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文学賞のある日常 2 川口則弘

150716記者会見場

健全な芥川賞(と直木賞) さわぎ
 
 七月十六日、第百五十三回直木賞・芥川賞が発表されました。……と何気なく書き出してすみません。さすがにもう、その話題うんざりだよ。という声が聞こえてきそうです。耳をふさいでおきます。
 直木賞・芥川賞とは何なのか、簡単に説明しておきますと(おいおい、いまさら……)、どっちも「日本の文学(または文学賞) を代表する」賞じゃありません。対象になるのは、日本で書かれた小説全体のなかの、ごく限られた一部。相当な偏りがあります。しかも、数多くの人に存在と名称が知られているという、異常な性質まで持っている。極めて特殊な文学賞です。
 
 当然、他の賞では味わえない面白さも満載です。とくに面白いのは、これでしょう。発表されると急に、関係ない多くの人たちが、やたらと意見を言い始めるところ。たいてい、その人自身のフィーリングやイメージだけが根拠の、底の浅い感想なんですけど、熱く語っちゃう人、斜に構えて批評する人などが、虫のようにどっと湧いてくる。これが半年に一回、毎回、絶対、もれなく、かならず発生するんですよ。何ちゅう面白さでしょうか! 他の標準的な文学賞では、まずあり得ません。
 「関係のない人々」といってその代表は、新聞・テレビなどマスコミの人たちです。あ、関係がない、は不正確でした。言い換えます。「当事者ではない、外部から見ているだけの存在」の代表です。直木賞も芥川賞も、とくに上等な作品が選ばれるわけではありません。しかも根本的には、文藝春秋の宣伝活動の一種。まともな人なら、すぐに馬鹿バカしさを思い知って、飽きちゃいます。ところが組織っていうのは恐ろしい。慣行なのか惰性なのか、マスコミ各社は(なかでも新聞社は、両賞が創設された昭和十年当時からえんえんと)毎回毎回、両賞に対して(ほぼ無責任な)意見や批評を膨大に書きのこしてきました。いまも膨大に生産しつづけています。
 わざわざ直木賞・芥川賞のことを取材しに集まる精神構造、面白いですよね。と以前からずっと思っていました。受賞者より何よりも、彼らの姿を見てみたい。前回から私も、都内ホテルで開かれる受賞記者会見に行くようになったのは、そんな理由からです。
 
 さて今回は、さまざま報道されているとおりに、会見場はかなりの混雑ぶりでした。上の画像は会見前に撮ったものですが、そこからみるみる人が増え、椅子の席はパンパンの満席。前方と後方にはカメラマンが並び、空いたスペースにも記者や編集者がびっしり詰め込まれた状態に。
 始まってみれば、羽田圭介に「又吉さんの「火花」をどう思うか」と気軽にたずねる質問者、登場。芥川賞の二人が終わって、さあ次は直木賞の東山彰良。といった瞬間、ガタガタと席を立ち、退出する人影もちらりほらり。おそらく参集者の半分以上は、「芥川賞をとった又吉直樹」が目当てだった、と言って間違いじゃないでしょう。うわあ、みんな健全な人たちなんだな、と私は会場の隅でひとり、つぶやいていました。
 発表から一か月以上。いまも「芥川賞をとった又吉」のこと(とその派生の話題) は、メディアで大量に取り上げられています。又吉作品だから芥川賞歴代受賞作トップの売上を叩きだし、又吉作品が載っているから『文藝春秋』が売れ、もうひとりの受賞者、羽田圭介も「又吉じゃないほう」が売り文句に。その羽田もまた、その「キャラクター性」が面白がられているんだそうです。おお。世間っていうのは何と健全なんだ! と私は声を大にして叫びたくなるのです。
 たとえば芥川賞って、火野葦平から、石原慎太郎、村上龍、池田満寿夫、金原ひとみ・綿矢りさ、楊逸、西村賢太、田中慎弥、黒田夏子など、通常回に比べて突出して派手に扱われた受賞が、ときどきありました。大江健三郎、大庭みな子、庄司薫、森敦、唐十郎、柳美里・辻仁成、花村萬月、平野啓一郎などの受賞も、けっこう騒がれたはずです。一度や二度じゃない。定期的に繰り返されてきました。じゃあ、直木賞・芥川賞の性質ぐらい、もう常識として広まっているんですよね。と思うんですけど、その気配ゼロ。「小説書いてるんなら、直木賞とか芥川賞に応募したら?」と真顔で言う人がいる。みたいな、何十年も前から一向に進歩していない実話が、いまも健在らしいのですよご同輩。要するに、ほとんどの人は、両賞そのものには大した興味など持っちゃいません。
 ふだん暮らしていて、私は「文学賞好き」の人と遭遇したためしがありません。小説好きとならたまに出会います。まっとうな社会だと思います。これが仮に「文学賞に関心の高い社会」になったとしたら、どうです。不健全すぎて絶対にイヤですよ私は。だいじょうぶ。安心しましょう。今のこのさわぎ方、何の問題もないと思います。
 

 
 
 
 
 といったところで、ご紹介したい一冊。鵜飼哲夫さんの書いた『芥川賞の謎を解く 全選評完全読破』(文春新書)です。
 鵜飼さんは読売新聞文化部の記者ですので、おそらく毎回、会見場に来ている人ですが、「文学」ではない「文学賞」的な発想からの質問をすることでも有名(?) です。たとえば一年半前、広島在住の小山田浩子が芥川賞を受賞したとき。当夜、東京の会場には現れず、電話での会見になったんですが、鵜飼さん早速、「なんで会見にいらっしゃらないんですか」と小山田さんに質問したんです。「受賞者は当然、みんなの前に出てきて会見するもの」という、よく考えればおかしな前提を、まるで疑っていないような質問ぶりは、何か芥川賞や直木賞を「よくわからないが偉いもの」だとする一般的な感覚と相通ずるものがあります。鵜飼さんが、一部の人たちから「文芸記者」ならぬ「文学賞記者」と呼ばれているゆえんです(……呼ばれてない、っつうの)。
 『芥川賞の謎を解く』は、芥川賞史が語られるさいに絶対チョイスされる有名な逸話をおさえながら、さらに鵜飼さん自身が取材してきた選考委員や候補者たちの、芥川賞を通しての文学観を、はしばしに紹介している部分が貴重で、楽しい本です。最終選考はともかく、予選では自社の雑誌(『文學界』)に甘い評価をしつづけてきた賞を「公正だ」などと、なかなか鵜飼さん、きつい冗談もかましています。
 一般的に芥川賞は、多くの回で(文学に興味がある、と自負するマイナー野郎たちを除けば)関心を持たれません。作家のユニークな属性、素顔、裏話などのエピソードがあって、はじめて世間を盛り上がらせることができる。ってことは、今回も顕著に表れました。ますます、文学から離れた場所で、持ち上げられたり叩かれたりしながら、文学賞っぽくない魅力を維持していってほしいなあ、と願うばかりです。
 ……あ、大事なことを言い忘れました。いつもは芥川賞といっしょにされがちなのに、こういうときになると芥川賞のことばかり本にされちゃう相棒、直木賞のほうも、もっと関連本が出てくれると、うれしいんですけど。

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川口則弘(かわぐちのりひろ)

1972年東京都生まれ。2000年よりホームページ「直木賞のすべて」を運営中。都内の某社に勤めるかたわら直木賞・芥川賞・その他文学賞のことを調べている。
著書『直木賞物語』(バジリコ刊)他。