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【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第15回

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昨日、そして明日[QUINOAZ]
 
 
 

 伽鹿舎QUINOAZは、伽鹿舎が最初に作った小説のためのレーベルだ。
 昨日から明日へ、を掲げたこのレーベルは、今では平凡社ライブラリーにしか残っていなかったライブラリー版という版型を採用している。文庫より少しだけ大きい。
 現時点ではフランス文学ばかり刊行しているので(と言ってもまだ3冊なのだけど) 仏文専門と思われることが多いのだが、これはたまたまそうなっているだけで、8月刊行と言いつつずれにずれて10月上旬に完成することになった『戦争の法』(佐藤亜紀著) を含め、今後の刊行予定には特に何も制限は掛かっていない。
 
 ここまでで「こ、今後の刊行予定!?」と椅子から立ち上がった人は落ち着いてほしい。予定は未定であって決定ではないのである。
 ただ、目論見としては佐藤亜紀さんの著作を順次刊行予定だし(版権が切れている著作を順次復刊するし、まだ文庫になっていなかったものもそれは同様だ)、クローデル「リンさんの小さな子」(高橋啓訳) も復刊予定だし、絲山秋子さんの未文庫化作品だとか、本邦初紹介になるジュリア・デックの小説(二人称によるサスペンスでこれが面白いんですよ) だとか、脚本家で作家の松下隆一さん(「二人ノ世界」(河出書房新社)おすすめです) の書き下ろし小説だとか、勿論(?) パスカル・キニャール「愛された小さな庭で(仮題)」(高橋啓訳) だって予定には入っている。
 
 このレーベルを作るきっかけになったのは、繰り返しになるが坂口恭平さんが「この絵を使って本を作れよ」と言ってくださったレーモン・ルーセルの「アフリカの印象」で、そう、ただしこれは新訳を目論んだのですぐさま刊行など出来るわけがなかったのだった。
 ちなみに「抄訳アフリカの印象」は全国解禁されるや大変好評をいただいていて、古典かつ難解の代表作のように思われているルーセルを、こうして皆さんに面白がって読んでいただけた、というだけで企画の意図は十全に昇華された。とても嬉しい。
 さて。
 では「抄訳アフリカの印象」が刊行されるまで何をしよう、というのが問題に、なるはずだった。はずだったのだ。「片隅」の刊行は決めた。何しろとにかく本というものを出してみないことには勝手がわからぬ。逆に言えば、それしか決まっていなかった。
 ところが、である。
 そこに飛び込んできたのが「幸福はどこにある」の話だったのだ。
 
