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【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第13回

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アフリカと九州
 
 
 

 当舎きっての『奇書』である『抄訳アフリカの印象』が、「初版相当部数の完売による全国解禁!」を迎えた。
 実にめでたい。ので、今回はそれに関連する話を書いてみようと思う。もはや時系列など時空の彼方にすっ飛んでいるが気にしてはいけない。
 まだこの本を作り上げる話に至っていない悠長な連載のせいで話がややこしいのだが、そもそも当初、紙の本など作れるようになるのは数年後だ、と思っていた伽鹿舎が、いきなり出版という沼にダイブしたのはこの本のせいだった。せいだったというより、おかげだった。
 そろそろ読んでいる人も忘れかけている気がしなくもないが、伽鹿を立ち上げる話をした相手が坂口恭平さんだったお蔭で、恭平さんによる『アフリカの印象』のドローイングを使って本を出せばいい、という話に発展し、じゃあ、というのでまずはそもそも本という物を作ってみようではないかと作ってみたのが『片隅01』だったわけで、その後の紆余曲折を経て、QUINOAZの一冊目である『幸福はどこにある』と片隅の2冊目に続く、通算4冊目の本として、『抄訳アフリカの印象』は世に送り出されたのだった。
 
 この本は面白がられるだろう、と実は思っていた。
 絵をメインにしてその場面のみの翻訳文を添え、しかもそれは新訳で、おまけに原文まで併記されている、なんて本はどう考えてもその辺にぽいぽい存在しているとは思えなかったし、絵は坂口恭平さんなわけだし、おまけに解説はいとうせいこうさんなのだった。話題にも事欠かないだろ、とも思っていた。
 とはいえ、もとが難解で知られるルーセルである。
 通常のQUINOAZなら売れて増刷、で幾らでも対応できるが、この本についてはページ数も多く、気安く増刷するわけにはいかない。初版と同じ部数の二刷、三刷、というのは、間違いなく在庫に苦しむことになるのが目に見えている。
 それで、通常の倍より控え目、くらいの冊数を一度に刷る事にした。当たり前だが、版を作るなどの経費は冊数にかかわらず一定だから、一度にたくさん刷った方が一冊当たりは安くなる。どうしても千円で売りたかったこともあって、この方法に踏み切った。
 今回が「重版出来による全国解禁!」ではなく「初版相当部数の完売による全国解禁!」なのはそれが理由なのだった。
 実際に、この本が発売されると、やはり面白がられた。
 名だたる仏文学者のみなさんに勿体無いお褒めの言葉と、同時にちょっぴりの呆れとをいただいて、要は映画「バトルシップ」でナガタ一佐が漏らすところの「あいつアホだな!?」という愛ある応援をいただいたわけである。
 が。
 いかんせん、伽鹿舎は営業をしない。しないというか出来ないのだが、はたから見たら単にやっていないだけなので、やはり「しない」としか言えない感じで、していない。
 つまり、店頭にこの本が並ぶ書店さんに、どの程度この本の魅力を伝えられたか、と言ったらとてつもなく心もとなかったし怪しかった。おまけに九州限定だから、当然のように個人経営の小さな書店さんや、チェーンの書店さんだ。アフリカ、ルーセル、くらいでもうブン投げられても文句は言えない。
 案の定、取次さん分はさっぱり動かなかった。苦戦とかいう問題以前のレベルである。
 それでもコツコツと売り続け、面白がる人の口コミで広めて貰った結果、の今回の解禁なのだ。伽鹿舎内は必要以上に盛り上がったが、単に自業自得なので喜ぶのは少々おかしいのかもしれない。
 だが、正直、この日が来なかったらどうしようと若干不安を覚える程度に動かなかったのである。ちゃんと全国解禁まで来ただけで褒めてほしいし、もはや1店舗でも注文が来たら万歳三唱、くらいの心持だった。
 おかげさまで、全国解禁と取次のHABさんが告知してくださった直後から順調に注文をいただけているようである。HABさんありがとう。そして全国の感性溢れる書店のみなさま本当にありがとうございます。この本を見て「なにこの気の狂った本」と褒めてるのかけなしているのか全く分からない呟きをくれたみなさまもありがとうございました。これからもありがとうございます(!)。
 
