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ビジツカンのどうぐ1「メジャー」 林田龍太

bijitukan

第一回「メジャー」
-買うのに苦労する道具です-

 何の予告もなしに始まったこのコラム。要は美術館で使用する色々な道具を虚実ないまぜにご紹介しようというものです。今回は「メジャー」。日本語で言うと「巻尺」ですね。
 このメジャー、美術館では極めて使用頻度の高い道具です。美術作品を調査・研究する上では、その大きさを計測する必要がありますし、あるいは展示計画を立てるために、壁面やケース内の幅を計測して、作品のサイズと照らし合わせたりもします。そのため、学芸員によっては、数種類のメジャーを使い分ける方もいらっしゃるほどです。
 時折学芸課に行くと、斬鉄剣の手入れを済ませた十三代目石川五エ門よろしく、鉄製のメジャーを目の前で立て、「むう。」とか「ほぉ。」とかいう独り言をつぶやく学芸員の姿が見られますが、これは他館から借用する作品の大きさをイメージするため。別にメジャーのもつシンプルかつモダンな美しさに心を奪われているわけではございません。
 さて、特に美術品に直接触れる調査の場において、鉄製のメジャーは作品を傷つける恐れがあるためご法度です。そんな時、我々学芸員は布製のメジャーを使用します。この布製メジャー、どこにでも売っていそうな気もしますが、実は曲者。大きな美術品にも対応しうる2メートル長のものとなると、手芸屋さん以外ではあまり売ってないのです。
 思い起こせば、私が初めてメジャー購入の必要性に迫られたのは、大学院一年生の頃。鬼軍曹の様な先輩からFからはじまる卑猥なアルファベット四文字と共に「貴様! 美術史を専攻しとるのにメジャーも持っとらんのか!」と叱責を受けたことが最初のきっかけでした。その後某100円ショップで1.5メートルのものを購入し、意気揚々と調査に携えてゆきましたが、今度はまたその鬼軍曹から卑猥な四文字を立て続けに二度も告げられた後「長さが足りぬではないか! 帰れ!」と強制帰宅を命じられました。その夜、やけ酒とばかりに購入した第三のビールを片手に、私は決意したのです。「そうだ 手芸屋、行こう」と。
 とはいえ、少年時代からマンガとプラモデル、あとはドリフ程度にしか関心を持たなかった私は、手芸屋という場所に足を踏み入れた経験などもちろんございません。当時の下宿先の近所に手芸屋はございましたが、そのお店は「お菓子の家」を思わせるなんともファンシーな外観。そんなところにうすらデカい男が出入りすれば、お店の方に警察をよばれる可能性があるのではないか。いや呼ばれなくとも、レジ周辺のどこかにあるという警察を呼ぶスイッチ(通称「ヤる気スイッチ」)に手をかけられるのではないか。未だ思春期の過剰な自意識冷めやらぬ当時、私はそんな被害妄想にとりつかれてしまいました。
 ではどうすればいいのか? 私自身がファンシーな洋服に身を包んでしまえばそれでいいのではないか。そう思ったりもしましたが、そのためには衣料品量販店のファンシーな洋服のコーナにこれまたうすらデカい男が闖入することになります。早くも万策尽き果てた翌朝、私は知人の女性に電話をかけました。「……ごめん、手芸屋で2メートルのメジャー、買ってきて……」と。
 こうして叱られずに済むメジャーを手に入れた不肖私め。鬼軍曹からも「ようやくマシなモン持ってきやがったな、この◯◯◯野郎!」と、これまたここでは書けないフレーズを織り交ぜたお褒めのお言葉を承りました。かつては十七歳の地図を特売チラシの裏側に製図する程度の反骨精神に満ち溢れていた私も、この頃にはすっかり飼いならされた子犬状態。実はかの鬼軍曹、女性だったりするのですが、それはともかくとして、この時買ってきてもらったメジャーがその後どうなったかといいますと、実はまだ手元にあるのです。

初出:『熊本県立美術館だより View』145号 2013年6月

(次回は「カメラ」です。)

<参考文献>第1回:メジャー
満田拓也『MAJOR』
最近では「大リーグ」とは言わないそうですね。



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hayashida

林田龍太(はやしだ りゅうた)

熊本県立美術館。福岡県出身。専門は日本近代美術史。2008年より現職。2010年冬頃より下町の鍋奉行として暗躍。好きな具は白菜(草食系)。