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中年ファッションパンクス 16 五月メイ

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16 今宵の月のように
 
 ビルが死んでから十年が経過していた。しかし、この十年の歳月はケイスケを大きくかえることはなかった。変わったのはバイトしていたCD店で出世してチーフになったことと、体重が増えたくらいのものだ。そういえば髪も少し薄くなった。ライブの本数も変わらず月一本くらい。ずっと同じオリジナル曲を繰り返し、観客も身内だけ。安いベースを長いことを使い、打ち上げでは持ち込みの安酒を朝まで呑んだ。
 その日、Voltsで朝まで呑んだ帰りに中学の同級生に会った。上機嫌で赤い顔をふらつかせて作業着姿の同級生に近づくと
「オハヨーゴザイマース、本日もご出勤お疲れ様です」
 と、酒臭い息を吹きかけた。そんなケイスケに同級生は嫌な顔ひとつせず
「おー! 久しぶりじゃん! その様子だとまだバンドやってるんだ。がんばってんなあ」
 と、言いながらバンバンとケイスケの肩を叩いた。よくみればあちこちが破れ汚れヨレヨレとなっている作業着を見てケイスケは「こうなりたくはねえなぁ」と心の中でつぶやいた。
「せっかくだから今度呑みにでも行こうぜ、ちとこれから仕事だからさ。携帯教えてくれよ」
 そう言うとそそくさと同級生は去っていった。帰宅すると母親は大きなため息をついたが、そのため息をBGMにケイスケは眠りについた。
 日も傾いた午後4時。ものすごい二日酔いでケイスケは目が覚めた。今日は何も無いから二度寝をしようと思ったが、気持ち悪くて眠ることさえできない。とりあえず台所へ降りて水をがぶのみすると、またベッドへと戻ってとりあえず横になった。ぼうっとした頭で昔の音楽雑誌をぺらぺらとめくっていると携帯が鳴った。見慣れない番号だ。出ればそれは今朝会った同級生だった。
「おつかれさん。今朝は急いでてごめんな。そんで今週末なんだけど呑みいけない? もし、行けんなら誰か誘っていこか」
 酒の話なんて微塵も聞きたくないタイミングだったが
「そうね。とりあえず週末にはこの二日酔いも治ってると思うから参加させてもらうわ」
「場所はどこにする?」
「駅前にある某チェーン店にしようぜ。安いし」
「あそこガキんちょ多いんだよな。ま、いいや。とりあえずそこにしようか。んじゃ6時ね」
 ケイスケは革ジャンにブーツ。相変わらず破れたジーンズで駅前に立っていた。程なくして同級生はやってきた。先日見た作業着姿とは違ってなんだか小綺麗な格好での登場だ。
「お待たせ。んじゃ、入ろっか」
 店はやはりガキんちょが多く雑然としていた。それでも久しぶりにVolts以外で呑むものだからケイスケはわくわくしてた。
「とりあえずビール。で、いいよな?」
「それ以外の選択肢ってあるの?」
 そう言うと同級生は瓶ビールを頼んだ。
「こういうところの生ビールってさ。サーバーちゃんと洗浄してなくてうまくないんだよな」
 なんて言いながら運ばれてきたグラスにビールを注いだ。
「じゃ、おつかれ」
 そういってグラスを当てると二人は一気にビールを呑み干した。空になったグラスに新しいビールが注がれると
「ケイスケ、お前いまバンドで食ってんの?」
 と、いきなり聞いてきた。
「それ気になっちゃうかあ」
 ケイスケは笑いながら
「残念ながら食えないんだよ。適当にバイトしながらちょいちょいとライブしてるよ。お客さんも少しずつだけど増えてんだよね」
 なんて、成人式のときと同じような受け答えをした。
「結婚は?」
「オレが結婚したら何人が手首切るかわからんぜ?」
「そっかあ。独身貴族な。羨ましいよ。」
 そういって同級生はまた空いたケイスケのグラスにビールを注いだ。
 程なくして酔いもまわってくると、同級生は嫁と子どもの話をはじめた。結婚はいいものだとか、子どもの笑顔を見るためにがんばっているだとかケイスケにはどうでもいい話ばかりだった。
「オマエ、夢とかねえの?」
 つい、いらっとしてケイスケは強めにきいた。
「あるよ。子どもがちゃんと育ってくれてさ。いい嫁もらってくれてさ。年取っても一緒に暮らしてくれることだな」
「つっまんねえなあ。」
「オマエは?」
 そう聞かれてケイスケはハッとした。かつて夢だった武道館やMSGでのライブもいつの間にか考えなくなっていた。「音楽で食えればいいな」とただただ漠然に考えてダラダラと毎日を過ごしていた。かつて見た夢がいつの間にか働かない理由になっていたのだ。
「オレは、まあ音楽がそばにいる生活を続けられればいいと思ってるよ」
「なんだよ、それ。だったら就職して音楽続ければいいじゃん。いつまでバイトしてんだよ」
「バイトでもオレは出世してチーフになったんだよ」
「そのチーフてのは時給いくらなんだ?」
「別にチーフだからって給料が上がったりしたわけじゃなくて、世間的には安いかもしれねえけど、責任ある立場なんだよ」
「それで年下の社員より安い給料で働いてるのか。あんま言いたくねえけどさ、いい年こいてこんな店で安酒呑んだりよ、バイトでチーフになったとか言ったり結構恥ずかしいぜ、いまのオマエ」
 母親に働けと言われれば腹が立つだけだったが、同級生に言われた「恥ずかしい」にはショックを受けた。
「とりあえず、静かな店に移動しないか?」
 そう言われたがケイスケは
「いいよ、ここで」
 と、答えた。その静かな店で呑むような金はチーフのケイスケには無かったからだ。薄いレモンサワーを数杯呑んで、大して酔いもせず3000円を払ってそのチェーン店を出ると二人は別れた。
「また、呑もうぜ」
 そう同級生は言うけれど、ケイスケはもうこりごりだった。こんな夜に限って月が爛々と光っている。その光がいまのみすぼらしい自分を浮き上がらせているかと思うと、情けない気持ちになって肩をすぼめながら石を蹴飛ばし帰路についた。
 

 

satukimei

五月メイ(SatsukiMei)1974.5.4

埼玉県川口市在住