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中年ファッションパンクス4 五月メイ

chunen

4 非常階段

 
 映画の中に出てくるクソガキは「シド・ヴィシャス」というイギリスのパンクロッカーだった。そして奇しくも同じベーシストだったことにケイスケはシンパシーを感じた。
 「Volts」次の日の夕方、そう書かれた看板の前に立っているケイスケがいた。そこは電車で40分ほど離れた駅の近くにあるライブハウス。すっかりパンクに感化され、わざわざ自転車と電車を乗り継いで一時間ほどかけてここまでやってきたのだ。地下へ続く階段を降りていくと坊主頭にピアスだらけの女性や、タバコを咥えたモヒカンの男、そして音が聞こえるほど濃厚なキスを繰り返す抱き合ったカップルがいた。「開けたてのピアスに自分で破いたジーンズではみすぼらしく見えたりしないだろうか?」そう思いながら階段をひとつずつ降りていくと、そこには分厚く重たい扉があった。把手をぐいっと両手で下におろせば瞬く間に爆音が漏れだした。慌てて中に入って扉を閉めるとステージの上ではライダースジャケットを着た4人組が演奏している。すぐに4人組とわかったのは観客が3人とステージ上より少ない人数だったからだ。
「えー、では次の曲は……」
「またその曲かよ!!」
 ステージ下から飛ぶ野次に「うるせえ」と応えているところみると、その数少ない観客も身内なのだろう。そのやりとりになんとなく気まずさを感じ、また扉を開けて階段に座り込んだ。扉を閉めると階段は驚くほどの静寂に包まれる。「何がいいんだかさっぱりわからない」これがケイスケの最初のライブハウスだった。けれど、せっかく来たのだからと階段とホールを何度か行き来する。その日の出演バンドは4つ。夜が更けるにつれて観客は少しずつ増えていったが、それでも15人程度でそのうち数人は先ほどまでステージで演奏していた連中だった。最後のバンドはアンコールもなく終わり、ホールに照明が灯る。「ライブハウスも退屈を癒すことはできなかった」と思ったその矢先、一番最初に演奏していたライダースバンドの一人が話しかけてきた。
「ニイちゃん、一人か?」
「そっす……」
 覇気のない返事を返すと
「固くなんなよ、今日は来てくれてありがとな」
 と、先ほどまでステージで「うるせえ」とがなっていた顔とは違いクシャとした笑顔を見せた。そして
「実はオレここのスタッフなんだよ。ニイちゃんはなんかバンドやってんの?」
 と続ける。ケイスケはまるで元々バンドをやっていたかのように
「今はちとやってないっすね」
 と、答えた。
「そっか、パートは? ベース? 今度、うちのベース抜けんだよ。一緒にやらない?」
「最近、全然弾いてなくて」
「かまわねえよ、オレはジムってんだ名前は?」
「ケイす……」
「ケイな、了解。明日電話すっから番号教えてよ。ビール呑む? おごるぜ?」
 勢いに押され電話番号を教え扉の外に出ると、モヒカンの男はまだタバコを咥えたまま動かず、キスを繰り返していた真っ赤な唇の女性は男に跨って腰を振っていた。扉の中で感じる音楽の良さはまったくわからなかったが、扉の外には非日常があった。いつもの帰り道が少しだけ違うように見えた夜、少しだけ胸を張り身体大きく見せて自転車のペダルを踏んだ。
 次の日、相変わらず昼くらいまで寝ていると
「ケイスケ、電話よ。橋本さんから」
 と、揺り起こされた。橋本なんて知り合いはいないのですぐにジムからの電話だとわかった。
「おー、オレだジムだ。とりあえず週末スタジオ入るからさ、ラモーンズの『電撃バップ』コピーしといてよ」
 昨日の今日で強引な誘いだが何故か断る気にはなれず
「わかりました」
 と答え急いで貸レコード店にCDを借りに行き、楽器屋に楽譜を買いにいった。幸いなことに「電撃バップ」はほぼ初心者でも難なく弾くことができた。それでも一曲まともに弾いたことなど数少なかったケイスケは達成感を感じ何度も何度もCDに合わせて弾いた。
 約束の週末。スタジオの前でそわそわと待っているとジムが残りのメンバーを連れて現れた。ボウリングシャツを着たジムはライブハウスでみるそれよりも、さらにフランクで気のいいあんちゃんといった感じだ。
「紹介するわ。こないだVoltsで知り合ったケイ。年は……いくつだ? まあ、いいかそんなこたぁ」
 そういってメンバーを紹介してくれる。ギターのキースはすぐに打ち解けてくれたし、ドラムのビルも無口ではあったが新しいベーシストを歓迎している雰囲気だ。それにしてもなぜ日本人なのにキースにビルなのか? 芸名なのはわかるけど、こんな誰も知らないアマチュアバンドに芸名が必要なのだろうか。
「んじゃよ、細かいことはいいからとりあえずスタジオ入ろうや」
 ジムに促されスタジオへ向かう階段を上って行くと、足をすべらせスネを思い切りぶつけた。ぶつけた5秒後に激痛が襲ってきたが、恥ずかしさから大したことがなかったように振舞い脂汗をかきながらケイはスタジオの扉を閉じた。

satukimei

五月メイ(SatsukiMei)1974.5.4

埼玉県川口市在住