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はつ花かぞえ 葛引すい子

hatuhana

第一回
四月 辛夷(こぶし)

 うっすりとした小蔭(こかげ)のうちに、すすけた雪のかたまりの、まんじりと氷室(ひむろ)然としているのを横目に見るころ。気を抜いていると、あえかな淡雪に、かそけく降りつのられるころ……それが、私にとっての四月であります。

 ものごころついてからずっと、北国に住んでいましたので、四月は春の本番というよりも、その口のように思います。あくびのような、なまなまとしたぬるい風があたりに流れ、時(とき)じくと思われた根雪は日に日にほどけていき、お空のはても地の底も、うるうるとしていくのが四月です。冬の乾いた冷たさは、もうどこにもないのです。
 水を吸ったもろもろが、目覚めようとして起こす蠢動(しゅんどう)が、なんとなく肌に伝わります。こちらも、春のあたたかさのなかでぼんやりとしていながら、耳のうしろやおなかの底、足のうらあたりがコトコトと鳴るのを聞き、自分の裡(うち)にも、呼び声に応えるものがあるのだなあ、と楽しくなります。
 そういうときに目に灯(とも)るのが、こぶしの白い蝋燭(ろうそく)です。こぶしはモクレン科の落葉樹で、似たようななかまに白木蓮(はくもくれん)や泰山木(たいさんぼく)がありますが、そのうちでもっとも小型の花をつけるのが、こぶしであります。また、白木蓮や泰山木が、大陸からやってきた外来種であるいっぽう、こぶしは日本の在来種なのです。だから、山野や原生林で見る白い燭(ともしび)は、いつだってこぶしの花なのでした。

 春まだき。目に入るのは、古びた残雪と裸木の群れ、そして氷の下で眠っていた先年の落ち葉ばかりで、すべてが褪せた茶いろをしています。まだ、なんの緑も芽吹かない。そんななかに、ほつっと灯るのが、こぶしの花なのです。
 その花は葉にさきんじます。高い枝のさきっぽで、やわらかな白いろのつぼみが、ほそ長い楕円のフォルムが、すっすっと空を指して伸びていく。そのさまが、まるで蝋燭のようなのです。こぶしの木が、色彩のないはつ春の野辺(のべ)に、やさしげな燈火をかかげて立つのを見ると、春が来たんだなあ、とつくづく思います。

 庭さきで見る白木蓮の花は、その大輪がみごとですばらしい。見たことはないけれど、それよりも大きいと聞く泰山木は、きっときれいなものだろう。けれども、水気(すいき)をふくんで雍容(ようよう)とする朧月(おぼろづき)のもと、山のほとりにひとり咲くこぶしの花の、その野趣とも言えるありようが、なんとも慕わしく、親(した)わしいのです。固有種なんだなあ、と思うと、まるで上古の乙女が、枝さきに腰かけてでもいるような。彼女には、どうもうまい姿を与えられずにおりますが、若々しいのに泰然とした、ふしぎな微笑を浮かべているのだろうと思います。

 さて、私がはじめてここにやってきたころ、通り道にこぶしが咲いているのを見つけ、とても嬉しくなったことを覚えております。大学の構内には、開拓の手がおよばないままの原生林が、まばらに残されているので、そのうちの一本だったのでしょうか。このエッセイを書くにあたって、こぶしについてあらためて調べてみたところ、北海道や、東北の日本海側に分布するものは、北(きた)こぶしとも呼ばれることを知りました。他のものとは、花の大きさなどに多少の違いがあるそうです。変種だそうで。ならば、私となじみのこぶしはみな、きっと北こぶしなんでしょう。
 そして、そのこぶしを見つけたのと同時に、一頭の蝶とも出会いました。成虫越冬をする、孔雀蝶(くじゃくちょう)の雌でした。身重のからだを抱えているためか、ひとの膝よりも低いところを、ゆっくり飛んでおりました。彼女はときおり、翅(はね)を広げたまま地べたに降りたって、呼吸を整えるようにふるふるとしていましたので、その姿をよく観察することができたのです。摺(す)り切れたレンガ色の翅、その前と後ろのあたりに、深い青色をした孔雀模様の目が二対、ならんでおりました。冬越えしたのか、大義だなあ、とながめているうちに、彼女はどこかへ飛んでいきました。どこか、つごうのよい場所を見つけて、ぶじに卵を産めたことを祈ります。そして小さい芋虫たちが、葉っぱをしゃくしゃくと食べはじめるころ、彼女たちはすっかり細かくなって、土のあちこちにまぎれているんでしょう。

 四月も終わりになると、こぶしの花も散って、あたりは新緑のよそおいにくるまれます。日ざしもずいぶんと煌々(きらきら)しくなって、初春のいきものはしだいに消えています。かたくりは土にもぐり、ふきのとうは蕗(ふき)になり、つくしはすぎなに代わり……夏のもののように、ばっと生まれてどっと消えるようなことはなく、彼らはいつの間にか現れて、気づかぬうちに去っていく。そのとらえどころのない儚さは、雪どけの水に似ています。こぶしの肉厚の葩(はなびら)が、地に落ちてまだらの茶いろに染まっていきます。溶けるように崩れるその上に、蟻がうろうろとしている。おしなべて流れつながるものに溢(あふ)れて、春も盛りを迎えます。

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葛引すい子(Kuzuhiki Suiko) @KuzuhikiSuiko

90年1月生。秋田出身、札幌市在住。文系大学院に所属する学生。
写真は妹(右側)と庭で。94年、初春。

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ひらのにこ(Hirano Nico)

心の奥底に眠るものを、揺らぐ心を、少女を通じて淡く柔く描いている。
2014より都内を中心に合同展に参加。
アジア創造美術展2015(国立新美術館)にて審査員特別賞受賞。
http://www.nicohirano.com/