 たぶん。
 伽鹿舎が九州限定でなければこんなにこの本は苦労しなかっただろう。
 最初から全国展開であれば、坂口恭平の絵で新訳でいとうせいこうが解説を書いているというだけでちゃんと売れて行ったのは想像に難くない。
 実際、何故そうしないのだとありとあらゆる人に窘められたりやんわり怒られたり呆れ果てられたりした。
 ついでに言うと何故千円なんだ、ともありとあらゆる人に(以下略)。
 何故、と言われても。
 伽鹿舎は九州を本の島にしたいのである。
 くどいようだが、それが目的なのである。
 何故、九州なんだと言われたら九州が文藝の土壌に恵まれた豊かな島だからだし、そうであるにも関わらず、家庭における本の購入費の比率が全国でもワーストに入ってしまう環境になってしまっているからだ。
 九州は東京から見れば片隅だ。
 大手取次の人気本は九州までたださえ辿り着くのが遅く、辿り着いても数冊でしかなかったり、小さな本屋には並びもしなかったりする。
 そうやって本屋は減っていき、減って行けば本屋に行く経験をしない人々が増えて、ますます本屋は減るのだった。
 九州出身の作家は多い。住んだ文豪も多い。思想家だって輩出しているし、大きな問題も幾つも経験している。水俣病も、炭鉱も、そう、軍艦島だって九州にある。かと思えば世界一に匹敵する阿蘇のカルデラが広がっていたり、桜島が勇壮に聳えていたり、別府を始めあまたの温泉地が溢れかえっていたりもするし、長く日本の唯一の玄関口であった長崎もあれば、今でも東京に行くのと同じ時間でもうアジアに飛び出すことも出来たりする。日本国内の最後の内戦であった西南戦争を経験したのも九州で、その近代戦に耐えた中世の城こそが熊本城だ。
 古くから、無数の同人誌が編まれてきたのも九州の特徴の一つには違いなく、それらの同人誌が当たり前のように地元書店に並んでいたりもする。ついでに老舗の古書店だって現役で当たり前のように商いを続けているのもこの島ならではには違いない。特に熊本の繁華街にはそれが顕著だ。
 そんな豊かな土壌の上に、生きて未来をつくる人々に、当たり前のように安価に身近に本がある生活をしてほしい。それが伽鹿舎の目指している未来だ。
 本の為だけでなく、全国の人が楽しみに訪れるに十分な資産をこの島は有している。だから、九州限定だし、千円なのだった。旅人が買いに来るハードルとしては、妥当なはずだし、地元の、普段は本をあまり買うことのない人に買ってみようかと思わせるなら千円が限界だろうから。
 本は一冊ずつに世界を内包している。
 どんな本であっても、必ずそうだ。
 それらを手にすることは、知見を広げるし視野を広げる。行きたい場所は無限に増え、やってみたいことは幾らでも目に付く。それこそが、生きるための武器になる。
 この魅力的な島で、本という武器を手に、豊かな生き方を、楽な生き方をしてほしい。ここが駄目なら世界があることを、いつも意識していられるように、同じだけ、いつでも戻れるように、自分たちの足元はこんなにも豊かだと知るために。
 九州は、本の島になれる。
 だから。
 苦戦しようと何をしようと、伽鹿舎はこれからも九州限定だ。この島が本の島になる未来には、きっと列島全部が、とても豊かな世界になっている。
 九州からアフリカにだって、きっと繋がる。ルーセルのアフリカにも、きっと。

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加地 葉(kaji yo)1976.9.24 島根県生まれ熊本市育ち現在も在住

本業は事務屋。伽鹿舎では編集・デザイン補助・DTP全般ならびに運営と意思決定、対外交渉。
運動全般観戦専門。野球が好き。上司には大体「やれば出来るのにやらないヤツ」と思われている。