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ハルムスを読もう! 第六回「アニメイトされたハルムス」

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アニメイトされたハルムス
 

 一九四二年に監獄病院でハルムスが死去したのち、生前は児童雑誌に掲載されていた子ども向けの詩や短編といった彼の作品は、ソ連の出版物から消えてしまいました。
 ところが一九七〇年代末以降、主に国外で彼の作品は再評価を受け、一九八八年にはソ連で初となるハルムス著作集『天空飛行』が刊行されます。
 その『天空飛行』を編纂したアレクサンドロフが序文『奇跡の人』の中で興味深いことを書いています。曰く、ここ十年でハルムスの詩には曲がつけられ、レコードになり、更にはその短編をモチーフにしたアニメーションまで制作されるようになった、と。
 一九八〇年代のソ連において、ハルムスの著作は読み物として「発見」されたばかりでなく、音楽や映像としても新たな生命を吹き込まれて(アニメイトされて)いたのです。
 ハルムスの詩や短編が「聴く」・「観る」ものとしてソ連の人々に受け入れられたことは、非常に示唆的です。なぜなら、彼の作品(とりわけ詩)は黙読するだけではその魅力を理解することが難しいからです。
 彼の詩に深く魅了されたいなら、音を味わい、映像を楽しむことです。
 言葉というのは原則として「音」と「意味」に大別することが可能です。詩に曲をつけて音楽として流せば、それは言葉の音やリズムを強調したことになります。また、その詩を絵本などで視覚化すれば、言葉の「意味」を強調したことになります。
 ハルムスの詩は「音」で遊び、ばかげた「意味」を創り出しています。どちらも欠かせない要素であるどころか、その相乗効果によって、彼の詩は特別な作品になっているのです。したがって、音と絵を掛け合わせて両方を活用するアニメーションという表現方法は、ハルムス作品の本質に適っていると言えるでしょう。
 

 実際、ハルムスの作品は『天空飛行』以後も何度もアニメーション化(アニメイト) されており、相性の良さを実証しています。
 例えば、『ハルモニウム』(二〇〇九年) という約二十五分のアニメーション作品もその一つです。
 少女がハーモニウム(オルガンの一種) を弾きながら街に舞い降りてくるシーンから『ハルモニウム』は始まります。彼女の鼻からは鼻水のようなものが二本垂れています。すかさずロシア語でこうナレーションが――
 

 ある少女の鼻から二本の水色のリボンが生えた。滅多にないことだ。なぜならば、一方には「火星」と、もう一方には「木星」と書かれていたからである。

 
 この奇怪なテキストは、実はハルムス自身の作品『新解剖学』の全文です。『ハルモニウム』では、このようにハルムスの詩や短編がパッチワークのように自由に組み合わさって、独特な世界が現出しているのです。
 少女の周りを舞っていた、文字の細かく書き込まれた紙が幾枚か宙を滑るように街路に落ちてきます。「うそつき」と題された一枚を中年男性が拾い上げ、読み始めると、新しい物語『四本足のカラス』が始まります。
 

 四本足のカラスがいた。実を言うと五本足なのだが、そんなことを言ってもしょうがない。
 ある日、四本足のカラスはコーヒーを買って、考える。「さて、コーヒーは買えたけど、これをどうすればいいのかな」
 そのとき、運の悪いことに、キツネがそばを通りかかった。キツネはカラスを見とめて、こう叫ぶ。「おい、カラス野郎!」
 するとカラスはキツネに叫び返す。
「カラス野郎はお前だ!」
 するとキツネはカラスに叫び返す。
「じゃあカラス、お前はブタ野郎だ!」
 カラスは悔しさのあまりコーヒーをぶちまけてしまった。キツネは向こうへ駆けて行った。カラスは地面に這い降りてきて、その四本足で、いや正確に言うとその五本足で、自分のみすぼらしい家に帰って行った。

 
 カラスはアパートの中に入り、そのまま階段を昇ってゆきます。その後を追う中年男性が辿りついた先には、「ダニイル・ハルムス」という表札。誘われるようにして扉の中に足を踏み入れた彼を待ち受けていたのは、めくるめくハルムス・ワールドでした。
 こうして四本足のカラス(実は五本足のカラス)に導かれた一人の男と一緒に、私たちは夢のような世界を冒険することになります。
 そこでは、『転げ落ちる老婆たち』、『ムィシンの勝ち』、『うそつき』、『トン!』といった作品の中にハルムスが描き出した出来事が次々に発生します。いずれも不可解で、可笑しくて、風変わりですが、ときに歌うようなナレーションが耳に心地よく、いつの間にかその世界に没入しているうちに、やがて再びハーモニウムの荘厳な音色が静かに、そして次第に高らかに鳴り響き、街を雪片が彩り始めます。
 ナレーターが厳かに朗読するのは、『男が家を出ました』。暗い森の中へ消えてしまったという男のように、パイプをくわえたハルムスと思しき若い男が雪の中に姿をくらませてしまいます。突如悲劇的な色を濃くし始めた街に残されたのは、夢から覚めたばかりの中年の男と、そして文字の書かれた紙ばかり。
 祝祭は唐突に終わりを迎えるのです。
 
『ハルモニウム(英語字幕)』

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沢月尋(SAWATSUKI Hiro)

東京大学大学院。
ロシア語が読める児童文学愛好家を探しています。心当たりのある方はご連絡ください。
個人サイト「Kharms! Harms! Charms!」http://japonsko-russko.jimdo.com/
web連載「ロシア文学めぐり」https://i.crunchers.jp/s/54bc9e06ec11621c0702c7d2