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【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第5回

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伽鹿はどんな本が出せるのか?
 
 本を書店に並べてもらうためには、直接取引をするか、間に取次に入ってもらうのが普通だ。
 さて、伽鹿舎でどうするか、と考えたとき、直接取引は難しそうだった。何しろ誰も昼間に動くことが出来ない。本業があるのだから当然である。
 必然として、取次を介して大半の書店に配本してもらうしかない、ということになった。手数料分はもちろん痛いが、自分が出来ないことを代わりにやってもらうのだから、そのくらいは当たり前のことだ。
 では取次と契約をしよう。
 と、なるところなのだが、実は事はそう単純ではなかった。
 何しろ伽鹿舎は九州限定でしか本を売らないと決めてしまったのである。
 普通、取次と言って思い出すのはトーハンさんなり日販さんなりの大手取次会社だ。
 彼らは日本中の本を扱っているし、日本中の本屋さんを相手にしている。取次はある種の銀行機能を兼ねるから、取引開始時点では「口座を開く」という言い方をする。では伽鹿舎がこれらトーニッパンに類する取次に口座を開けるか? 答えはノーである。
 取次だって商売をしているのだ。当たり前だが、定期的・継続的に本を出し、利益を生み出してくれる出版社でなければ口座を開く審査に通らない。そんな大手取次でなければ良いのか、というとそうでもなく、だがしかしいずれにせよ、最終的にネックになるのは「九州にしか卸さない」ことだった。
 当たり前である。より多く儲けたい商売人が、何を頓狂に九州に限定する理由があるのか。
 それでも物は試しにいくつかの取次に問い合わせはしてみた。九州に限定したいというと、相手は必ず困惑して言った。
「いや……書店さんから注文があればね、卸さないわけにはですね……」
 そりゃそうだ。あなたは九州じゃないので駄目ですとは、やはりそもそもメンドクサイし無理がある。
 さて困った。どうしたもんか。
 破れかぶれに天下のグーグル先生に訊いてみた。こうである。「九州 配本 取次」驚くなかれ、なんとヒットした。まっさきに目に飛び込んだのが「熊本ネット」さんだった。
 
 熊本ネットさんは、その名に「ネット」と付いているので、出版業界の人ですら最初に聞くと「あ、インターネット販売なんですね」という。違う、このネットは流通ネットワークのネットであって、インターネットは何にも関係がない。
 そもそもは、ローカル雑誌などをメインに取り扱っている、熊本の取次さんだ。その配本範囲は、九州・山口と限定されている。
 これしかない、と思った。思ったので、問い合わせのメールを送った。こういうことをしようと考えているが、御社で可能だろうか。
 驚くべき速さで返事が来た。しかも「打ち合わせましょう。そうですね掛率は通常だと65%くらいですが相談して。いつ相談できますか。明後日はどうですか、だめならその次の日でも」ぶっきら棒なうえに前のめり過ぎる。話が飛躍しすぎてもいる。まだこっちは漠然と作戦を練っているだけなのである。
「こわ!」
 一声叫んで、メールをみなかったことにした。更に数時間後、数日後、いつがいいですかまだですかとメールが来た。もう完全に怖くなってしまった。この会社はなんかヤバい!(熊本ネットさんすみません)
 未練がましくほかの方法を探してみた。だが、やはりどうやっても、九州限定で、しかも人の手を借りて本を書店に届ける手段はありそうもなかった。ゼロから構築するには、あまりにも知識も伝手もなさすぎる。
 最終的に、二ヶ月近くも放置していたメールにようやく返事を出した。専務の柴田さんがすぐに返事をくださった。会ってお話をしましょうと、丁寧に言っていただいて、加地は熊本ネットさんに足を運んだ。
 熊本ネットさんは、大きな会社ではない。にこにこと愛想のよい女性が出迎えてくれた。案内された応接室で、初対面した柴田さんは、背の高い男性だった。名刺を差し出してくれながら、目を細めて顔をほころばせた。
「良かった、すごく面白いと思ってたので、ご連絡ないから、もうきっともっと大きいほかの取次に決まっちゃったんだよってみんなでがっかりしてたんです」
 とても熱心に話を聞いてくださった。伽鹿のやろうとしていることは絶対面白いと言ってくださった。応援したいし、是非やらせてほしいとも言ってくださった。
 取次の役割については知っていても、内情はまださっぱりわからない。仕組みもいまいち漠然としている。要するに何もわからない。わからないが、面と向かって話をしているこの人は信頼できると思った。本が好きでね、と照れたようにその人は笑った。僕は中央で出版業界に勤めてたんだけど、戻ってきたんです。本屋の息子なんですよ、ホントはね。だから書籍取り扱いたくて、いっぱい失敗しちゃいましたけど、自分たちでも出してみたり、いろいろ挑戦しては来たんです。
 もう一度、書籍ちゃんと取り扱いたいんです、と言ってくださった、その書籍が伽鹿の本であることは光栄な気がした。奇しくも熊本の会社だ。一緒にやれたら良い、と思った。ちょっと怖かったのでメールできませんでしたなどとは一言ももらさず、加地は身を乗り出した。
「ぜひ、お願いしたいです。よろしくお願いします!」
 
