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ハルムスを読もう! 第一回「アネクドート」

ハルムスを読もう!第一回アネクドート 沢月尋

「ロシア文学」と聞いて、「暗い」「長い」「真面目」「深刻」といった堅苦しいイメージばかりを思い浮かべてしまう人がいます。恐らく19世紀ロシア文学、とりわけドストエフスキーを念頭に置いているのでしょう。しかしそれはロシア文学という大海の一滴に過ぎません(もちろん麻薬のような一滴ではありますが)。そのようなイメージは少なくとも40年以上古いと言い切ってしまいましょう。1971-1972年のロシアで、こんな笑い話が作られています。

プーシキンが自分の部屋で考え事をしていた。「私は天才だ。それはまあいい。ゴーゴリも天才だ。だがトルストイだって天才だし、ドストエフスキーも天才だ(安らかに眠り給え)。こりゃ一体いつになったら終わるんだ?」これで終わり。

 プーシキンもゴーゴリもトルストイもドストエフスキーも、全員ロシアを代表する文豪です。ところが彼らは揃いも揃って19世紀の作家でもあります。ロシアには偉大な作家ばかりだと思って実際に指折り数えてみたら、そんな天才は19世紀にしかいなかった、というのがこの小話のオチです。ロシア人がロシア文学をからかっている、いわゆる自虐ネタです。
 こういう小話を、ロシア語でアネクドートと言います。ロシア人は昔からアネクドートに親しんできました。口伝えで友人などに教えて笑いを取るのです。だからアネクドートは口承文芸とみなすことができますが、平たく言えばジョークです。ただし、風刺が利いているのがポイントです。

 ところで、偉大な作家は本当に19世紀にしかいなかったのでしょうか? 当然そんなはずはありません。ただ、彼らを19世紀の文豪に比べてしまうと知名度(筆力ではなく)が劣るのは確かでしょう。そこで、今回の連載では、一般の人にはそれほど馴染みがないと思われる20世紀前半の作家を紹介してゆきたいと考えています。
 先程引用したアネクドートを考案したピトニツキーという人は、20世紀前半のロシアの作家ダニイル・ハルムスを敬愛していたと言います。彼もやはりアネクドート的な作品をたくさん著していました。中には(ピトニツキーのように)プーシキンが題材にされているものもあります。『プーシキンとゴーゴリ』という短い作品をご紹介しましょう。

ゴーゴリ (幕から転がり出て、舞台上でじっと横になっている)
プーシキン (舞台に登場し、ゴーゴリにつまずいて転ぶ)
「くそっ! ゴーゴリじゃないか!」
ゴーゴリ (立ち上がりながら)
「やな感じ! ゆっくりしていられないんだから」
(歩き始めるが、プーシキンにつまずいて転ぶ)
「プーシキンにつまずいたじゃないか!」
プーシキン (立ち上がりながら)
「少しもゆっくりしていられないんだから!」
(歩き始めるが、ゴーゴリにつまずいて転ぶ)
「くそっ! またゴーゴリじゃないか!」
ゴーゴリ (立ち上がりながら)
「いつも邪魔ばっかりするんだから!」
(歩き始めるが、プーシキンにつまずいて転ぶ)
「ほんとにやな感じ! またプーシキンじゃないか!」
プーシキン (立ち上がりながら)
「ちくしょうめ! こんちくしょうめ!」
(歩き始めるが、ゴーゴリにつまずいて転ぶ)
「くそ! またゴーゴリ!」
ゴーゴリ (立ち上がりながら)
「いつも馬鹿にするんだから!」
(歩き始めるが、プーシキンにつまずいて転ぶ)
「またプーシキン!」
プーシキン (立ち上がりながら)
「くそっ! ほんとにくそったれ!」
(歩き始めるが、ゴーゴリにつまずいて転ぶ)
「ゴーゴリだ!」
ゴーゴリ (立ち上がりながら)
「やな感じ!」
(歩き始めるが、プーシキンにつまずいて転ぶ)
「プーシキンだ!」
プーシキン (立ち上がりながら)
「くそっ!」
(歩き始めるが、プーシキンにつまずいて転び、幕の向こう側へ倒れる)
「ゴーゴリだ!」
ゴーゴリ (立ち上がりながら)
「やな感じ!」
(幕の向こう側へ行く)
幕の向こう側からゴーゴリの声が聞こえる。「プーシキンだ!」

(増本浩子・ヴァレリー・グレチュコ訳)

bungo

プーシキンとゴーゴリはロシア文学の「母」と「父」に相当するような圧倒的に重要な作家なのですが、そんな二人が互いに罵り合ってつまずいてばかりいます。プーシキンないしゴーゴリに「つまずいて転ぶ」というモチーフは、この二人の影響下から逃れられない作家や読者を揶揄しているようにも取れます。そのような観点に立てば、ピトニツキーのアネクドートとの共通点も見えてきます。つまり、現代文学に影を落とすほど高く聳え立つ19世紀ロシア文学の巨大過ぎる存在感です。
 しかしながら、いま注目したいのは19世紀の文豪ではなく、むしろ彼らを照射した作者の方です。これほど異様な作品を書いたハルムスとは一体何者でしょうか。

 今回の連載では、このハルムスを大々的に取り上げます。ドストエフスキーやトルストイといった19世紀の大文豪に敬意を払い過ぎてロシア文学を読むことに尻込みしていた方々にとっては、ハルムスの作品は新鮮に感じられるに違いありません。
 またハルムスに加え、彼が所属していたオベリウやチナリといったグループのメンバーたちにも言及する予定です。近年ハルムスは翻訳集が何冊も出版され、日本の読書界でもマニアックな存在ではなくなりつつありますが、その仲間たちについて言えば、未だにほとんど知られていません。彼らにスポットライト当てることで、ロシア文学に詳しい方々にも興味を持っていただけるはずです。

 なお、ハルムスやその仲間たちにご興味がおありの方は、私の『Kharms! Harms! Charms!』というサイトも参照してみて下さい。

Вот и все.
おしまい

【写真】著作者:Boris SV [CC BY 2.1]

sawatsuki

沢月尋(SAWATSUKI Hiro)

東京大学大学院。
ロシア語が読める児童文学愛好家を探しています。心当たりのある方はご連絡ください。
個人サイト「Kharms! Harms! Charms!」http://japonsko-russko.jimdo.com/
web連載「ロシア文学めぐり」https://i.crunchers.jp/s/54bc9e06ec11621c0702c7d2

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