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中年ファッションパンクス6 五月メイ

chunen6

6 恋をしようよ
 
「昨日は悪かったな、ついカッとなっちまってよ」
 電話口で声を枯らせてジムは言った。喧嘩に参加しなかったケイスケはてっきり怒られるのかと思っていたので拍子抜けしたが、そうやって謝るジムの声を聞いてなんだかいたたまれない気持ちになった。
「でもま、よくあることだからよ。どうもライブハウスてのは血の気の多いやつが多くて困るんだよ。ハコの機材が無事なだけまだよかったとしようや」
 あの後なにがあったんだかケイスケは知る由もないがアンプやスピーカーなどの機材は無事だったようだ。
「あいつらの機材は無事じゃないけどな。で、次回のスタジオなんだけど来週の水曜八時からな」
 ロックンロールというのは文字通りなもので、転がりはじめるとどこまでも転がっていく。ついこの間までの退屈していたケイスケの生活は一転し、日毎に起こる何かに期待しながらも少しの暴力に恐怖を怯えていた。ただ、トイレでの出来事の方が衝撃的だったので喧嘩のことなどどうでもよくなっていた。バンドを続けていれば退屈はしない。それどころか思いもしないいい事が起きる。そう思って次回の練習曲にとりかかったが、また10分もしないうちに飽きてベースをほっぽりだした。「暑いのがいけないんだよな、やる気そがれるわ」
 確かに真夏の暑さとジーシージーシー鳴くセミの声はロックとかけ離れている。中途半端に伸びた髪を触り、こいつも暑苦しいなと鏡を見ながらくしゃくしゃと頭をかいた。そしておもむろに整髪料を頭につけるとあの日見た映画の悪ガキを真似て頭を逆立ててみた。鏡を見ながら少しずつイメージ近づけていくがどうにも決まらない。出来上がったのはまるで溺れたハリセンボン。とてもパンクとは呼べない代物だった。
 ちょうどいいやとケイスケは風呂に入り頭を流した。風呂上がりの火照った身体を冷やそうと冷蔵庫を開けて麦茶をグラスに注ぐ。ケイスケのうちは麺つゆと間違えないよう麦茶は青いキャップの容器に入っている。麺つゆは赤だ。夏の麦茶のうまさを喉で味わっていると開いた冷蔵庫から缶ビールがちらりと覗いているのが見えた。「これだっ!」ケイスケはそう思い夏の退屈を吹き飛ばすために缶ビールを持つと再び風呂へ向かい、キンキンに冷えた缶ビールをプシュッと開けると迷わずそいつを頭から浴びた。「これで金髪になれる。2学期始まる前に髪切って染めれば問題ないさ」泡がぶくぶくと立つ頭をわしわしと揉み込み「ビールかけなんてそんないいもんじゃないな」と考えながら頭をシャワーで流してみると、そこにはいつもと変わらぬ真っ黒な髪の自分が鏡に映っていた。「あれ? コーラでやるんだったかな? それとも流すの早かったか? いや乾けば茶髪くらいにはなってるだろ」濡れた髪の毛はだらしなく重い黒。その毛は乾かしても乾かしても金髪になることはなかった。
「次回のライブは8月30日場所は……Volts!」
 練習終わりにファミレスでミーティングをはじめるといきなりジムはそう言った。バンドにおけるミーティングなんてのは名前ばかり。決定権がある人物がバンドの予定を報告する会というのが大概だ。次の曲の方向性を話し合うという名目でミーティングを開始しても、だらだらとドリンクバーを飲みながらいたずらに時間を消費し最後は一人の意見で決まる。決定権がある人物にとってはミーティングしたという事実が欲しいだけなのだ。SNAKEで決定権がある人物はもちろんジム。キースは一応意見をするが、その意見が通るとは思っていないようで
「んー、それはどうかなぁ」
と、いうジムの一言ですぐに意見を引っ込めてしまう。ビルは相変わらず黙ってうなずいているだけ。ケイスケはドリンクバーのブレンドを開発していた。お気に入りのブレンドはコーラ8、カルピス2のようだ。オリジナル曲も徐々に作ってバンドはなんとなくそれっぽくなってきた。相変わらず会場はVoltsだが、それでもあの子に会えるかも? という妄想で8月30日を心待ちにしていた。
 8月30日。「このくそ暑いのに革ジャンでチャリはきついんだよな」とケイスケはベースを担いで駅に向かい始めた。母親から夏休みももう終わりなんだから早く帰ってくるよう促されたが、ライブに後にお楽しみが待ってるかも知れないと考えると素直にハイとは言えなかった。駐輪場に自転車を止めるころには滂沱の汗。それでも夏の日差しは容赦なく照りつける。ホームに向かう階段をぜいぜいと降りていると
「あれ? ケイスケじゃない?」
と、同級生のヨシオに話しかけられた。ケイスケとは違いジーパンにTシャツ姿のヨシオは颯爽と階段を降りてきた。
「なに、おまえ? 楽器できんの?」
 クラスでも人気者。話は面白いし、もちろんスポーツ万能。どこにでもいるお調子者だが、ケイスケはヨシオのことが嫌いではなかった。
「弾いてるよ、これからライブなんだ」
「へえ、実はオレも夏休みにギターはじめたんだよ」
 ヨシオはケイスケのベースにもライブにもまったく興味が無いようだ。自分の楽器を主張すると
「文化祭出ようと思ってさ」
と続けた。音楽なんか好きじゃない、伝えたいことがあるわけでもない。でも、目立ちたいから文化祭で楽器を弾いて歌うのは高校生の定番。だけど、ケイスケにはそれがなんだかとっても滑稽なものに見えた。
「ああ、がんばれよ」
 そう言うとホーム滑り込んできた電車に乗り革ジャンを脱いだ。空調の効いた車内で、しぼれるほど汗の染み込んだTシャツの裾をパタパタと動かし人心地着くと、頭の中では先日の強烈な童貞喪失のことを思い出していた。
 

satukimei

五月メイ(SatsukiMei)1974.5.4

埼玉県川口市在住