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はつ花かぞえ 葛引すい子

2015_7

第四回  七月 羊歯(しだ)

 
 光の薄いこの土地には、七月に入ってもなお、すっきりとした涼しさが満ちています。緑はさほど濃くならず……その薄荷(はっか) いろのやわらかさ。とりわけ淡い白樺の葉は、お空からそそぐ陽ざしを、なかば透かすように、なかばはね返すようにして、ガラスのようにチラチラときらめきます。こういうときに、地衣類の爽やかな匂いただよううす暗がりでは、シダの群生が目覚めていることでしょう。
 シダはとても原始的な植物です。胞子で殖えて、種や花を作らない。しぼりとれそうなほど高い湿度に育まれて繁茂する、熱帯でのすがたもおもしろいですが、冷涼な地域の、短い夏をあざやかに彩るすがたも、儚くも力強い、ふしぎな魅力をもっています。
 
 はるかなかつて、地球が濃い酸素でおおわれていたころ。恐竜が目覚めるよりももっと前。まだ花や種もつ植物がおらず(その黎明であったやもしれません)、ましてや人間などおらず、空では翼長七〇センチをこえる雄大なトンボが飛び交い、海の底ではウミユリが妖しく揺れて、細い腕を閉じたり開いたりしている。理系のおはなしには疎い私でも、今から三億年ほどむかし、石炭紀と呼ばれるこの時代には、なんとなく惹かれるものがあります。石炭紀こそ、シダの天下でありました。この時代、地球でいちばん最初の森が生まれました。それは、巨大なシダの仲間たちによって築かれたのです。数十メートルの高さにそびえるシダの「大樹」でうっそうとするそこは、むっとするような命の宝庫。そこかしこは胞子が噴きあがり、きらきらしたその粉は両生類のぬれた肌に貼りついて、生殖を終えたシダは虫たちによってバリバリと咀嚼される。そんなサイクルをくりかえしながら、シダの森は濃くぬるい酸素をいっぱいに吸って、大地の縦にも横にも広がって、その亡きがらを甘だるく水辺に沈める。
 今では地表や樹皮をひっそりと這うだけとなったシダの、裏かわに胞子をどっさりと抱えた葉をひっくり返しながら、往時の勢いを偲びます。こうした私の手遊(てすさ)びによくつき合わされたのは、妹が育てていたシダでした。
 
 実家には、ひと鉢のシダがあります。もともとは妹のものなのですが、彼女が実家を出たのちは、両親によってかわいがられています。この鉢は、ガラスでできた底の浅い水盤なのですが、そこでは旺盛な生命力にあふれた小宇宙が展開されています。
 妹はある日、もとから生けていた小型のヤシや、こまごました地衣類のすみっこに、ほかの鉢植えから拝借してきたシダをひと房、てきとうに混ぜました。やわらかな黄みどりいろをした、かわいらしいシダなのですが、その丈夫なことといったら……とりあえず、そのかけらを土か水の上に落としさえすれば、なにもしなくともかってに葉の一部を根に変じさせて、そこに落ち着いてしまうのです。このシダは、家人たちのたわむれで、あちこちの鉢植えに撒かれましたので、居間のどこにいても楽しげに揺れる黄みどりの繊手を見ることができました。名前は分からないのですが、トラノオシダに似ているような気がします。
 この水盤は、毎日の霧吹き以外は、基本的に放任されて育てられました。枯れる葉があっても、それは水に落ち腐れて土になり、またほかの植物を養うだろう、とのことで、そのままほうっておかれました。静かなものでしたが、壮絶な弱肉強食の世界がそこにはありました。このあいだ隆盛を極めていたものが、あれよあれよと言ううちに、ほかの植物に駆逐されている、と思いきや、やがてこれも消えていく……そんな文字通りの栄枯盛衰をながめているのは、ふしぎとおもしろいものでした。すっかり息の根を止められ、腐葉土に沈んだかと思われたものが、あるときとつぜん、若芽を吹くこともありました。そこで最終的な勝利を収めたのは、もとからの主であったヤシと、流れ者のシダでした(ヤシはすでに幹が木質になり、そのてっぺんは天井をかするほどまで育ちました)。はじめは水しかなかった鉢の底には、土が生まれ、いつの間にかちいさな微生物が、白っぽい半透明の体をつんつんと活発に動かしています。そのたくましさは、遠い石炭紀を思わせます。
 世界には何千、何万と同じようなテラリウムがあることでしょう。そのうちのいずれかに、なにか新種のいきもの……バクテリアあたりだったらもしかして……生まれているのではないだろうか、と夢想するのは、楽しいことです。シダの呼吸には、太古の息吹が満ちていて、それを吸ったひとに鮮やかな夢を見せでもするんでしょう。シダにはそんな、古い時代の魔力を感じます。
 
