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文学賞のある日常 川口則弘

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九州芸術祭文学賞って何ですか?
 
 世の中には文学賞があふれています。これほどワクワクすること、他にあるでしょうか。楽しすぎます。私の頭のなかはいつも、文学賞(とくに直木賞) のことでいっぱいなので、ここでも文学賞バナシで埋め尽くしたいんですが、せっかくなので今日は、自分が「片隅」と出会うきっかけになった九州芸術祭文学賞のことを、主役に立てたいと思います。
 
 九州芸術祭文学賞
 長ったるいので勝手に「九芸賞」と略しますが、これ、九州の人には周知の存在なのでしょう(ですよね?)。だけど東京なんかに住んでいると、まず縁がありません。文藝春秋の『文學界』に、なぜか毎年春になると唐突に掲載されている意味不明な賞、九芸賞。直木賞や芥川賞を調べていると、村田喜代子が受賞したとか、帚木蓬生はここ出身とか、とりあえず賞の名前は目にするけれど、全貌が容易に把握できないニクいやつ。
 ニクいついでに、この賞は毎年、作品集を刊行していて、創設された昭和四十五年(一九七〇年)分から昨年までで四十四冊もあるらしい(別にニクくはないか……)。となれば当然、すべてを見てみたいなあと思うわけですが、調べたかぎり東京には、全冊揃いで目にできる図書館はひとつもないのです。なんと悲しい。そして苦しい。胸をかきむしるほどの飢餓感に耐えきれず、今年の三月、思いきって福岡の図書館まで行っちゃうことにしました。
 
 九芸賞は、第六回までは「九州沖縄芸術祭文学賞」と、さらに長ったるい名称でしたが、沖縄を含む九州各県と、政令指定都市(はじめは北九州市だけだったものが、その後に福岡市、熊本市が加わる) ごとに短編作品を募集。各地区にそれぞれ、地元に根ざす文学者三名程度の予選委員がいて、彼らが地区の優秀作と次席を選びます。その優秀作が今度は、東京で行われる本選の候補作となり、本選の選考委員である全国的に知名度のある作家・評論家および『文學界』編集長が、最優秀作(がなければ佳作) を選出。本選の選評とともに『文學界』に掲載されるという、九州限定でありながら地方大会から全国大会に勝ち上がっていく、みたいな二段階のグループ戦方式になっている文学賞です。
 そもそもの始まりは昭和四十五年。前年にはじめて開催された九州沖縄芸術祭が、第二回目を迎えることになりまして、西日本新聞社の青木秀さん、福岡在住の作家である原田種夫さんなどが話し合い、こんなふうな地方発の小説コンテストができないかと発想しました。青木さんの海軍予備士官時代の戦友だった向坊壽さんが、当時、文藝春秋の営業局長を務めていたので、そのつてを頼って話を持ち込んだところ、向坊さんとともに現われた文春の出版局長、樫原雅春さんが、奇遇にも青木さんの中学時代の同級生。さささっと話はまとまって、二時間足らずの会議で、新しい文学賞の発足が決まった……といったことが『九州芸術祭文学賞作品集2004 〔35〕』の「「九州芸術祭文学賞」誕生秘話」に書かれています。
 
 そうなんですよ。ここで『文學界』と手を結んだことが運命の分かれ道だったんだよなあ。と思うのは、『文學界』が芥川賞と直結する雑誌だったことも大きいんですけど、たとえばこれが新潮社だったりしたら、どうですか。新しい文学賞をつくってはすぐにやめちゃう、「常にチャレンジ精神を忘れない」、逆にいえば「文学賞づくりのヘタクソな」新潮社だったら。五年十年程度で終わっていても不思議じゃありません。『文學界』は(当時は)全国の同人誌から無名作家を青田買いして、自分のところの新人作家権威づけシステム、「芥川賞」と名のついたベルトコンベアーに送り込む戦略を、せっせと動かしている頃でもありました。新しい書き手を見つける道を、ここに一本通しておいたことが、のちになって、この賞を経た芥川賞受賞者を四人誕生させることにつながるのですから、ううむ文春の目ざとさ、おそるべしです。
 でも、あれですか。『文學界』だって九芸賞の価値が落ちたと見れば、いずれ協力をやめるときがくるかもしれない。そしたら『三田文学』あたりに拾われて、よけいに九芸賞のマイナー感に拍車がかかったりして。などと想像しちゃうのは私だけかもしれません。マイナー感はともかく、いったい現在、九芸賞はどんな感じで盛り上がっているのか。それが知りたくて、福岡の図書館から少し足を伸ばしまして、福岡県筑後市で行われる今年の授賞式&講演会の様子も覗いてみることにしました。三月八日のことでした。
 