 翻訳家の高橋啓さんとは、パスカル・キニャールのシンポジウムで初めてお目に掛かった。
 当舎でも書いてくださっている磯崎愛さんが「キニャールが来日するんです!」と興奮して連絡をくださり、一も二もなく参加を決めたそのシンポジウムで、休憩時間にご挨拶させていただいたのが最初だ。
 ちなみにこのシンポジウムでは岡和田晃さんにも、佐藤亜紀さんにも面識が叶って、キニャール氏には三度も握手までしていただいて、まさに夢のような時間を過ごした。
 実はそれきりだったものを、不躾にも「今度出版社をやろうとしています」と連絡してみた、といういきさつはこの連載でも書いたことがあるのだが。
 高橋さんは当初「意味が分からない」と首をひねりまくった。ひねりまくった結果、何を言っているのかさっぱりわからないし、年寄りはこういうメールでより対面で話したいんですよと言ってくださって、東京でお目に掛かることになった。
 で、いったい何をしようとしているのか、と問われて、九州を本の島にしたいのだ、と語るという、ほとんどもはやどうかしている会見を経て、「そう。僕はもう新しい編集者と付き合う気力の持ち合わせがないからあれだけど、いつか何かでご一緒出来ればいいですね。まあ頑張って」と別れた、のだったのに、その直後、高橋さんは丁寧なメールを送ってきてくださったのだった。
「現在公開中の『しあわせはどこにある』という映画、あの原作はNHK出版から出ていた僕の訳です。現在絶版なのだけれど、NHK出版では復刊できないらしい。担当だったIさんが、どこか復刊したいという志のある出版社はないものだろうかと嘆いている。伽鹿舎の話を聞いたばかりでこれだ。どうですか、興味はありますか?」
 興味があるどころではなかった。
 しあわせはどこにある、という映画は、フランス語原作の本をそっくりイギリスに舞台を移してサイモン・ペッグ主演で撮られた作品だ。サイモン・ペッグのファンだったし、良作なのは明白だったので、観る気満々でいるところだった。ただ、いかんせん九州は熊本にいる時点で、上映は秋までお預けを食らっていたわけだが。
 ありますあります出せるなら是非やりたいですと阿呆丸出しのメールを大急ぎで送り返し、高橋さんは「ではやってみてください」とNHK出版から出た単行本を送ってきてくださった。NHK出版のIさんをご紹介もくださった。
 大変だ!
 すでに上映は始まっている。季節は間もなく夏である。秋に片隅を出すと決めていた。だが、せっかくの映画原作なのである。作品の為にもファンの為にもなんとか映画の余韻が消えないうちに出してあげたい。
 ともかくまずは版権をとらないと始まらない。
 著作権取得のエージェントであるフランス著作権事務所をNHKのIさんにご紹介いただいて連絡をとった。所長さんは恐ろしい速さで段取りをつけてくださった。最初にコンタクトしてから数日、もう伽鹿舎はこの本の版権を取得できると約束されていた。
 著者はとても喜んでくださったと伝言があった。なんだかこっちまで嬉しくなってしまう。嬉しくなりついでに、どうせならと「可能なら一文寄せていただけないか」と調子に乗ってみた。なんと快諾された。この前書きには原稿料なんていらないよ! とも言ってくださった。
 素晴らしいスピードである。順調にもほどがある。だが同時にそれでも恐ろしく時間がなかった。とりあえず映画の配給会社に連絡した。原作を復刊させようと思う、ついては協力いただけないかとまたもや不躾にもほどがあるこのメールを、なんと単に配給会社をWEBで検索して出て来た担当さんかどうかもわからない方に送りつけたわけである。
 目論見があった。
 映画は評判がよかった。まず間違いなくソフト化される。映画の上映に間に合わないとしても、ソフトの販売には間に合うのではないか?
 配給会社さんは喜んでくださった。映画に合わせてなんとか原作を復刊して欲しいとNHK出版に嘆願したのに叶わなかったのだと、復刊されるならなんでも協力は惜しまないと言ってくださった。
 そうして。
 ソフト化の話が既にあることを教えてくださったのみならず、その担当者との渡りをつけてくださったのだ。
 こうなったら何でも言ってみよう、と考えて、劇中に出てくる主人公が描くらくがきも出来たら本に使いたいとねだってみた。配給会社さんは製作会社さんに連絡をとってくださった。許可はあっさり出た。ブラボー!
 ソフト化はKADOKAWAさんだった。担当さんは「いいですね! タイアップしましょう」と言ってくださった。奇跡である。初めて刊行するレーベルの一冊目がメディアミックス。出来過ぎだ。
 こうして、ソフトの発売日がクリスマスだと告げられた我々は、刊行日を1223日と定めることになった。
 ソフトには書籍「幸福はどこにある」の告知ペーパーを封入してくださることになった。書籍にはもちろん「しあわせはどこにある」の発売告知が入る。帯にサイモン・ペッグの写真を使わせていただく許可も出た。
 大急ぎで画家の田中千智さんにも連絡をした。今度こそ(!) そもそもお声掛けしたきっかけの絵だ。NHK出版版の本をお渡しして楽しみにしていますとお願いした。御存知の通り、もちろん千智さんは素晴らしい絵を仕上げてくださった。
