、この詩をあげたのでした。このことにはずいぶんと、はっきりとした記憶があります。これほど、北国のこと、まんさくのこと、子どものことを知っている詩は、ない、と。
 
 しかし、かの便覧は、丸山薫氏のことも、この詩の背景も、とくに教えてはくれませんでした。ですので私は、丸山さんと、その子ども(「達」と複数形でしたので、姉弟だと故もなく思っていました) とのお話なのだと思っていました。
 小学生高学年くらいのお姉さんが、学校から自由画の宿題をもって帰ってくる。お題は「春」。むずかしい。おそとはまだ冬だ。お姉さんよりふたつくらい年下の弟が、画用紙やえのぐセットのちらばりを、よこで見ている。お姉さんの絵筆の動きは芳しくなく、弟もうまい助け船を出せずにいる。そこへ、おうちでくつろいでいた、着流しすがたのお父さん(丸山さん) が、気まぐれかなにか……でもひどく優しいなにか、で、やってきて、お姉さんと代わってあげる。子どもたちは、お父さんの両脇に退(の) いて画用紙を見る。お父さんの腕が、さっさっ、と、おとならしい迷いのなさで動いていく。やがて現れるコバルトの空、そして、黄色い雫。お父さんははっと後悔する、でも「子供達は却ってよろこぶのだ 『ああ まんさくの花が咲いた』」。
 そんな情景を想像していました。まるで映画のワンシーンのように、おうちの内装や、三人の服装まで、しっかりと描いて。しかし、この丸山さん親子の情景は、あらためて詩人のこと、「白い自由画」のことを調べていくうちに、まったく違った映画になりました。と、言いますのも、私の想像はすっかりまちがっていたのです。まず、「子供達」は丸山さんのお子さんではありませんでした。教え子だったのです。丸山さんは、戦時中に山形の寒村に疎開し、同地の小学校で教師をされていました。そのできごとをもとにして、「白い自由画」は書かれていたのです。丸山さんは先生、子供達は受け持ちの児童。図画の授業風景だったのですね。
 
 詩の正しい理解、という点からみれば私は落第生でしたが、直感で覚えたむつまじい親子のひと幕も、私にとっては十五歳からいままでの十年間、真実でありつづけました。まんさくの花を見るたびに、その印象を思い出してきたのですから。ですが、このエッセイを書くにあたって、詩人・丸山薫の委細をはじめて知ることができたのは、それもまた僥倖であったと思います。
 丸山さんは大分のお生まれで、そのお父さまは熊本の出身です。お父さまは内務省にお勤めでしたので、丸山さんは幼少期から東京を中心に、あちこちへの引っこしをくり返す日々を過ごされました。ですが、四十代なかばで山形に疎開するまで、北国に行かれたことはなかったようです。昭和二十年、空襲で東京から焼け出され、家族で移り住んだのは雪国山形……山あいの寒村、岩根沢。そこの小さな分教場で、十人前後の児童をあいてに先生をしていた三年間に、丸山さんはいくつもの詩を書かれました。
 詩集「北国」・「仙境」。かつて、父に連れられて、四季のおりおりに山里を散歩する生活をしていた自分にとって、そこに書かれた世界はまこと懐かしいものでした。しかしはたして、そこに書かれた情景に、雪を知らぬひとはどれだけ心を寄せることができるのかしらん――。雪を知っていても、私のように飛んだ空想をめぐらすこともあるでしょう。
 
 丸山薫の詩「白い自由画」は、私のなかでひとり歩きしていきました。この心のなかにある、まんさくへの思い……想起される深い春のよろこびと、かの詩は渾然一体となり、分かちがたく私の人生に根ざしていったのです。
 読み手おのおのの心に宿った印象が、たとい書き手の「もくろみ」に反するものであったとしても、それをまちがいと言うことはできないのでしょう。文芸と科学との大きな違いは、そこにあるのかもしれません(私は、こうして文筆活動をするのとならんで、ひとつの学問を専攻しております。そのどちらも、まだ駆け出しではありますが、ライフワークとなるでしょう。ですから、文芸と科学との同異を、日々、考えるのです)。もちろん科学とて、書き手の意図は絶対ではありません。しかし、大きな歪曲に対する抗議は、学者の正当な権利であり、おそらく義務でもあります。でも、文芸作品はそうではない。それらはいくらでも、ひとり歩きしていくのです。作者の手を離れ、どんどんと。なるほど、書物は自己の運命をもつ(habent sua fata libelli)……。
 

 同じまんさくの花、同じまんさくの詩、同じなにか……。対象が同じひとつのものであっても、ひとびとがそれについて抱く印象は、それぞれ異なります。そのひとの生きてきた時間、経験、思い……だれひとりとて、同じものをもっているわけではないのですから、とうぜんです。街をひとりで歩いていると、すれ違ったひとびとそれぞれに名前があって、歴史があるのだ、という事実に、どきどきしてしまいます。そうして、だれかと話すとき、だれかの文章を読むとき、新たな世界への扉が、いきおいよく開くのを感じます。
 私と同じものを見てほしい、とは、だれに対しても思いたくはありません。ほかのひとは、どのような世界を見ているのだろう、そこではまんさくは、どんなふうに咲いているのだろう、と思うほうが、ずっと楽しい気もちがするのです。たとえ、そこにまんさくが咲いていなくとも。……もしも、この文章を読んでくださった方のなかに、それぞれのまんさくの花が宿ったのなら、それは書き手のこのうえない幸せです。

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葛引すい子(Kuzuhiki Suiko) @KuzuhikiSuiko

90年1月生。秋田出身、札幌市在住。文系大学院に所属する学生。
写真は妹(右側)と庭で。94年、初春。

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ひらのにこ(Hirano Nico)

心の奥底に眠るものを、揺らぐ心を、少女を通じて淡く柔く描いている。
2014より都内を中心に合同展に参加。
アジア創造美術展2015(国立新美術館)にて審査員特別賞受賞。
http://www.nicohirano.com/