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伽鹿舎・青木のよしなごつ 「銘菓 望月」

青木のよしなごつ 歴史とともに味わえる 熊本の名店 銘菓① 「望月(水前寺成趣園 みはらし)」
今回からシリーズで歴史とともに味わえる熊本の名店・銘菓を紹介します。
 熊本県は奈良時代に朝廷から肥後国と名付けられ、「大国」に位置付けられました。
 東アジア世界への外交窓口であった鴻臚館や「遠の朝廷」と称されて朝廷の九州出先機関であった大宰府が置かれた筑前国の「上国」に比べ、第一次産業の生産力が九州一であったことがわかります。
16世紀になると九州征伐にやってきた豊臣秀吉が「畿内同前」と評し、佐々成政に続き加藤清正・小西行長といった豊臣大名を配置し、菊池川河口や薩摩国との国境の重要港湾であった高瀬(熊本県玉名市高瀬) や水俣(熊本県水俣市) の要地に豊臣蔵入地(豊臣家直轄領) を設定するなど、九州一の生産力は天下人にも注目されていました。

 17世紀になると幕府が「譜代同前」の細川家を配置し、公称54万石、実高74万石とも99万石とも言われた生産力のある熊本藩を豊前小倉藩、日田郡代と共に九州統治の要としました。現在も熊本県は九州有数の農業県としての地位を保っています。
 この豊かな生産力を背景に熊本県では旧石器時代以来の連綿たる15,000年の歴史があり、特に江戸時代以来の「大国」「大藩」の名残を今に伝える名店・銘菓が県内各地にあります。このように複数種類にわたり歴史の物語性を持って、歴史に浸りながら同時に味を味わえる豊かな土地は日本全国でも京都を除いて熊本しかないでしょう。
 これは熊本が近世を通じて室町幕府の故実礼法を引き継いだ細川藤孝を祖とする細川氏が統治し、農業の生産力の豊かさに加え、経済力を背景に町民・農民に至るまで文化的に高かったことが理由に挙げられると思います。そして近代以降も経済力を維持し人口流動が少なかった地勢的な要因も挙げられると思います。

みはらし
 巻頭にあたり熊本第一の銘菓と陰士の評価が高い望月を紹介します。
 望月は旧熊本藩主細川家別邸の水前寺成趣園の園内茶店の「みはらし」で販売されています。みはらしは水前寺成趣園正門を入って、すぐ左手にある郷土土産や郷土料理も扱う旧熊本藩士家の子孫が商う茶店です。
 明治10年(1877) の西南戦争に巻き込まれて酔月亭をはじめ建物が焼失し、築山も荒れ果てた水前寺成趣園に細川氏歴代藩主の霊を祀るため、細川護久(1839年-1893年熊本藩主第12代)と旧熊本藩士の手によって明治1110月7日に建立された出水神社創建の時から続く老舗で、江戸時代から続く伝統工芸品である肥後象眼や小岱焼といった熊本固有の土産物や団子汁などの熊本の郷土料理を提供しています。
 望月はみはらしで抹茶セットと単品で販売されている銘菓で、熊本藩御用窯の歴史を持つ小岱焼の皿に載せて供されています。製造歴は約70年の歴史を持ち、大正生まれの父親から製法を伝授された姉妹2人で手作りしており、生産数が限られています。
 さらに保存料等が一切含まれていないので夏季5日間、冬季10日間と保存期間が短い。その上販売されているのは、みはらしと鶴屋百貨店本館地下1階百菓花繚乱(熊本市中央区手取本町6番1号 TEL 096-327-3534(和菓子売場)) しかないので、入手経路も限られています。これらの理由から歴史と価値がある銘菓にもかかわらず、価値に比して知名度が広がっていません。
流鏑馬

 望月は、軽やかに卵白で仕上げた純白の淡雪の皮に、手練の滑らかで鮮やかな黄色の黄身餡がたっぷり包まれた饅頭状の菓子です。黒文字を入れた断面は純白と山吹色のコントラストが美しい。口に入れては柔らかな淡雪がほろほろと霞のように消えて、爽やかな甘みが広がり、余韻を残しながら消えていく。美的にも茶人好みの熊本第一の銘菓と評して過言ではないと思います。材料は卵、寒天、砂糖、白手亡豆、くちなしの実で、父親から伝授された製法を守り続けています。

 しかし、望月は生産数も入手方法も保存期間も限られている希少に加え、製造者が高齢になったため絶滅危惧の銘菓でもあります。㈱香梅が材料に共通がある「十六夜」を生産していますが、機械生産であるので、口の中のほどけ具合や舌触りを含めた味わいは望月と全く異なる商品になっています。
 望月と同じ製法の菓子は、豊後岡藩中川家の御用菓子処の但馬屋老舗(大分県竹田市竹田町40番 TEL 0974-63-1811) の「夜越の月」(現在は「荒城の月」に菓子名を改名) があります。「夜越の月」は文化元年(1804) 創業の但馬屋老舗で作られた岡藩の御留菓子で、藩主中川氏への献上菓子です。一般に販売され始めたのは廃藩置県の明治4年(1871) 以後とされています。菓子名の「夜越の月」は明け方の白い月を模ったことに因んで命名されたとされ、昭和初期に竹田出身の滝廉太郎の名曲「荒城の月」を菓子名にもらって改名されています。材料は卵、寒天、砂糖、白手亡豆で望月とほぼ変わりません。
宮司さん

 この菓子名「夜越の月」は「百菓之図」(松浦歴史資料博物館所蔵)にも掲載されています。「百菓之図」は肥前平戸藩主松浦熈(1791年-1867年平戸藩主第10代)が、天保12年(1841)から6年の歳月をかけて平戸城下の御用菓子処の蔦屋(長崎県平戸市木引田町431番 TEL 0950-23-8000)と堺屋に命じ、百種類の菓子の菓子名と製法を記し、極彩色で姿を描いた書物です。平戸松浦氏は武家茶道の石州流鎮信派(鎮信流) を興した松浦鎮信(1622-1703平戸藩主第4代) や近代茶人である松浦 詮(1840-1908平戸藩主第12代)を輩出しており、茶菓に関心が高い家です。この「百菓之図」に但馬屋老舗の「夜越の月」とまったく同じ製法で同名の「夜越の月」が掲載されており、同一の大名茶菓子の可能性が高いと考えられます。

 このように望月は19世紀の大名茶菓子「夜越の月」の製法の系流に位置付けられると考えられ、何らかの機会に製造者の父親が知り、黄身餡にくちなしの実を加えることで、より鮮やかな山吹色の創意工夫された菓子に発展し、製造者に伝授されたと考えられます。
 この大名茶菓子の系譜の望月を寛永13年(1636) 頃から細川忠利(1586-1641熊本藩主初代) が創設し、綱利(1643-1714熊本藩主第3代) が整備した水前寺御茶屋(国府御茶屋) の水前寺成趣園で、大名庭園を眺めながら、旧熊本藩士家の茶店で口にする瞬間に時間と身体が一体となった、歴史そのものを味わうことができます。

望月

【商品名】
「銘菓望月」1個170円
(3個入610円、6個入1160円、10個入1800円)
※金額は税込み、個数は相談可
【住所】熊本県熊本市中央区水前寺公園6-1みはらし
【電話番号(問い合わせ)】096-381-2913

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青木勝士(Aoki Katsushi)

熊本県立図書館学芸員/伽鹿舎

usagi

瀧沢諒(Takizawa Ryo)

文字書き、たまにらくがきとか写真とか。K405のひと。