 じっさいは、Twitterで知り合いになった井野裕さんが、大分県の地区優秀作に選ばれ、授賞式に出席されると聞いていたため、彼にお会いしたくて行ってみたんですが、授賞式の会場となった、まわりに駅と田んぼと河川敷しかない、のどかにもほどがある場所に立派にそびえ立つ「九州芸文館」の一室は、なかなかの緊張感が漂っていました。
 何が緊迫しているといって、あなた。地区優秀作・次席の作者たち――要するに本選で落とされた面々が、全員ではないにしろ十数名も列席しているのです。最優秀作「カーディガン」の佐藤モニカさんは、直前にインフルエンザがひどくなってドタキャン、その場にいませんでしたが、彼女よりも劣る! とはっきり宣告を受けた地区優秀作の方々、その人たちよりさらにダメだと烙印を押された地区次席の方々が、どんな心境で椅子に座っているのか。檀上には、年老いた各地区の予選委員が並び、ひときわ若い『文學界』編集長・武藤旬さんもいる。こいつらがおれの・わたしの作品を酷評しやがったのか、クヌやろー、ぐらいのことは腹のなかで思っているんじゃないか。
 ……などと想像しながら、授賞式の模様をはたから眺めるという、この文学賞鑑賞の醍醐味たるや。こたえられませんよね。別に彼らの全作品を読んだわけじゃない。だけど存分に楽しめてしまう。自分が競技をしているわけじゃないのにスポーツ観戦にのめり込む楽しみと、(たぶん) 同じようなもので、文学賞は文学とは関係がないゴシップにすぎないよねフフン、とかいって文学賞をバカにするような偏狭な読書家には、まずこういった楽しみ方はできないのでしょう、もったいないことです。
 もちろん九芸賞が文学賞として輝いているのは、公開の授賞式があるから、だけじゃありません。何といっても、年度版の作品集を出していること。これでしょう。とくに、巻末に併載されている「どうやって地区優秀作が選ばれたか」という予備選考の選評も、年々充実ぶりが高まってきていて、そこだけ読んでも読み飽きません。幸か不幸か、応募数はさほど多くなく、多くても一地区につき二十、三十篇程度。二〇一二年から政令指定都市になった熊本市など、八篇ぐらいしかありません。となると予選委員たちの、一作一作の応募作にそそぐ熱も緊密になる計算で、九州に住んでて小説を応募したい向きは、文芸五誌の新人賞に送るより、こっちに送ったほうがいいのじゃないか、とヒトゴトながら思ったりします。
 選評というのは、文学賞と親しくなるための恰好の読み物なのです。なのに、雑誌に載ったり、授賞式で配る冊子に印刷されたりしたあと、それっきり読み捨てられて、後に残らないことが多い。文学賞ファンとしては悲しい限りです。そのなかで、選考委員がエラい大物(というか、多くの文学賞でせっせと委員を務めるような作家)になると、一冊にまとめた選評本が出たりするのが救いです。九芸賞でいえば、東京での最終選考を、第一回から四十五年(!) もやっている五木寛之さんに『僕が出会った作家と作品 五木寛之選評集』(東京書籍刊) という本がありまして、直木賞をはじめ、五木さんの関わった数々の賞の選評が読める趣向になっています。これが九芸賞の姿を、九州以外の人にも伝える役割を、多少なりとも果たして……いると言ったらさすがに言いすぎですね。
 でも、この本の読みどころは、「地方文学賞の大明神」とまで言われた(言われる資格が十分にある) 五木さんの、東京の出版社主催ではない賞の選評が読めることにあります。九芸賞のほか、坪田譲治文学賞(岡山市)のものまで読めてしまう。そこで五木さんは、あえて地方で、どれだけ求められているかわからない文学賞をこつこつやる意義を説いていまして、文学賞ファンなら、きっと心ひかれるにちがいありません。
 やはり選評っていうのは大事です。同書には、五木さんの関わった地方の賞、泉鏡花文学賞(金沢市)と斎藤緑雨文学賞(鈴鹿市)にもページが割かれているんですが、「授賞式スピーチor新聞コメントのみ」と書いてあるだけで選評がありません。これはひどい。五木さんや東京書籍がひどいんじゃない。金沢市と鈴鹿市がひどいんです。とくに鏡花賞は「初の地方自治体主催の賞」ということで有名ではありますが、選評のないままで文学賞をやっているとか、はっきり言って恥ずかしいです。
 
 話が逸れました。どうにもケチをつけなきゃ済まない性分なもので申し訳ないことです。ともかくも、九芸賞の授賞式では、首尾よく井野さんとはじめてお会いすることができました。そこで伽鹿舎の加地さんともお知り合いになり、何の因果か、こうして文学賞について書く縁が生まれた次第です。まったく、文学賞は「誰かが優秀な小説を選ぶ」ものにすぎないと思ったら大間違いで、他にいくらでも広がりのある要素が詰まっているものです。そんな文学賞が世の中にはあふれています。楽しすぎます。

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川口則弘(かわぐちのりひろ)

1972年東京都生まれ。2000年よりホームページ「直木賞のすべて」を運営中。都内の某社に勤めるかたわら直木賞・芥川賞・その他文学賞のことを調べている。
著書『直木賞物語』(バジリコ刊)他。