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希望の古本屋 岩尾晋作

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 外から見上げると60年前の針金入りのソーダガラスを通って店内の電球の光がひとつずつ、ハート形に屈折してこちらに届く。電球は100個以上あるから拡散するかわいらしい光は実に無数のイメージの連続である。
 私はカモシカのこの光景がたまらなく好きだ。
 明るくて、とっつきやすくて、キッチュですらある。
 この万華鏡の中の様子をいくらか書いてみようと思うしだいである。
 
 さて最低限の自己紹介は必要だろう。
 カモシカ書店は大分市に去年立ち上げられたおもに古書を扱うお店である。
 古書連に加入した伝統的な日本の古本屋の遺伝子を引き継ぎつつ新刊の提案も行う、混血の本屋で、さらに言うとカフェとしても営業している。
 私はそんなカモシカ書店の店主である。
 
 本稿は編集長の加地さんにからお預かりした課題、
「現在の文芸や小説についてのスタンスや、それでも古本屋をやること、地方でやるという意義や意味、そのうえでなお、文芸に期待するとしたら何か、のような総論的なもの」
に拙くも答えてみようという試みである。
 
 全てに関して結論から先に言うと、いいものをいい、といい続ける人生を歩むべきである、ということになる。
 ある日、文学が私を捕らえた。それから私はそれに従った美を求めて生きた。
 その延長を、長距離の延長線上を歩むべきだと私は思う。
 ただ、これだけである。
 
 もしまだ読んでくれるなら、ひとつずついこう。
 まず第一に「現在の文芸や小説についてのスタンス」に関して。
 私はジュンク堂書店新宿店で書店員をしていて、そこで書店員といえどもそれほど本を読まない人もいるのだということを初めて知った。
 私は本の仕事がしたくて本屋で働こうと思ったから、内心信じたくなかったのだが、そんなことは他人にとってはどうでもいいことで、数ある職業の中からなんとなく、少なくとも消去法的に、消極的に、本屋で働くという人がいてもぜんぜん問題でないし、本や出版流通のことを知る以外に、本屋で働きたいという動機があってもそれぞれ各人の自由なのは確かである。
 しかしやはり、私個人としては、本と出版流通に興味のない書店員は寂しく失望させられるものだ。
 そのことを踏まえて言うのだが、「現在の文芸や小説について」、私はほとんど興味がないというのが正直な気持ちだ。
 文芸や小説を愛することと、現在の文芸や小説を愛すること、は必ずしも同じ態度を意味しない。
 挫折したのだが私自身、小説家を目指して創作を人生の最優先に置いたことがある。
 世に溢れ返った頓挫の類型のひとつなのは恥じるしかないが、目標に達しなかったことは今回どうでもよい。
 とにかく小説家になろうとする過程は、私に、完成や評価以外の幸福を与えはしなかったし、そんな自身の体験から憶測する他の小説家の人生もほとんど幸せとは思えない、ということに考えいたらせた。
 私は「魂」を「人生」に売ることに成功し、そのことを浅薄な人生といえどもそれなりの悪戦苦闘の末、掴み取った私だけの智恵だと誇って憚らない。
 
 ここから第二の「それでも古本屋をやるということ」に繋がることになる。
 「魂」を「人生」に売る対価として私は文芸、特に詩への愛を永遠にした、と言える。少なくともそう主張したい。
 少し、逆説的に聞こえるだろうか?
 まずもって己の魂などなんら大したものではないのである。それが自意識の表現の拠り所になる限りは。
 言い換えると孤独な魂に意味はない。もし魂が孤独なら、使い方を間違ってしまっている。
 魂は魂と交えることで初めて、まばゆいほどの存在意義がたち現れてくるのだ。
 人生は魂のマーケットである。そこに私の凡庸な魂を投げ込んだ。その中で私にできそうなことを探した。
 すると古本屋という案が浮かび上がってきたわけである。
 私にできそうなこと、それは詩や文学への共感や救われた経験という個人的な領域で終わらずに、そのことに価値があるのだと詩や文学に対して基底的な支持を表明し、大変に価値があるものとして、市場のなかで、顧客に向けて提案すること。
 それが私にとって古本屋であった。さらに言うと、継続して習得していきたい知識と技術が本に関わるものであれば私にも人並みに努力することができるし、市場原理のなかでも戦っていけるだろうと期待しているのである。
 現代資本主義のマーケットの中において自分の力量で継続可能な価値提案を行うことで、原理的には自分の存在意義を半永久化できる。(職業的) 生命かマーケットが死ぬまでは基本的には仕事ができる。そこに巧妙にせよ稚拙にせよ、詩を織り込んでいくこと。ここが肝心で、これが真に私が「魂を人生に売った」ことで私なりに納得できた交換となっている所以である。
 