 そんなわけで、九州限定配本は、実現可能になったのだった。
 驚きである。大分の書店員さんに言うと「ああ、良いですね、熊本ネットさんは委託だし、本屋としてはとても助かるんです」と言う。
 そう、小さな取次には、配本はもちろんするのだが、条件を買い切りに設定するところが多い。小さな取次だから、委託にしてしまって返本されると、その割合によっては途端に資金が苦しくなる。だから買い切りにするのだ。買い切りならば、売ったら売っただけが入ってくるシンプルな構造に出来る。
 だが、これは書店としてはリスクなのである。買ってしまっては、売れなかったときに損失になる。当然、発注に二の足を踏む。それよりは、返せるからと気楽に頼んで、積み上げた方が結果としては見栄えもするし客の目にも留まって売り易い。大きなチェーン系書店に勤務しているその書店員さんは、それを強く示唆してくださったのだった。
「加地さん、可能なら絶対、委託が良いです。その方が、書店は絶対とる(注文する) から」
 さすがのにぶい加地にも、本をめぐる色んな構造がすこし見えて来始めた。
 そもそも、買われるか買われないかわからない地方の(人口が少ないのだから仕方がない) 書店には配本自体が少ない。全くない事さえある。全冊配本をうたっていると買い切りだったりする。そうやって書店は本が手に入らず、積むことも出来ず、陳列に苦慮し、客の目には入らず、ますます売れないから配本がなくなる。
 特にチェーン店は配本に頼っている。入ってくる本を吟味して店頭に並べる。だが、それが偏っているとしたら、思うような棚は作れない。あるいは、もう仕方がないとあきらめて、アルバイト任せの、あるものをそのまま並べる棚に成り果てる。そうなればますます、書店から客足は遠のくのではないか、
 せめて、委託であれば、担当者も思い切って発注を掛けられる。実際に入ってくるかはともかく、発注してみることはできる。だが、買い切りであればそれも難しい。
 かくも、書店をめぐる情勢はややこしく難しく、ままならないのだった。
 これはとてもかなしい事だし、さびしい事だ。本屋さんは、売りたいものを売らせて貰えない。
 だとしたら、伽鹿の本だけでも、九州の本屋さんが売りたいだけ並べさせてあげられたなら、今までずっと本好きの我々を支えてくれた地元の本屋さんたちにだって、多少の恩返しにはなるに違いない。
 無論、それには伽鹿の本が、本屋さんが並べたい本である必要がある。
 
 伽鹿はどんな本が出せるのか?
 
 坂口恭平さんの絵は貰えることになった。
 それを誰もが欲しいと思う本にしなければならない。本屋さんが並べたい、売りたいと思う本にしなければならない。出来るのか? やるしかない。
 資金はない。有志の出してくれた資金は、個人としては大金だが、出版社を始める、というときに想定される額にはおよそ笑えるくらいに足りていない。それでも、工夫次第では出来る筈だ。少なくとも、伽鹿舎は現時点では人件費が発生しないという一番ずるい方法をとっている。だからこそ出来る贅沢で素敵な本を、是が非でも出すしかなかった。
 
 先に売価を決めた。
 本来は逆だ。だが、手に取って貰える額、というものを最初に設定しないと駄目だ、と思っていた。
 それだけのお金を出しても手に入れたいと思って貰えるか否か、かろうじてそう深く悩まずともある程度の人なら手が伸びる額は千円札一枚だろう、と思った。それ以上になったら、もう考え込む金額になる。未だ、時給ですら千円は高い方なのである。映画一本と一冊の本は消費のされ方が少し似ている。千八百円を出して映画を観ることを躊躇しても、サービスデイの千円の日にはそれなりに人が行く。だから千円だ。
 前述の書店員さんも賛同してくれた。千円まででしょうね、とそう頷いた。
 九州だけで、知名度のない伽鹿舎が出した本が、何冊だったら売れるのか。これは皆目見当がつかなかった。
 九州の人口はヨーロッパの小国程度はある。あるがしかし、圧倒的に車通勤の多い九州では、本を読む時間を作れる人はそう多くない。それでも、と思った。それこそ、千人だったらどうだろう。少し大きな小学校一つ分。たったそれだけにすら訴求できなかったら、それは伽鹿の本がダメなのだ。
 そうだね千冊なら、と書店員さんも言ってくれた。千冊なら、頑張って売ってみせますよ!
 
 千円を出しても惜しくない本の見た目とは、どんなものだろう?
 果たしてそれは、一冊を千円で売っても回収できる印刷代に収まるのか。たった千冊しか刷らないのである。一冊単価は高くなる。ぎりぎりの線で、一番いいと思える形にしたかった。
 印刷代さえクリアすれば、伽鹿舎は本を出すことが出来る。
 つまり、次の課題は印刷所を探すことだった。
 
(つづく)

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加地 葉(kaji yo)1976.9.24 島根県生まれ熊本市育ち現在も在住

本業は事務屋。伽鹿舎では編集・デザイン補助・DTP全般ならびに運営と意思決定、対外交渉。
運動全般観戦専門。野球が好き。上司には大体「やれば出来るのにやらないヤツ」と思われている。