 シダの魔力。これをまた、スラヴのひとびとは感じていたようです。ここで取り出すのは、帝政ロシアの文豪ニコライ・ゴーゴリが、故郷ウクライナの民話を織り集めて記した『ディカーニカ近郷夜話』です(私が参照するのは、昭和九年に発行された平井肇訳『ゴーゴリ全集』の復刻版ですが、青空文庫でも同じものが公開されています)。八つのおはなしがふくまれているのですが、そのひとつ「イワン・クパーラの前夜」においてゴーゴリは、養蜂家(みつばちかひ) ルードゥイ・パニコーなる者の口を借りて、シダの魔力に魅入られたひとびと、そしてひとならぬ者たちよりなる、ぞっとするような伝承を語ります。
 「イワン・クパーラ」ということばは、あまり耳なじみのないものかと存じます。これは七夕のころ、スラヴ圏でもよおされる夏至祭のことです(ちょうど、この原稿を書いている七月七日が、今年のイワン・クパーラの日にあたります)。聖ヨハネの日と言いかえた方が、分かりよいかもしれません。キリストに洗礼をほどこした、キリスト教最大の聖人ヨハネIoannesは、スラヴではイワンと呼ばれます。洗礼者ヨハネの祝日は六月二四日ですが、正教圏では暦の違いから七月七日のあたりにずれるのです。しかし、夏至祭と冬至祭は、キリスト教以前の異教の風習でもあります。かつて、大学の授業でヨーロッパの暦について勉強したとき、あまたある聖人のなかで、その命日ではなく生誕日が祝日として採られたのは、洗礼者ヨハネとイエス・キリストのふたりだけ、つまり夏至と冬至だけなのだと聞きました。ですから、スラヴの夏至祭が最高潮を迎えるイワン・クパーラの前夜には、今まで息をひそめていた異教の伝統が、強い匂いをはなちます。精霊や悪魔が現れるとされ、花輪占いや焚き火占いなどの呪術がおこなわれます。そんな数あるイワン・クパーラのもよおしのなかでも、真夜中の森で、シダの花を探すという風習ほど、ふしぎなものはありません。シダに花は咲きません。シダの花は、すなわち「この世に存在しえぬもの」なのです。だからこそ、この花はイワン・クパーラの夜にだけ咲く。これを見つけた者は、超自然の力をえて、地下に眠る宝を見透かし、草木の声を聞き、その生涯は富貴と幸福によって彩られる……そう言い伝えられているのです。
 ゴーゴリは「イワン・クパーラの前夜」で、貧しいコサックの青年が、育ちの良い恋人との結婚のために、このシダの花をえようとするものがたりを書きました。青年をそそのかしたのは、ひとのかたちをした悪魔と、年老いた醜い妖女という、魔性のいきものでした。ですから、このお話は血塗られた悲劇で終わります。青年はたしかに、悪魔のみちびきで、火のように輝くシダの花を捕らえました。そしてその花は、地下に埋まる財宝のありかを彼に教えました。しかし、それを掘り出すためには、おさなごの生き血が必要だったのです。青年は悪魔と妖女の言うままに、恋人の弟の首をはねてしまいます。一夜にしてたいへんな財産もちとなった彼は、願いどおりに恋人と結ばれます……あの夜のできごとをすべて忘れて。しかし、村人はささやきます。青年の富には、あの悪魔のやつめが、絡んでいるに違いない――。