 そして話は第三の「地方でやることの意義や意味」となっていく。
 さて、反対に地方でないところでやることの意義はなんだろう?
 そもそも、地方でないところ? とは一体どこのことだろう。
 とぼけた言い方かもしれないが、この答えが私にはわからない。
 大分市は地方都市だが、地方都市であるという理由で数ある選択肢から大分市を選び取ったわけではない。
 地方だろうが地方でなかろうが、まず生まれた町に古本屋がなければ、そこに古本屋を存在させる可能性について、本好きなら一度は考えたことがあるのではないだろうか。
 生まれが地方でない場合には既に多くの歴史ある古書店、新しい感性の素晴らしい古本屋がある。
 地方都市にはまだまだ青い海が広がっているのではないだろうか。それだけのことだ。

「地方で古本屋をやる」、ということについては以上である。
 ただし「地方の古本屋でやれること」というとこれがもう、一気に話量が跳ね上がるのである。
 これはその土地への愛によるところが大きい。
 その土地を愛せば愛すほど、古本屋の意義は恐ろしいほどに燃え上がるはずだ。
 私の愛は絶大なので、(実際はどうかわからない。わからなくていい、ただそう覚悟していれば十分である)
 話すことは膨大にある。
 ここには書ききれないし、文芸とはほとんど関係のない話になるのでここに簡単に書くこともやめておこう。
 この場を借りて、ほとんど盗み取って、ひとこと言えば、大分にぜひ遊びにきてほしい。
 そう、これは突き進めると観光の話になるのである。
 
 ついに話は第四の「そのうえでなお、文芸に期待するとしたら何か」に届きそうだ。
 これは実に簡単な話だ。
 私や私の周りの人たち、カモシカやカモシカのある町から文芸が生まれることである。
 それ以外何も期待することはない。古本屋は過去の名作で商品は十分に充実するからである。
 この町から生まれる文芸は地方のエキゾシズムを取り込んだAO入試のような特別枠で世の中に出るのではだめだ。
 こないだの芥川賞でもだめだ。(こないだの芥川賞の文学的価値については一切言及しない。ただ、かの作品がこの町の文学ということにはならないことだけ主張しておこう。)
 南仏からミストラルが生まれたように、チョーサーが当時マイナーな言語であった英語でカンタベリ物語を書いたように、これが世界だ、世界とはここだ、私たちが世界である、と言わんばかりに、私たちの体温と、カモシカから洩れる微かな光、この土地の土埃、それらが言語によって再構築されるのを、待っている。
 ただ待っている。待つだけでいい。
 永遠に待つように私はただ商いに徹しよう、教え諭すことも啓蒙することもできはしない、なんて語るに落ちるというものだ。
 私は商いだけがしたいのである。そして毎日まいにち、その日が来るまで、そっと手渡したいものをこっそりとカモシカの随所にちりばめておくだろう。意味があろうとなかろうと、それが私の全てで、魂を売ったものとしてできうる最高の自慢である。
 
 以上全てに答えた。
 総論的とは言いがたいかもしれないがもう一度結論を言おう。
 いいものをいい、といい続ける人生を歩むべきである。
 ある日、文学が私を捕らえた。それから私はそれに従った美を求めて生きた。
 その延長を、長距離の延長線上を歩むべきだと私は思う。
 ただ、これだけである。
 
 ある種の強さと弱さが必要かもしれない?
 自問する。この自問はつらい。
 だから質問をより本質的にしようと試みる。
 私は私の子どもにどのように生きるべきかと言うだろうか。
 わからない。でもやはりいいものをいい、と言い続ける人生がいいと思う。
 強くなれ、とは思わない。開き直ってほしくないからだ。
 弱くてもいい、とは思わない。人生に魂を売って己だけの幸福観を捉えてほしいから。
 でもそんなことはどうでもいい。
 ただやさしいひとであってほしいと強く願う。
 合理性を優先して人の悲しみに無関心であったり、競争の勝ち方ばかり心得て人を蹴落としたりする人間にだけはなってほしくない。
 たくさん怒り、震え、泣いてほしい。
 私が言いたいのはそれだけである。

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岩尾晋作(Iwao Shinsaku)

カモシカ書店店主
1982年生 大分県大分市出身