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空色の地図
~ロンドン編~10
自転車
久路

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 ロンドンの空気は心地よい。東京とくらべ湿度が低いからかもしれないし、高い建物が少ないからかもしれない。ロンドンと言えば鈍色の空を思い浮かべる人も多いだろうが、初夏から初秋にかけてはからりと晴れる日も多く、青い空と赤いダブルデッカーのコントラストがひときわ美しく映える。
 自転車のペダルをこぎながら、私はロンドンの風を全身に受けていた。
 テムズ川のほとり、サウスバンクにあるレンタルサイクルショップでは、三時間ほどかけて市内の主要な場所を巡るツアーを行っている。今日の参加者は総勢十余名。私もその一員となって、自転車をこいでいた。
 欧米人にあわせているため、日本でも背の低い私は自転車にまたがると少し不安定だった。だが一度こぎ出せば日頃乗り慣れた自転車のこと、問題なくついて行ける。オーストラリアや香港、アメリカなど、世界中から訪れた人にまじってペダルをこぐ。石畳のしきつめられた川辺の舗道は、午前中のためかそう人は多くなかった。木立がつくる影を通り抜け、ヨーロッパ最大級の観覧車、ロンドンアイの足下へ。
 ちょうどテムズ川の向かいに国会議事堂とビッグベンが見える場所だ。エレンのガイドを聴きながら、単語や年代を懸命に追う。幸いゆっくり話してくれるので、英語の得意でない私でもなんとなく理解できた。オーケイ?と確認されて思わず「オーケイ」と返すと、にっこり笑ったエレンは自転車にまたがった。
 一般道に出た私達はゆっくりと自転車をこぐ。ロンドンでは、自転車は原則車道を走るので、左側通行だ。橋を渡りバッキンガム宮殿で再び説明を聞き、一列になった私たちはハイドパークへと向かった。
 どうにも自転車の調子が悪い、と感じたのはこの時だった。ペダルを踏んでも空回りしてしまう。おかしいなと思いながらも懸命にこいでいると、ガシャンという音と共にチェーンが外れてしまった。
 困り果て自転車を降りた私の横を、ツアーメンバーが走り去っていく。だがその中の一人がすぐに戻ってきてくれた。母親とロンドン旅行にきたというアメリカ人の青年だ。
「どうしたの?ああ、チェーンが外れたんだね。見せてごらん」
 手を真っ黒に汚しながら直してくれた彼に、サンキューとしか返せない自分がもどかしい。せめてもとハンカチを差し出すが、これくらい平気さと笑った彼は、受け取ってはくれなかった。
 少し先で待っていたエレン達と合流し、再びツアーがはじまる。自転車からの景色は、ちょっぴりのハプニングと青年の優しさに彩られていっそう鮮やかに見える。やわらかな追い風が吹き、ペダルも軽く私はロンドンの街を駆け抜けた。

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久路 (curo)大阪生まれ兵庫育ち。

美味しい食べ物に出会うと生きてて良かったとしみじみするこの頃。