 この悪魔、とおり名をバサウリュークというのですが、なかなか魅力的なキャラクタです。彼が悪魔であることは、村人の全員が承知しています。ですが、バサウリュークは彼らといっしょになって酒場へ出入りし、村娘を口説いたりします。神出鬼没の存在で、気がついたらそばにいたり、煙のようにいなくなったりしている。村人がウォッカを注いだ酒杯を、手も使わずに動かしたり、肴である仔羊の丸焼きにとり憑いたりする。娘たちが、彼からの贈りものをうす気味悪がって池に捨ててしまっても、水の上を滑ってかならず戻ってきてしまう。そんなふうに、彼はつねに魔の性格を帯びていました。しかし村人たちは、バサウリュークのことを怖れつつも、たんなる「たちの悪い隣人」に接するように、彼とつきあいます。『ディカーニカ近郷夜話』には、ほかにも狡猾な妖女や、美しい水死女の群れ、たくさんの悪魔などの「ひとではない者たち」が、気軽に登場します。そのなかでも、とりわけ印象深いのが「イワン・クパーラの前夜」のバサウリュークなのです。バサウリュークは、財宝か、若者の魂を手に入れるために青年を利用しました。そのことに気づいた村人たちは、バサウリュークを残して村を去りますが、それまで彼らはながいこと共存していました。
 また「イワン・クパーラの前夜」は、ほかの七つのおはなしよりも秀でて、視覚的なうつくしさに満ちたものがたりです。背後に魔性のものどもが立てるざわめきを感じながら、青年がシダの花を摘み取るシーン、幼く聡明なこどもが、シーツを頭からかぶせられて首をはねられるシーン、すべてを思い出した青年が、一握の灰燼となって消え落ちるシーン。そして、バサウリュークのふるまいの数々。なにより、シダの花が開いていく情景は、鮮烈な映像となって脳裏に浮かびます。
 ゴーゴリの描く生き生きとしたひとびとの営みは、魔のいきものの領域と、ごくへいぜんと重なり合っていました。そこでは悪魔と人間とのかけひきがおこなわれ、死者は精霊となって群れをなす。そんな世界だから、シダも花を咲かせることができたのでしょう。そしてきっと、この世界はもう存在しないのです。『ディカーニカ近郷夜話』が書かれてから、もう二百年弱が過ぎています。そのあいだに、言い伝えは鮮やかさを失い、悪魔たちは想像の世界に追いやられたことでしょう。
 
 太古のシダの森も、上古のシダの花も、今はすがたを消してしまいました。それでも、シダのなかまたちは、いくぶんこぢんまりとしながらも、世界のあちこちで芽吹いています。春にはくるくると身をこごめていた蕨(わらび) が、夏を迎えて鳥の飾り尾のような葉を開かせるさまは、まるで長い眠りから覚めてでもいくようです。その吐息は、古い夢の残り香をおおいにふくんでおもしろい。

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葛引すい子(Kuzuhiki Suiko) @KuzuhikiSuiko

90年1月生。秋田出身、札幌市在住。文系大学院に所属する学生。
写真は妹(右側)と庭で。94年、初春。

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ひらのにこ(Hirano Nico)

心の奥底に眠るものを、揺らぐ心を、少女を通じて淡く柔く描いている。
2014より都内を中心に合同展に参加。
アジア創造美術展2015(国立新美術館)にて審査員特別賞受賞。
http://www.nicohirano.com/