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中年ファッションパンクス 18 五月メイ

cne18

18 夢
 
 あれから一ヶ月が過ぎたが、ケイスケの無くなった前歯が生えてくることはなかった。もちろん差し歯を入れることも考えたのだが、三十を超えてフリーターであるケイスケにそんな経済力があるわけもないし、親に頼むのも気が引けた。そんなある日、父親がこう言った
「今まではな、中途半端に投げ出すことをして欲しくなくてお前のやりたいことを好きなようにやらせてきたが、そろそろ自分のしたいことは自分の金でやったらどうだ?」
「? ? ?」
 ケイスケには何を言っているのかがよくわからなかった。楽器を買ってもらったわけでも無ければステージ衣装を買ってもらったわけでもない。誕生日に何かをねだった記憶は遠い彼方だし、ライブは自腹でやっている。それどころか、少しばかりならば生活費だって家に入れているではないか。
「あのさ、オレがなんか迷惑かけた? 自分でやってるじゃん。父さんもやっぱあれ? 見た目で判断しちゃうタイプなんだ。こう見えてもオレ、行くとこ行けば人気者なんだぜ?」
 その行くところであるVoltsでの人気は惨憺たるものだが、胸を張ってそう応えた。
「そうか、それだけ人気者ならもうウチを出ても生活していけるだろ? つまりだ。そのパンクロックとやらをやっている人気者はウチを出て行くか、就職して働けってことだ」
 いつかはこんな日がくるとは思っていたが、それはもっとずっと先なんだと思っていた。少なくとも楽器が弾ける父は自分のやっていることを理解してくれていると思っていたのでケイスケは大きなショックを受けた。
「そういうこと、ね。わかったわ、その二択だったら出てくしかないよね。だってオレはパンクロッカーなんだし」
「ならばそうしてくれ。いつまでに出てくんだ?」
「そりゃ、まあ、金が溜まり次第ってとこか、な」
「今のお前の生活じゃいつまで経っても引っ越し資金を貯めることなんかできやしないだろう。前歯すらかけたままじゃないか」
「三ヶ月待っとけよ」
「三ヶ月だな、自分が決めた期限。しっかりと守れよ」
 次の日から新聞の折り込み広告をペラペラとめくり、レコード店以外にも働けるバイトを探し始めた。最低でも時給1000円は欲しい。引っ越しちまえば生活費なんかほとんどかかりはしない。食事なんて質素なものでも十分だし、着るものだって足りている。若いころは女のとこに転がり込むなんてバンドマンが多かったがケイスケの年となると、対象はみんな既婚者だ。短期で割のいいバイトは肉体労働ばかりで正直やりたくはなかったが、見栄をきってしまった以上引っ込みはつかなかった。
 ところが、バイトがなかなか決まらない。何年もバイトの面接なんぞしたことがなかったせいだ。と、勘がにぶっているように考えたが、はたか見たら三十過ぎの前歯が欠けたおっさんを誰が雇うというのだろう。しかも
「前職は?」
 と、聞かれれば胸を張って
「バンドやってました」
 と、応える有様だ。事実ケイスケはバンドをやってることが実績だと思っていた。バンドしてるから就職していないというのは世間的に通ると思っていたのだ。それどころか、バンドをやっていることがプラスに評価されると思っていた節さえもあった。レコード店のシフトも増やしてみたが目標金額には全く届かない計算だ。三ヶ月後
「どこに引っ越すか決まったのか?」
 とうとう父親が聞いてきた
「あと三ヶ月必要だね。ちょいとバンドの方が忙しくて思ったより仕事できなくてさ」
 嘘だった。バンドの活動などしていたら引越資金は貯められない。この三ヶ月はVoltsにもほとんど顔を出さず、メンバーとも一回も会っていなかった。
「それは約束が違うし、もう待てないな」
「じゃあ、どうしろってんだよ? 可愛い息子をホームレスにでもするか!?
 完全に逆ギレしてが強めに叫ぶとと父親は封筒をケイスケに手渡した。
「三十万入ってる。それで引っ越せ。あまった金で前歯も入れろ。母さんも了承済みだ。引っ越したら、売れるか、就職するまでウチには顔出さなくていいからな」
 ケイスケは礼も言わずその封筒をそそくさとしまい込んだ。そしてそのままコンビニへ走り、住宅情報誌を買って歯医者の予約を入れた。前歯の治療に保険が使えると知ったのはこのときだった。そして、布団と洋服だけを持って同じ市内の小さなアパートへと引っ越した。この部屋にはまだ家具などなかったが、制約が何もない。自由だけが溢れているように思えて高まる気持ちが抑えられなかった。
 その夜、何もない部屋に布団を引いて寝てみた。カーテンや冷蔵庫が必要だということに気がついた。
「少しずつでいい。必要な物を揃えていこう。今は何もない部屋だけどオレには夢がある」
 そう呟いてケイスケは天井に向けて拳を握った。

satukimei

五月メイ(SatsukiMei)1974.5.4

埼玉県川口市在住

maria

Akatsuki

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