 QUINOAZのカバー原型デザインは、伽鹿舎のロゴと同じくテツシンデザイン事務所さんによるものだ。当初の提案では更に小さな枠だった絵の部分を、どうしても絵を大きくしたくて広げた。正方形を変えなかったから絵が切れる。あまりにもったいなくて、そのまま口絵に収録しよう、と考えた。
 今度は印刷を担当してくださる藤原印刷さんに連絡である。片隅の装丁でも随分と無茶苦茶を言ったが、QUINOAZは輪を掛けて無茶苦茶になった。そもそもカバーを折りたいという時点で「は?」と言われた。当たり前だ。
 いまどきの印刷機は優秀だから、普通のカバーなら本にカバーを掛けることまで全自動である。だが、一部を折り返してあるとなるとそれが難しい。
 折り返しを手でするのか巻くのを手でするのかに始まり、随分と藤原印刷さんにはご苦労をお掛けしたのに、若干透け感のある安くて雰囲気のある紙はありませんかだの、一色刷りは特色で頼むだの、端から端まで言いたい放題に要求した。勿論のこと藤原印刷さんはすべて叶えてくださった。結果的にカバーは全部手巻きである。
 そのうえさらに、口絵を入れたいとか言い出し、口絵の紙はおススメを頼む、とかなんとかブン投げるに至って、おそらく藤原印刷さんは相当にイライラしたに違いないのだが、なにしろともかく彼らはプロフェッショナルなのだった。
 何もかもノンストップである。同時並行で「片隅」の編集をやっていた。
 NHK出版からの刊行当時の本文データもいただけた。
 あとは組むだけだ。
 だったのだが。
 この経緯は勿論のこと、高橋さんには逐一報告していた。著者から一文いただけるのだが、当然フランス語なので、申し訳ないが訳して欲しいとお願いするに至って高橋さんは唖然とした。唖然としつつ、快諾くださった。死に物狂いなのが伝わったのかもしれない。高橋さんは当初「NHKで随分しっかりみてくれた作品だから、大丈夫、著者校はいらない」と言っておられたのに、「やはり校正をしましょう」と言ってくださった。
 ちょうど、フランスから話題作「エディに別れを告げて」の著者エドゥアール・ルイ氏が来日することになっていた。翻訳を手がけたのは高橋さんだ。北海道は帯広在住の高橋さんは、エドゥアールのイベントの為に「東京に出るから、打ち合わせとゲラの受け渡しを」、と言ってくださった。
 飛んで行った。「エディに別れを告げて」はすさまじい本だ。壮絶な著者の体験を下敷きにした、現代フランスの暗部を抉り出すような、同時にそれは「村社会」の持つ危うさやマイノリティの息苦しさを伝えるに余りある傑作で、当然のことながら日本でもそのまま通用する、どころか問題を浮き彫りにして突き付けてくる問題作でもあった。その著者には、当然お目に掛かりたかった。もちろんフランス語なんてボンジュールとメルシー以外からっきしである。それでも、本人に会える、という機会など逃すものではない。
 片隅と同時並行であったのも手伝って、高橋さんとの待ち合わせの1分前までまだ校正をやっていた。木間と手分けして見ていたものを、お互いにチェックし合い、ゲラに書き込むことにしていたのだが、想像以上に時間がなかった。やむなく、一人がすでに赤字で書き込みをしていたものに、もうひとりの赤字を書き足すことにして時間の短縮を図った。
 やってきた高橋さんは目を細めてゲラを眺め、「随分みたんだね」と笑った。
 後日「ゲラはね、赤は著者がいれるんですよ、鉛筆にしなさいね」とご指摘をいただいた。まったくである。幾ら時間がなかったとはいえ本当に申し訳ない。
 戻ってきたゲラは、大半が「OK」だった。やや文意がとりにくい箇所や、時代を経て使われなくなった言葉などにささやかな提案と共に書き込んでおいたものには検討理由と共に新しい訳文が添えられていた。素晴らしかった。
 これらの作業は楽しかった。何も苦にならない。レイアウトを考え、足らないイラストを描き足し、時と場合によっては徹夜作業に陥りつつも、本は完成に向かった。
 
 この年、伽鹿舎は2冊の本を出したわけだ。片隅、そしてQUINOAZ一冊目。
 どちらも当然のようにちゃんと店頭に並んだ。並んだが、それだけで売れるわけは、もちろんなかった。ブックスキューブリックの大井さんに、どうしても読んで欲しくて「幸福はどこにある」一冊を進呈した。大井さんは「これ、僕の好きな小説だ」と言ってくださった。あちこちでお勧めくださった。福岡では、少しずつ、売れ始めた。
 せっかくなら、とよくばりに更に考えた。
 もう上映の終わってしまった「しあわせはどこにある」を、なんとか再上映できないか?
 
 この本が更に重版まで辿り着く紆余曲折の、これが始まりなのだった。(つづく)

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加地 葉(kaji yo)1976.9.24 島根県生まれ熊本市育ち現在も在住

本業は事務屋。伽鹿舎では編集・デザイン補助・DTP全般ならびに運営と意思決定、対外交渉。
運動全般観戦専門。野球が好き。上司には大体「やれば出来るのにやらないヤツ」と思われている。